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北のまちに降る雪  作者: ことわりめぐむ
二章 奇跡
6/21

Ⅰ 小さな障害

 自分が対処できないことを何とかして欲しくて、ない力に思いをはせる。

 結局は自分達で何とかしないといけないのに、




   1 小さな障害




 まだ初冬だというのにローレンは風邪をひいた。

 朝から熱っぽく体がだるい。

 朝一番に呼びつけられた主治医は不機嫌そうに、風邪だと決め付ける。

 原因は多分昨日の外出である。

 大雪で降る町で生まれ、少しの間育てられた彼は冬には強いはずなのに、外に長時間放置されただけで病気になるとは弱り果てたものだなと主治医に馬鹿にされた。

 昨日は追いはぎに会って少女に助けられ、天使に会った。


 ‥‥きっと心労である。


 天使の世界、神の視点、罪の理由など普通の頭では到底理解しにくいことを話しし、納得させられた。そういえば相手は奇跡をおこせると言ったきりだった。

「大うそつきが」

「誰が嘘つきなの」

 窓の外からスノウの声がした。見るとやはりそこに居る。

「お前だよ。窓は鍵をかけていないしさっさと入って窓を閉めろ」

 丁寧といえない言葉で客人を招き入れる。

「お客様に向かって口の利きかたなってないし。ベッドに寝たままって言う態度もすごく失礼だよ」

 ローレンの態度に腹を立てながら、スノウは部屋に入ってきて窓を閉めた。

「僕が独り言を呟くといつも現れるな‥‥まさか見張っているのか」

 ゴホゴホと咳き込みつつ今の言葉を吐き出す。

「まさか。僕だってそんなに暇じゃないよ」

 偶然偶然とお得意の笑顔で否定する。

「坊ちゃまなんか見張ってても仕方ないし、一人言を言う姿もなんだか暗いし」

 笑顔のまま続ける。

「じゃあ何の用なんだ」

「別に‥‥ところで~なんで僕が嘘つきなんだよ」

 笑顔が不機嫌な顔に変わり質問する。

「奇跡をおこせるっていいながら何もやってないだろう。ついでに不幸をつれてきて僕は風邪をひいた」

「奇跡は待つものなの。僕だって待ってたのに‥‥そんなすぐに起こるわけ無いでしょ、魔法じゃないんだし。しかも、風邪は僕のせいじゃない、ひ弱な坊ちゃまが悪いんだろぅ」

 その発言が、天使だなとローレンは思う。言い訳は理論的で筋が通っているように聞こえ、さも正しいのかという錯覚に陥る。不法侵入であるためスノウのほうが立場が弱いのにもかかわらず、身分がはるかに高い自分にここまで言うとはと、ぼんやりしながら考えていた。

「人間は、お前達みたいなパンドラの箱を開ける前のような、何でも強い存在じゃないんだよ」

「パンドラのはこぉ?‥‥あぁ、御伽話ね」

 フフ‥と馬鹿にするかのように笑う。

 その表情にローレンは腹を立てたが、見なかったことにして目をそむけた。

「でも~奇跡はもう起こってるはずなんだけど」


 「また遊ぼうね」と窓から部屋を出てからすぐの屋根の上で、ローシャに行ったように手を目の前で組んで奇跡が起こるよう祈ったことを思い出す。降り積もる雪の中、輝く自分の手に目を開けたときおどろいたから、奇跡は起こったのだと思い込んではいたが、本人は何も無いという。

