Ⅳ 遊離
人は運命というモノを信じたがるらしい。
ただのこじつけだというのに、
4 遊離
外は雪が降っていた。積雪量が多いこの地方で降る雪は珍しくない、冬ならなおさらのことである。
小さなころから大雪の中で遊んでいたローレンは、雪が降り積もる外に出かけたい欲求を抑えられなくなっていた。
「坊ちゃま。本日は外にお出かけになるのはおやめになったほうがよろしいかと」
上着を玄関で手渡すときにヴィオロンが言う。
「なぜだ。雪のせいか?雪ぐらいだったら大丈夫だ。僕はもっと北の生まれだからな」
不機嫌な顔をして言うローレンの言葉に「左様でございますか。お気をつけくださいませ」とあまり逆らわない付き人は、それ以上何も言わなかった。
外の雪は少し積もっているだけで歩くのに不自由はなかった。何しろ雪が降っているせいか道を歩く人間の姿がまったくいない、ここに存在するのは自分だけだという錯覚に陥れるから少し気分がよかった。
目的も考えず、行くあてもなくただ歩き続けていたら背中に遠くからの視線を感じ、立ち止まる。
後ろを振り返っても誰も居ない。
気のせいかも知れないが、どうやら狙われているらしい。
こんな昼間に、こういう風に誰も居ないとなると、さすがにローレンのような見るからに金を持っていそうな身なりの人間は狙われるに違いない。ヴィオロンが言った「お気をつけくださいませ」という言葉がローレンの頭を何度も繰り返す。こういうことも含め‥‥のお気をつけくださいませか‥‥とローレンは自分の世間知らずに不愉快になり、あまり逆らわない付き人も問題だなと考えていた。
金など奪われたら、末代までの恥だと歩く速度をはやめて早々にそこから立ち去ろうとした。気のせいだとローレンは祈った。
「おや。おぼっちゃま。急いでどちらにおいでですか」
今にも走り出しそうな勢いで歩くローレンの後方からあまり丁寧とはいえない言葉がかかる。その声に立ち止まることもせずにローレンはまっすぐ前を見ていた。
前の曲がり角から男が現れた、身なりは貧しくこの雪の中だというのに、薄着のシャツと丈の短いズボンをはいていた。その姿から間違いなくダスキム通りに住む人間だろうとローレンは思った。痩せてはいたがローレンよりも一回り大きいその体に勝てるはずがないと、別の進行方向を選択する。
「そうそう。どちらにいかれるかはまったく存じ上げませんが、通りに横たわる哀れな僕らに施しを与えてからでもよろしいでしょうに」
選択した別の道からも数人現れる。挟み撃ちのようだ。
「大人でも物乞いをするんだな」
逃げ場を失った事を自覚したローレンは一番大きい相手のほうを向くと
にらみつけて弱みを見せまいと強がった。
「物乞いじゃなくってな」
そんなローレンの小さな抵抗を軽く鼻で笑い。下腹部に膝を強く叩き込む。
視線がぼやつき、そのまま前に倒れこむ。痛いという感覚よりも先に意識が無くなっていくようだった。
「俺達は追いはぎっていうんだせ」
笑い声とともに、その言葉だけがローレンが聞き取ることが出来た最後の言葉だった。
「すっごいね、シーマ君また儲かったね」
「しかも、また大人と間違えてるし馬鹿だね」
意識を失ったローレンを取り囲んで笑いあう子供達。
「何やってるの、あなた達」
その後ろから女の子が声をかける。
「あっ。ローシャちゃーん」
子供達の声が重なる。
子供達が振り向いた先には、もう少し幼い少女が立っていた。少し汚れた薄手の衣服が同じ系統の子供だということを物語っていた。
「またあなた達、おいはぎごっこしてたのね。そんなことするからダスキム通りに住む子は‥‥って言われるのよ。みんな大人みたいに背だけ大きいのだから、大人ですって嘘ついて大人の給料貰って働けばいいのに。ローシャみたいに子供分のお仕事しかさせてもらえないよりか全然ましよ」
白い息を吐きながら両手を腰に当てて説教をしはじめる。
「そうカリカリしないでさぁ。そんなんだったらまじめに働いていないでさぁ、僕等みたいにシーマ君と一緒に居ればいいじゃん」
眉をひそめ怒っている少女の目の前で手をひらひらしながら少年は言う。
「お断りです。お子様の給料で十分。自分の手を汚す気は全然ないわよ」
その言葉にもっと顔を険しくし、そういって顔を背けた。
