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Vanishing Point 1

「じゃぁ、この日はキャンセルで休日出勤ですか。最近テラさん頑張りますね。それにちっとも誘ってくれなくなったし」

デカ盛り行脚の予定をキャンセルすると言った衛に、後輩のデカモメイト綿貫亮平がそう言って不満をぶつけた。

「ああ、何かとうるさくってな」

衛は博美の口うるさい最近の食餌指導に、少し頬を緩ませてそう答えた。

「あれテラさん、その言いぐさは女ですか?」

「よせ、そんなんじゃない」

その表情に気づいて驚く亮平に、衛は慌ててそう返す。しかし、亮平はニヤニヤ笑いながら、

「そうかぁ、テラさんにもついに春が来たんですか。くそぉ、あやかりたいよなぁ」

と、続けた。

「本当にそんなんじゃない!!」

 15年ぶりの古女房との週末婚は、甘さのひとかけらもない。疲れてぐだぐだと寝ころんでいる衛のそばで博美は、やれ「食べ過ぎるな、飲み過ぎるな」とぶつぶつ言いながらご飯の支度をしているだけだ。

 ただ、正直言えばそれが嬉しい。ついこの間までは望んでも手には入らないと思っていたものを自分は今手に入れているのだから。

 そして、一つを手に入れるとまた次が欲しくなる。また3人で一緒に暮らしたい。名村の両親にそれを承諾してもらうためには、小さくても家を手に入れたい。そのために今までにもまして精力的に休日出勤をしているのだ。


「…衛、衛? ご飯食べないの?」

「ん? ああ、食べる」

ぼんやりと頭を振りながら目覚めた衛を博美が心配そうに覗き込む。

「疲れてない? すごくいびきかいてたよ」

「そうか? 夜もちゃんと寝てるけどな」

そう言えば、最近疲れがとれにくい。いくら寝ても眠い気がする。ま、40歳も半ばを迎えると、若い頃の様にはいかないだろう。そう思いながら食事の前にトイレに立とうとしたが、そのときちくっと左胸に痛みを感じた。最近時々あるのだが、大した痛みではないので、衛は何も対処していない。普通に用を足して、いつも通りの週末のひとときを楽しんだ。


「じゃぁ、行ってくるよ。安藤先生によろしく」

翌日、衛はアパートを一緒に出る時、博美にそう言った。衛は休日出勤で会社に、博美は教会に行くのだ。

「そろそろまた、礼拝に出てね」

「ああ、中野先生に説教される前に一度行くよ」

博美の言葉に衛はそう言って笑った。

 衛たち夫婦の結婚の司式をしてくれた中野牧師は高齢で引退しているが、一出席者として礼拝には出ている。いまや、教会全体のおじいちゃん的存在だ。

 そうだ、来週には礼拝に行かなきゃな、いくら先生たちが承諾しているっていったって、あのおばちゃん連中にいくらか嫌みを言われないと始まらないだろう。そう思いながら自分の部署のドアを開いたーー

 そのときである、衛の心臓がドクンと大きな音を立てたかと思うと強烈に引き絞られるような痛みが走った。

「うわっ、ああーっ!!」

衛はもんどり打って近くにある椅子を巻き込みながら倒れ、しばらくうめき声を上げながら喘いでいたが、ほどなくして動かなくなり、事務所は再び静けさを取り戻した。

 ほかの同僚が出勤するまでに一仕事片づけようと思っていた衛が、出勤してきたその同僚に見つけられたのは、そのおよそ一時間後で、衛の息は既になかった。



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