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北のまちに降る雪  作者: ことわりめぐむ
五章 プラトニックアウト
16/21

Ⅰ ニセモノ


 姿かたちも別のもの

 お願いされた言葉も正しくない

 何がほんとで、どれが真実か悩むしかないのだろうか。



 1 ニセモノ



「坊ちゃま。また勝手に外出していたんだな。お前は病気を治すつもりがあるのか」

「悪かったな。アウグスト」

 屋敷に入るなり主治医の怒鳴り声がする。確かに、病気を治す気があるのかと言う問いには「はい」と答えられる立場では無い。だが、たかが外出に許可を取る必要があるのかと不服そうにローレンは答えた。

「兄さん‥‥」

 ローレンの背中から二人のやり取りを見ていたスノウが驚いた声を漏らした。

「は?」

 その言葉に二人とも驚いてスノウを見る。

「マーロ・ヒューイック兄さん。どうして」

「スノウ‥‥お前空に帰ってなかったのか」

 居るはずの無い存在に驚き、アウグストは言葉を漏らしてしまう。

「アウグスト‥‥?」

 ローレンの言葉に慌てて医師は口を押さえた。

「兄さんなら、どうやって空に帰るのか知ってるよね」

 ばつの悪そうな表情の医者の白衣を掴みスノウは尋ねた。


 ダスキムにある質素な教会。以前この場所でスノウと姉が空へと帰ろうとし、失敗した。

 同じことを繰り返そうとしているのか、アウグストはこの場所に入り込む。先ほどの女性の死体は放置されたままである。

 スノウの不安な目が兄に向けられる。

「信用されてないな。確かにこの間、俺たちが折角造ったリブジスティスでもスノウは空に帰れなかった。リブジスティスは思いが創る階段だ、向いてるベクトルの方向に出来上がる。お前達を心配してカルティナ・セレンはヒューイックの案に乗ったんだよ。向いてるベクトルを空に上げろってね」

 マーロがスノウの姉の計画を語るとローレンは驚く。

 スノウの向いているベクトルは、セロスラーヴァ・イヴァナ・エスティジイ。だから彼女は姉たちに空に連れて行かれた。

「本当に、愛されてるんだなぁおまえ」

「他人を犠牲にしてまで愛して欲しくない。そんな愛なんかいらないよ」

 顔をできたてのパンのように膨らまして、スノウは怒る。

「でも、ローシャちゃんは絶対無事って分かったし良かった」

 黙ってマーロはスノウを見つめる。

「なんでお前そこまであの子に固執する」

「なんでって」

 スノウはうつむいて考えた。

「‥‥好きだから」

「だからそれが何でだって言ってるんだよ」

 マーロがスノウの頭を左右から掴み目の前でもう一度言った。

「なんでなのか、そんなの知らないよぅ。

 ただ‥‥、ただ会いたくて、話をしたくて、そばに居たくて、触れてたくて、もっといっぱい優しくしたくて、されたくて。いっぱい欲望が溢れ出て来るんだ。胸が苦しいんだよ」

 欲望ではなく、涙を潤ませてスノウは兄に思いを伝える。

 ローレンはスノウの欲望に、恥ずかしさを感じていた。

「そんな気持ちなら確実に空に行けるな」

 つかまれたままスノウは頷いた。 

「坊ちゃま、悪かったな巻き込んで」

「とんだ迷惑だな、確かに」

「まっててね、もう一度明日おはようって二人に言えるようにするから」

 二人とはローレンと、誰のことだろう。

「もう帰ってこなくていいぞ」

 いつものように悪態をついてみた。

 本気で戻ってこなくてもいいと思っているわけではない、でも、ほんとは戻ってこないほうがいいのだろうと分かってはいるが。

「またそんなこと言う」

 ローレンの言葉にスノウは苦笑した。

 マーロがスノウの手を引くと、スノウは後に続いた。

 壇上に一歩ずつ進むと、光があふれだす。

 先日見た光景と全く同じだった。

「俺が居なくなっても、ちゃんと自室にこもってろよ。一週間は薬を切らすんじゃない、必ず飲まないとまた悪化するからな」

 振り返った医師がローレンにいつもの様に注意する。

 それが彼の別れの言葉。

 二人が居なくなった教会には知らない男が倒れていた。

「これが本物のアウグスト」

 髪は金色だがそれ以外の部分は似ても似つかない中年男性が絶命していた。

 白衣の腹部は赤茶色に固まり、腐臭が少しする。

 先ほどもそうだが、いつもはそんな匂いはしなかった事を思い出すと、本当に先ほどの彼が、この男であったのか少し疑わしく思い始めた。



 ふわふわ明るい白い雲。

 ダスキムとは違う青い空。

 スノウは一人、雲の上で倒れていた。

「兄さんは‥‥居ない?」

 一緒に空に上がってきたと思ったけど、何か事情があってそばにいられないのだろうかと考えたのは数分、それよりもローシャを助け出すほうが先だ。

 クアスが眠る自室へと向かおうと飛び立った。

 ローレンにもらった薬の効果が薄れていくのか、息は切れ、体力はどんどんなくなっていく。いつもなら、ここで休む方が効率的だと翼を休めるが、今はそんなことは二の次だと吐きそうな呼吸をしてクアスの部屋にたどり着いた。

