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北のまちに降る雪  作者: ことわりめぐむ
二章 奇跡
8/21

Ⅲ 帰途

 自分のわがままと他人の幸せ、天秤にかけ他人の幸せをとるのならはじめから何もしなければいい。

 どんな明日がいいか考えてみた

 思いつめて苦しむよりも

 楽しく月明かり見ていたい


 だから、悩む前に選択肢は決まっていた。  




   3 帰途



 

 ローレンが風邪などという普通の病気に幻覚まで見せられた次の日。薬と安静のおかげで体力は元に戻っていた。バカは風邪をひかないという言葉が昔から言われているので、自分がバカではないという証拠になったので、これはこれで良いとしようと一人思う。

 ヴィオロンも今朝から屋敷に姿を見せているようだし、すべてが元に戻った今日からただの日常が繰り返されるであろう。つまらない、貴族達の見栄の張り合いの気分が悪くなる建物を見物するだけの毎日。

 ここ数日にたった一人の子供のおかけで、ひどいことになったものだとスノウの顔を思い浮かべローレンは苦笑いのままコートに袖を通していた。

「坊ちゃま。本日は何処にお出かけになられますか?アウグスト医師からは外出を禁じられていたはずでは‥‥」

 主人の行動に外へ出るのを感じとった執事は注意をする。

「防寒着で身を固めていれば風邪ぐらいは大丈夫だろう。後は医者に黙っていればいいだけだ」

「そうでございますか‥‥それではラリサに気づかれないように手配いたします」

 無表情を崩さずヴィオロンはお辞儀をした。

「大丈夫すぐもどるよ」

 今日以降が普通の日であるためには、今この手元にある爆弾の設計図が邪魔となる。屋敷の中で捨てると足がつくし、焼き払おうとしても何が起こったのか詮索されるだろう、処分する事はむずかしい、

うまく隠せばいいのだろうがいつかはみつかるに違いない。こんな物はさっさと処分してしまうに越した事はないのだ。

「あれ坊ちゃま」

 ローレンが屋敷を出てすぐにスノウの声がした。

「なんだ、もう元気なんだ」

 心配して損したという顔をしてふわりと彼は地面の上に立つ。

 なんだという言葉に少し引っかかったが、ここで腹を立ていてはしょうがないと目的の物の所在を質問した。

「あの紙切れはどうした」

 まだ屋敷の近くなので、誰が聞いているか分からないため、声が自然と小声になる。

「あれはね」

 スノウは顔を歪めて「犬のおなかの中」といった。

「犬の腹の中?」 

「うん」


 話よりも現物とスノウはローシャと自分の家にローレンを連れてきた。

 そして紙を喰ったとされる犬を指差しスノウは言った。

「なんだか知らないけど、僕が持ってた紙を食べちゃったんだ」

「どこから見ても犬にしか見えないが、あれは犬と言う名前の山羊なのか」

 紙を食べる動物など山羊しか思いつかないローレンは首をひねりそういった。

「犬は雑食だから、なんだって食べるんだろ~」

「雑食ね‥‥」

 犬の腹の中とはよい隠し場所を考えついたものだとローレンは感心していた。食べた直後から消化活動が始まりいつかはこの世から完全になくなる。もし気づかれたとして、調べられたとしても絶対に証拠は残らない。素晴らしいゴミ処理場だ。

 しかし、犬だけではなくて、これは人間にでも言えることだが‥‥。

「ローシャちゃん寂しそうなんだよ最近。僕一人が側にいてるだけじゃ駄目なのかな」

 そんなスノウの悲しみがこもった言葉もごみ処理場の事を考えていたローレンの耳には左から右へと流れていた。そんな時犬がスノウに近寄ってきた。

「なんのようだい?ベルゼブブ」

 犬の名前と思わしきものをスノウが呼んだ。

「なんて名前を付けるんだ」

 ベルゼブブなどと犬が可哀想過ぎるとローレンは抗議した。そんなローレンの様子に困った表情でスノウは語る。

「だって僕がつけたんじゃないもの。でも地獄の蝿でしょベルゼブブって。あれ蝿の王様だっけ?まぁいいや強そうでいいじゃない」

「強そうね‥‥」

 ひらひらと紙を犬の前にちらつかせる。犬の目はその紙を見つめぎょろぎょろと動いていた。

 ローレンはその紙に見覚えがあり、慌てて自分のポケットをのぞくが何も無い。このポケットには先ほどまで設計図が大切に入れられていたはずであった。

 いつのまにかスノウが取り出していたようである。

「考え方かえれば?盗みを働いていたっていう悪い事実は地獄からの使者に隠蔽されましたって」

 嫌そうな表情がいつまでも変わらないローレンに向かってスノウは気楽に言った。その前では設計図を犬が食している。たしかにそういう考えのほうが正しいのかもしれないのだろうかとぼんやり考えながらそれを見つめていた。

