Ⅱ 空
どうしても僕はそんな彼女に会いたくて‥‥
側で守ってあげたくて
禁を犯してはいけないと思う良心を殺してしまった。
2 空
空は平和で、青くきれいだった。
そんなきれいな空を見つめるわけでもなく、スノウはいつもどおり地上を映し続ける水鏡を見ていた。
ここは地上ではなくて、雲の上。
地上の人間が天国と呼んでいる場所である。
生きているものが存在する世界ではなく、雲上といっても地上の人間が高く飛べばたどり着ける場所ではない。
ここには神様がいてそしてその子供たち、天使と呼ばれる存在がいる。
その天使たちは必ず二つの人格が一つの体を共有していて二人の名前をひとつにしていた。
クアスは普段なら何も気にしないが、たまに一人一人に分かれられればいいなと思っていた。
同じ体に存在するスノウはここの世界ではなく違う世界に恋焦がれている。クアスはそんなスノウの想いに嫌気がさしていた。
その日もいつも通り愛おしそうに水鏡だけを見つめていた。
スノウが見つめていたのは、セロスラーヴァ・イヴァナ・エスティジイ。ローシャと呼ばれる少女である。しかし、彼女の名前までは、スノウとクアスは知らない。彼女はアレキサンドリナのダスキム通りに住んでいることしか二人は知らなかった。
彼女の悲劇はスノウ・クアスが見ている前で起こっていた。
突然突風が吹き、建物が積み木のように崩れ落ちる。気がつけば回りは火の海か瓦礫の山で大人も子供も どちらとは言わない方向へ逃げていた。
小さな子供が倒れても気にかける人もいなく、衣服が破れようとも気にする事もない、皆生き延びるのに必死だった。スノウとクアスには何が起こったのか分からなかった。スノウはあせって見失った彼女を探すのに必死で、クアスは次々に映し出される惨い現実を静かに見つめていた。
彼女は小さな女の子の手を引いて小さな建物の中にいた。
この建物には火も回ってなくて安全な隠れ場所だったのだろうか?スノウは彼女が無事だったことに安堵し一息つく。
「よかったな」
とりあえず落ち着いた半身にクアスが冷たく言った。
「うん」
でも、まだ安全じゃないから安心はできないけど。と思いながらも瞳は安心しきっていた。
水鏡の中の彼女は年配の女性と話をしているようだ。でもその声まではまったく聞こえない。これはそんなに有能なものではないのだ。
表情は険しい、話をしているだけでは無いようである。ただスノウは何を言い争っているか分からなくて、気がつけばいらいらしていた。
「そんな所でぐずくずしてたら危ないと思うがな」
そんなスノウの心が伝わったのか、クアスがそうつぶやく。
その言葉と同時に、建物の上部が崩れ、二人の人間の上に追いかぶさるように落ちた。
「危ない」
届くわけがないのに、スノウはうつる彼女の姿におもいっきり手を伸ばして水鏡の中に落ちた。
「何してるんだよ」
水面から顔を出すのと同時にクアスはスノウに言う。
「ここから何かしようと思ったって、何もできないだろ」
「でも、助けなきゃ。彼女が死んでしまうよ」
「お前が水の中に落ちたって何もできないだろうが」
何もできない、そんなことは言われなくても分かっている、でも何かしないといけなくて、でも何ができるか分からなくて、ただスノウは慌てるしかなかった。そんなスノウの心が伝わるのかクアスは渋い表情で半身に言う。
「ここで何かしたいなら、祈れよ。彼女を助けろと奇跡を起こしてやればいい」
「そんな都合のいい奇跡起こるわけないよ」
「じゃぁそうやって見てろよ、あの女が苦しんで死んでいくさまを、自分が動かなければ何も出来ないんだぞ」
クアスの言葉にスノウは顔をゆがめた。
もう一度水鏡を見つめると、そこには崩れた天井があるだけだった。
悲しい表情のまま大きく息を吸うと、水鏡の前に膝をつき両手を胸の前で組む。両目をおもいっきり閉じて唇を組んだ腕につけるように頭を下げる。
彼女が無事でいるように、祈り始めるとスノウの体が柔らかく光り始めた。
クアスの意思が閉ざされた瞳を開ける。
