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北のまちに降る雪  作者: ことわりめぐむ
五章 プラトニックアウト
19/21

Ⅳ 骸

目の前にあれがいる

手を伸ばせばもうすぐ届く



 4 骸



「リブジスティス。繋がったな」

 光あふれる姿をみて、マーロが嬉しそうに呟く。

「こんなものでいいのか?死体なんてどこにも無いのに」

 ローレンは両膝をついた状態が嫌で、ベッドの柱を掴み立ち上がろうとしていた。上からさす光はローレンの体に纏わりつき、手の動くほうへ、足の動くほうへとついていった。

「もともと、入れ物なんていらないんだよ」

「なるほど‥‥」

 よろよろと立ち上がると天井を見上げ彼の名を呼ぶ。天井の姿など見えないくらい光が周りを覆っているのに、まぶしいとは思わなかった。

 光で見えないはずなのに、手の先には間違いなくスノウが居ると感じられる。

 自分の気休めにしかならないが、手を伸ばせば届く気がして、天井ではなく光のほうへローレンは手を伸ばす。

「坊ちゃま」

 懐かしい声と供に、伸ばした手を捕まえる手。

「帰ってきたのか」

 光が薄くなると、ローシャを抱えたスノウが現われる。ローシャを放すとそのままローレンにスノウは抱きついていた。

「坊ちゃま~」

 ようやく逃げ出せた安堵と、ローレンという人間が自分を助けてくれたことに嬉しくて体一杯に表現する。疲れている体が反応を鈍らせたのか、ローレンは逃げることも出来ずただ、スノウに締め付けられるように抱擁されていた。

「約束守ったよ、明日おはようって言えるもの」

 小さな子供の様に抱きついたまま騒ぐスノウの姿にローレンは正直驚いた。いつものスノウとは少しばかり違う、勝気でわがままなクソガキはそこにいなかった。

「ぼろぼろになったな」

 そんな言葉しかかけてやれなくてただ、頭をなでる。

「結局ね僕はさ、坊ちゃまに頼らなきゃ無理だったよ。最後まで自分でがんばろうと思ったんだけど。声がね聞こえたら」

「声‥‥」

「うん。呼んでくれたでしょ」

「アウグストが‥‥いやマーロか」

「兄さんが」

 そういってマーロの方を向く。ローシャはその名前を聞いて初めて存在に気が付いた様で、おびえてスノウの後ろに隠れた。先ほどまで追いかけられていた相手の片割れなのだから警戒するのは仕方ない。

 弟といったって同じことである、相手の考えていることが分からないため不審そうな表情でスノウはにらみつけるが兄の異変に気がついて駆け寄る。

「はね‥‥」

「自業自得だろ。クアスにかけた呪いだよ。俺も命が少ないんでな、せめてものお詫びに坊ちゃまにお願いしたんだ。おまえが無事に帰ってこられるように」

「じゃあ、これは僕らの奇跡だよ」

「奇跡?」

 スノウ以外の全員が首をかしげる。

「だって、僕が祈った時と坊ちゃまが作ってくれたリブジスティスは同じ光の色をしてたもの」

「なるほど奇跡ね。ならお前は大事な坊ちゃまの命を削って助けてもらったんだな」

「命?削る」

「ん?知らないのか、奇跡は欲望を叶えるもの、当然代償があるんだよ。奇跡は命を削る」

 マーロの言葉にスノウはもとより、ローレンも驚いていた。

 自分の命が削られて少なくなったという仮定の話ではなくて、スノウでさえ命が削られると言うこと。

「だから、だからお前。調子悪かったんだな」

 ローシャの命を救うこと、くだらないローレンの願いを叶えること、スノウは命を削って奇跡を起こしてくれた。ローシャの命を助ける事は別として、自分の願いはスノウの命を削ってまで叶える必要はなかったはずだ。

「知ってたら、なにも‥‥」

 知っていたら、願いはしても実行はさせなかった。

 後悔した表情にスノウは手を振る。

「僕だって知らないし。それにお願いされてないし勝手に僕がやったことでしょ」

 はじめてあった日、ローシャを助けてくれたローレンにお礼がしたいなと屋根の上で行なった行為。「坊ちゃまが幸せになりますように」具体的に何をとも指定はしていないが、輝く光が命を削り何か起こった事は確かだとそのときも思っていた。