「これで証拠は隠滅。僕らは死刑にはならない」

 犬の口から胃へ移動した事を確かめると、犬の頭を軽く叩いた。

「あーーースノウ。またベルゼブに紙食べさせたのね!!死んじゃったらどうするのよ」

 ローシャは大きな声をあげて慌てて犬の元に駆け寄ってきた。愛犬の首に両手を当て大丈夫か調べ出す。

「僕は死んだって別に困らないよ」

 その様子を見つめスノウはローシャに聞こえないぐらいの小さな声でつぶやいていた。本当に天使なのだろうかとローレンは首をひねる。

 しかし、ローレンにとってもローシャのように愛情を感じているわけではないし、この犬が死んだとしてもなんら困る事はない。是が原因で死んだとなれば後味が悪いだけだが、消化が進めば設計図は発見される事はない。未消化であっても解剖なんてされることはないだろう。ローシャには気の毒な話ではあるが犬一匹の命のおかげで世界の人々の命が助かると思えば‥‥。最後の一枚をヴラディーミルがしっかり処分していれば、ローレン達にかかる疑惑も発生する前に消えるだろう。

「そういえばスノウ。今日は何の用事だったんだ」

 ローレンが屋敷からローシャの居るダスキム通りに向かう途中にスノウに出会ったことを思い出す。

「えっ?用事」

 ちらりとローシャの様子をうかがうと明らかに今作ったと思われる笑顔を向ける。

「別に坊ちゃまの家に行くのはいつもの事なんだから、用事はなくたっていいんじゃないのかな」

 笑顔といっても若干ゆがんでいるため、明らかに言い訳としか思えない言葉を吐く。

「嘘だな」

 ローレンの言葉にスノウは上目遣いと小声で「何で分かるの」と聞く。スノウの態度と表情が明らかにおかしいからだとはローレンは答えずに睨みつけた。


 ここでは出来ない話なのとローシャに気づかれないように、隣の路地に入り込んでスノウがあたりをうかがう。ローシャに聞かれたくない話とは何なのだろうとローレンは気になり、連れ出されるのに素直に従いついていく。

 周りに誰も居ない事を確認するとスノウが話し出した。

「最近ね。体が弱ってることに気が付いたんだ。最初はねこの街の気候が体に合わないのが原因だと思ってたのだけど。どうも違うみたい、日に日に体力が無くなっていく感じで、翼や体に何か絡みつくみたいでそれがどんどん重くなる」

 確かにそう言われればスノウの表情はローレンが初めて会った日に比べると、弱っていてやつれている様には見えた。

「ローシャちゃんには迷惑いっぱいかけてるし、必要以上に心配させたくないから、何も言ってないんだけど」

 それに‥‥今の彼女には僕は見えていないかもしれないしと話を続ける。その言葉は色々と意味を含んでいるのだろうがローレンにはどれも思い当たることがなかったため分からなかったがなんだか悪い気がした。

「やっぱり一人だと無理なのかな。大人しく上に帰ったほうがいいのかな」

「帰りたいのか?別にとめないぞ」

 本気で悩んでいるのかどうかはローレンには知る由はない。しかし、スノウが空に帰れば何もなかった一番初めまで戻れると不意に思った。スノウの話だとサンタクロースがクリスマスになれば、無理やり連れ戻しに来るという事なのだし、スノウにすれば叱られる前に帰ればいい。そう単純に思った。

