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北のまちに降る雪  作者: ことわりめぐむ
四章 服背
13/21

Ⅰ 謎涙

 医者は体調不良をなおせると言った。

 では、心の中に空いた穴をどうにかできるすべはあるのだろうか。

 


  1 謎涙



 雪雲が直射日光を遮るいつもの昼下がり。

 短くても昼なのだから、太陽の姿を出してやることのほうが重要なはずなのに、ここの雲は意地が悪い。

 コウクナから帰ってきて一日。

 気がつけばフェイカの事ばかり考えている自分の気分を反らそうと、空を見上げるが目新しいものは全く無い。

 逆に薄暗い雲が心を暗くするようで、ローレンはうんざりしていた。


 目の前で知っている人が死ぬという事はこんなにも心に傷を負うのだろうか、あまり長い時間一緒に居たわけでもない、ヴラディーミルのように恋焦がれていたわけではない。しかし、ほんの少しの時間交わしただけの会話が何度も頭の中で繰り返される。

 母親が亡くなった時もそばに居たが、こんないつまでも引きずっていただろうかと少し悩む。

 スノウが亡くなっても、こんな思いをするのだろうかと死が宣告された天使を思い心はもっと重くなった。


「アウグスト、お前医者なんだろ」

「今までなんだと思ってたんだ、坊ちゃまは」

「全く違う環境の遠いところから旅行に来て、体調を崩すって事あるだろ。それがいつまでも治らない場合などに効く薬なんていうのは、ないだろうか」

「一番の薬は、なれた環境に帰ることだ」

「‥‥」

 それでは聞いた意味がないと表情がにごる。

「基本的には人間と言う生き物は、すべてに対して順応できる様に出来ている。それが出来ないとなると何らかの失陥があるのだろう。たとえば過去に固執しているとか、精神的に追い詰められて現実が嫌だとか」

「精神的ね‥‥」

 先日の一件は、彼を精神的に追い詰めた事は事実だが、体調不良はもう少し前からだったような気がする。


「これはそんな過去の固執を取り払ってくれる薬だ。色んな方面の不可を無効化する。本来は毒だが大量に取らなければ体に対し悪影響は無い」

 そう言いながら瓶をローレンに渡す。瓶の中には、小さな丸い塊が一つ入っていた。

「毒‥‥なんて大丈夫なのか?」

 瓶を抱え不安気に医者を見上げると馬鹿にしたように鼻で笑う。

「薬はみな毒だ。致死量を越えなければ問題ない。それを自由に扱えるから、俺は医者なんだ」

 体調不良の原因は身体に異物が入りこんでいるからだと昔、父から聞いたことがある、薬はその異物を取り除く兵器だと続けて行っていたことをローレンは思い出す。国を人に例え、病気を非賛同者に例え自分を正当化する。


「耳は痛まないか?目はかすまないか?胸は苦しくないか?医者から見ればお前の方が苦しそうに見える」

 瞳の状況を確認しようとしてか、医師は頬に親指と手のひらをあてると、自然に残りの指は耳の方へと行く。

「疲れているだけだろ」

 昨日まではコウクナに居た、隣国の第四王女が側で歌っていた。でも今日はもう同じ時間を過ごすことは出来ない。自分が余計なことを言わなければ牢から出すこともなく、見を呈して庇うこともなく、命を落とすこともなかっただろうと考えていれば自然と表情だって暗くなる。

