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「体調を崩した者が出ただと!?」
聞いた話では、体調不良を訴えている者は二名。同じ家に住む姉妹だそうだ。
オーガ族は頭はアレだが、身体だけは頑強だ。
多少のばい菌なら、向こうが逃げ出すくらい。
怪我だって、舐めていれば治ると言って、本当にそれで治ってしまう。
「それで容態はどんな感じだ?」
知らせを持ってきたのは、中年の女性オーガ族。母親らしい。
「昨晩から調子が悪いって。朝から身体がダルいから起きるのがツラいと言っているんです」
一晩寝ても治らないのか。いやな感じだ。
普通なら「風邪だろ」で済んでしまう話だが、オーガ族は違う。
体調を崩したのならば、本当に何か原因がある。
「すぐに隔離を。もし吐いたものがあったら触るな、触らせるな!」
「はいっ!!」
俺の剣幕に驚いたのか、母親は飛び上がって駆けだした。
俺も後で様子を見ることにしよう。
なにより発症者が出たならば、対処法を伝えなければならない。
だが、俺に伝染病の治療法なんて分からないし、対症療法の知識もない。
「日本じゃ、そんなこと考えたこともなかったからな」
全部医者任せだった。
悩みつつ、俺はもう一度全村人を集めさせた。
困ったことに自信が無い。それでも俺はこの村を守る義務がある。
集まった村人を前に、俺は覚悟を決めた。
「悪い病気が出たかもしれない」
そこで村人を見回すと、だれひとり声を出す者はいなかった。
大丈夫だ。みんな聞いてくれている。
「この中でいま、少しでも調子の悪い者はいるか?」
だれも手を挙げない。
自覚がないこともあるが、いまは全員大丈夫だと仮定して話を進めよう。
「悪い病は他の者に移ることがある。病にかかった者にはなるべく近づかないように。それと体調が悪くなった者はすぐに身体を休めるんだ。沢山食べて飲んで横になれ。なるべく水は飲むように」
正直それで良くなるかは分からない。どんな病気か分からないので、結果も未知数だ。
気休めかもしれないが、やらないよりはマシだ。
「それとネズミの捕獲は続ける。新しい罠もだ。はやくこの村からネズミを一掃するぞ、いいか」
「「オオッ-!」」
ネズミを放置したままでは、患者が増えることもある。
いや、そもそもネズミをすべて駆除できるのだろうか。
俺は率先して罠の設置と、患者の看病をかってでた。
衛生観念のないオーガ族だ。やりながら教えていこう。
昔の海軍提督が言っていた、あれだ。
罹患した者の身体を拭いた布は煮沸するよう、指示を出した。
それと排便時に手や衣服に付いた場合も、熱湯で洗うよう指示した。
熱湯で手を洗うなど、人間ならば大やけどするが、オーガ族の厚い皮膚だと短時間だったら問題ない。
こうして、うろ覚えながら衛生的な生活環境の中に患者をおいた。
体力があるのだから、病原菌に打ち勝ってほしい。祈るような気持ちだ。
俺は新しい患者が出ないよう、目を光らせなければ。
「……よろしいのでしょうか」
以前からこの村を任せていたグイニダが、俺に聞いてきた。
「何がだ?」
「ゴーラン様は、用事があって急いでいたようでしたので。このまま村に滞在していて、よろしいのでしょうか」
用事はある。軍を編成して魔王トラルザード領へ行かなければならない。
だがこの村は、俺がいなくなって大丈夫か?
罹患者が増えるかもしれないし、ネズミの駆除に失敗するかもしれない。
「用事は……ある。あるが、いま俺はこの村を離れるわけにはいかない」
「ですが、大事な用事なのではないですか?」
グイニダは短命なオーガ族の中では、長く生きている。
七十歳近いと聞いている。
年の功か、他のオーガ族よりも思慮深い。
たしかに国のため、俺が約束を破るのは拙い。
だが、俺は仲間を……この村を見捨てることはできない。
「ネズミと患者。安全が確認されるまで、俺は村を離れることはできない」
俺はうぬぼれるつもりはないが、俺しか知らないこともある。
いまオーガ族を見捨てたら、俺は後悔する。
「そうですか。そういうことでしたら、何も言うことはございません。この村をお救い下さい」
「もとよりそのつもりだ。……グイニダはかなり長く生きているよな。この病について知っていることはあるか?」
「さて……私もゆっくりと物事を考えられるようになりましたのも、ここ二十年といった所です。それ以前は、深く考えることすらせず生きておりました」
「そうか」
村の長老格の者ですら知らないのならば、それはもうどうしようもないことだ。
「ただ長く生きていると他の村や町、他の国の話も耳に入ってきます。私が知っている限りでも、数多くの村がこのような流行病で全滅ないし半減し、棄民となったと聞いております。病はまさに突然やってくる猛威。天災のようなものだと考えております」
天災――台風や地震と同じか。
「そうかもしれないな。……だが、手を尽くすことで消えるはずの村が残ったり、失うはずの命が永らえたりすることもある。俺はそう考える」
「そうなればいいですな」
「ああ……」
だがそうなるだろうか。
中途半端な知識しか持っていない俺では、役者不足ではなかろうか。
そんなことを思っていると、山の方から藪をかき分ける音が聞こえてきた。
かなり大きなものがやってくる音だ。
猪がおりてきたかと俺が見ていると、以前洞窟で別れたラミア族が数体、姿を現した。




