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第6話 ベルナ村の案内

クラウスは腕を組んだまま、少し考えるような顔をしていた。


「……そうだ、バルドさん」


ぽつりと口を開く。


「報告会の件なんだが……」


バルドの眉がわずかに動いた。


「なんだ?」


短く返す。


クラウスは少し声を低くした。


「各地の村でも、モンスターが増えているらしい」


その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなる。


バルドはしばらく黙っていた。


そしてゆっくりと息を吐く。


「……そうか」


小さく呟く。


「やはり、か」


バルドは窓の方へ視線を向けた。外では村人たちが朝の仕事を始めている。畑へ向かう人、荷物を運ぶ人、井戸で水を汲む人。


いつもと変わらない、平和な朝の光景だった。


しかしバルドの目には、少しだけ影が落ちていた。


「もう……」


ゆっくりと口を開く。


「村の近くの森も、安全ではなくなってしまうのかもしれんな……」


その言葉を聞いて、輝真は少しだけ背筋を伸ばした。


(森……)


昨日、自分が目を覚ました場所。そこでゴブリンが現れ、クラウスが戦っていた。


もしモンスターが増えているのなら――


あの森も、もっと危険になるのかもしれない。


バルドはしばらく考え込むように黙っていたが、やがてゆっくり頷いた。


「分かった」


静かな声だった。


「子供たちを森に近づけないよう、先生にも伝えておこう」


クラウスは何も言わず、腕を組んだまま立っている。しばらく沈黙が続く


それから少しだけ視線を動かし、輝真を見る。


「そして……テルマのこともな」


輝真は少し首を傾げた。


(先生……?)


この村に先生がいるのだろうか。


まだ昨日来たばかりで、村のことはほとんど知らない。学校のようなものがあるのかもしれない、とぼんやり思った。


クラウスは軽くうなずいた。


「頼む」


それから輝真の肩をぽん、と軽く叩く。


「じゃあ行くか」


「はい」


輝真もうなずく。


二人は扉の方へ向かって歩き出した。


床板が、ぎし、と小さく鳴る。


クラウスが扉に手をかけた、そのとき――


「……ああ」


バルドの声が後ろから聞こえた。


「言い忘れていた」


クラウスと輝真は振り返る。


バルドは机の横に立ったまま、輝真を見ていた。


「テルマ」


「はい?」


「自分が異世界人だと、無闇に言わない方がいい」


輝真は一瞬、きょとんとした。


「え?」


思わず声が漏れる。


バルドはゆっくりと言葉を続けた。


「ベルナ村には、異世界人に偏見を持つ者は少ない」


穏やかな声だった。


「だが――」


少しだけ間を置く。


「外は違う」


その言葉は静かだったが、どこか重みがあった。


輝真は思わず黙る。


バルドの目は真剣だった。


「昔から言われている」


「異世界人は災いを呼ぶ、と」


「それを信じている者も、まだ多い」


輝真は小さく息を飲んだ。


(そんな……)


昨日まで普通の高校生だった自分が、いきなり“災い”なんて言われる存在になるとは思っていなかった。


バルドは少し表情を和らげる。


「もちろん、私はそうは思わん」


「だが世の中は広い」


「人の考えも、様々だ」


静かに言う。


「だからこそだ」


「自分の身は、自分で守ることも必要になる」


輝真はゆっくりとうなずいた。


「……分かりました」


バルドは満足そうに頷く。


「うむ」


クラウスは軽く鼻を鳴らした。


「心配しすぎだ」


肩をすくめながら言う。


「こいつはまだ子供だ」


「そう簡単に一人で遠くに行くこともないだろう」


バルドは少し笑った。


「それもそうだな」


そして輝真に向かって言う。


「困ったことがあれば、いつでも来なさい」


「ここは村長の家だ」


「相談に乗るくらいはできる」


輝真はもう一度、頭を下げた。


「ありがとうございます」


クラウスが扉を開ける。


外から、朝の光と少し冷たい空気が流れ込んできた。


「行くぞ」


クラウスが言う。


「はい」


二人は家の外へ出た。


扉が後ろで静かに閉まる。


村の朝は、さらに賑やかになっていた。


井戸の周りでは何人かの女性が話をしながら水を汲んでいる。畑では鍬を振るう音が聞こえ、遠くでは子どもたちの笑い声も聞こえた。


輝真は村の景色を見回す。


(ここで暮らすのか……)


