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オーガ族の村からメルヴィスの城まで歩くと数日かかる。
これまで俺が城に呼ばれることはなかった。
ゆえに安心していたのだが、よりにもよってメラルダとの会談に同席してほしいようだ。
重い足取りを引きずりながら向かった。
軍団長ともなれば専用の騎獣がいるが、俺にはない。
一応、将軍直属の部下なので、持ってもいいのかもしれないが……。
「まあ、歩いて済むならそれでいいよな」
現代日本のように一分を争うような忙しなさとは無縁の世界だ。
のんびりゆっくり行こうじゃないか。
「……遅かったな」
着いた早々、ファルネーゼ将軍からディスられた。理不尽だ。
言い訳しようと思ったが、「だったら騎獣くらい持て」と言われそうなので、遅刻の定番「渋滞に巻き込まれましたので」と言ったら、「なんだそれは」と返された。
ニュアンスは伝わったようで、「まあいい」と有耶無耶になった。
「メラルダ将軍が来ると伺いましたが」
「来るではなく、来ただな」
メラルダは俺より早く着いたらしいが、俺は徒歩だ。
あまりその辺を突っ込むと、「じゃあ、騎獣を持て」と言われるので、そのまま流す。
「よく城に呼びましたね」
メラルダが城内で暴れれば、かなりの被害が出る。
「同盟を結んでいるからな。それに軍事的協力もしてもらっている。来たいと言われれば、断れるものでもなかろう」
「なるほど……」
ちょっと黒いことを考えた。同盟を結んだ後で城に乗り込み、敵を討つ。
どこかを攻めるときに使えそうな手だ。
実際にやったら、周辺国から非難の嵐だろうが。
「もっとも、ほとんどの者はメラルダ将軍を恐れて城に寄りつきもしないし、私が近づけたくない者は城に呼んでいない」
強者は魔素を多く持つがゆえに、一般の者は近づかないらしい。
それと、秘匿したい連中はあえて近づけない……俺が呼ばれるわけだ。
「俺はいいんですか?」
「おまえは……なんというか、鈍感なのか?」
またディスられた。
「あー、そうみたいですね。相手の魔素量を測るのが苦手で」
でも事実だ。だから相手が強大でもあまり脅威を感じることもない。
「それは……いいんだか、悪いんだか」
ファルネーゼ将軍は微妙な顔をしている。
「気楽に生きるには、助かる場合が多いですね」
いちいち自分より強そうだ、弱そうだとか考えたくない。
「そういうものか。それで、今日の会談はもう少ししたら始まる。先に情報を共有しておきたい」
メラルダが到着したのは一昨日で、昨日はじめて会談をしたようだ。
「あとで話に出てくると思いますけど、今回の訪問の目的はなんだったのですか?」
使者をたてた後にわざわざ本人がくるとは穏やかではない。
道中、結構気になっていた。
「魔王国の方針転換を伝えに来た。向こうで戦争が活発になったようだ」
「それって……嫌な予感がしますけど」
「魔王リーガードが戦力を増強している。先日大規模な戦いがあって、双方合わせて五体の小魔王が死んだらしい」
魔王にはそれなりの数の小魔王が配下についている。
それでも一度の戦いで五体も小魔王が倒されるとは、どれだけ大規模な戦いだったのか。
「とすると、メラルダも戦線復帰するということですか?」
前回、はっきりと教えてくれなかったが、戦場に投入する部隊はローテーションを組んでいるようなことを言っていた。
そのような形式を取れるのは、戦力に余裕があるからだ。
だが敵が戦力を増強したならば、その限りではない。
「そう考えていいと思う。……もっともメラルダは別の件を気にしていたが」
「別の件ですか?」
敵対している魔王が戦力を増強する以外で、何を気にするというのか。
「ワイルドハントによってかき回された小魔王国群だ。いま酷い状態になっているらしい。逃げてきた一団がトラルザード領内に入り込んだりして被害も出始めているとか」
「ネヒョルですか。ここにきて祟られますね」
誰か倒してくれないかと本気で思う。
「西方が不安定になったため、その付近へも軍をおきたいらしい。結果、東へ張り付けていた軍を撤収させたいと言いに来た」
俺たちはレニノス領へ攻め込むために、他国からの介入を防ぎたかった。
そのため、メラルダの軍を重しに使っていたのだが、それが外れる。
「南方の戦争が収まりかけていますよね」
「あれは来ると思うか?」
つまり、この国に攻めてくるかということだ。
「来るでしょうね。勢力を広げるには、ここは小国で都合がよいですから。それで、どう答えたんです?」
「私一人では判断がつかないから、少し相談したいと伝えてある」
「あー、そうですか」
頭の痛い問題だ。
来なきゃ良かった。
メラルダは、東に置いてある軍を撤収させる命令を受けているのだろう。
同盟を組んでいるからこそ、こうしてやってきて事情を説明している。
こちらが否と言っても、覆せない所まで来ているような気がする。
魔王トラルザードの軍が睨みを利かせていたからこそ俺たちは他国へ侵攻できた。
「もうすぐ会談だが、どうしたらいいと思う?」
「できれば別の譲歩を引き出したいところですね。難しいと思いますが」
俺たちは小国。しかも盟主は永い眠りについていまだ目覚めない。
頼みの将軍は一人欠け、戦力的には低下している。
他国の戦争は収まりつつあり、ここが狙われる十分な理由もある。
「メラルダも長居はできないだろうから、何か考えておいてくれ」
「……いつまでですか?」
「今日の会談が始まるまでだ」
「……今日」
俺は天を仰いだ。
「ここはキレイな天井だな」