「奇跡ってほんとに起こるんだな」
言った当の本人が驚きのあまり口に出した。
瓦礫に埋もれてしまった彼女の体を同じ光が覆っている、まっすぐ落ちていたはずの瓦礫は彼女を押しつぶさないようにお互いに支えあって隙間を作っているようだ。偶然のような、奇跡。
一緒に居た女性は見るも惨い姿になっていることから、奇跡が起こったとしか二人は思えなかった。
しかしスノウの奇跡はそれまでで、それ以上はなにも起こらなかった。彼女は瓦礫のしたから外に出ることは出来ないようだった。無事な体全体を使って進行方向に倒れている天井の残骸をどかそうと試みてはいるが、うつ伏せになったままでは思うように力が入らないようだ。
「確かに無事ではいるけれども‥‥」
「あれじゃ時間の問題だよなぁ」
瓦礫から押しつぶされるのを守っていることは良いのだけれども、あそこから助け出さなければ意味がない。自分の力が足りないことにまたスノウは苛立つ。
あの場所にいけたら良いのに‥‥そんな思いが組む指に力を加えさせる、左指が右腕に、右指が左腕にめり込んでいく。血がじわじわとにじみ出るほどであった。痛さのあまり手を離そうとクアスが試みても、スノウ想いが強くて組む手を離す事は出来ない。何とかならないだろうかと痛さに耐えながら水鏡を見ると、彼女の瓦礫の周りに男が一人。
「おぃスノウ。なんとかなりそうだぞ」
男は瓦礫をどかしはじめた。
埋もれていた瓦礫から彼女の姿があらわれる。
その無事な姿を見てスノウの表情が柔らかくなり、血が出るほど握り締めていた手から力が抜ける。
「よかった」
何かを言い争う元気が残っているのを確認したらスノウは安心し意識が遠のいていった。
「やっと自由になったぜ」
スノウの意識が無くなったことで、一人になったクアスは痛んだ手を水につけて映し出されるイメージを変える。手からにじみ出る血が水の中に溶け込んで変わる映像とともに消えていった。
映し出されるのは先ほどの惨劇の続き、クアスのみになったスノウ・クアスはバカバカしいと水鏡の周りから立ち去った。スノウでなければ、地上などに興味はない。
水鏡がある部屋から出ると空を赤い塊が走っていくのが見えた。
「おじさんが帰ってきた」
彼らの父親の弟が長い地上の旅から帰ってきたところであった。
叔父の名前はサンタ・クロース。トナカイと呼ばれる獣にそりを引かせ自由に空を行き来し、自分の兄の誕生日には、多くの人間に幸せを配ってまわるのが仕事だ。
叔父はその誕生日が近づくとここに帰り、幸せを配る準備を整えるのだ。
「そうか、叔父さんが帰ってきたんだ」
しばらくたって意識を取り戻したスノウは叔父の話をクアスから聞き考えた。
「僕ねクアス‥‥」
自室にある大きな鏡の前で自分とクアスの姿を映しながらスノウは話す。
こうすれば相手が鏡の中に居て、表情がしっかり分かるからだ。
「叔父さんのトナカイで下に行こうって考えたんだけど」
その言葉に鏡の中のクアスはとても驚いた表情で繰り返した。
「トナカイで地上に降りるだって?」
「声が大きいよクアス」
周りに誰もいない事を確認してからスノウは続ける。
「クアスから教わったじゃないか。ここでは何も出来ない。でも自分が動かなければもっと何も出来ない、だからこのチャンスを逃したくないんだ」
鏡の中では複雑な顔をしたクアスが見ていた。
「俺は地上なんか行きたくないぞ」
「クアスだけ残ればいい。しかも僕が居なくなったことがばれないように僕の演技を続けてほしいんだ。簡単だろ」
このスノウの提案に、一瞬は驚く。だが前々からスノウの存在に嫌気がさすこともあったクアスは二人に分かれてという言葉に魅力を感じていた。
「それに、父さんの誕生日には戻ってくるから」
協力してよというスノウの言葉にクアスは静かに頷いた。
「お前だけ地上に降りるって言ったって、どうやって二人に分かれるつもりだ」
「あれ?覚えてないの」
クアスの質問にスノウは馬鹿にしたように笑った。
「先生に習ったと思うけど。二人に分かれる方法」
