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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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001

 敵陣から飛んできた魔法で、前にいた仲間の頭が吹っ飛んだ。

 進軍前、俺に割り込みをかけてきた奴だ。


 俺の顔に、血と脳漿のうしょうがかかる。

 左手で顔をぬぐい、生暖かいそれを地面に叩きつける。


(前略母さん、あなたの息子はいま、魔界の戦場にいます)


 爆発音が耳を打つ中、後ろから「がっはっは、進め、進め」と陽気な声が聞こえてきた。


 左手には「うおー」なんて声をかけながら棍棒を振り上げている奴がいる。

 足を吹っ飛ばされ呻いている奴の身体をまたぎ、俺は機械的に足を交互に動かした。


 ここは魔界の戦場。

 空高く飛んでくる魔法で身体を吹っ飛ばされたくなかったら、前に進むしかない。


「進めぇ! 進めぇ!」


 聞こえてくるのは、バカのひとつ覚えの言葉のみ。

 魔法は先ほどから俺たちに狙いを定めて来ている。


 だから進むのは正しい。

 足を止めたら、そこで人生は終了だ……いや、鬼生か?


 魔法さえかいくぐってしまえば、石と木で構築した敵の陣地は目の前だ。

 そんなもの、オーガ族である俺たちにはないも同然。


 棍棒を振り上げ、進軍のついでとばかりに破壊すれば事は足りる。


「……だけどなぁ」


 突撃をかけた先頭集団が乱れた。まただ。


 オーガ族の巨体の隙間から、レイス族の姿がチラッと見えた。

 敵は陣地の前にレイス族の集団を配置して、俺たちを待ち受けていた。


 半透明のあいつらは、動かないと、かなり視認しづらい。

 じっと地面に伏せていたら、戦場じゃなかなか気付けない。


「進めえ! 進めえーっ!」

 本日何度目かになる命令を聞きながら、俺はこっそりと息を吐いた。


(どうせ今日も負け戦だろ)


 案の定、混乱するオーガ族を仕留めようと、オーク族の集団が敵陣地から現れて混戦となった。

 もう隊列なんてあったものじゃない。「進軍? 何それ」状態だ。


 一度混乱してしまえば、収拾がつかない。

 日没で戦闘が終了し、俺たちは撤退。


 今日も敵陣地を落とせなかった。というか、そこまで辿りつけてないよ!




 俺の名はゴーラン。鬼種オーガ族だ。

 三日前からここ――見晴らしの丘に来ている。


 グーデン部隊長麾下(きか)で、一般兵として戦っている。

 魔界じゃオーガ族なんて魔法の使えない脳筋。ただの消耗品扱いだ。


 体力だけはあるから、戦場では突撃要員として使い潰される運命にある。


 今回俺が参戦したのだって、前線であまりに死にすぎて数が足らなくなったからだ。

 俺の村に再招集がかかり、三男だった俺にもお鉢が回ってきた。


 なにしろ、兄貴ふたりがすでに肉片になっている。

 今日の進軍途中に踏んづけたかもしれない。


 オーガ族には長男が家を継ぐなんて風習はない。

 その家ごとで、戦える年齢に達した者から順に戦場に行く。


 今回、三つの村から六十名が再徴兵されたが、たった三日間で十名を超える死者を出している。

 今日、俺の前で頭をふっとばされた奴もそうだ。


 名前を覚える暇もなかった。

 あいつは俺が並んでいると、とつぜん前に割り込んできやがった。


 別段並ぶ順番なんて気にしないのでそのままにしたが、あのとき奴が割り込んでこなかったら、頭を吹っ飛ばされたのは俺になっていた。


 とにかくオーガ族の戦士は脳筋だ。二回も言うことではないが、そうなのだから仕方ない。


 それに戦場で死なないための訓練を施すなんて、優しい制度もない。

 武器や防具だって支給されないので、装備なんてみなバラバラだ。


 だれもが好きな得物――といっても鉄の棒か、木の棒が主だが、それを持って敵陣に突撃をかける。


 中には大岩を両手で抱えて走る奴もいる。

 両手が頭上でふさがっているので、たいがいオーク族の槍の餌食になる。


 俺の場合、武器も防具もないので、落ちていた針金を腕に巻いている。

 近くに破壊された馬防柵があったので、それに使われていた針金だろう。

 ないよりマシの、なんちゃって防具だ。


 なんにせよ、俺は今日も生き残った。いや、生き残れた。

「ゴーラン、お疲れ」


 やりきった顔で話しかけてきたのは、三日前から戦友となったエドバス。

 同じ村の出身だ。


「お疲れじゃねーよ! 負け戦だろ、なに清々しい顔してんだよ!」

 俺の言葉にエドバスは、なんで怒っているんだと不思議そうな顔をする。


明日あす勝てばいいじゃねーか」

「よくねーよ! 明日も負けるわ!」


「だったら明後日あさって勝てばいいだろ」

「……はぁーっ」


 これだからオーガ族は脳筋って言われるんだ。

 使い潰せる便利な駒扱いされても、本人たちは文句も言わない。


 まったく情けなくなってくる。


「よぉ、ゴーラン……ってどこ行くんだ?」

 同じ村の奴がまた話しかけてきた。名前はたしかリモボ。


「もう我慢できねえから、グーデン部隊長の所へ行ってくる」


「おい、ゴーラン、それって?」

「もしかして下克上げこくじょうか?」


 エドバスもリモボも色めき立つ。

 俺が「そうだよ!」と怒鳴り返すと、背後から「ひゃっほーい」と陽気な声が聞こえてきた。


 喜ぶなよ、おまえら。




 魔界には厳格なルールはない。

 あるのは、強い奴が弱い奴を支配するというシンプルなものだけ。


 弱い奴は強い奴に戦いを挑み、その座を奪おうとする。

 強い奴は、より強い奴に挑む。


 そうした魔界内での序列、つまり上下関係を決める戦いのことを下克上という。


「ゴーランが下克上するぞ!」

「そこどけ、道を空けろ。下克上のはじまりだ」


 魔界の住人は例外なく下克上が好きだ。大好きといっていい。

 ゴメン、いま嘘をついた。俺は嫌いだ。


 あんなもの、俺の知らないところでどんどんやりあうのはいい。

 俺を巻き込まないなら、何も言わん。


「来たぞーっ! グーデン部隊長だ」


 早いな。もう上官に話が伝わっていた。

 向こうから「がっはっは」という笑い声が聞こえてきた。


「おまえが下克上の挑戦者か。がははは」

「ゴーランだ。おまえに部隊長を任せておくと無駄に死人が出る。よって下克上を申し込む」


「良かろう。部隊長グーデン、この勝負受けた!」


「成立だぁー!」

「下克上が始まるぞぉ!」

「いぁっやほう!」


 周囲が爆発したように盛り上がった。


(前略母さん、俺はいまオーガに転生して、これから強い奴に戦いを挑む所です)



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