「坊ちゃまが幸せになりますようにってお願いしたんだけどなぁ」


 小さな声でスノウが呟くと、その後すぐにドンドンと乱暴に扉を叩く音がした。

「あれじゃない」

 音がするほうに視線を向けてスノウはにっこり笑う。

 あの乱暴なのが奇跡?不幸の間違いじゃないのかとスノウの顔を見る。

「乱暴はおやめください。坊ちゃまはご病気なのですよ」

 メイドのとめる声がする。

「うるさい!中で暴れるわけではない」

 といいつつ、乱暴な入室者は邪魔なメイドを押しのけ、閉めている扉を乱暴に開け、無理やり部屋に入ってきた。この様子では中で暴れると思われても仕方が無いだろう。

「こいつと大事な話がある。お前達は入ってくるなよ」

 顔だけ廊下に出し、立っているメイドたちにそういうと扉を乱暴に閉めた。

 スノウが奇跡と言った相手はソロヴィヨーフ・ヴラディーミル・カールルエヴィチ、この国の第三王子である。

「まったくお前の屋敷のメイドはしつこい。ヴィオロンみたいな召使にしたほうがいいんじゃないのか」

 冷淡無関与で、また忠実な執事の名前を出しながら、ずかずかと歩いてきてスノウと目が合い立ち止まる。


「おまえページまで雇ったのか」

 あんまり驚いた様子も無く、さらりと相手は言った。

 なんで‥‥そうなる‥‥とローレンの表情がゆがんだ。

「こいつは、知人の友人なんです」

「いや、顔は文句ナシに端整だし。この私まで足止めされた病人の部屋に入室しているからてっきり」

 別に彼はメイドに会わないように窓から入ってきただけですよとは伝えずに笑顔を無理やり作る。口元が引きつったまま向けられた笑顔にヴラディーミルの言葉が止まった。

「それより何をしにこられたんですか、本当に大切な用事でなければ、父君に報告しますけれど」

 あたりまえだが病人の部屋に無理やり入ってくるのは礼儀が悪い。

「‥‥そんなつまらん心配はしなくていいし、父に報告するまでも無い。する気も無いくせに、要らぬ頭を働かせるな。大切な用事というのはだな、朗報だぞ。例の爆弾の設計図がこの街にあるそうだ」

「だから何なんですか」

 熱のせいで頭の回らないローレンは彼の言いたいことがわからなくて、そう質問すると不機嫌そうに続きを語る。

「平和を願う私としては、あのような悲劇を生む爆弾を造るのはなんとしてでも止めたい。だが私のこの身分、そんなことをしでかすには家の見張りが大変邪魔なのだ」

「だから何なんですか」

 遠まわしに語る相手の姿はローレンにはふざけているようにしか見えなかった。

「わからん奴だな」

「つまり、坊ちゃまにそれを盗み出してくれってコトなんだよ」

 スノウが一言で解決してくれる。

「その通り」

 単純に言われて、彼は少し物足りなさそうだった。

「でもそれって、二者外の僕に聞かれたらまずい話じゃない?」

 お得意の笑顔で言う。

「あ‥‥」

 いまさら気づいても遅い。

 国家最高機密とでも言うレッテルが貼られているだろう。

「しかし、爆弾の設計図とは思いつきもしなかった。爆弾の設計図を盗み出せば爆弾はできない。これが奇跡なんだな」

「さあね」

 笑って答える、ローレンには肯定に思えた。

 しかし同じ奇跡なら、自分が元気なときに起こればいいのにと考え込む。ローシャを助けたときも背中に怪我を負わされたし、スノウのおこす奇跡はローレンには不利条件がついているとしか思えなかった。

「設計図がこんな所にあるんだったら造りはじめているでしょ。複写とかいっぱいして保存してたりね」

「いいところに注目するな。それは心配ない。手書きの原書しかこの世には存在しない事は調べてある。印刷などという行為は、未発達な大型機械でしか出来ないため、何十日とかかる。関わったものすべてが秘密を守るとは考えにくい、持ち出されたとしても気が付かないし、気が付いたときにはもう手遅れだったなんて事だけは避けたいはずだからな」

 スノウに聞かれてとても自慢げに答える。

 この人のことだから自分で考えたわけではないだろうとは思ったが、誰が考えたことだろうと思っているとスノウが「でもそれも、二者外の僕に聞かれたらまずいことだよねぇ」とからかっている声が聞こえた。