「まぁローシャちゃん。ご機嫌損ねないで。今日のお宝はお坊ちゃまだぜ。こんな雪の日にまで歩いてるのだから、急ぎの用事かお忍びで恋人にでも会いにいく途中か」
にやにやしながら髪の毛を掴んで顔が見えるように持ち上げ、自慢げに自分の説を話し出す。正しくはただの気分転換だっただがそれを相手に伝えられる状態ではない。
「相手をちゃんと見て選んでるのね」
興味がなさそうにローレンの顔を見下ろすと少女の顔色が変わる。
「どうしたのローシャちゃん」
この様子に気がついた一人が声をかけた。
「この人は教会の‥‥」
「教会?」
「なんでもないわ。シーマ‥‥この人ローシャのお友達なのだけど」
「突然何言い出すんだよ。こいつどう見ても貴族だし、それにローシャちゃん家の方向とは反対側に向かって歩いてたよ」
突然言い出したローシャの言葉に当然シーマは反論する。
「うるさいなぁ。道間違えたんでしょ、なんていったって貴族なんだし。それにダスキム通りなんか向かってるってばれたら大変だから遠回りしようとしたのかもしれないでしょ。
こんな所に置いていったら死んぢゃうかもしれないわ。シーマ優しいんだからローシャの家まで運んでくれるわよね」
こういわれればシーマも次に続く言葉がない。あったとしても彼女に嫌われたくなくて黙っていたことだろう。ローシャに好意をもってもらいたくて必死な彼は気を失ったローレンをローシャの家まで担いで運んでいった。
「シーマのそういう優しいとこ大好きよ」
家の前まで運んできたシーマにローシャはごほうびの言葉を伝え、扉を閉める。シーマは何も言わす家の前から立ち去った、その言葉だけで満足だったようだ。
それから数刻がすぎた。
ローレンの意識が戻る。
目がさめた場所が寒い雪の中ではなくて暖かい部屋だったことに、彼は自分の執事が助けにきてくれたのだと勘違いをしながら目覚めた。
額に手を当てて自分の頭から手の体温を感じながら起き上がると腹部に強烈な痛みが走る。意識が戻り感覚がしっかりしている証拠だ。
ゆっくりと痛みはひどくなっていく、痛さと同時に怒りもこみ上げてくる。
捕まえて自分がした行為がどれほど愚かであったかということを分からせてやろうかと、握った手に血管が浮き上がっていた。
「起きたみたいだね」
不意に声がかかる。聞いたことのない声に痛さも憎しみも忘れ顔をあげ、声の主を確かめる。
ローレンの目に入ったのは知らない顔と知らない部屋。
「僕の家じゃないのか‥‥」
「ダスキムの子供達に襲われてるところをローシャちゃんが助けてくれたの。でも、お家がわかんないからここに運んできたんだって」
ローシャ‥‥ローレンの中で、昔教会で助けた少女のことが思い出された。珍しい名前でもないし同じ名前の人間なんてこの街には数え切れないほど居るとすぐに否定した。
「でも、その彼女も今は留守なのだけれどもね」
笑顔で相手は話す。
「いつ‥‥帰ってくるんだ」
「さぁ‥‥でも帰ってくる前に彼女抜きで話したいことがあったから、僕には好都合だけど」
笑顔で話していた相手は突然真剣な顔つきになってローレンに近づく。
相手の表情が変わったのを見てローレンは何を言い出すのだろうと少々逃げ腰の眼差しで相手を見つめなおす。先ほど、痛い目にあった所なのだ、体は怖がり、額には汗がにじんでいた。
そんなローレンの気持ちなど知らず、首を動かせば額がぶつかる位の距離まで近づくと笑顔になる。
「教会で彼女を助けてくれてありがとう」
「え?」
どんな動きをされてもすぐ対処が出来るように、指先まで緊張していたローレンは拍子抜けなその言葉に驚きの声をあげてしまった。
「僕の力では瓦礫から彼女を守ることしか出来なかったから」
相手は悔しそうに床を見つめて言う。
「今でこそ、ここに居るけれども。あの時は水鏡で見ていることしか出来なくて。手を伸ばしても当然届かなくて。僕が起こせた奇跡は彼女が傷つかないようにすることだけだったの」
ローシャという名前の少女。
額に擦り傷。腕に切り傷。骨折はなく圧迫された跡もない。まるで茂みを突き抜けた後のような怪我をしているだけで、生きていた彼女。
神が愛せたもうた領域か‥‥という言葉をつぶやいた教会。
「君は神‥‥なのか」