 まったく同じ自分が眠っている。

 久しぶりに会う自分のもうひとつは、ひどくやつれていて元気そうには見えなかった。

「戻ってきたよ」

 眠ったままのクアスに声をかける。

「遅いぞスノウ」

 閉じたままの瞳を開かずにクアスは返事をする。眠っているものだとばかり思っていたスノウは驚いた。

「起きてたの」

「おまえが起こしたんだ」

 瞳を閉じたまま上半身を起こしスノウに向いて倒れこむ。

 息を切らし、足を引きずり、痛む翼でここまできた彼は、半身をささえる力もなくて、そのまま後ろに倒された。

「半分の体力で、二人分の役を演じて、なんで俺がこんな苦労を」

 ゼイゼイと同じく息を切らしながら、クアスは愚痴をスノウにぶちまけた。

「ごめん。僕のわがままで、今日はもぅ大丈夫だから」

「……?あたりまえだ」

 今日はという言葉が引っかかるが、このままではただ体力が落ちる一方なので二人は元の一人に戻った。

「これで、彼女を助け出せる」

 先ほどまでの体力のなさはウソみたいに、体が軽くなっていた。

「やっぱりな。目的はそれかよ。まずは、姉さんと、兄貴を見つけないとだめだろう」

 クアスはぼきぼきと手をならし、にやりと笑みをもらした。

「クアス?」

 スノウは彼がなにを言っているのか分からなくて、相手の名前を呼んだ。

「何も言わなくても分かっているさ。おまえが戻ってきた理由ぐらい。寝たきりになっていても、このクアス様の耳はいきてるんだぜ。セロスラーヴァ・イヴァナのことだろう。ったく‥‥俺の体調が悪いぐらいで、兄弟姉妹そろって地上に下りるなんて禁止されたことをするんじゃねーよなぁ」