「帰りたいわけじゃない。また上から下を見るだけの毎日なんて耐えられない。ただ声が聞こえたんだ」

「スノウって苦しそうに僕を呼ぶ声。体調が悪いことと関係あるんじゃないかなって」

 真剣な表情でスノウは語る。そんな言葉を聞いているとローレンの耳にも「スノウ」と呼ぶ声が聞こえた気がした。しかしそれは苦しそうではなくて、悲しそうに呼んでいた。

「僕にまで幻聴が聞こえた気がしたぞ。何かの奇跡か」

 顔を歪めてローレンが尋ねるとスノウは首をふった。

「僕も聞こえる。でも昨日とは又違う声」


「スノウ」


 今度は真後ろから本当に声がした。確実に耳に残っていた、幻聴と思えるようなか細い声などではない。

「誰か‥‥」

 二度目の声がしっかり聞こえたその瞬間、スノウの瞳は大きく見開かれ、そのまま逃げ出す。

 ローレンの問いかけは、誰も居ない路地に響いた。

「まって逃げないで」

 声の主はもちろん天使を追いかけるが、路地ばかりが入り組んで出来上がっているこのダスキムの道は知り尽くしているものの勝ちだ。一度曲がり角を曲がってしまえばもう二度と追いつけない、鬼ごっこが始まる前に終わってしまう。戦う前に負けてしまった鬼ごっこの敗者は諦めたかのように立ち尽くしていた。ローレンはなぜスノウの事をこの人が知っているのかを知りたくて声をかけた。

「スノウのお知り合いですか」

 その言葉に相手は驚きもせずに答えた。

「ええ。今あの子はどこに行ったかわかります?」

 スノウの逃げていった方向までは分かるが、現在位置までは特定できなくて、安易に「はい」とも言えずローレンは苦笑した。ここの道を知り尽くしているわけではないし、スノウがどこに行く事が多いのかまったく見当がつかない。思いつくのならば、ローシャの家か‥‥。

「多分、自分の家に帰ってくると思いますけど」

 声を聞いて姿を見ただけで驚き逃げ出した人。スノウにしたら悪い人間なのかもしれないが、初めて聞いたスノウを呼ぶ声が悲しそうだったから、彼の前に連れて行ってやる事が親切だと相手を案内することにする。


「フェミニストね。そういうタイプって女の子に好きになってもらえるかも知れないけど、ローシャは苦手」

 ローシャの家に彼女を連れて行き訳を話すとローシャにそう言われる。

 あきらかに不機嫌な表情が本当に苦手なのだと知らされる。

 フェミニスト‥‥ローレンはこの言葉をよく言われていた。しかし女性に優しいのは貴族の世界では基本なのだが、貴族の生活を知らない少女はなぜか腹を立てていた。

 そんなローシャの言葉に彼女は笑っていた。スノウよりも少し年上に見えるその女性は花に形容できるような綺麗な人で、男性なら誰でも優しく接したくなるようなそんな笑顔を持っていた。ローレンとしては女性だから親切にしたつもりではなくて、なぜスノウを探すのか、なぜスノウを知っているのかそれが知りたかった。

 その疑問はなぜか聞いてはいけないようなそんな気がして、今まだ聞けずじまいであった。

「ただいま」

 家の入り口方からスノウの疲れた声が聞こえる。

 逃げ惑い、相手を完全に撒いたと考えて帰ってきたようだ。 

「お帰りなさい。スノウ」

 彼の姿が見えると、逃がさないわよとスノウの袖を掴んで彼女は声をかけた。

「なんで、姉さんがここに居るの。場所まで特定できなかったはずでしょ」

 彼女とスノウの関係はあっさりとスノウの言葉から分かった。そういわれれば、女性とスノウは似ている。

「残念ながら。案内していただきました」

「坊ちゃまひどいよ」

 その二人のやりとりを見てにぎやかに遊んでいるように見えて、彼女を連れてきて正解だとローレンは思っていた。

「よかった元気そうで安心しましたわ」

 ぎゅっとスノウを抱きしめる。スノウは恥ずかしそうに「おかげさまで」と言った。

 スノウの態度で何となく彼女が肉親である事がわかる。

「セレン姉さんも元気でよかったよ。禁じられている地上へ僕を連れ戻しに来たの」

「そう連れ戻しに来たの」

 にっこり笑顔で繰り返す。

「今日きて今だなんて言いませんわ。でも明日には連れて帰ります」

 今日来て明日っていうのも急だなとローレンは思って二人の会話に聞き耳を立てる。

「なんで、明日‥‥」

「あなたが死んでしまうから」

 当然聞き返したスノウの言葉に彼女がこういった。

「比重が違う。環境が違う。気候が違う。文化も違う。何かもかも違うこんなところで、いつまでも生きていける分けないですもの。今ここに居る私だって苦しいのに、ずっと居るあなたが平気なわけは無い」