「他にも何回もしてたものね。僕の命ってばかなり残り少ないのかも」

 少し不安な気持ちがスノウに笑顔を貼り付けていた。

 反対に、笑うことが相手を不安にさせないことだと理解していた。

「お前の場合、クアスと長い間離れているわけだし、人間の死体も利用していない、更に負荷がかかっているだろうな」

 それに、クアスは毒を飲んだ。ヒューイックの薬も浴びてしまった。口には出さずにマーロは心で呟いた。

 奇跡を使おうが使わまいが、命が消滅するのは目の前である。

「少ない命なら。空なんかでぼんやりするよりも。ローシャちゃんとココにいたい」

「好きにするが良いさ」

 マーロは、ほほ笑んでそう言った。

「確かにおまえは、空と違って楽しそうだな」

「それは、兄さんもでしょ。空に居る時と、少し印象が違うよ」

 スノウもほほ笑み返す。

 兄弟天使が笑い合うのを見ていたローレンの指先からは緑の淡い光がまだ消えず、滲み出すように出ていた。

「こんな所に居たわけですね。セロスラーヴァ・イヴァナ」

 ローレンの背後から冷たい声が響く。

 姿を目視しなくても、ローレン以外の三人は誰だか理解し、相手の名前をつぶやく。

「ヒューイック兄さん」

「ヒューイック」

 スノウとマーロがローシャを隠すように前に立つ。

 名前を呼ばれたヒューイックは二人が見えていないように、二人の天使の隙間の奥で怯えるローシャの姿だけを捕まえようと手を伸ばす。

「ヒューイック」

 その手をマーロが押さえ、再度名前を呼んだ。

 理性を失い己の仮説を立証したい欲望のみで動いているヒューイックは、邪魔者であれば排除する方法しか考え付かない。マーロを突き飛ばすと、ローシャへと歩き出す。

 スノウはローシャの手を引くと、隠すように壁へ追いやった。

「邪魔をするなスノウ」

 ヒューイックはローシャが隠されて、その姿を遮るスノウの存在に気がついた。

 体力のない弟をどかそうと手を伸ばすが、ギリギリのところでスノウはその手をかわした。

「スノウ。その右奥に階段がある、そこから地上に上がれる、そのまま振り向かず走れ」

 この部屋を知っているのは自分だけなのだ。

 逃げ道に迷っているスノウ達に向かってローレンが大声をあげた。

「なぜ空≪ここ≫に、セーヴァの息子が居るのだ」

 その声のせいで、ローレンの存在にヒューイックが気がついた。スノウたちのリブジスティスに気が付かずに付いてきて地上で追いかけっこをしているのに、周りにいる者の存在、ここはどこか、認識していなかったことが今の言葉で分かる。

 スノウの方向を向いていた、視線をローレンに向け深く笑うと

「別にローレン様でもいいわけですよ。この際人間ならば誰であろうとも」

 ‥‥ といった。

 こちらを向いたヒューイックのその言葉の意味するものは、背中に走った悪寒で感覚的に理解した。

「まずい」

 ヒューイックの関心がローレンに向く。

 ただ立っているだけで精一杯のローレンは動きたくても動けない。頭が逃げろと訴えても、体が危険を感じていても、その場から動くことが出来ないのだ。

「まるで、コウクナの夜と同じですね」

 動きが鈍いローレンをヒューイックが見下ろして笑う。

「コウクナ‥‥?」

「散々おだてられ、疲れ果て、薬に弱り、思い出に負け、姫を殺す」

 自分を追いかけていた仮面の男の声を思い出す。ヒューイックが放す言葉とその声はそっくりだった。

「お前がコウクナを」

 憎しみが心をじわりと支配する、まだ体は思うように動かない。フェイカが命を落とすきっかけを作った張本人が自分の命を狙っているのに、応戦することも逃げることも出来ない。

「私は、貴方がセーヴァの子息だと話しただけ。何もしてませんよ、現に何も起こらなかったでしょあそこでは」

 何も起こらなかったことは無い、一人の大切な命が自分のせいで失われてしまった。

「ああ。あなたのせいで姫が亡くなりましたっけ」

「‥‥」

 心の中を読まれたような言葉に戸惑い、唯一自由に動かせた瞳も凍りついたようにヒューイックから逸らす。

 相手は動けないローレンにゆっくり手を伸ばす。

 逃げなければいけないと知りつつも、意識上でさえ逃げようとも考えられなかった。

 固まるローレンの背中に冷たい手が触れると部屋のはじに突き飛ばされた。

「間に合った。悪いな坊ちゃま」

 そのままマーロはヒューイックを押さえつける。スノウとローシャはヒューイックが動けないことを確認するとローレンに駆け寄った。

「坊ちゃま、歩けないの」

「みたいだな、ふざけたことに」

 スノウはローレンの手を肩にまわす。体重をスノウに預けると三人はヒューイックから逃げ出した。                                                           

「放せマーロ」

 後ろではヒューイックの声だけが聞こえる。

「良いのかスノウ」

 ローレンはマーロを置き去りにしたことを心配していた。

「兄さん達は自分自身だもの、坊ちゃまは自分の事だけ気にするの」

 スノウはローレンの口元に開いている手の人差し指を押し付けて黙れと静止する。

 

 ゆっくりと走り去る姿を確認するとマーロは口を開いた。

「ホント、さすがだなお前」

 呼ばれてもいないのに、対象物を手に入れるという想いだけで地上にたどり着いた。その執念にマーロはある意味の敬意を表した。

「邪魔だ。ローレンも逃げてしまうだろう。貴様は一度ばかりでなく二度までも。早く捕まえて来い」

「生憎だが俺はもう動けないんでね、捕まえにもいけないし、お前を放すつもりも無い」

 押さえつけるマーロの体が薄く光りだす。

「なに‥‥を、はなせ」

 焦るヒューイックの声が暗い部屋に響き渡る。マーロから湧き出る光が壁をつたわって天井に染み込むと隅の方から亀裂が走る。

「もう終わりにしようかヒューイック。俺たちは多分間違ってしまったんだよ」

 きっかけはスノウ・クアスが叔父のトナカイを盗んで地上に降りたこと。偶然妹と弟達の会話を聞いて知った。連れ戻そうと躍起になればあのスノウの事だ、嫌がって空には帰ってこない。なら、スノウが欲しいものを空へと呼べばどうだろう‥‥と人を空に上げた。

 もし、彼女が逃げ出しても逃げられないように「理由」も捕まえた。

 スノウが居れば新しい理論が確認できる。

 人が居れば新しい理論が確認できる。

 今まで試す機会がなかった理論の証明がもうすぐできるはずだった。

 なのに、なぜ失敗するのだろう。なぜ現実は思ったように進まない。

「なぜ、お前達は邪魔をする」

「それは、俺たちが間違ってるからだ」

 誰かが咎めるまでは好きなことをしようと言っただろう。とマーロが寂しく呟くと崩れ始めた建物が完全に二人を押しつぶした。


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