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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第3章 小国哀歌編
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 村に現れたラミア族は三体。男が一体に女が二体だ。


 あらためて見るとラミア族は大きい。その分威圧感がある。


 今の状態ですら、背の高さが俺と変わらない。

 下半身が蛇で、尻尾の先は草むらの中だというのにだ。


 そして近づくまで気づけなかった隠密姓。武器を携えて後ろから襲ってきたら、簡単に倒されてしまうのではなかろうか。


 俺は危険を感じ、とっさに身構えたが、すぐに思い直した。


 ラミア族はオーガ族に敵対する理由がない。しかも相手はたった三体。

 そもそも、敵意は感じられない。


 では、何しに来たのか。

 周囲のオーガ族も事態を把握したのか、固唾を呑んで成り行きを見守っている。


「ダルミアか」

 中央にいる女のラミア族がゆっくりと頷く。


 俺の窓口をしてくれているラミア族のダルミア。

 言葉は少ないが、俺の質問に、いつもしっかり答えてくれる。


「ダルミア、オーガ族の村には近づかない約束のはずだが」


「赤いネズミの臭い、したから」

「…………」


 ダルミアが言うには、俺が洞窟を飛び出したあと、俺との話をラミア族の間で共有したらしい。


 以前、互いの棲み分けをしようと提案したときもそうだが、ラミア族は全体主義的なところがあり、一度決めたらそれをよく守ってくれる。


 今回の話は、俺がいなくなることだけなので、直接的な問題はなかった。

 だが、俺たちの話が長引いたのと、最後はすごい勢いで俺が飛び出していったことで、水中から見ていたラミア族が不審を抱いたらしい。


 水中に潜んで見ていたのかと、ちょっと驚いた。


 ダルミアがみんなに語ったのは、俺に赤いネズミの話と伝染病で自分たちが住処を追われた話。

 なぜそれを話したのか。それは、俺に赤いネズミの臭いが付いていたから。


 俺がどこか遠くの地で、赤いネズミに触れた場合もある。

 道中、どこかで休んだとき、街道で赤いネズミを見つけた可能性だってある。


 ――だが、そうでなかったら?


 一日話し合って、ラミア族の代表が洞窟を出て村に行くことにした。

 もちろんそれは協定違反。


 だけどもし、赤いネズミが発生していたら?

 それが自分たちのすぐ近くだったら?


 その場合、またラミア族は住処を奪われるかもしれない。

 協定違反は分かっていたが、敢えて動くことにしたのだという。


 ダルミアを代表に、赤いネズミに詳しい男と女がひとりずつ村に向かった。


 ここまで話を聞くのに、幾分の時間が掛かった。

 ダルミアのたどたどしい言葉ゆえにだが、意味は互いに通じた。


「想像通り、この村に赤いネズミが出た。なんとかできるか?」

 ダルミアはコクリと頷いた。


「赤いネズミ、退治する」


 ラミア族は水辺の小動物を捕って暮らしている。

 狩りの名手らしいが、本気を出すと周辺の小動物を刈り尽くしてしまうので、そんなことはしない。


 そのため、水を飲みに来た動物を襲って絞め殺すこともあるし、水草を食べることもある。


 俺たちが手に負えない、つまり直接捕まえるにはすばしっこ過ぎるネズミは簡単に捕獲できるという。


「だけど、感染したネズミを捕まえた場合、病原菌がうつるかもしれないぞ」

「分かっていれば、大丈夫」


 噛まれたりしないよう厚い手袋をするし、むやみに口に入れたりしない。

 対策を採れば問題ないらしい。


 そもそもラミア族が追い出されたのは、多くの人が発症して、それが落ち着き、原因を探ろうとなったからだった。


 つまり、ラミア族はその間に原因を特定し、住処周辺のネズミをすべて駆逐し終えていたらしい。


「頼めるか?」

「仲間とやれば、可能」

「……そうか」


 ネズミを駆除するためには、村に多くのラミア族を入れなければならない。

 俺は振り向いて尋ねた。


「この村に病をもってきている悪いネズミがいる。たった一日でも多くのネズミを捕まえた。まだまだ村とその周辺にいる。ラミア族はそれを捕まえてくれるという。彼らを村に入れていいか?」


 しばらくして、ひとり、またひとりと頷いた。

 ネズミを退治してくれ――ここに集まった多くの者が同じ思いのようだ。


「お願いしますぞ」

 グイニダが村を代表して、そう言った。


「ダルミア、頼む。みんなを連れてきて、この村を……救ってくれ」

「分かった。この二人、病に効く水草、持ってきた」


 当時も、原因を探ると同時に、薬草の中で効果あるものを探していたという。

 ちょうどラミア族の住む場所にも生えていたので、念のため持ってきたらしい。


「助かる。罹患したのはふたり。姉妹だ。こっちに来てくれ」


 そこからは早かった。


 ダルミアは「仲間、連れてくる」と言って、洞窟へ戻った。

 村に残った二体のラミア族は、水草を煮出しはじめた。薬を作るようだ。


 しばらくしてやってきたラミア族は百体以上。

 水草を編み込んだマスクをして、動物の革の手袋をしている。


 ネズミに触りそうな部分をすべて隠した完全武装だ。


「そういえば、どうやって狩るんだ?」


 俺が不思議に思っていると、スルスルと音も無く移動し、隠れているネズミに近づいた。

 ネズミがダッと逃げるが、すぐに捕まえる。

 蛇とネズミでは、ネズミに勝ち目がないらしい。


 臭いと熱で判断しているという。しかも隠密活動は堂に入っていた。

 知らずに後ろに立たれても分からないくらい気配がない。


「これで駆除できる」


 一時はどうなることかと思ったが、ダルミアたちラミア族は、想像以上のスピードでネズミを探し出して捕まえていた。


「ゴーラン様、この村はこれで大丈夫でございます。どうか、ご自身の用事を優先してくださいませ」

 村を任せていたグイニダだ。


「だが結果を見届けないと……」


「問題ありません。ここまでやっていただければ、あとは私どもがやります。なにより、ラミア族が来ていただけたことで、赤いネズミは遠からず全滅するでしょう」


「ラミア族は優秀なハンターだったんだな。知らなかった」

「私もです。ゴーラン様は、村を出てゴーラン様しかできないことを成し遂げてください」


「……大丈夫か?」

「問題ありません」


 ラミア族は村内だけでなく、周辺にも捜索範囲を広げたらしく、かなり遠くまで行っている。

 たしかにネズミを捕まえるのは彼らに任せるのが最善で、俺の出番はない。


 患者もいま薬を作ってもらっている最中で、それを服用しても効果がすぐに出るわけじゃない。


 経過観察には何日もかかる。その間、俺の出番はない。


「分かった。グイニダよ」

「はい」

「この村を任せてよいか?」


「問題ありません。ゴーラン様が戻られるまで、しっかりと守っておきます」


「分かった。俺は……村を出る」

「はい。ご随意に」


 グイニダが村を守り、ダルミアたちラミア族はネズミを狩る。


 俺は俺で軍を編成して魔王トラルザード領へ向かうのだ。

 それが使命ならば、俺がここにいるべきではない。


 俺は後ろ髪を引かれる思いを振り切り、村をあとにした。




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