「も、もぅお前も同罪だ!!口外したら私がどこまででも追跡し、どこにも行けないように監禁などをして、死刑になるだろう、きっと」

 スノウのからかっている言葉に焦って訳が分からなくなったヴラディーミルは思いつく順序で罰を話した。その慌てぶりにスノウは大笑いする。


「ねぇ坊ちゃま。あの人だれ」

 スノウが聞こえないように、尋ねた。この街に住んでいるものならば誰もが知っている彼も天使には知られていないらしい。

「あの方はなこの国の王子様だ」

 ソロヴィヨーフ・ヴラディーミル・カールルエヴィチ第三王子。

 この国の第五王妃ジゼルのはじめで最後の子供、王子を出生の際息を引き取る。生まれた年の順に王位の資格がつけられるこの国で、第二王妃ユーディフィの息子より先に生まれたため、第二王妃に嫌われこの辺境の街に追いやられた。

 正しくは母親と言う後ろ盾が無い、王子の身の危険を怖れた母方の親族達にここに連れてこられたのだが、表に出してそんな事が言えるはずもない。王族の誰かが命を狙っているなどと言い出せば見えない四方八方に敵をつくる事になるからだ。

「病気のところ大変申し訳ないのところ、やるのならば出来るだけ早い方が良いはずである。決行は明日の夜に願いたい」

 混乱はまだ続いているらしく言葉はおかしいままである。

「殿下、出来るだけ早い方が良いのなら、今夜でいいでしょう」

 明日になる前に設計図が持ち出されるかも知れないなどという悪い予感は別にしていなかったが、明日になれば病気が悪化して、今より悪くなるかもしれないと考え、ローレンはそういった。

「良い心がけだ、じゃ今夜な」

 前者のことを想定していたヴラディーミルは笑顔でそういうと、用事は済んだとさっさと部屋から出て行った。


「今夜なって‥あの人も参加する気か‥‥」

 先ほど、自分が行うのは家の見張りがどうだの言っていた事は、本人も忘れているようだ。

「そうみたいだね、じゃぁ僕も今夜来るよ」

 そう言いながら、寒い外と暖かい部屋の境に近づいていった。

「まて、お前も来るのか」

 その背中に声をかける。

「え?坊ちゃま一人でやるつもりだったの。あれが奇跡だっていうんなら、奇跡起こしたの僕なんだし、最後まで見届ける義務があるでしょ」

 とても楽しそうに言って、空に出て行った。

 奇跡を起こしたといえばまったく関係無いとはいえないが、事実関係があるともいえないスノウが罪に手を汚す必要は無いと思ったがもう遅い。

 開いたままの窓にはもうスノウの姿は無かった。


 ちらつく雪が開けっ放しの窓から室内に入り込んでいた。



 夜がふけた。

 病気のため監禁されていた部屋からはヴラディーミルに用事があると堂々と連れ出される。

 ローレンが屋敷から出てくるのを確認すると、隠れていたスノウも姿を現した。

「おい。ページ、なんでお前が居るんだ」

 王子がスノウをページと呼ぶことにローレンは眉をひそめる。それが分かってかスノウはその称号に否定はしない。

「なんでって、同罪なんだからおかしくないでしょう~」

 その一言にヴラディーミルは大人しく黙った、彼のほうが頭が回るらしい。

 

 こそこそと裏通りを通るヴラディーミルの後を同じくこそこそとついていく一行。

「どこまでいくんですか?」

 目的地を聞いていないローレンたちは、先頭を行くヴラディーミルの後をついて行くしかない、不安になって尋ねる。

「ん?知らなかったのか」

 ローレンはその言葉に驚き今まで聞かなかった自分も悪いが、まったく無責任な人だと眉をしかめる。

「しょうがないなぁ」

 胸元からこの街の地図を出し「今ここに居るだろう」と現在地をポイントし、目的地までを指でたどった。

 ヴラディーミルは十字の形をした建物の上で指を止める。

 真上から見ると十字の形をした、それは南の教会。空から見下ろす神に、すぐに見つけてもらえるような願いをこめて設計者は造ったのだといわれている。北にあるダスキム通りの近くの教会とは違い、数少ない上級貴族がたまに利用する教会である。