「胸は‥‥」

 胸は爆弾だとスノウが言ったが、別に外傷的痛みは無い、そう伝えようとして口ごもる。


 そして気がついた。


 アウグストの手からも体温が感じられないことを。どちらかといえば、氷を触るそれに近い。この感覚は、前にスノウの姉に触れたとき感じた冷たさに似ていた。

「どうした?」

 医者が表情を曇らせたローレンに向かって声をかける。

「アウグスト、

 今まで外にいたのか?手が妙に冷たいな」

 疑いを隠せなくて、作った笑顔で不器用に笑う。

「何を言う、お前の体温が高いだけだろう」

 医者は無表情にそう答え器具を片付けると部屋から外へ出た。


 医者がスノウの姉と同じものが化けていたのだとしたら、スノウに知らせるべきだろうが、ただ手が冷たいだけで確証はない。

「体温が、高いだけだよな‥‥」

 自分の頬に手を当てて体温を測ってみるが、よく分からない。比べるものが無いのだから当然である。



 コンコンと窓が外から叩かれる音がした。

 いいタイミングでやってくるじゃないかと鍵を開けると嬉しそうにスノウが入ってきた。

「機嫌がいいんだな」

「お客様が居たからね見つからないように屋根に上がってたわけだよ。貴重な二人っきりの時間、お客様万歳って話」

「は?」

「ローシャちゃん。気をつけてね」

「大丈夫よ。落ちないわ」

 スノウに手を引かれ窓からローシャが現れる。

「お帰りなさい。坊ちゃま」

 満面の笑顔でそう言うが、その表情とは反対にローシャの瞳から涙がこぼれはじめた。

「大丈夫?」

「な、なんなの。勝手に」

 顔を抑えてローシャは部屋から飛び出していった。

「何泣かしてるんだ‥‥お前」

「知らないよぅ。ローシャちゃーん」

 そしてスノウもローシャを追いかけて出て行った。

 自室には、屋敷の主一人っきりとなってしまった。

「まずいな‥‥ヴィオロン!!」

「どうされました。坊ちゃま」

 慌てて扉の外に控えている執事の名を呼ぶ。執事は主人の期待通り飛び込むように現れた。

「今、子供が二人出て行っただろう。あれは僕の客人だ見つけてもつまみ出さずに、僕の部屋に連れてきてくれ」

「お客様ですか?」

 入り口には自分がずっと居たはずなのに、いつの間に子供が入り込んだのか首をひねりながらヴィオロンはスノウとローシャを捜しに行く。

「全く、不法侵入しておいて、勝手に歩き回るとは二人とも礼儀がなってないな。何しに来たんだか」

 握り締めた小瓶をテーブルに置くともう一度外の景色を見ることにした。

 当然のことながら、空の景色は変わらない。



 走っていても涙が収まることは無かった。

 ローレンの顔を見ただけで涙が出るなんておかしい、恥ずかしいと逃げ出したローシャ。

 恥ずかしいだけで、逃げる必要があるのかと問われれば、必要はない。

 ただ、弱い自分をローレンには見せたくなかった。

 大きな屋敷は扉を開けて次の部屋に行っても、また扉があり後ろを振り向かずに走り続けられる。

 彼女は、かなり走ったところで涙が収まるまで隠れようと物色しだす。暗い廊下には誰も居る気配が無くて、隠れるのにはちょうど良いと思い立ち止まり、一番暗い一区画に身を寄せた。

 コンコンコンと木と固形物が当たる音が聞こえる。

 それは一定のリズムで傍に近づいているため、ローシャには足音と予測がついた。

「このお屋敷、床がきしまないのね」

 自宅とは違う音に関心がいき、涙はとうに止まっていた。

 前方の扉が開き、現れたのは金髪の男。アウグストであった。

 アウグストは手元に持った書類に目をやりながらどんどんこちらのほうへ歩みを進めている。足元など見ていない様子で、このままでは床に座り込んでいるローシャに引っかかるだろうと安易に予測がついた。

 そうなる前に、立ち上がり道をあける。

 ローシャが気を使った空間に、眼鏡をアウグストが落とした。うつむいて書類を見ていたのだから、メガネはバランスを崩し落ちたのだろう。

 目の前に落ちた、眼鏡を拾い手渡そうとした。

「失礼。どうもお嬢さん‥‥」

 差し出された眼鏡に感謝の気持ちを相手に伝えようとアウグストは相手を見るが、拾った主がローシャであることを知ると表情が変わった。

 その表情に驚きローシャは伸ばした手を引っ込めてしまう。

 眼鏡はそのまま、下に落ちていった。

「あっ、ごめんなさい」

「気にしなくてもいいですよ。ところでスノウは元気ですか」

 地面の眼鏡を拾いながら、ローシャににっこり笑いかける。

「すのうって‥‥」

 誰も知るはずの無い居候の名前を言われ、ローシャはとぼけようとするが、嘘はつき慣れないせいか曇った表情のままである。

「ローレン坊ちゃまのお友達なのでしょう。坊ちゃまが心配していたのですよ」

 ローレンと言う名前が出たことでローシャは安心し、笑顔が戻る。

「そうですか‥‥坊ちゃまが」

「まあ、主治医の私に言わなくとも坊ちゃまに直接伝えてあげてください。エスティジィ・セロスラーヴァ・イヴァナ様」

 そう言うとアウグストは歩みを進め、どこかへ行ってしまった。

 金の髪、金の目。何も悪いことをする人間には見えなかったが、その瞳に見つめられ、手を伸ばされると、理由も無く怖かった。

 そんな印象しか残らない相手なのに、スノウに似ているとなぜか感じた。

「あの人が坊ちゃまのお医者様‥‥」

 前に聞いた厳しい声が思い出される。


「あっと。ローシャちゃん」

 廊下で立ち尽くすローシャを発見してスノウが肩を掴んだ。

「スノウ‥‥今日はもう帰ろう」

 もう一度ローレンに出会ってしまうと、また涙がこぼれ、恥ずかしい思いをするに違いと考えたローシャはこのまま帰ることを提案した。

 何のために来たのかと反対もなく、スノウは素直に承諾する。

 近くの窓から身を乗り出して、あたりに人間が居ない事を確認すると窓の外へ飛び出した。

 廊下に居るローシャの手を握り外へと引っ張り上げる。

「そういえば、坊ちゃま。スノウの事、元気かって」

「さっき会ったじゃん」

「きっと心配してたのよ」

「ふーん。僕の事、心配してたの坊ちゃま」

 教会で倒れてしまったあの件があってから外出しないようにしていたスノウは、ローレンが少しでも気にかけてくれていた事を知ると、言葉はこうであったが嬉しいという感情は顔ににじみ出ていた。

「うん。お医者様がいってたの」

 スノウの笑顔にローシャも笑顔になる。

「医者?」

「スノウと同じ金色の目で綺麗な金色の髪をしているのよ」

「金髪で金の瞳なんてたくさんいるでしょ」

「でも本当にスノウと同じっぽいの。見た目は怖い感じがしたけどね」

「こわい‥‥」

 そう言うとスノウは考え込む。

 自分と同じっぽい質感、怖い印象を与える存在。思いつく存在はクアスしかなかった。

 クアスは、よく他人に怖がられていた。本当は優しくて、他人を思いやる気持ちでいっぱいなのに、口では表わす事がないので、誤解されていた。

 姉達だって下りてきたのだから、もしかしてクアスも下りてきたのだろうか?

 可能性は無いこともない。



「だいぶ弱っているみたいだな」

 ローレンの屋敷を後に、外を歩く後姿をアウグストはスノウ達が出て行った窓から眺めていた。


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