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◎ワイルドハント 小魔王リストリスの国 ネヒョル
小魔王リストリスの国に入ったネヒョルは、国内を縦横無尽に駆け巡り、多くの村や町を襲った。
討伐にやってくる兵を蹴散らして城に向かった。
リストリスの城では、上がってくる被害があまりに膨大だったため、周辺の防備と復興に多くの兵を派遣していた。城内は手薄となっていた。
そんな所にネヒョル率いるワイルドハンドの面々が襲撃をかけたのである。
ネヒョルは、小魔王リストリスを守る将軍を撃破し、そのまま城内を進み、ついにリストリスと対面した。
「えっと初めましてだよね。……って、なんでそんなに睨んでいるのかな?」
「………………」
ネヒョルの軽口に、リストリスは眉間に皺を寄せ、殺気をまき散らせながら無言で腰の剣を抜いた。
猛獅子族のリストリス。
獅子の顔に、長いたてがみをもつ亜人種である。
燃えるようなオレンジ色の髪は、銀色をちりばめた王の衣装によく映えていた。
背丈は二メートルと少し。ネヒョルよりかなり高い。
均整のとれた身体は、強靱なバネとしなやかさを併せ持っている。
風格はまさに王。
そして猛獅子族の心は高貴であり、義理や約束を重んじる。
これは魔界においては希有なものだが、それを慕う者も多い。
そして彼が一番嫌うのが、目の前のネヒョルのようなタイプである。
「ねえ、なんでそんなに怒っているの?」
「キサマは絶対に生きて返さん!」
リストリスの持つ剣は細身であり、切るより突く方に特化している。
「嫌だなぁ、そんなに睨んで。怒んないでよ」
ネヒョルはゆっくりとリストリスに向かって歩く。
……が、途中でピタリと足が止まった。
「あれれ? ここまで届くの?」
驚きに目を開くネヒョルの前に一瞬の光が交差した。
踏み込みの音はなかった。
すり足で近づき、一気に突いて戻る。
流れるような一連の動作でネヒョルの身体に穴が……空かなかった。
「!?」
必中を確信していたからこそ、リストリスは驚いた。
同時にネヒョルも驚く。
「凄いね、いまの。まるでゴーランみたいだったよ」
リストリスがこれまで何万回も突いてきた一撃。
それがネヒョルに届かなかった。
間合いの外から中に入った一瞬で、ネヒョルは攻撃を察知し、その外へ逃れていた。
ゴーランの居合いを間近に見なければ、ネヒョルとて最初の一撃は食らっていたであろう。
その一撃が当たった場合、リストリスの連打に巻き込まれ、ネヒョルの身体は穴だらけになっていると思われる。
リストリスは手数で倒すタイプである。
獅子の顔を持つとは言え、牙より武器を好んで使った。
ゆえに刺突には絶対の自信があった。
最初の一撃が躱されたことに、リストリスは酷く驚いていた。
その驚愕の隙をついて、ネヒョルが自分から向かっていく。
一方、リストリスは迎撃に入った。
目にも留まらない早さで次々と繰り出される剣。
「うーん、当たればボクでも穴が空くだろうね」
小魔王の膂力に耐えうる剣を使っている。
ネヒョルの身体を穴だらけすることなど、造作もない。
だがネヒョルは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で、その全てを避ける。
「ふっ!」
刺突から斬撃へと変化させる。それでもネヒョルには通じない。
「なんていうのかな。ゴーランのような不気味さを感じないんだよね」
がっかりしたというように、わざとらしく息を吐くネヒョル。
リストリスはゴーランについて問いかけない。
その者のことは気になったが、ネヒョルが真面目に戦っていないのならば、いまが好機である。
当たれば勝てる。それがリストリスの闘争心を支えていた。
「ゴーランは面白いよ。次に何が出てくるか分からないところがあるし。こっちのは……見えるんだよねえ、底が」
ネヒョルはバックステップで距離をとると、右手を前にかざした。
「もう分かったからいいや。今度はボクの番ね」
瞬間、掌に生じた青白い炎の玉がリストリスに襲いかかった。
それを剣で打ち下ろす。炎の玉は爆発して周辺に飛び散る。
爆風が二人を襲う。
「ちょっと実験につきあってくれるかな。どれくらい耐えられるかの実験ね」
言い終わるよりも早く、数倍の大きさの炎の玉が打ち出された。
リストリスはそれを打ち据える。
今度は爆風で、身体が数メートル飛ばされた。
視界が奪われ、目を開いたときには次の炎の玉が迫っていた。
これもまた、前の数倍の大きさ。
「うおっ!」
今度は打ち据えた剣ごとリストリスは後方に飛ばされた。
さらに大きな炎の玉が襲う。
立ち上がりかけたリストリスにそれは命中し、リストリスの身体が炎に包まれる。
「うおおおおっ!」
体内の魔素を全開にして炎を吹き飛ばす。
服の半ばが燃え尽き、立派なたてがみもまた、半分が消えていた。
「はい次~」
さらに大きな炎の玉。
避けるには大きすぎた。リストリスは両手を十字に組んで耐える。
たまらず片膝をついたところへ、次が着弾した。
そして次。
最後は部屋いっぱいの大きさにまでなった炎の玉がリストリスの身体を焼く。
「どうかな? あたらしい特殊技能なんだけど。感想を聞かせてほしいな」
床に倒れ伏したままリストリスは動かない。
当然答える余裕などない。
「ネヒョル様、城内の掃討が終了しました」
「ごくろうさま。生きのこりは?」
やってきたのは全身が漆黒の騎士。このワイルドハントの副官である。
「城内に生きのこりはいません」
「そっか……じゃ、あとはこれだけだね」
ネヒョルの視線の先には、すでに虫の息のリストリスがいる。
「魔法を使われたのですか。お珍しい」
「うん。爪だけだとちょっと大変かなって思って」
ヴァンパイア族の魔法は強力無比。
ただしネヒョルは、ほとんどそれを使わない。身体能力が高いので、使わずに済むのである。
「よし、これでいい。……この国にはもう用がないし、次に行こうか」
巨大な炎の玉をリストリスの身体の上に落としたネヒョルは、そう言って笑った。
その日、支配の石版から小魔王リストリスの名が消えた。