 貴族だけが利用する教会とあって内装外装はかなり派手に造られていた。

「形が十字架なんだね、その建物」

 ダスキムに住んでいて、南の教会に用事などはまったく無いスノウはそれがなんだか分からなかった。

「普通の人間は近寄らないんだから、絶好の隠し場所ってところだろう」

 さてっとくるくると地図を片付けると殿下は道を歩き始めた。 


 夜ということで教会は閉まっていた。

 押しても引いても、閉ざされた扉は開きそうにない。普通一日中教会は開いているはずなのだが、利用者も居ない上物騒なので夜は閉めているらしい。

 困った表情をしながらスノウは上を見上げる。そして気がついた。

「王子様。ロープ無い?」

 スノウがヴラディーミルに話しかけた。

「あるには、あるが」

「あそこの窓が開いてるみたいなんだけど」

 普通の人間なら登ることがまず不可能な場所にある窓を指差した。

「僕がそれを持って飛んでいって上から引き上げるよ」

「どーやって登るつもりだ」

「だから飛ぶっ」

 ローレンが慌ててスノウの口を抑える。

「こいつの特技は、ロッククライミングなんですよ。これくらいは軽々と飛ぶように‥‥」

「なるほど、ページのくせに役立つな」

 その言葉を聞いて小声でローレンに文句を言う。

「なんで僕が‥‥?山登りなんかしたことないし」

「うるさい、お前が飛ぶなんて言うからだ。翼は見せちゃ駄目とか言われなかったか」

 ローシャが大声で怒鳴ったことを思い出させる。

「あ‥‥」

 忘れてたという顔から、どうしようと言う顔に変化する。

「そうだな」

 ヴラディーミルの方を伺うと「殿下の目隠しをするから、その一瞬に飛べ」と相手に聞こえないぐらいの小声でいいながら、ロープを手渡した。

 ゆっくりとヴラディーミルの後ろに歩み寄り、手で目を覆う。

 なぜだか抵抗はしなかった。

「何の真似だ」

 代わりに問う。

「彼が登る姿はとても醜いものなので、お見せできるものではありません」

 単純なヴラディーミルはなるほどと納得して大人しくしていた。その姿に「この人が単純でよかった」とローレンは一安心していた。

 上を見るとスノウが手を振っている。登れたようだ。

「登れたようですよ」

「何だって早すぎないか」

 ヴラディーミルの言葉は正しい。垂直に上がっていっただけのスノウには登っていくだけの時間はかからないからだ。

「早ければ、早いほど良いでしょう。さぁロープを登ってください」

 次の質問が来る前に、行動させる。

 単純なヴラディーミルは器用にロープを登っていく、ローレンもその後に続く。

「よし、行くぞ」


 建物の中は、宗教美術の世界観が一面に広がっていた。天井から太陽のラインが走り壁に描かれた人間を照らす、柱から伸びた木は天井の一部に実を実らせ、小さな羽根を生やした女性がその実に口づけする、そんな連なった一つの物語が天井から床まで描かれすべてが色鮮やかに神聖さを表わしていた。