まだ実感はなかった。


クラウスは歩きながら言う。


「緊張したか?」


輝真は少し笑う。


「ちょっとだけ」


クラウスはふっと笑った。


「バルドさんはああ見えて優しい」


「怒らせなきゃな」


「怒るんですか?」


「そりゃ村長だからな」


クラウスは前を向いたまま言う。


「でもまあ……」


少しだけ間を置く。


「お前のことは気に入ったみたいだ」


輝真は少し驚いた。


「そうなんですか?」


「顔見りゃ分かる」


クラウスはそう言って、村の道をゆっくり歩き出した。輝真もその隣を歩く。


土の道は朝の光を受けて明るく、ところどころに小さな足跡や荷車の跡が残っていた。村人たちはそれぞれの仕事に向かっていて、二人の横を通るたびにクラウスへ軽く手を上げて挨拶する。


「おう、クラウスさんじゃないか」

「朝から出かけてたのか?」


クラウスは片手を軽く上げて返す。


「ちょっとな」


短いやり取りだったが、村人たちとの距離の近さが感じられた。


輝真はそれを見ながら、少しだけ安心した。


(クラウスさん、やっぱり村で頼られてるんだな)


そんなことを考えながら歩いていると、やがて見慣れてきた家が見えてくる。


クラウスの家だった。


木の壁と小さな庭。裏手には薪が積まれている。


庭の端では、誰かが洗濯をしていた。


桶に水を張り、布をざぶざぶと洗っている。


ミアだった。


袖を少し捲り、真剣な顔で布をこすっている。まだ朝の光の中で、髪がきらきらと光っていた。


そのミアがふと顔を上げる。


そして二人に気づいた。


「あっ!」


ぱっと表情が明るくなる。


「おかえり!」


両手を水から上げて、大きく振る。


「どうだった!?」


期待に満ちた声だった。

クラウスは玄関へ向かいながら、あっさり答える。


「合格だ」


その一言だった。ミアは一瞬きょとんとしたが

次の瞬間、ぱっと笑顔になる。


「ほんと!?」


桶の横からぴょんと立ち上がる。水が少し跳ねたが気にしていない。

ミアは輝真の前まで小走りで来て、嬉しそうに言った。


「よかったじゃん!」


「これでテルマも村の一員だね!」


その言葉に、輝真は少し照れくさくなりながら笑う。


「うん……」


まだ少し実感はなかったが、それでも嬉しかった。ミアは腕を腰に当てて、胸を張る。


「よーし!」


そして急に思いついたように言う。


「じゃあ輝真!」


「村を案内してあげる!」


輝真は少し驚く。


「え?」


ミアは得意げに言った。


「昨日言ったでしょ?この村、意外と広いんだから!」


「井戸とか、畑とか、あと……」


指を折りながら考える。


「えーと、えーと……」


途中で分からなくなって少し笑う。


「とにかく色々ある!」


輝真は思わず笑ってしまった。それから、ちらっとクラウスを見る。

クラウスは玄関の前で立ち止まっていた。


「クラウスさんは?」


そう聞く。クラウスは家の横を見ながら言った。


「俺はいい」


短く答える。


「テルマが住む空き家の掃除をしなきゃならん」


その言葉に、輝真は少し驚いた。


「空き家?」


クラウスは頷く。


「村の端にある」


「前は爺さんが住んでたんだが、去年亡くなってな」


「ずっと空いたままだ」


輝真はすぐに言った。


「じゃあ、手伝います!」


少し前に出る。クラウスはちらっと輝真を見た。

そして首を横に振る。


「いい」


あっさり言う。


「ミアと村を見てこい」


ミアはその言葉を聞いて、嬉しそうに両手を上げた。


「やった!」


クラウスは続ける。


「手伝いは明日からだ」


少しだけ口の端を上げる。


「今日は村に慣れろ」


輝真は少し迷ったが、やがて頷いた。


「……分かりました」


ミアはすぐに輝真の腕を引っ張る。


「行こ行こ!」


元気いっぱいだった。


クラウスはその様子を見て、軽く手を振る。


「森には行くなよ!」


「分かってるー!」


ミアは振り返らずに答えた。


輝真は少しだけ苦笑しながら、引っ張られるまま歩き出す。

クラウスはその背中を少し見送ったあと、ふっと息を吐いた。


「さて……」


ぽつりと呟く。


そして家の横に立てかけてあったほうきを手に取った。