言おうとも思わなかった言葉がローレンの口からこぼれる。非現実な台詞に相手は驚いていることが分かると、今自分が言った言葉がどれほどおかしなことだったのか恥じた。
「‥‥‥‥なんで、わかったの」
けれど相手は。
ローレンが思っていた気持ちとは違う想いで驚いたようだ。思っても見なかった反論に今度はローレンが驚く。
「これからゆっくり説明して、ゆっくりわかってもらおうかと思ったのだけど。調子狂うよね。でもまぁいいかぁ、早ければ早いほど簡単だしね」
そういって上着のボタンを三つ外し肩を出した。
「性格には神じゃなくて、君達が言う天使なんだ」
背中から白い羽が姿を現した。
翼‥‥とその光景にローレンはしばし見とれていた。
「ちょっと。スノウやだ。知らない人に翼見せたら駄目って言ったじゃない」
少女の声が現実に引き戻す。
「あっお帰りローシャちゃん」
彼は早々に翼を服の中にしまいこみボタンをかけると、人懐っこい笑顔で家の主人の帰りを迎えた。
「お帰りじゃない」
「帰ってきたらお帰りだろう、間違っては居ないでしょ」
軽く冗談のような口調で彼女の怒りをかわそうとする。こうやって見ている限りでは普通の子供に見えた。さっきの異形な光景は嘘だったかのようだ。
「ローシャちゃん。帰ってきたところで悪いのだけども、坊ちゃまがお帰りになるそうだよ」
送っていかなくていいの?と話を変える。
「えっ。あっあぁ。そうね‥‥またシーマ達に何かされたら危ないから、ついてくわ」
ローシャはローレンを見つめそう言い手にもっていた荷物を置いた。
「また会えるから」
意味の在るのかないのかわからない言葉でスノウは送り出してくれた。
「彼はついて出歩かないのか」
家の前で手を振るスノウを振り返ってローレンはローシャに問う。
「スノウはお客様なのよ。シーマ達も知らないから外歩いてたら危ないの」
あなたみたいに‥‥とローシャは語尾を濁す。
「女の子一人で歩かせているほうが危ないと思うがな」
ローレンの言葉にローシャは笑い出した。
「やっぱり変なシャム様。すごくうれしいけど、ここはローシャが生まれた街、育った通り、何にも危ないことなんてないわ。ずっとここに居るんですもの」
そう言いながら彼女一人先を行く。
確かに、危険だったらこんなに堂々と歩けないだろうなとローレンは苦笑した。
「あのまま放置されていたら死んでいただろうな。僕には何も出来ないけれどこれをあげるよ」
自宅の前につくと、そう言いながらローレンは自分のコートを脱ぎ手渡そうとする。
ローシャは差し出すその手を拒否した。
「男物だから着づらいだろうけど、売りに行けばお金になるんじゃないか」
拒否したその行動に首をかしげローレンは続けた。
「お礼がほしくて助けたわけじゃないのよ。ずっーーと前、助けてくれたお返しなんだから。それに‥‥」
「それに?」
「そんな高価そうな上着。盗んだだろうっていわれるの嫌だもの」
恥ずかしそうにうつむきがげんに彼女が言う。
確かに疑いそうだなとローレンはため息をついた。そして自分の首元に手をやり気がつく。
「これならしていても目立たないだろ」
そういって自分の首に巻いていたスカーフを彼女の首に巻きつけた。
別にこれと言って珍しいものでもない、どこにでもあるありふれた柄が高価さを見せない。寒さが襟元から体内に染み込んでくるのを防ぐのと体温が逃げていくのを防ぐために巻いていた物だ。
彼女はそんなものを嬉しそうに手を当て、来た道を歩いて帰っていった。
姿が見えなくなると玄関を開けて家に入る。
「坊ちゃま。お帰りなさいませ」
屋敷の玄関でヴィオロン達が迎えてくれた。
「お帰りが遅くございましたので心配しておりました」
「すまない。ヴィオロンが心配していた通りの出来事にでくわしてな」
コートを脱ぎ、雪で少し湿っていた上着を脱ぎ侍女に渡して部屋用の洋服に着替えながら廊下を歩く。
自分の部屋の前にたどり着くとその言葉だけを言うと扉を閉めた。
閉めた扉の向こうでは執事の声が聞こえているが、どうせ説教だと思い聞こえないふりをして、聞かなかった。
「いやなら、余計なことを言わなきゃいいでしょ」
自室には誰も居ないはず‥‥なのだが、先ほど彼女の家で出会ったスノウと呼ばれる天使の声がした。
じっくり周りの状況を眺めてみるが姿はない。