「すっごーい。悪趣味」

 神聖さの象徴である彼は、人間の造り出した神聖なものを悪趣味といい、笑い飛ばしていた。

「地下か、もっと上かどっちだと思う」

 ローレンの記憶では、参拝者が地下と上とに行くために利用する階段を使用できないように立ち入り禁止と札がかかっていた。

 上も下も、立ち入りが出来ないようにしてあるのは、どちらともに隠し事があるということだ。


「地下でしょ。上だと何かと不都合があるだろうし」

 真後ろから女の子の声が三人の耳に入った。


 後ろを向いたスノウの目が驚きに見開かれる。


「ローシャちゃん!!なんでここに」

「スノウが夜抜け出すから、心配でついて来たのよ。あなた達ロープ下ろしたままだったから登ってついてきたの」

 間抜けよね‥‥と彼女は続ける。

「知り合いか?」

 当然ヴラディーミルがスノウに聞く。スノウの代わりにローレンがうなずいた。

「あぶないよ、ローシャちゃんこんなところにきちゃあ」

「スノウの方が危ないの。まったく何をしにきたのかは知らないけど、スノウを犯罪に巻き込んで何考えてるの、しかも人前で翼まで見せて!!」

「翼?」

 ヴラディーミルが首をひねるとスノウが慌ててローシャの口を抑える。

「ごめんねローシャちゃん。何にもいえなくて、王子様が聞くだけでも犯罪だって言うから、話せなかったんだよ」

 おさえている手から開放されると、ローシャは大人しく言った。

「そうなの?じゃあローシャも共犯ね」


 地下には、白衣を着た人間がいた。ローシャの予想通り、おりてすぐが研究施設になっていた。ローレンから見える位置に父親は居なかったが、独特の嫌な気配がするので、必ず居るはずだと瞳は父を探していた。

「どこに設計図があるんだよ」

「そこまでは知らんが、知る方法など」

 そう言いながらヴラディーミルは運悪く側にきた男を後から羽交い絞めにし口をふさいだ。

「ひゃあだいたーん」

 スノウが歓喜の声を小さくあげる。

 ヴラディーミルは得意げな表情をつくると、そのまま男を引きずってその場から離れた。

 階段の裏側に身を潜めると紙とペンを出して男の手を開放する。

「おい、おまえ。ここに紙とペンを用意してやった、設計図がある場所を大人しく記せ」

 手は開放しても口はふさいだまま、抵抗をさせないためにこめかみに銃を当て相手を脅かす。

「本気で殺しちゃうの」

 銃の恐ろしさを理解してるものならば、それ自体を見ると多少は恐れる。

「たぶん。真面目に書かないと‥‥あいつは殺されてしまうな。しかもあの方なら殺してしまってもそれを人のせいに出来る権力と金を持ち合わせている」

「へーすごいんだ」

 ローレン達の話が耳に入ったのかは知らないが、男は慌てて紙に何か書きはじめた。

「なんだこれは、四つもあるのか」

 ヴラディーミルの声に男はうなずく。 

「まぁいい。とても役に立ったぞ。これは礼のひとつだ」

 にやりと笑ってヴラディーミルは引き金を引いた。

 銃独特の発射音がするとローシャとローレンは身構えたが、音はしない。

 音がしなかったが、ヴラディーミルが手を離すと男は目を見開いたまま床に倒れる。音もせずにどうやって殺したのかと不思議そうな表情をして殿下を見つめる。

「不思議そうだな。この銃は麻酔針を仕込んだもので、銃声はしない、打ち込まれたものは銃に撃たれたというショックで麻酔が効くまで気を失う‥‥少々の記憶までなくなるらしい」

 得意そうに銃口をローレンに見せつける。手のひらに収まるぐらい小さなその銃の銃口からは針一本が通るぐらいの穴が開いていた。

 いったいどこでこんな物を手に入れたのだろうかと、また疑問が生じた。

「しかし、複製したとなると一枚ずつ盗むより、いっきに爆発させたほうが楽だな」

 四箇所の印を見てヴラディーミルは悩む。

「それは楽で良いけど、研究者さんたちも僕らも巻き込んで爆発しない?」

「研究者など死んでもかまわないならお使いになればいいですが」 

「いかん、それは道徳に反する。爆弾はやめだ」

「紙切れ四枚なんでしょ。丁度ローシャ達四人なんだから、一枚ずつ盗み出せば良いのよ」

 何を目的としてここに忍び込んだのかをスノウから聞いたローシャは、ヴラディーミルから紙を取り上げていう。

「なるほど良い考えだ」

 それならと先ほどの銃をローシャに渡す。

「残り五本だ。うろうろしてる科学者に当てると他の三人の行動が楽になる」 

 交換に紙を返してもらうと床に置いた。

「こっちとここが、私と彼女。これとそれがお前とページだな」

 失敗したら暗殺する。と付け加えヴラディーミルは設計図Aを取りに行った。ローシャがB、スノウがCとするとローレンがDとなる。風邪という大きな負担を抱え一番不安だったローレンは、失敗したら風邪のせいだといい訳を繰り返して、示された設計図の元へ近づいていった。


