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インパーフェクト・ユートピア  作者: 籐紅葉
理想郷の神域
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プロローグ 擬似的異世界転生

「目を覚ましてください。今は眠っている場合ではありませんよ?」





気が付くと、俺は白い空間にいた。

上も下も右も左も真っ白な、限りなく何もない場所。

「ここは……?」


「よかった、気がついたのですね。

ここは……そうですそうです、時空の狭間と呼ばれる空間です。

知りたいでしょうから先に答えますけど、あなたは車にはねられたのですよ」

「車……」

それがきっかけになって、次々と記憶がよみがえってきた。

……そうだ、俺は家の前でトラックにはねられたんだ。


「思い出せましたか?」

「はい、なんとか」


普通に返事をしてから、初めて気づいた。

天使がいる。

俺の目の前に、波打つような銀髪をなびかせた天使がいる。


ほっとした風にほほ笑む顔がかわいい。

雨上がりの青空のように輝く目がかわいい。

クリーム色の下地に青で縁どられたシンプルなローブが清楚さを際立たせていてかわいい。

ローブを下から押し上げる豊かなふくらみは見えないからこそかわいい。

少し高くて聞き取りやすい声がかわいい。

節くれだった年季の入った杖を大切そうに抱えるしぐさがかわいい。

背中の翼はないけれど、こんなにかわいい天使が天使でないわけがない。

というか杖、そこをどけ! そして俺に代われ!!


「……あなたは?」

「私は【理を手繰る者】。人からは理の杖とか賢者の杖などと呼ばれています」

「賢者の……え、杖? 賢者の、杖?」

「はい。この杖が本体で、人の声と姿はあなたとお話するために用意した幻です」


そんな……。

かわいい天使が実は杖の作った幻だったなんて……。

世の中そんなに甘くないとわかっているつもりだったが、これはひどい。ひどすぎる。


「……お気に召さなかったみたいですね。

だからといって今から変えることもできないので、このままの姿で失礼します」

「はあ」

姿が気に入らなかったわけじゃない。

こんなかわいい子が天使でも女神でもなく作られた幻だったことに諸行無常を感じただけだ。


「最初にお名前をいただいてもいいですか?

それと、あなたが事故に遭ったときの状況をうかがっても?」

落ち込むのはやめよう。

俺好みの天使の姿をとった杖様に悪気はないんだ。


「俺は早乙女さおとめ貴弘たかひろといいます。

俺、将来ミュージシャンになりたいんですけど、それを親に言ったら「楽器いじりなら大学に入ってからやれ」って言われまして。

経験も教養もないガキがいくらパソコンの前でうなってもろくな曲ができるわけがないって。

「教養って何かわかるか? 歌詞のネタだよネタ!」なんて言われたら納得するしかないじゃないですか。

それで来年の受験に備えて徹夜で勉強してて、ちょっと疲れたから息抜きのために買い物に出たんです。

コンビニでコーヒーとおでんを買って、帰る途中で走ってきたトラックと衝突して……。

ドライバーがトラックから降りて大声で人を呼んで、大騒ぎになって……」


最後のほうは記憶がとぎれとぎれになってよく思い出せない。

ただ、家の前の道路は狭さの割に車が凄いスピードで走り抜け、いつ事故が起こってもおかしくないと言われた危険な『抜け道』だったから気を付けていた……つもりだった。

だけど今こうしているということはどこかで油断してたのだろう。


「……俺は死んだんですね」

「まだ死んではいませんよ」

「えっ!?」

「あなたは今、救急車で病院に運び込まれて手術を受けています。

限りなく死に近い位置にいるのは事実ですが、手術が成功して助かる未来も十分にありえます。

そこまではいいですか?」

「はあ」


なんだ、ただの気休めか。

それにしても、かわいい。

今なら何の未練もなくあの世に行ける。


「そういう場合に限るのですが、私は因果を編みなおして運命を作りかえることができます。

わかりやすい例を挙げれば、適当に振ったサイコロの目を全部六にできるということですね。

私にかかれば、サイコロの個数も出目の片寄りも問題になりませんっ」

「はあ」


誇らしげに言い切る天使がかわいい。

こんな天使に振られたら、サイコロも幸せだろうなあ。

天使の正体が杖だとしても、それでもいいや。

よく考えたら付喪神という存在もあるし。

きっと長い間人に愛され大切にされてきた杖が心を持って天使になったんだろうな。


「少し話がずれましたが、私はあなたをあなたの手術を成功させて生還させるお手伝いができます。

今回は医者の集中力を高めたり、指先をなめらかにしたり、死神があなたに近づくのを遅らせたり……

……聞いてますか?」

「はあ」


こんなにかわいい天使が悪い天使であるわけがない。

いや、むしろ悪魔でもいい。

かわいい声で罵られながら身も心も吸い尽くされたい。

「……話を聞いてくださいっ!!」

ばちっ!!


我に返った時、天使が右手を大きく振り抜いていた。

無意識に押さえた頬がひりひり痛い。

……だめだ、天使がかわいすぎてろくに頭が回っていない。


「……目が覚めましたね?

