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プロローグ

      / (6)


 影が夜の闇を疾駆する。

 寝静まった町はただ静かで、街灯は闇に呑まれるほどに弱い。あと数分足らずで、今日から明日へと(とき)が進む。空には見事な満月が一つ、白い光を町へと注ぐ。

 人気の失せた夜闇を、その人影は疾駆する。

「はぁはぁ…………」

 荒い呼吸は、しかし少しも乱調を感じさせない。バックに流れるドラムのように、それは規則正しい呼吸音。その呼吸に併せるように、足音が路面を打つ。

 カンカンカン…………。

 路地裏に断続的な足音が響く。奏でられる音色。ビートを刻むように、ずっと、ずっと。

 壁に反響して、夜の協奏を奏でる。

「はぁはぁ…………」

 少女は一人、夜闇を()せる。

 シンプルなグレーのシャツに、タイトなダークスーツ、男物の革靴。肩口のあたりで乱暴に切り揃えられたライトブラウンの髪に、中性的な顔立ち。女性的な柔らかさよりも、凛と引き締まった鋭い表情が、さらにその印象を強める。背丈も、成人男性の中の上に入るほど。一見しただけでは、男性と見間違えてしまう。

 カンカンカン…………。

 少女は路地裏を抜け、大通りへと躍り出る。

 左右対称に造られたその道は、見事なまでに完成されている。建造物の形状、配置、街灯の数や角度、その輝きまで、一寸の狂いもない。美しいほどに、この光景はシンメトリーを描いている。

 夜空を見上げれば、そこには白く輝く満月。その完璧な円を中心に、いま、世界は究極の美を描く。

 そんな完成された美術品の中を、少女は走る。

 ――三つの月光を、その背に浴びて。

 完璧な対称。まるで鏡合わせのような幻想。中央に座す満月を愛でるように。――左右に並ぶ、(ふた)つの満月(つき)

 月はさらに、四つ、六つ、八つと数を増し、その白い光に曝され、辺りは真昼のように明るく照らし出され……。

 ――月光が、少女の周囲を()く。

 幻の満月から放たれた光は、熱の()い焔。(そら)に高温の白煙が上がり、()かれた路面は奪われた熱のために霜が降りる。

 光は少女を取り囲むように走る。白色の光に轢かれまいと、少女は振り返らずにただ駆ける。

「はぁはぁ…………」

 角を曲がって、少女は目の前の光景に愕然とし、

「くそっ。ここもか」

 吐き捨てる。

 ――天空に浮かぶ、そこには一六の満月。

 視界一杯が白く洗われる。あまりの白さに、真夜中で目が眩みそう。

 少女はただ疾走する。足を止めることなどできるわけもない。――止まった瞬間、その光に消されるとわかる。

 路面が白く凍てつく。空気が急速に加熱され、異臭が少女の周りにまとわりつく。まるで無数の眼に凝視されているように、背景は穿(うが)たれたような空白の円。

 空気が震えて、世界は狂想を奏でる。

「こんな大っぴらに魔術を使って。世界が気づくぞ……!」

 この光景が幻想なら、少女の速さも幻想の域。数多の満月に囲まれながらも、少女は確実に避けて、先を進む。背後の光源を振り返らず、まるで後ろに目がついているようにかわしきる。

 少女は走りながら毒づく。

「協会の人間が、その決まりを破るなよ」

 世界が白く炎上する。路面はおろか、壁という壁、街灯まで霜で凍てつく。その閉塞された箱庭だけが、真冬に堕ちたよう。

 もはや、少女の姿はそこにない。ダークスーツも、ライトブラウンの髪も、その凍てついた白い闇から消えて失せてしまった。

「……もっとも、時間切れ(タイム・リミット)が近くて、あっちも気が気でないんだろうけど」

 少女は闇の中で大きく息を吸って、吐いた。

 そこに満月はない。辺りは深夜の闇。街灯のないその場所では、路面も壁も見ることはできない。喧騒はなく、人々が寝静まった夜があるだけ。

 少女は視線を上へと転じる。周囲は深い木々に覆われていて、闇と夜の区別もつかない。月はおろか、星の明かりさえ、ここには遠い。

「――――時間切れだ(タイム・アウト)

 突如、世界は暗黒に包まれる。

 月はなく、町はなく。ただ、暗黒だけが広がる。浸食するように、路地が、壁が、木々が、空が、少女までも、暗黒に塗り潰される。

 そこは、虚無。あらゆる存在が失せた空間。

 ――時刻は、午前零時。

 その瞬間、この場所は世界から消滅した――――――。


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