第2話 日常的孤独(前篇)
理由もわからず拉致られた俺の一日は、日の出とともに始まる。
小屋の隅で目を覚まし、【因果を紡ぐ手】で体内に熱を生み出し身体を温める。十分に温まったら起きて外に出て、白磁の桶に水をためて顔を洗うのだが、左手だけではなかなか上手くいかない。なんで俺がこんな苦労をしないといけないんだ。湧き上がる怒りを闘志に変えて、時間をかけて顔を洗った。
そして着ている服で水気を拭いて、腹ごしらえ。今朝のメニューは本当は特別な日にしか食べられない白パンと、トビウサギとオリオタマネギと紫ニンジンと太陽芋の塩味スープ。俺は適当に創った台にスープ皿を置き、三歳児の手には少し大きすぎるパンを左手に持ち、右手も軽く添えて──
「あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます」
女神様に心の底から祈りを捧げ、白パンをスープに浸した。最初はスープに少しだけつけて、皮をかじり破ってから改めてたっぷりと沈めた。そしてぱくり。ほどよい塩味のスープを含んだ白パンは最高にうまい。今思いついたが、固くて食べられたもんじゃない黒パンでもこうやったらいけるかもしれない。決めた。昼は黒パンにしよう。
そんなことを考えながらパンとスープを食べ尽くすと、皿の上に具が残る。これを全部食べて、やっと完食だ。ここからが本番だ。利き手ではない手でフォークを持つと力が入らない。うまく具に刺さらなくて、つるつるすべる。ええい、逃げるな。おとなしくしろ!……結局今日も最後はフォークを投げ捨てて犬食いになってしまった。人間の暮らしまで先は長い。
朝ごはんが済んだら顔を洗った水を温めなおして着ていた服を浸した。それを絞って身体を拭く。でも片手では上手く絞れない。なんで俺がこんな苦労をしないといけないんだ。でも家に帰るまでの我慢だ。帰ったら代わりに服を絞ってくれる人がいる。俺はその人たちのためにもたくさん勉強して《急いでおうちに帰りなさい》黙れ! 帰れるものならとっくの昔に帰ってるわ!
《急いでおうちに帰りなさい》焦るな。俺にはまだまだ力が足りない。こういうときは下手に動かずじっと救援を待っていないと《人に助けてもらってはいけないよ》大丈夫だ。今のところ、ここで生きていくだけならなんとかなっている。大きくなったらこの森を脱出して家に帰るんだ。そしてみっちり英才教育を受けてから天使を探しに行くんだ。
なんとか気分を落ち着けて、濡れた服を絞る仕事に戻った。昨日は途中で焦れて濡れたまま拭いてしまったから、今日こそはちゃんと絞りたい。服の先を右の脇に挟んで、左手でぐるぐるねじって……だめだ。力が入らないからほとんど絞れていない。そうだ、半分に折った服にフォークをはさんでねじりあげれば……おお!……お? まだ水浸しじゃねえか! 俺は服を地面にたたきつけた。そして泥だらけになった服を見てがっくりと地面に崩れ落ちた。そして足まで泥まみれになった。
俺は自棄になって泥遊びを始めた。
気が付いたら全身泥だらけになっていた。