ストレートに聞きます。あなた、助かりたいですか?」


怒りを含んだ声もやっぱりかわいい。じゃなくて。

「え? そりゃあ助かりたいかって言われたら助かりたいですけど。

……助かるんですか?」


天使は深いため息をついた。

「やっぱりあなたは全然ぜんっぜんっ、聞いていなかったのですね……」

呆れ返った目で見られてゾクゾクしてしまった。

なるほど、二次元が三次元になったらこうなるのか。いや二.五次元か。


「き、聞いてましたよ!

あなたはサイコロの出目を全部六にできるんですよね?

その力で奇跡を起こしてくださるんですよね?」

「なんだ、ちゃんと聞いていたじゃないですか。

その通りです。

その通りですが、もちろん私はただの優しさであなたを助けるわけではありません」


これは来るか?

このパターンだとやっぱりこの天使は女神様で、「私の世界を救ってください」とお願いされたりしちゃうのか!?

この子は女神様と呼ぶにはかわいすぎるんだけど!

かわいすぎるんだけど!


「私の世界を救ってください。正しくはそのお手伝いをしてください」

キター!

天使な女神様のお願いキター!!

……いやいや、詳しく話を聞かないと!


「どういうことですか?」

すると天使な女神様は急に遠くを見るような目になった。

ああその蒼穹の瞳でいったい何を映すのか。


「あなたの国は素晴らしい世界ですね。

怪我をしたら誰でもすぐに病院に運ばれ、高度な治療を受けることができます。

その他にも素敵なものがたくさんあるから、楽園を作るときの参考にしています」


「楽園?」

天使な女神様が創る楽園……まさに理想郷に違いない。

ぜひ行ってみたい。住んでみたい。


「はい、ひとつの世界を創り、そこを悲しみも苦しみもない理想郷にするのが私の夢です。

……なかなか思うようにいかないのですけどね」

憂いを帯びた目をしながらてへ、と軽く舌を出して笑った顔が儚げでかわいい。

というかこのかわいい女神様を悲しませるのは誰だ。今すぐ出てこい。


「思うようにいかないからといって住んでいる人々を無理やり支配すれば、それはもはや理想郷とは呼べませんしね」

優しいよ。優しすぎるよ、女神様。

世の中には世界を自分の思い通りにしたいだけの邪神が掃いて捨てるほどいるというのに。

いや、偏見だけど。


「つい先日にも魔王が誕生してしまいましたし、困ったものです」

「魔王ですか」

ああ、女神様は憂いを帯びてもかわいい。


「魔王とは、いえその前に魔物とは、私の世界に浸み込んできた混沌が生き物などにとりついて変化を起こした存在です。

混沌は取りついた生命の一番強い想い──大抵は原始的な生存本能なのですが──普通なら満たされれば収まる欲求を暴走させて歯止めをかけられなくするのですね。


魔物の近くには必ず混沌が染み出ている箇所があるので、人々には見つけ次第すぐに直しなさいと告げてあります。

それが順調にいっている間はいいのですが、修繕が滞るようになると混沌が流れ込むのを止められなくなり、魔物がどんどん増えていきます。

そして世界に混沌が増えすぎると、混沌に意思が生まれるのです」


「…………。」

真剣な顔をした天使は神々しくて一番かわいい。

いや、俺はまじめに聞いている。

話す言葉を全部一言の漏れなく頭に刻み込む執念をもって聞いている。


「混沌が意思を持つと、明確な思考と知恵をもって積極的に世界を侵食するようになります。

僻地に強引に歪みを作り、人の目を逃れながらより効率的に魔物を増やし、陽動を行って手薄になった街を狙う等、戦略的な行動をとるようになります。

それが【魔を束ねる者】。すなわち魔王なのです」


なるほど。話が見えてきた。

「魔王が誕生した時点で、事態はすでに人間の手は負えなくなっています。

魔王を倒すにはやはり世界の歪みを見つけて塞ぐ必要があるのですが、歪みの周辺は人間をも魔物に変えてしまうほど濃密な混沌で満たされていて、そもそも近づくことができないのです。

ここまで来たら、混沌再編兵器としての私が直接出向く以外にないのですね。

ですが所詮私は杖ですから、ひとりでは動くことができないのです」


ああ優しい女神様はマジで女神さまだ。

だけどなんか変だぞ?

女神様はかわいいけど、こういう疑問を後回しにしてはいけない。


「質問していいですか?

どうしてそこまで放っておいたんですか?

