第4話 逆転的発想
昨日、必死になって服の洗濯をしながら俺はずっと考えていた。
斬られた右腕、治せるんじゃね? 両手が戻ったら楽になるんじゃね?
生物の身体はたくさんの細胞が集まってできていて、生命の設計図たる遺伝子は細胞のひとつひとつに存在している。その情報を読み取って【因果を紡ぐ手】で複製を作ることはできるはずだ。きっとできる。やってみよう。
朝起きて一番に、俺の遺伝情報を読み出して複製を作る実験をやってみた。
現れたのは、手のひらサイズの色鮮やかな赤身肉。今にも血が滴りそうなくらい新鮮そうで、しっかりと弾力がある。だが本当にこの肉の塊が俺の細胞の複製なのかはわからなかった。少なくとも牛でも豚でも鶏でもない、今まで見たことのない動物の肉なのは確かなのだが。
とりあえず、焼いてみた。するとすぐに辺りに生臭くクセのある匂いが漂い、俺はたまらずせき込んだ。……間違っても人間が食うようなもんじゃない。変な匂いのする肉塊はすぐ近くの茂みに捨てた。
困った。腕の再生は大きな賭けになる。少しでも成功する確率を上げてからにしたいが、果たしてどんな準備をすればいいのか。
問題はじっくりゆっくり考えることにして、まずは朝飯にしよう。今日の朝飯は黒パンと、いろいろ野菜をすりおろした塩味のスープ。これがあるから俺は今日を生きられる。
「あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます」
シンプルかつ奥深く、飽きが来ない味だ。万が一飽きたらその時はパン粥にでもしよう。片手で食べられればいいんだから白パンに腸詰肉と野菜でも挟むのもいいな。
あと米だ。【因果を紡ぐ手】で米を作ったら、おにぎりとか雑炊とかドリアとか選択肢が広がる。今回はもうメニューを決めてしまったから、昼飯のときに試してみよう。
朝飯の後は読書だ。昨日は結局本を読まなかったから、今日は絶対に文字に触れておかないといけない。でないとどんどん忘れていくっていうしな。途中までしか読めないが『初級魔術教本』で魔術の復習をしよう。
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はじめに
魔術とは、理の神ラクシーナスが魔物に脅かされる人々のために、呪いの瘴気から身を守る力を授けたのが始まりと言われています。
私たちの祖先はこの力によって瘴気が満ちる魔境に突入し、魔物を追い払うことができるようになりました。
そして魔物がいなくなった後、ラクシーナスより授かった力に工夫を加えて新しい技術を編み出しました。
それが、魔術と呼ばれているものです。
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女神様って、理の神ラクシーナスっていう名前なのか。神々しい名前だ。だけど名前に似合わずお茶目で可愛いところがマジ女神様だった。というかそんな大事な情報を今まで忘れていたのが悔しくて俺は泣きたくなった。