後始末は一番下がしなきゃならない。めんどくせーなぁ。とクアスが言うと背中の翼が動いた。

「姉さんと兄さんのいるところは分かってるの?」

「人間のにおいは充満してるんだが、さっぱりだ」

 匂いなんてしないけど‥‥とスノウは思う。

「時間がない」

 普段使いなれた方法でローシャを探してみようと思う。

 スノウが組んだ腕から淡い光がでると目を開けた。

「役に立たないなぁ」

 不服そうに漏らしたスノウにクアスが笑う、スノウには奇跡の効果がなかったが、クアスにはあったようだ。

「親父の寝室みたいだぞ」

 一番最悪な所だな。とクアスは表情を曇らせていった。



「セレン・カルティナ。スノウの愛しい人はどう」

「何も知らないで眠っています」

 セレンとカルティナ。二人に分かれた姉の一人が言った。

「スノウは?」

「クアスのところへ置いてきた」

 一人で帰ってきたマーロが報告する。

「スノウが来る前にさっさとやってしまわなければ、だめだな」

 ヒューイック。二人に分かれた兄の一人がいう。

「やる‥って?」

「あれ。言っていませんでしたっけ。セロスラーヴァ・イヴァナを殺すのですよ」

 ヒューイックがさらりと言う。そのまなざしは冗談を言っているようには見えなかった。

「‥‥殺す!?そこまでしなくてもいいんじゃない」

 カルティナがあせって兄に抗議した。

 人間を空に連れてくるという嫌な役回りをさせられた、そしてその娘は殺されるという。どれだけスノウに対して非情な行為を行わなければならないのだろう。

「殺してしまわなければ、スノウとその子は結ばれることは無いのだよ」

 軽々と右肩にローシャを担いだマーロがヒューイックの方へ歩み寄り、やさしく妹の頭をなでる。

「殺してしまったら、スノウはショックで消えてしまうかもしれないわ」

「そんな時はクアスがとめてくれるよ」

「ま、でも分離していたら止められないですけどね」

 二人の兄の言葉に、セレンが涙を流す。

 泣くセレンを見たマーロの眉間にしわが寄る‥‥ヒューイックの冷たい言葉に気分を害したようだ。

「セレンすまない」

「スノウをこの世から消してしまうためにお兄様の手伝いをしたわけではないです」

 心配して伸ばされたマーロの手を払いのけ、もう一人の兄をにらみつける。

「セレン・カルティナ心配しなくてもいいよ」

 にらみつけるまなざしをものともせず、ヒューイックはにっこりと笑った。

「地上のものが死んでしまったら‥‥ほんの一部の魂はここで天使として生まれ変われるのを知っているだろう?」

「実は、その一部というのは、父の目が覚めたときによくおきていた。目が覚めた場合、その原因となるものを探して壊す。これが僕らの大切な仕事だ。それが物か者か‥‥」

「人を殺すの‥‥」

「殺した場合もあるはずだよ。それが原因ならね」

 自分たちの仕事として、地上を守ることを仮定した話を妹にする。

 セレン・カルティナはマーロ・ヒューイックと同じ魂で妹として存在したが、人格が形成されたのは兄より何百年も後で、兄たちの葛藤と結論などは知らず、言われたままが正しいと信じていた。

「だから、空の者が人を殺してしまったら、その魂は無償で天使として生まれ変われるってことが僕の仮説だ、今回の実験で明らかになるんだけどね」

「だから兄さんが殺して彼女を天使にするというの?」

 信じられないという表情でカルティナがヒューイックを見上げる。

「こんな役、君達には任せられないからね。彼女は何人かに分散されてしまうだろうけど、一人目の人格はきっとすぐにできる。

 スノウにはこれがセロスラーヴァ・イヴァナの生まれ変わりだよとでも教えておけば何も問題ないだろう。まだ幼いから何も知らないだろうし、気配はかわらないはずだから」

「それじゃあ、スノウがかわいそう」

 セレンがローシャをマーロから奪い取る。

「スノウだけじゃない、この子こんなに一生懸命生きているのに。殺してしまうなんてあんまりよ」

「何いっているんだ。セレン」

「私は、兄さんの言うことが分かりません」

 首を横にふりローシャを抱えそのまま走り出した。

「「セレン」」

 逃げ出したセレンを追いかけようとひとつになる、マーロ・ヒューイックを後ろからカルティナが押さえ込んだ。

「セレン。兄さんはおさえておくから、早くスノウのところへ」

「カルティナ」

 逃げる足をとめてセレンはカルティナの顔を複雑な表情で見つめる。

「あなたがいうとおり。スノウとクアスが大事なら、そんなことはしちゃあだめね」

 不安げなセレンにカルティナはにっこりほほえんだ。セレンはその顔を見ると背を向け外へ向かってかけだす。

「スノウに大切なローシャを返してあげて」

 走り去るもう一人の自分の背中にカルティナはそういった。

「カルティナ。離しなさい」

 セレンの姿がどんどん見えなくなるにつれカルティナの兄を抑える力は弱まっていく、年上の男に年下の女がかなう力とは決まっていた。




 ローレンが無意識に口元を拭った袖は真っ赤に染まっていた。

「な‥‥」

 地面には赤い雫跡が落ちている。振り返れば雪の上に点々と赤が落ちていた。

「朝の続きだろうか」

 血液が顎を伝って地面に落ちる、胸元に入れていたハンカチで拭うが赤は止まらない。

 染み込む量が多すぎて手のひらまで赤くなる。

 使用人達に気づかれないように、手洗いに慌てて向かおうと、玄関のすぐ横の廊下に背中から扉を開ける形で飛び込んだ。

「どうなさいました」

 玄関でいつもの様にコートと濡れた履物を交換しないで、奥の廊下に入る、そんな普通でない様子にラリサが追いかけてきた。

 大騒ぎになるだろうと、顔を隠すが、ぽたぽた落ちる血液、赤く染まった袖とハンカチ、顔以外の別部分が隠せない。

「治療いたしましょうね」

「‥‥?」

 肩に優しく手を置くとラリサは大きなタオルをローレンの頭からかぶせる。 

 他の使用人には近寄せないようにし、ローレンの自室へと連れて行った。

「アウグスト様からお薬を渡されたのですよ」

 人肌より温度の高いお湯をタブにいれ、顔中の血液を拭きながらラリサは話す。

 出血部分を特定すると氷で冷やし始めた。

「温度差が激しいと鼻孔が切れやすいんですって、一度出血すると止まらないようですよ、坊ちゃまの場合」

「喀血の次は、鼻血か。僕は、この寒空のした、鼻血をたらしながら歩いてたっていうわけか」

 自分の情けない姿に、頭を抱える。

「たらしながらというよりも、家畜つぶしてきた痕の様に見えましたよ。どちらにせよ男前が台無しには違いないですけどね」

「せめて殺人鬼とかにしてくれないかな」

「あらあら、昔の坊ちゃまの姿でしょう」

「たしかに」

 母と暮らした昔の小屋の思い出が思い出された。

「家畜を潰す時は、自分の体に体液がつかないように気をつけてたぞ」

「例えの話です」

 体液なんて言わないでくださいとラリサはいやいやと首を振ったが、ローレンの血液まみれの手は離さずに、しっかり患部を押さえていた。


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