いつもどおりの自室である。
先ほどの状況に頭がまだ混乱しているのだろうと空耳だと思うことにした。
「坊ちゃま。お父上からの電話でございます」
ドンドンとヴィオロンが扉を強くたたく、先ほどの説教を続ける口実にしては慌てているなとローレンは思い、急いで部屋の外にでて受話器を受け取った。
「なんでしょうか父上」
「とても大変なことになった」
嫌そうに返事をしたローレンにうれしそうな笑い声が返答される。
「何が大変なことなのでしょうか」
父親は自分の息子のこの言葉が聞きたいがために、必ず大変なことになったと言う。それならば素直に期待にこたえてやろうとローレンはいつもこの言葉を父に聞かせてやっていた。
「‥‥兵器を実用化するそうだ」
受話器からは父の笑みを含めた声が低く響いた。その言葉にローレンは瞳を大きく開き驚く。確かに大変なことだ。
「何しろ、あの破壊力。他国の軍も恐れるに違いないと王が将軍と話されてな」
嬉しそうに続きは続くが、驚いたままのローレンの耳を通り過ぎるだけだった。何を考えてるんだあなたは、と大声で叫ぼうかと思案するが何も行動は起こさない。
父は一方的に話をすると通話を切った。
「僕が何かを言ったぐらいでは何ともならないのだろうなぁ」
いまさらながらに自分の無力さに泣く。王が気に入ったのならしょうがないと何も言えない。
「奇跡がおこせたらな」
今出来るのはそういう無い力に思いをはせることだけだった。
「奇跡ならおこせるよ」
また、スノウの声がした。また空耳だろうと思ったが。
「どうやっておこす」
質問してみる。答えは無い。
空耳なのだからあたりまえかとローレンは鼻で笑った。
「意地悪な質問だよねぇ」
コンコンと閉めきった窓をたたく音がした。窓を開けると雪まみれのスノウが空に浮いている。
「なにをしてるんだ君は」
驚きよりもその情けない姿がそういわせた。
そのままにしておくわけにも行かないので中に招き入れた。
ふわふわと中に浮かんで羽を震わせると、部屋中に雪が撒き散らされる。確実に相手は翼を持ち空を飛んでいる様だ。
「さっき~。話が途中で終わっちゃったでしょ。ローシャちゃんが来たから。君の質問には答えてないよね」
あっ、質問さえしてなかったようだけどもね。と相手は続ける。
「じゃあ聞く。何で天使の君が地上にいるんだ、しかもこんな薄汚い街に」
「率直だよねえ」
背中に大きな翼があり、本人が天使だという。それを否定する材料がなくてローレンは相手を天使と認めてやる。そうなると発生する別の疑問を相手にぶつけた。
「もう分かってると思うけど、僕はローシャちゃんが大好きなんだ。ずっとずっと彼女だけを見ていた。一目ぼれってやつだよ」
顔を赤らめて恥ずかしそうに話し出す。
彼女をスノウが好きだという言葉はいつ分かったと思えたのだろうか?とローレンは疑問に思いながら続きを聞く。
「いつの日か彼女に会えるといいなぁと思いながら。ずっと見てたんだよ。地上に下りる事は僕がいたあの場所では禁止されていた。まぁ行き方も帰り方もわかんないんだから誰も行こうなんて思わなかったんだろうけどね。手の届かない存在だったんだよ。僕らは違う世界である地上に思いをはせていた。
ちょうどここを見ているとき原因不明の爆発があって、街が巻き込まれて彼女は落ちる瓦礫に殺されそうになった。僕はとっさに瓦礫から救えるようにって祈ったよ、でも奇跡は半分しか効果がなくて‥‥瓦礫からは救えたけど、救い出せなかった。
そうしたら君が現れて助け出した、その時やっぱり側に居ないといけないなって考えたんだ」
原因不明の爆発‥‥。
ローレンの頭の中を嫌な記憶がよみがえる。
「だから、叔父さんのそりにのって、今ここに居るんだよ」
「おじさん?」
天使のおじさんのそりに乗れば地上につけると言うのだろうか。
「父の弟。サンタ・クロース。知ってるでしょ皆に幸せを配って歩く人」
「クリスマスに靴下をぶら下げておくとプレゼントを入れてくれるという、あのサンタか?」
北欧のどこかに家を持ち、クリスマスの日に子供にプレゼントを配るためトナカイに乗って夜の空を飛ぶ。昔々、聞かされたおとぎばなし。教会でも神父に聞かされた気がする。
「父の誕生日を世界中の人間達に祝ってもらうため地上と空を行き来できるそりを持っているんだ。秘密でそりを借りて地上に降りてきたの」