「習ったことなんて、全く覚えてない、知ってるなら早くしろよ」
クアスの苛立つ声にスノウは首を振った。
「僕が知ってるのは呪文を唱えれば、二人に分かれるってだけで‥‥」
「要するに何も知らないってことだな」
それならえらそうに言うなよなといわんばかりの表情で鏡を見つめた。
「これから調べるんだよ」
そういって教科書を本棚から何冊か手にとり椅子に座る。
「でも、よかったねクアスの奇跡が早く叶いそうで」
使い慣れた本のページをめくりながら、スノウは表情を変えずに言った。
「?」
「知ってたよ。僕がうざいんだろ」
「はぁ?」
クアスの驚きの声とともに手が止まる。
「邪魔しないでよ」
「おい。俺はそんな事思ったこと」
「そうなの。よかった」
思ったことが無いといえば嘘になる、続きをさえぎるようにスノウは感情のこもらない声でよかったと言うと、後はもう何も語らずにコトバを探していた。同じ体を共有しているからといっても相手の思っていることまで感じることは出来ないはずなのに、心を見透かされているみたいでクアスはこの沈黙が嫌だった。
「駄目だ。どこにも載ってない」
持っている文献にすべて目を通しても何も載っていない。お手上げ状態だと机に倒れこんだ。
「言葉は出てきましたか、秀才さん」
収穫無しだということは、同じ瞳で見ていたのだから分かっていてクアスは嫌味を言う。
「僕らみたいな子供では教えてもらえないんだ、きっと兄さんか姉さんなら知ってるかも」
自分より早く存在していた兄と姉の持つ文献ならきっと載っているだろうとスノウは立ち上がる。
「めんどくせ~なぁ」
スノウの提案に、クアスが嫌気をさした言葉を発し、歩こうとする体に抵抗する。
「僕が動くんだからいいでしょ」
そういいながら部屋の外に歩き出した。
兄の部屋に向かう廊下で向こうから歩いてくる姉に出会う。
「あれ。姉さんどうしたの」
これから他人の部屋を物色するという罪悪感から、いつもは質問しない言葉を発してしまう。
「こっちこそどうしたの?よ」
ただ廊下を歩いていただけなのに、どうしたのという質問が姉の不信感をあおる。
「さっき地上で怖いことがあったから、トナカイたちは大丈夫かなって」
「父さんが起きてないのに、地上が荒れることなんてないわ」
「そうなんだ、父さんは起きてないんだね」
苦しい言い訳と怪しい苦笑いがさらに不信感をあおり、姉がもう一度おなじ事を言った。
「スノウ・クアス?どうしたの」
隠し事ができないスノウは兄の部屋に行こうとしている事を告げた。当然なぜそんな事をしなければならないのか、何をしようとしているのかまで問い詰められることになり‥‥、地上に降りようとしている事だけを姉に語った。
「だめよ。そんな事許されるわけないわ」
スノウ達の計画を姉が止める。
「セレンはいい子ね。これも駄目、アレも駄目‥‥」
同じ姉の中のもう一人の存在がその言葉を否定した。
「だって、禁止されているのよ」
「やってはいけない事だから禁止されてるとは限らないよ」
自分と言い争う姉にスノウは言う。
「スノウ‥‥」
やってはいけない事だから禁止されている、当たり前の意味を否定するスノウに姉は驚いた。普段なら、こんな事は言い出さない。
「姉さん」
泣きそうな表情で、姉の顔を見上げスノウは言葉を発した。
「スノウがはじめて言ったわがままだものね。わかった何も言わないわ」
「姉さん!!」
スノウが嬉しさのあまり姉に抱きついた。
「ほんとに父さんの誕生日までには帰ってくる?」
「うん」
姉の腕の中でスノウは大きく頷いた。
スノウの思惑通り二人に分かれる言葉は兄の書物の中にあった。
「こんな簡単なところにおいてあるなんて、なんか怪しいな」
素直に喜ぶスノウの中でクアスは辺りを見回す。
「兄さんも興味があったからきっと読んでたんだよ」
一文をメモに残すと本をもとどおりあった場所に戻し二人は部屋を後にした。
「見つかったみたいね」
部屋から出ると姉が待っていた。
