第8話 急転直下的超展開
魔術の練習というか実験をしているうちに、気づいたら夕方になっていた。当然、昼飯なんか食ってない。育ちざかりの三歳児がこれじゃまずいだろう、ということで小屋の外に出て、柿に似たサミンという果物をかじる。どこでも恵みを与えてくれる女神様にはマジで頭が上がらない。
夕飯も食べなきゃいけないから今はこれで済ませるとして、その夕飯には何食べようか。なつかしのおにぎりに挑戦しようと思ったが、果物を食べるから夜はあまり多くは食べられない。いつものようにパンとスープにするか? でもあれもかなり腹にたまるしなぁ……。……うん?
いきなり魔素が減りはじめた。どういうことだ?……まさかどこかで魔術が使われている? だとしたらこの魔素の減り具合からしてかなりやばそうだ。というか本気でやばそうだ。怖い。気休めにしかならないだろうが小屋に避難しよう。それから“境界”の魔法陣を……
グオオオオオ!!
“境界”の魔法陣が完成する前に、一帯に凄まじい咆哮が轟いた! てかこの森にはどんなバケモノがいるんだ! 最初からわかってたけど俺一人じゃあ到底対抗できねえぞ! 早く逃げないと見つかって喰われてしまう!
たとえ逃げても追いつかれて後ろからのしかかられて、抵抗できなくされてから喉を食い破られてしまう! そのあとでゆっくりと爪と牙で俺の腹を開かれて内臓を引きずり出されて──!
「う、うわぁぁ!! 出せ! ここから出してくれぇぇぇ!!」
気づいたら俺は死にもの狂いで小屋の壁を必死に叩いていた。
……出るならドア開けないと駄目だろう。パニック状態の俺に、冷静な俺からのツッコミが入って我に返る。というか今小屋から出るのはまずい。三歳児の脚力じゃあそれこそすぐに追いつかれて喰われるのがオチだ。俺は恐怖を抑えながら、ボロ小屋の壁の隙間から外を覗き見た。
森の木々の上から、ドラゴンが顔を出していた。
濁った灰色の爬虫類みたいな鱗に覆われた体。森の木々の上から姿が見えるほどでかい。巨大な蝙蝠のような翼と、遠目でもその鋭さがわかる牙を持つそいつは、どう見てもドラゴンにしか見えない。
戦慄する暇もなく、ドラゴンは大きく息を吸い込みはじめた。同時に魔素がまた減っていく。
「つ、集い揃え!」
大急ぎで床に“退魔”と“境界”を重ねて書いて、それだけじゃ不安だから“境界”を二重にした魔法陣の中で身を伏せた、しばらく後。
急激に温度が上がり、俺は目が乾いて開けていられなくなった。俺はとにかく体を低くして腕で頭を守り、息もひそめて熱風が過ぎ去るのを待った。空気は相当熱いが我慢できないほどでもないが、この状態が長く続けば俺はカラカラのミイラになる。怖えぇよ!
恐怖はそれだけではない。推定・ドラゴンブレスにさらされている小屋がさっきからぴしっ、ぱきっと音を立てているのだ。こんなボロ小屋、いつ崩れ落ちるか分からない。……と思っていたら俺のすぐ横に屋根が落ちてきた。直撃してたら命はなかっただろう。マジで怖ぇよ!!
お願いです女神様、助けてくださいマジで。
サイコロの女神様のご加護でもないと、このピンチを抜けられそうにありません!!
……そして。
推定・ドラゴンブレスが収まった後には黒コゲボロボロになった小屋の基礎と、そして木々が焼き尽くされてできた大きな道だけが残っていた。
俺は助かった、のか……?