「掃除、するか…」


そう言いながら、ゆっくり歩き出す。


一方――


ミアは村の道をぐんぐん進んでいた。


輝真の袖を引っ張りながら、ぐいぐいと前へ進んでいく。


「こっちこっち!」


足取りは軽く、まるで跳ねるようだった。石をよけながら歩いたり、道の端の草を踏まないようにぴょんと飛び越えたりしている。


楽しそうだった。


本当に、心から楽しそうに見えた。


輝真は引っ張られながら苦笑する。


「ミア、ちょっと待って」


「ん?」


ミアは振り返るが、足は止めない。


そのまま後ろ向きで歩きながら言う。


「どうしたの?」


輝真は少し首をかしげる。


「いや……」


少し考えてから言った。


「ミアってさ」


「なんでそんなに楽しそうなの?」


その言葉に、ミアは一瞬きょとんとした。


「え?」


足を止める。


そして輝真の顔を見る。


少しだけ考えるように視線を上に向けて――


「あー」


納得したように笑った。


「それはね!」


ミアはくるっと体を回して、輝真の前に立つ。


両手を後ろで組んで、少し体を揺らしながら言った。


「ベルナ村ってね」


「私とおんなじくらいの人、本当に少ないの!」


指を一本立てる。


「ちっちゃい子か――」


もう一本立てる。


「大人ばっかり」


「え?」


輝真は少し驚く。


ミアはうんうんと頷いた。


「ほんとだよ?」


「子供はいるけど、ほとんど小さい子」


「五歳とか、六歳とか」


「私より下ばっかり」


ミアは肩をすくめる。


「大人はいっぱいいるんだけどね」


「お父さんとか、バルドさんとか」


「あと畑のおじさんたちとか」


それから少し笑う。


「でも同じくらいの人って、あんまりいないの」


輝真は少し考える。


(そういえば……)


昨日村に来てから、確かに見かけたのは大人か小さい子ばかりだった気がする。


ミアは続けた。


「だからさ」


「友達って、あんまりいないんだ」


少しだけ照れくさそうに笑う。


「遊ぶときも、小さい子と遊ぶか……」


「一人で森の近くまで行ってたりしてた」


その言葉に、輝真は少しだけ思い出す。


「でもさ!」


輝真の袖をまた軽く引っ張る。


「テルマが来たじゃん!」


目をきらきらさせて言う。


「年も近いし!」


「話もできるし!」


「それに――」


少しだけ間を置く。


そして、嬉しそうに笑った。


「友達ができて嬉しいんだー!」


その言葉は、とてもまっすぐだった。


輝真は一瞬、何も言えなかった。


胸の奥が、少しだけ温かくなる。


(友達……)


昨日まで、自分は日本で普通の高校生だった。


友達もいたし、学校もあった。


でも今は――全く知らない世界。


知らない村。知らない人たち。

その中で、こうやって笑ってくれる人がいる。


輝真は少し照れながら笑った。


「そっか」


ミアはうん、と元気よく頷く。


「だから!」


また袖を引っ張る。


「今日はいっぱい案内する!」


「井戸もあるし!」


「あっちに畑もあるし!」


くるっと向きを変える。


「それから――」


少しだけ声をひそめる。


「学舎もあるんだ」


輝真は首をかしげる。


「学舎?」


輝真は首をかしげた。ミアは得意げにうなずく。


「うん!」


そしてくるっと向きを変え、村の奥の方を指さした。


「子供たちが勉強するところ!」


「先生もいるんだよ」


その言葉に、輝真はふと思い出す。


(あ……)


さっき村長のバルドさんが言っていた言葉。


“先生にも伝えておこう”


あのときはよく分からなかったが、どうやら本当に学校のような場所があるらしい。


「この村にも学校みたいなのがあるんだ」


輝真がそう言うと、ミアは少し考えてから答える。


「うーん……学校っていうのかは分かんないけど」


「でも字とか、計算とか、魔法とか」


指を折りながら数える。


「あとね、歴史とかも!」


ミアは指をもう一本立てながら言った。


「昔この辺りで何があったとか、王様の話とか、そういうのも教えてくれるの」

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