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洞窟を出て、村に急いだ。
途中、起伏のある道のない林や、ぬかるんだ草原を抜けた。
息が切れたが、手遅れになるよりはいい。
「ゴーラン部隊長、どしたっすか?」
村に着いた途端、村の若者、ジェイコブがビックリした顔を向けてきた。
ジェイコブは俺より二つ、三つ上くらい。
彼はさきの戦いに参加しているため、いまだ俺のことを役職で呼んでいる。
「元部隊長な。それより、人を集めてくれ」
「えっと、直ぐっすか?」
「直ぐだ! 駆け足!」
「うっす!!」
ジェイコブが大声を出して村中を駆け回っている。
その間に息を整えて、赤いネズミの対策を考える。
「……全部説明しても無理だろうな」
伝染病の話をしてどこまで理解してくれるか。
それにラミア族が住処を追われた理由とも関わっている。
いろんな要素を話の中に詰め込むと、前の話がすぽーんと抜けるのがオーガ族の特徴だ。
ここはシンプルに行こう。
理由を言わずに人を集めた場合、不審そうな表情でぞろぞろと集まってくるのが普通だ。
だがオーガ族に関していえば、俺が命令するとなぜか忠実に実行してくれる。
みな先を争って、駆け足でやってきた。
若干、顔に恐怖が張り付いているが、きっと途中で怖いものでも見たのだろう。
「これで全員か?」
「そうっす! 村にいるのは全部っす」
ジェイコブが代表して答えた。
村を任せていたのは別のオーガ族なのだが、この際どうでもいい。
「おまえら、よぉく聞けぇええ!」
一喝するだけで、ビシィっと全員が直立不動になる。
俺はたっぷりと間をとってから話しはじめた。
「おまえたちに聞きたいことがある。ただし、勝手に喋るな。聞かれたときだけ発言しろ。分かったな!」
「…………」
「返事は?」
「「ハイィッ!」」
「……よろしい。では、最初の質問だ。最近この村内でネズミを見かけた者は手を挙げろ」
全体の七割くらいがおずおずと手を挙げた。
多いな。普段暮らしていて、あまりネズミを目にすることはない。この村も同じはずだ。
「その中で赤いネズミを見た者は手をそのまま。見たことがない者は手を下ろせ」
するとほとんどが手を下ろした。
挙げたままなのは三人。いずれも女のオーガ族だ。
「では一番左のおまえ。名前は?」
「ダニエです」
「ようし、ダニエ。大事な事だからゆっくりと思い出して答えるんだ。赤いネズミはいつ、どこで見た?」
「えっと……お、一昨日見ました。場所は家の天井付近だったと思います」
オーガ族の家は、土台を石で造り、上部は木と漆喰で作ることが多い。
天井付近ということは、梁の上でも走っていたのだろう。
「次はお前だ」
「わ、わたしはゴエといいます。昨日、庭の草むらから飛び出してきて、身体が赤かったからトカゲかと思って近づいたら、ネズミだったんで、ちょうどそのとき何も持っていなかったから……」
「余計なことはいい」
「は、はいいいっ!」
「最後はお前」
「ミラダスです。今日……というか、さっき見ました。場所は村のはずれで、死んでいました」
「死んでいた? ミラダスと言ったな。おまえはそれを触ったのか?」
「い、いえ。触っていません。死んだネズミなんか触りません」
「よろしい。では全員手を下ろせ」
俺のただならぬ雰囲気に、みな視線を交わし合うことすら控えている。
俺の一挙一動に注目している感じだ。
「赤いネズミは、悪い病をまき散らす悪いネズミだ。……だが、他のネズミもまた、悪い病を持っているかもしれない」
「…………」
俺は全員を見回した。
ちゃんと聞いているのを確かめつつ続けた。
「いいか、よく聞けよ。今からこの村にいるネズミをすべて捕まえる。やり方は教える。ただし、これだけは守れ。ネズミは決して触るな。それと、ネズミの糞も同じだ。絶対に触ってはならない。もし触った場合は、よく手を洗え」
手洗いでなんとかなるのか分からないが、やらないよりかはマシだろう。
「それと、お前とお前! 名前は?」
身体の大きいオーガ族を指名した。
「グエンです」
「ビリーです」
「よし、グエンとビリーは村の外れに穴を掘れ。大きな穴だ。死んだネズミをそこに入れる」
「うっす」
「了解っす」
「残りは罠の作り方を教えるからこっちに来い」
俺が知っているネズミ捕りの知識が魔界でも役に立つか分からないが、馬鹿正直にネズミを追いかけ回すよりかはいいだろう。
地面に穴を掘って木の桶を埋める。
中には水を半分ほど浸して、その隣に竹でししおどしのようなものを設置する。
ネズミが竹の中をくぐると、反対側が水を張った桶に向かって回転する感じだ。
もうひとつは、やはり水を張った桶を置いて、その上にネズミ返しのついた棒を垂らす。
両方の罠にネズミの好きそうなものを置いておけば完成だ。
餌は、蒸した芋を利用した。
「作り方を覚えたな。これらを村のあちこちに作れ。死んだネズミは決して触らず、桶の中身ごと穴に捨てるようにしろ」
桶の数に限りがあるだろうが、俺ができるのはこのくらいだ。
穴を掘っているグエンとビリーを見ると、すでに腰の高さまで掘り終えていた。
「ようし、穴はこれくらいでいい。村人がネズミを持ってきたら、この穴に入れてやれ。決して触るんじゃないぞ」
「うっす」
「りょーかいっす」
これで大丈夫だろう。
「おっと、こうしてはいられないな」
他にもまだ回るところがある。
数日後また来ると言い残して、俺は村を出た。
タイトなスケジュールであるため、最後まで見届けられないのが残念だ。