 地面を這うようにして両手両足で歩いていると、目の前に眠っている父が居た。

 探していた相手がいびきをかいて眠っている姿に、ローレンの動きが止まる。

「あら坊ちゃま、まだここに居たの。ローシャ二枚目手に入れたけど」

 父を眠らせた張本人はあっさりと言った。

「さすが、ダスキムの子供というわけだ」

 ローシャがとりにいったBとローレンが任されたDはちょうど部屋と部屋の隅にある。この短い時間内で、対角線同士の二枚を手に入れたことがローレンを驚かせた。

「ありがとう」

 父親と対峙しなければならないかという緊張から解き放たれた彼は彼女にお礼を言っていた。

「どういたしまして」

 床の上でのやりとりは彼女に笑顔をもたらした。

「でね、ついでにここに捕まっていたこ達、逃がしたの」

「こ達?」

 さらりとローシャがいった意味がわからなくて、ローレンが聞き返す。

「誰だ。モルモットのゲージを開けたのは」

 足元を見ながらまだ起きている科学者が、動物を捕まえようと必死になる様子が見えた。

 ローシャがいっていた『捕まってたこ達』とはモルモット用に捕まえられゲージに入れられていた動物の事の様だ。

「なるほど。この騒ぎに紛れて外に出るわけだな」

「可哀想だから逃がしてあげたの」

 見をかがめ、走り回る白衣の男達に見つからないように階段を駆け上がる。


 聖堂から外に続く大きな扉の前に立ち、下ろされていた錠前をあげる。足元には、鼠や犬がウロウロしていた。

 ローシャと二人で重い木の扉を開けると、その後に続いて沢山の動物が逃げ出していた。

「こんなに大騒ぎしたら、ヴラディーミル様も逃げやすいわよね」

 今が昼間でなくて良かったと逃げる動物を目で追いながら思う。人が行き交う昼間なら大騒ぎどころではなかったはずだ。

「君はもう帰ったほうがいいんじゃないのか。家族が心配してるだろ」

 そういってから、あっと気がつく。彼女の肉親はあのときの事故で亡くなっているのではなかっただろうか。

「誰もいないから、誰も心配しないわよ。スノウだけが家族だもん」

 だから心配なんじゃないと彼女は答えた。

「スノウだけ?あの女の子は」

 ローレンの記憶に残っている痛みと映像は、自分とローシャと小さな女の子とその母親がいた。

「女の子?ああ、リーカね。あの子は孤児院に無理やり連れていかれたわ」

 孤児院?

「国が身寄りがなくなった子を保護するとかで、ローシャは断ったんだけど、十歳以下の子は強制的に連れて行かれたわ。だからローシャはスノウと二人きりなの、あっベルゼブも居たっけ」

「ふーん。そうなんだぁ」

 後ろを振り返るとスノウが冷たい眼差しで見ていた。

「す‥‥スノウ。知らなかったのかリーカの事」

 その瞳があまりにも冷たくて、ローレンの言葉に焦りがこもる。

「リーディア・ニルスロヴァナの事は見ていたから知ってる。僕が知ったのは、坊ちゃまとローシャちゃんが二人だけで密会する間がらだってこと」

 むうっとスノウがふくれた。

「スノウが遅いから二人で話をしてただけじゃない。何いってるのよ」

「スノウ、お前一人か?」

「王子様はあそこ」

「お前らいらん騒ぎ起こして‥‥もうすぐで捕まるところだっただろ」

 スノウが指差した先に疲れた声で怒鳴るヴラディーミルが居た。

 顔にあざがついていた、あざの形はローレンには足跡に見えた。

「設計図はちゃんと取れたの?」

「当たり前だ、ちゃんと取ってこなければここに忍び込んだ意味がない」

 ヴラディーミルが威張って答えた。

 二枚取ったローシャには何も威張れないが、一枚も手に入れていないローレンしたらたとえ本人が知らずとも嫌味に聞こえる。

「でな、手に入れて気がついたんだが、三枚複製したのではなくて、一枚を四つに分けただけなんだな」

 一枚取ってくるだけで、かなり混乱しただろうなぁと付け加えた。


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