 確かに体は異常を訴え続けているのをスノウは知っていた、体調不良は命を削っている証明だったのかとローレンは口元に手を当てる。

「父さんの誕生日には早いけれど、分かるわよね」

「分かるけど。僕はここで、ここで死んだってかまわない。帰りたくない」

「約束が違いますわ。あなただけじゃなくてクアスも苦しんでるの」

「クアスが‥‥」

 その名を聞くとスノウの表情が変わる。

「そうあなたのもう一人がね」

 戸惑うスノウの顔を満足げに見て立ち上がり彼女は出て行った。姉弟そろって禁を犯して地上に降りてくるなんてばかばかしい‥‥ローレンはそう思わずにはいられなかった。

「クアスって誰だか知らないが、他人にまで迷惑かけてるのかお前は」

 どうやってクアスという者に苦痛を与えているのかは知らないが、今でさえローレン自身に迷惑という苦痛を与えているスノウの事だからどうにかできるのだろうと一人納得し怒鳴りつける。

「クアスは他人じゃない。僕の兄で弟で、僕自身だ」

「訳のわからないことを言うな、兄と弟と自分が一緒なわけ無いだろう」

「同じところで同じ事をして同じ体を共有する。僕のもう一人の人格。僕達はもともと二重人格で‥‥人格同士話が出来るんだから、人間で言う二重人格とは違うのかもしれないけど。同じ事を考えて、同じ気持ちで触れ合えない、だって一つの体に二人の人格が存在するんだもん。彼は地上に来たくないって言ってたから彼だけ残して僕だけ降りて来たんだよ。だからもう一人の僕」

 同じ気持ちで触れ合えない‥‥。そんな言葉が痛々しくローレンの心に残った。

 一つの体にもともと二人の人格が共有し、それは同時間帯に存在している、お互いに意識を交換し同じ事を思って行動する。人間では考えられない状況がスノウの普通であるのだとローレンは驚いた。

 いやそもそも二重人格なんて本質は知らない、これが本当なのかも。

「じゃあ二人に分かれたから、そのクアスって人は苦しいの?」

 黙って二人の話を聞いていたローシャがうつむいて話し出す。

「じゃあ帰ってあげないと」

 ローシャが下を向いたまま続きを語る。たくさんの別れとたくさんの死を一度に見てきた彼女は冷静に考えられているようだ。今遠い場所でスノウが居ない事で苦しんでいる人が居る、このまま地上にスノウが居ればスノウは死んでしまう。ここに残っていたいというスノウのわがままは通してはいけないわがままだ。ローシャはそう考えたのだろう。

「なんで、ローシャちゃん。帰れって言うの」

 自分は死んでもかまわないなどと軽々しく口にしたスノウは、残された人間の後味の悪い苦しみはもちろん知らないだろう。だからローシャの言葉に反論した。

「もちろんでしょ」

 当然ローシャは怒鳴る。

 何も知らないベルゼブブはそんな二人のやりとりを尻尾を振って眺めていた。


「やっと見つけた楽しみは、明日で終わりだなんて」

 いつもと同じくローレンには危ないこの街の帰り道はスノウに送り届けてもらう。

「また元気になれば降りてくればいいだろ」

 一度犯した罪は何度犯しても罪なのだから。体調を整えてまた少しの期間たったら上に帰る、そんな旅行を繰り返せばいい。

「そうだね。そうするよ」

 少し寂しい表情でスノウは別れを告げた。

 それは今日の別れか、最後の別れかローレンは詮索するつもりは無かった。

 彼はここに禁まで犯して降りてきた目的を果たせただろうか?果たせていないとしても明日までにどうにかできるものでもない、出来ないとも言えないが、なんにせよ死んでしまっては何も出来ないのだ。帰るという選択肢は彼には当然正解なのだろう。

「当然正解なはずだ」

 本当に帰るのだなという事が実感できると、なぜだか寂しくなった。居なくなってせいせいするはずなのに。 

「痛」

 スノウの事を考えていたら肺がちくりと痛む。長い間外に出ていたため、また単純な病気にかかったのだろう胸をおさえる。

 これによりまたあの態度をわきまえない医者に怒鳴りつけられる、ラリサにも文句を言われるに違いない、彼の脳裏につらい現実が想像された。


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