「何?」
「次はトナカイよねぇ」
満面の笑顔でスノウ・クアスの背中を押して歩き出す。
姉の行動力にスノウはもちろんの事クアスも驚き、抵抗できぬままトナカイの鹿小屋へと連れて行かれた。夜もふけたことで当然中には誰もいない。
たったまま四匹は首をおろし、眠っているかのように大人しい。
本当にこんな生き物が空を走るのかと疑問に思いながらクアスは獣の首に手を当てた。トナカイは触られて抵抗するのかと思えば何もせず、ただスノウ・クアスを見つめているだけだった。
「思ったより簡単に出来そう」
叔父にしか制御できないと思い込んでいたトナカイは抵抗し自分達を苦しめるのではないかと想像していたが、その大人しい動物に安心し、スノウは出口の柵を開けた。
「気をつけて」
トナカイのそりに乗り込んだスノウ・クアスに姉がそういうとトナカイが前に進みだした。
空は月と星が光っているだけで、どちらに向かえば地上に行けるのかは分からない。ただなんとなく前に進めばたどり着くだろうとそりを進めた。
「やったね」
スノウが楽しそうに言う。
「トナカイに乗り込んだって、まだ捕まらないって保障はないけどな」
そんなスノウの言葉にクアスは手綱を握る手を強くした。
まだ空に漂っている間は、先ほどの姉のように、いつ誰かに見つかるか分からない。気を緩めたときが終わりだとクアスは考えていた。
トナカイ達は何の指示もなく道を進めていた。
前方に真っ黒い雲が壁のようにそびえ立つ。遠くから見るとまるで門のように見えた。トナカイ達はそちらのほうに飛んでいた。
「あそこが地上への道なの‥‥?」
スノウがトナカイたちに尋ねるように聞くが、当然返事はない。
「トナカイ様がいつも行く道だもんな」
きっと間違いはないだろうと代わりにクアスが適当に答える。その言葉にそうだねとスノウは笑った。
真っ黒い雲の中に突っ込むと、突然、先頭のトナカイの鼻が赤く光りだした。真っ暗な雲の中、他のトナカイの道しるべというわけではないだろうが、その明かりはとても強いものだった。
その赤い光にスノウは誰かに見つかってはいないだろうかと心配しあたりを見回す。赤い色は一番遠くまで届く光だからだ。周りに見えるのは、ただ黒い雲のみで、星も月もまったく見えなかった。早く抜けるように、離れられるようにとスノウは願っていた。
真っ黒い雲をつき抜けるとクアスの意識が離れたのが感じられた。
スノウの左にクアス、クアスの右にスノウ、体が勝手に分離したようだ。
まるで鏡を見ているかのように、金の瞳、金色の髪、そして白い翼。すべてが全く同じ人物だった。
「おもしれぇ‥‥地上てのは呪文使わなくてもこういうことになるんだな。さて」
クアスはスノウを見つめる。
「スノウは何処へいくつもりだ?あの国か。それとも別の国か」
あの国とは水鏡で見つづけていた彼女のいる国のことを言っているのだろうとスノウは思った。
「もちろんあの国だよ。そこ以外は僕が行く意味がない」
ふうんといった感じでクアスは前方を見つめた。
そしてトナカイはスピードを速める。
「あの国にあの女以外の何があるのかは知らないけれど、命あるものの世界はお前が思うほど優しくないし、楽でもないぞ」
「クアスが思うほど悪くも無いと思うよ」
そう言ってしまってからスノウは心の中で相手にわびた。自分を心配してくれている人物にこんな言い方は悪いと思ったからだ。
「ここがいつも見ている国の中心部あたりだ」
シャン‥‥と鈴の音が鳴ってトナカイたちの動きが止まる。16本4対の足が揃って止まるのには、叔父の調教が素晴らしいことを二人に分からせた。
「ありがとうクアス。わがまま言ってごめん」
「ホントだぜ。俺一人であのうるさい姉さん達の面倒見るのはごめんだからな。早くもどれよ」
ぽんとスノウの肩にクアスの手が乗る。ふわっとスノウの体とクアスの手がゆがんで同化しようとしていた。
「あ‥‥元に戻ろうとしているみたいだな。あまり自由に触れたりしない方がいいみたいだな」
