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「おう、戻ったぞ」
「お帰りなさいませ、ゴーラン様。なにやらお疲れのようですね」
副官のリグが出迎えてくれた。
こっちは、急いで村に戻ったばかりで息が切れている。
リグの方は、相変わらず落ちついている。
数日だが村を開けていた不安が、リグの態度で霧散していく。
「一昼夜走り通しだった。ちょっと休みたいな。その前に編成の方だが、どうなっている?」
「すでに出来ております。ファルネーゼ様より追加で申し送りがございましたので、そちらも反映させております」
将軍から追加で何か来たようだ。面倒でなければいいが、リグが反映させたというくらいだから、問題ない部類だったのだろう。
「将軍の申し送りと編成したリストの両方を見せてくれ」
リグから資料を受け取って眺めてみると、なんとなく将軍の意図が分かった。
「これは……鍛えてほしいということかな」
将軍からは飛鷲族を編成に組み込むよう、書いてあった。
といっても部隊長のビーヤンとは違い、軍とは無関係な生活をしていた飛鷲族のようだ。
そもそも飛鷲族は、戦闘能力が乏しいと考えられている。
まして飛鷲族の素人など、いきなり軍に組み込んでもまったく使えない。
「ファルネーゼ将軍がメラルダ様に確認をとりましたところ、こちらから供出する軍は、訓練が主体となるようです」
「他国の軍を鍛えるのか?」
「実戦配備するよりかはマシと判断されたのかもしれません」
「……それはそうかもな」
部隊の交流は、こちら側にメリットしかない。
向こうは貴重な軍を貸し出す。それだけだと外聞が悪いので、反対に俺たちも部隊を出す。
だが、向こうからやってくる戦力と違い、俺たちの総合力は大きく劣る。
やってくる戦力の後釜に、俺たちを据えるのは無謀。
かといって遊ばせるわけにもいかない。
「……新兵と一緒に鍛え直される感じかな」
「かもしれませんね」
まるで戦力になりませんと言われた気分だが、実際にそうなんだろう。
一万の中から戦える者を十選ぶのと、百の中から十選ぶのでは違いすぎる。
兵たちにとっては屈辱的だろうが、ここは甘んじて受けるしかない。
「それで編成された連中は……ふむ、こんな感じか」
リグが選んだのは、オーガ族が二十名、死神族が五十名、飛鷲族が二十名、コボルド族が十名の計百名。
これにファルネーゼ将軍が用意した百名を入れた、総勢二百名が俺たちの総戦力となる。
ここの百名は、はっきり言って弱い。
上位種族は死神族だけという体たらくだ。
「まあ、運用次第で何とかなるだろうが、向こうにはいい顔されないだろうな」
魔王トラルザード側の認識では、オーガ族は肉の壁、飛鷲族とコボルド族は非戦闘員扱いだと思う。
舐めてるのか? と難癖つけられても、謝ることしかできない布陣だ。謝らないけど。
「それでいつ出発できる?」
最初の目的地は、ファルネーゼ将軍は治める町となる。
そこで他の部隊と合流して国境を越える。
移動は徒歩なので、なるべく余裕を持っておきたい。
できれば、移動途中で俺が訓練を施したいくらいだ。
「明日、飛鷲族の一団がやってきますので、明後日には出発できます」
「明日出発すれば間に合うな」
この辺の調整はリグに任せておけばいい。うまくやってくれるだろう。
翌朝、予定より早く飛鷲族がやってきた。
話では午後になるということだったが、急いだようだ。
「これは幸先がいい」
こうやって早め早めの行動を心がけてくれると、俺としても助かる。
「……って、思っていたんだけどな」
早くやってきたのには、理由があった。
「これは拙いですね」
リグは頭を抱えている。俺もだ。
「うん? ゴーラン、どうしたんだ?」
サイファがやってきた。相変わらず脳天気な声だ。
少しだけイラつく。
リグが慌てて、俺の顔を見る。
「飛鷲族が情報を持ってきたんだ。リグ、話してやれ」
「よろしいのですか?」
「どうせすぐに知れ渡る」
「分かりました。……小魔王クルルおよび小魔王ロウスの軍勢が、わが国に攻め入ってきました」
「おっ、戦争か?」
楽しそうだな、サイファ。
「そうだ、戦争だよ。二国同時侵攻で、こっちが受けて立たねばならん」
これは拙い。
小魔王レニノスを倒さんと準備を進めているところに、他の小魔王国からちょっかいをかけられたのだ。
しかもクルルとロウスが同時に侵攻ときた。
「ゴーラン様、あの二国は裏で繋がっているでしょうか」
「繋がっているだろうな」
そうでもなければ、同時侵攻なんてできやしない。
つい最近まで、クルルとナクティ、ロウスとルバンガが手を組み、四国入り乱れての戦争をしていた。
仇敵どうしがこの国に同時侵攻してきたとするならば、四国が一時的にも手を組んだことを意味する。
いまこの国は小魔王レニノスと戦争中だ。
これで四国がこの国を狙ってくれば、五国同時に相手をしなければならなくなる。
「こんなときに国を離れるのか、俺たちは」
トラルザード領にいる間に国が無くなったなんてこともあり得る。
「非常に拙い状態ですね」
「ああ、唯一の救いは、レニノスとファーラが直接対決していることだけだな」
レニノスはいま、ファーラ軍と大激戦の途中で、南に軍を派遣する余裕がない。
だがそれは、ただの気休めでしかない。
地力のあるレニノスが形振り構わなくなったら、軍を分けて俺たちの国を併呑しにやってくるだろう。
そうなったら勝ち目がない。
「…………参ったな」
正直、これから先、俺たちの国がどうなるのか、まったく予想できなくなってきた。