もっと早く手を打っていれば、そこまで酷くならなかったはずなのに」


「……そうしたいのはやまやまなのですが、できない理由があるのですよ。

今からあなたに行っていただく『不完全な理想郷インパーフェクトユートピア』は、ものすごく大雑把に言えば混沌から紡ぎだした因果の糸を編んで作った世界です。

……最初に創ったときに完璧に仕上げられたらよかったのですが、私が至らなかったために上手くいかなかったのです。

しかも混沌が浸入してくるまで、世界に歪みができていたことに気が付けなかったのも原因なのですが……


世界に魔物がはびこるようになったとたん、皮肉にもそれまで互いに争っていた人間たちがぴたりと争いを止めて協力するようになったのです。

だから私は一度混沌を処理した後、世界の管理を人々に任せて様子を見ることにした、というわけです。

今も魔王が生まれるほど歪みが進んでいることを除けば、世界はとても平和なのですよ」


それは平和と言えるのか。

しかし憂いを含み笑う女神様を見れば、本気で言っているわけではないのがわかる。

思わず力になりたいと思ったほどかわいいけど、果たして俺に何ができるのか。


「それと、世界の壁を作り直せないのにはもうひとつ理由があります。

一言でいえば、魔術です」

「魔術!?」

「世界の壁を直す術を教えたら、人はそこから小規模な世界創造を行う術を編みだしました。

それが私の世界で魔術と呼ばれているものです。

魔術は魔物と同じく混沌を源としますから、今更混沌を排除したら私はかえって人々に恨まれてしまいます」


ああなるほど、その気持ちはわかる。

魔法はロマンだ。


「わかっていただけましたか?

話を戻しますが、私が直接動くためには私を振るい使ってくれる者が必要です。

それはすでに選ばれているのですが、その者は魔王の前ではあまりにも無力。

あなたには、その者がつつがなく使命を果たせるよう守ってあげてほしいのです」


つまり、護衛の依頼なのか。

「それってどんな人ですか?

見たらすぐわかりますか?」

かわいいですか? 女の子ですか? 歳は?

女神様を守るっていうことはその子こそ天使ですよね?

……危ない、うっかり心の声があふれ出すところだった。


「その者は常に私を持ち歩いていますから、見ればすぐにわかるはずです。

どんな人かは、実際に会ってみてのお楽しみです。

頼まれてくれますか?」


「やります! たとえ火の中水の中砂漠の中を突き進むことになろうとも!!」

この天使な女神様に命を捧げないで、誰に命を捧げろというのか!

でもむさいおっさんだったら泣くぞ俺!


「ありがとうございます。

ならば私も、この身が砕け散ろうともあなたの命を繋ぎ止めてみせましょう。

ところで私のような存在があなたがたの世界の人間を異世界に連れて行って働いてもらう時は『チート能力』なるものを授ける約束になっているそうですね」


大真面目な顔でこんなことを言ってくれる女神様は問答無用でかわいい。


「約束……ええ、お約束ですね」

これは期待できる。

果たしてこの女神様はどんなチートをくれるのか!


「私もそれに倣い、あなたに【万能の才】を差し上げます。

武術でも魔術でも語学でも、努力をすればしただけ結果がついてくる祝福です」


……それ?

うーん、悪くはないけどなんか地味だ。

悪くはないんだけどな。


「いまいち気に入らないと言いたそうな顔をしていますね。

でしたらとっておきの【理を手繰る者】と、その簡易版の【神なる奇跡】をお貸しします。

無数に存在する運命の分かれ道の中から、あなたにとって一番理想的な未来を代わりに選んであげます。

私が言うのもなんですが最大最強絶対無敵な祝福なので、本当に崖っぷちに立たされた時限定の切り札にしてくださいね」


うーん、いかにも凄そうだし、女神様が言うのだから本当に最強なんだろう。

最強なんだろうけど、要するに運がよくなるだけじゃないか。


「それも気に入りませんか。

それならどんな祝福ならいいですか?」

俺の意見を聞いてくれるんだったら、定番のこのみっつを言ってみよう。


「見たものについての詳細な情報がわかる鑑定能力と、周囲の気配がわかるサーチ能力と、あとは荷物をしまいこんでおける異次元収納がほしいです」


能力を全部もらえたら上々、ひとつだけでもなんとかやっていける。

努力が報われる祝福も女神様の幸運も欲しくないと言えば嘘になるけど、もらってしまったら『明日から本気出す』男になってしまいそうだからだ。

こう見えても意思の弱さには絶対の自信がある。


女神様はじっと考えていたが、やがてこう言った。


「あなたに【因果を紡ぐ手】を差し上げます。

呪文や魔法陣を使わなくても念じるだけで魔法が使える祝福です。

あなたの想像力と努力次第でいくらでも応用できるでしょう」


え?

「俺の希望はどうなったんですか?」


「結論から言いましょう。無理です。不可能です。

あなたは最終的に魔王を相手取り戦うことになります。

お世辞にも戦闘向けとは言えない能力で、魔王に勝てる可能性がゼロなのです。

それとも、【因果を紡ぐ手】も気に入りませんか?」


「いやいやいや!

願ったり叶ったりと言いますかむしろ自分には過ぎた能力です!」


いや本気で!!


「そんな頼りないことは言わないで、ちゃんと役立ててくださいね。

それではこれからあなたを『不完全な理想郷インパーフェクトユートピア』に送ります。

……そうそう、これは契約です。

魔王が滅びる前に死んでしまったら契約不履行であなたの復活はなかったことにしますからねっ☆」


最後の最後に素敵な笑顔で言ってくれる女神様、マジ女神様!!






トラックにはねられたら女神様が出てきてお願いされるなんて、ひどいテンプレだ。

守る相手といつどこで会うかも聞いていないけど、大丈夫なんだろうか……?

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