あわてて手を引いてクアスは笑った。
スノウも笑顔を返す。
「じゃあいくよ」
背中の羽を動かしてそりから外に出る。空中に浮かんだままそりの中のクアスに手を振った。
「本当におやじの誕生日までには戻るんだぞ」
最後の最後までそういってクアスはトナカイたちの手綱をふった。
「帰りは気をつけて」
小さくなったクアスの姿に小さく呟きスノウは下に下りていった。
「お帰りクアス」
そりからおりるクアスに姉達が声をかける。
「セレン・カルティナ。家に戻ってなかったのか」
トナカイたちの手綱を放してクアスは言った。
「おじ様たちが来たら困るから見張っていたのよ」
「一応私達も共犯者なのだから」
姉達は笑顔でクアスを包み込んだ。
「やめろよ恥ずかしいだろ」
クアスはもちろん嫌がって姉の手を払った。
「ホントにスノウいないのね」
セレンが泣きそうな声で言った。いつものスノウ・クアスなら、いくらクアスが抵抗してもスノウが抱きしめさせてくれるからだ。
「俺だけじゃ不満かよ」
クアスがふてくされながら言う。
「だって可愛くないもの」
姉の正直な答えにクアスの顔が余計に曇る。
ぶるるんとトナカイが鳴くと、ガラガラと音がしてトナカイの鹿小屋の檻が開く。
「誰かいるのか」
入ってきたのは赤い洋服の叔父だった。
「あ‥‥おじ様。こんな夜更けにこんな所に何のごようですか」
あわてて姉が叔父に声をかけた。その声に安心したのか叔父の表情は柔らかくなる。
「おや。セレン・カルティナ。それとスノウ・クアスか。私はトナカイたちに食事を持ってきたのだよ。一応生き物だから摂食しないと死んでしまうからね」
そういって叔父は白い袋を引きずってきた。
「トナカイは生き物?この空にいるのに生き物って言えるのか」
「よい質問だスノウ・クアス。このトナカイたちは生あるものの世界に住んでいて、死んでしまったものだ。だから一応は私たちの仲間といった所だな。
それを生き物と称するのはおかしいかもしれない‥‥。私がそう呼びたいからだよ。しかし生き物じゃないといってもお前たちだって食事をするだろう。それはこの世界からの魂の消滅を防ぐためだ。消滅すなわちそれは死を意味する」
叔父はクアスに説明する。
二度死ぬのはどうだろう‥‥とやさしく語りながら。その話をクアスは冷や汗をかきながら聞いていた。原因は‥‥。
「しょ‥‥消滅したら僕らはいったいどこへ行くの」
スノウならこういう言葉を話すだろうと、怪しまれないように真似をしてみたらしい。姉は両目をつぶって顔をしかめる。
「‥‥消滅。さぁ私にはわからんよ」
叔父はクアスの頭に手を置き、そのままくしゃくしゃっとさわった。普段なら嫌がるクアスも今日はドキドキしているのか何も反抗しなかった。
「クアス。もう夜も遅いわ、明日はラッパ吹きのお仕事でしょ。もぅ寝ないとね」
「うん」とクアスがうなずいて先へ行く姉の後を追いかける。
「‥‥クアス。おじ様にご挨拶。スノウは礼儀正しいのよ」
小さな声でカルティナがクアスに耳打ちした。
「おじさんおやすみなさい」
もともと声は一緒の肉体から出ているのだから、いつも言っていることをそのまま言えばいいだけで先ほどとは違いこれはさらりとのべる。
「おやすみなさい。おじ様」
姉も続けてあいさつする。
「おやすみ。スノウ・クアス。セレン・カルティナ」
何も疑わずに叔父は挨拶を返した。
三人は引きつった笑顔でその場を逃げるように立ち去る。
「スノウは寝ていますって感じにしておけばいいのに‥‥なんでスノウの真似なんかしたの?」
カルティナが先に歩くクアスの背中に言う。
「しっかもぜんぜん似てないの」
おんなじ体なのにねぇとセレンも茶化す。
そんな二人の言葉が的をついていて、先ほど口走ってしまった言葉にとてもクアスは後悔していた。
「でもクアス。これからスノウが帰ってくるまで、スノウのふりもしないといけないのよ。毎日ずっと」
そしてその言葉に、自分の半身の悪巧みに手を貸してしまったことに対しても、とても後悔していた。