「あの時は、偶然君がきてくれて助けてもらったけど、何度もそんな偶然は無いだろうし。僕が守らなきゃ、神は見てくれてはいないのだから」
「神‥‥が見ていないとはどういうことだ」
天使がいて、天国が空の上にあってトナカイを使うサンタがいて、もっともサンタが神と兄弟とは聞いていないが、胡散臭いと常々思っていた国教が成り立つのに、スノウは一つおかしなことを言った。
最も重要な神の視点。
「人間は何をどういうふうに感じで伝えてきたのか僕達は知らないけど。父上は何も見ていないよ、自分の事だってちゃんと見られてない。だから誰も助けられるわけはない。大きな建物に入ってずっとずっと眠り続けてる」
驚く話をスノウは続けた。
「この世界は沢山のエネルギーがあふれてる。それは水の流れる強さだったり、火の吹き上げる強さだったり、その力は大きすぎて誰かが犠牲になって余計な力を押さえ込んで循環させなきゃいけない‥‥父はこの世界に与えられた供物だよ。ずっと眠りについて大きな力を押さえ込んでいる、その眠りを妨げて目が覚めたら流れてた力が止まって暴発する。洪水になったり、火山が噴火したりね。天変地異とかいうのかな」
天変地異‥‥。
その言葉から想像できたのは、この間の爆破実験。
あのうまく行き過ぎの爆発の規模は、天変地異ではないけれど悪い奇跡なのではないだろうかとローレンは思った。
「この前の‥‥」
爆弾と言いかけて言葉に詰まる。
こんなことを、この少年に語ってしまってもいいものだろうかと躊躇した。
父の計算以上であったあれを偶然の神の意思にしてしまいたかった、神ならなんでも許される。でも人は裁かれなくてはいけない。他人の行為にすることで、気持ちだけでも和らげたかった。
「この間の爆弾の事故で街がふっとんだのも神のせいか」
気になって仕方がないものを、そのまま聞かずに居られるわけはない。
「爆弾‥‥爆発が起こって街が壊れたのは季節風の変化じゃなかったの」
スノウは公式発表されているいいわけを、驚いた様子でのべた。
「でも、分かったよ。人為的なことは勝手に起こるから、神のせいじゃない」
スノウの表情が変わる。
「原因はさっぱりわからなかったけど、結局人為的な事故か」
その言葉と表情にローレンは少し怯えていた。
天使なのだから爆弾のことは当然知っているかと思っていた自分が心のどこかにいた。
知らない事実を教えてしまったことに後悔し、そして怯えていた。彼はその真実について自分自身を責めはしないだろうかと。
「坊ちゃま。お食事の時間でございます」
ローレンにとって気まずい空気の中、ヴィオロンが扉をたたきながらそういった。
「まずいなぁ。もぅじゃまばっかり」
そういうと入ってきた窓から外へ出る。
「またあそぼうね」
その言葉を残して雪の中に消えていった。
スノウの姿が見えなくなるとローレンの緊張もとける。
「坊ちゃま」
もう一度主人を呼ぶ執事の声がする。今度の声は先ほどより大きい。
「‥‥いまいく」
窓を閉めて部屋から出ると付き人に従ってローレンは歩き出した。
主人のことに無関与な執事は先ほど言った思ったとおりの事が何だったのかは聞こうとはしなかった。今は食事のためにただ主人を呼びにきたという仕事のみ忠実にこなしている。
食堂までの道のりは長い。彼に質問できる時間はやまほどあった。
「現在の国教の内容は嘘なのか?」
なんと言う質問をしてくるのだろうと執事は驚くが、彼は彼なりの答えを述べてくれた。
「過去実在した事実を口で伝えてきたのですから‥‥たぶんいくらかは変わっていると思われます。しかしすべてが間違いだとは言えないでしょう。子供達に聞かせる伝承童話のように、少し面白いように直してあるところもあるでしょうし」
「伝承童話か」
いい例えだなとローレンは考え込む。
確かにあれは子供が受け入れやすいように変えられている節がある、残酷な内容でさえ残酷だとは思えないように話せる。それと同じか‥‥人は神が自分を見ていないなどと思いたくないのだろうな。それがどんどん変わって今にある。
「坊ちゃまは国教にご不満でも?」
主人の続かぬ言葉に不審に思ってか、ヴィオロンは眉をひそめた。
「いや、少し思っただけだ」