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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第2章 ワイルドハント編
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◎ワイルドハント 小魔王ユヌスの国 ネヒョル


 小魔王リストリスの国を散々引っ掻きまわしたネヒョルはそのまま北上し、小魔王ユヌスの国に入った。


「ここが周辺最強のユヌスが治める国……で、何もないね」

「国境を越えたばかりだからではないでしょうか」


「そっか、そうだよね」

 ネヒョルはトンッと跳躍し、そのまま飛ぶ。


 地上から数十メートルの高さに到達すると、手を額にかざして周辺をよく観察した。


「森、森、岩山、森……なんだここ、村や町がないじゃん」

 がっかりした風で、よろよろと地上に戻ってくる。


「ユヌスは領土を拡大したあと、住人を城の付近に多く集めたと聞いております」

「そうなの? なんで?」


「攻めるにも守るにも都合がいいからと聞いております」

「ふーん」


 領土が広くなればそれだけ守る範囲が広がる。

 それはたしかにひとつの考え方だが、住んでいた場所を離れなければいけない住民はどう感じるのか。


 結局住民が逃げてしまえば意味が無い。

 ネヒョルなどは、管理するより放っておくタイプ。ゆえに……。


「変わってるね」

 で済ませてしまった。


「……して、ネヒョル様。この国は周辺の中では随一の強さを誇ります」

「そうだよね。四つの小魔王国を吸収したんだっけ?」


「はい。小魔王ユヌスはテンペストジャイアント。起源(オリジン種)でございます」


 通常の種族から突然変異で強力な個体が現れた。

 ユヌスはその起源種であった。


「もとはフロストジャイアント族だっけ?」


「はい。戦場では『氷雪吹雪ひょうせつふぶき』を得意としておりますので、間違いないかと思います。これまでとはまた格が違った相手でございます」


「そうだよね。このメンバーで戦うのはちょっと厳しいよね」


 ユヌスは強いだけでなく、頭も切れる。世間ではそう言われている。

 通常、戦争を始めると多くの国が介入することになる。最初はそうでなくても、結果的にだ。


 ユヌスはそれを避ける。

 うまく外交を使い、協力体制を敷いてから攻め込んだり、中立の国を間に挟んだりと通常ではないやり方で国を大きくしていった。


「まあ、ボクも今回は城には近づかないからね」

「そうでございますか」


「だって、ユヌスにはもっと大きくなって貰わなくっちゃ」

「……?」

 漆黒の全身鎧を纏った副官は、理解が追いつかずに首を傾げている。


「今回、ボクがここに来たのは、小魔王ユヌスを魔王にするためだし」

「……そうだったのですか」


「周辺国で一番魔王に近いのはだれかと調べたら、このユヌスだったんだ。だからボクはそれを後押しするの。魔王が誕生したらボクが戴くけどね」


 ネヒョルがエルダーヴァンパイアになるためには、ふたつのものが必要である。

 そのひとつが、魔王が体内に持つ支配のオーブ。生きているうちに抜き出さなければならないらしく、かなり難易度が高い。


 小魔王をいくら倒しても意味は無い。

 かといって、ネヒョルは魔王を倒す術は持ち合わせていない。


 魔界で魔王と言ったら、ほぼ不可侵の存在である。

 上には大魔王が存在するが、大魔王は魔界で二体しかいない。


 大魔王は別格。戦うのもばからしくなるほど強いのである。

 もっとも、大魔王からすれば、小魔王程度、戦うに値しない存在であるが。


「ネヒョル様が魔王を倒すのでございますか?」


「そう。魔王は寿命がバカみたいに長いでしょ。あんな老獪な魔王たちを相手にはできないじゃん。だから、なりたての魔王を狙うわけ」


 強い魔王も弱い魔王も持っているもの(・・)は同じ。

 ならばと、ネヒョルは新米魔王誕生を画策したのであった。


「町が城の近くにしかないっていうのは知らなかったけど、しょうがないね。いくつか襲って、危機感を煽ろうか」


 天頂から数条の光が降りてきて、ワイルドハントのメンバーを貫いた。


「ん?」

 膨大な力が内包された光の束はネヒョルの部下を貫いた後ですら、まだ光を放っていた。


「襲撃です、ネヒョル様」

「そうみたいだね。でもこの光……」


 またしても数条の光が天頂から降りてくる。

 そのひとつは、狙い余さずネヒョルに向かっていた。


「うわっと!?」


 とっさに魔力弾を打ち出し対消滅させようとしたが、それも敵わずネヒョルの肩口を焼いた。


「おっかないね~。なにこれ」

「ネヒョル様!」

 副官が駆け寄る。


「これ、聖が乗っている攻撃? でも天界の住人ってわけじゃないよねえ」


 ネヒョルが首を巡らすと、いつの間にか、騎馬の集団が現れていた。


「キサマがワイルドハントの首領か」

「そうだけど、キミはだれかな? みたところ……堕天種みたいだけど」


 堕天種……それは、もとは天界の住人が、追放されたか、取り残されたか、自らやってきたか、魔界に順応し、そこで暮らし始めた者の総称である。


「ご明察。我は堕天種のファッサーニだ」


「へえ、ユヌスにこんな隠し球がいたんだ。驚きだね」

 堕天は天界の住人から魔界の住人へと変わることである。


 これは非常に稀なことと言える。

 ゆえに堕天の情報は、魔界中を駆け巡る事が多い。


 それを秘匿していたあたり、ユヌスの強かさが浮き彫りとなった。

 同時に、そんな秘蔵の存在をワイルドハントの前に出したのも、出し惜しみする愚をユヌスが嫌ったからであろう。


「町を回るだけの予定だったけど、ちょっと遊んでいこうかな」

 ネヒョルは楽しそうに笑った。




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