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第5話 村長に挨拶

――起きて……


どこか遠くから、声が聞こえた気がした。


(……母さん?)


ぼんやりとした意識の中で、輝真はそう思う。


柔らかい布団の感触。朝の気配。まぶたの向こうに、淡い光が滲んでいる。


――輝真、起きて……


懐かしい声だった。毎朝聞いていた声。少し呆れたようで、でもどこか優しい声。


(……あと5分……)


心の中でそう呟く。体が重い。昨日の疲れがまだ残っているのか、まぶたがなかなか開かない。


――輝真。


(うーん……)


――輝真!


声が少し大きくなる。


(起きる、起きるから……)


布団の中で小さく身じろぎする。


――てるま!!


その瞬間。


「起きろ!」


どん、と肩を軽く叩かれた。


輝真はびくっと体を震わせ、ぱっと目を開けた。


目の前にいたのは――


「……クラウス、さん?」


ベッドの横に立っていたのは、大きな体の男だった。腕を組み、呆れたような顔をしている。


「やっと起きたか」


呆れた声言う。


その瞬間、輝真の意識が一気にはっきりした。


木の天井。見慣れない部屋。窓から差し込む、少しだけ冷たい朝の光。


(……あ)


胸の奥で、何かが静かに落ちた。輝真はゆっくりと呟く。


「そっか…」


小さく息を吐く。


「俺、異世界に来たのか……」


(夢じゃなかったのか…)


クラウスは腕を組んだまま、ふっと鼻で笑った。


そして顎で窓の方を示す。


「もう朝だ」


輝真が窓を見ると、朝の光が部屋に差し込み、外からは鳥の声が聞こえる。


村のどこかで、誰かが薪を割る音もしていた。

静かな朝だった。


クラウスは続ける。


「ミアはもう起きてる」


「朝飯もできてるぞ」


「早く来い」


そう言って、くるりと背を向ける。

扉の前で止まり、ちらっと振り返った。


「今日は村長のとこに行くからな」


そして扉を開け、廊下へ出ていった。


扉がぱたん、と閉まる。


部屋の中は再び静かになった。


輝真はベッドの上で、しばらくぼんやり座りながら窓の外を見る。


青い空。ゆっくり流れる雲。遠くの森。


小さく息を吐き、それから両手で頬を軽く叩いた。


パン。


「よし」


小さく呟きながら立ち上がり、机に置いてあった服を着てドアを開ける。


輝真は廊下を歩き、食卓のある部屋へ向かった。


部屋に入ると、すでに朝の匂いが広がっている。焼いたパンの香ばしい匂いと、少し焦げたバターのような香りが混ざっていた。


テーブルには丸いパンとスープの入った器が並んでいる。


ミアが椅子に座って、足をぶらぶらさせながら待っていた。


「あ、テルマ!」


輝真を見ると、ぱっと顔を明るくする。


「おはよー!」


元気いっぱいの声だった。


クラウスはもう食べ始めていて、大きなパンを手でちぎって口に運んでいる。


輝真は少し苦笑しながら椅子に座る。


「おはよう」


ミアは机の上のパンを指さした。


「それテルマの!」


「ありがとうございます」


輝真はパンを手に取る。まだ少し温かい。表面はかりっとしていて、中はふわっと柔らかそうだった。


一口かじる。


(うま……)


昨日食べたパンと同じだったが、朝に食べるとまた違う美味しさだった。シンプルな味なのに、不思議と体に染みる。


ミアは嬉しそうに輝真を見ていた。


「どう?」


「美味しいです」


そう言うと、ミアは胸を張る。


「でしょ!」


クラウスが横からぼそっと言う。


「焼いたの俺だぞ」


ミアはすぐ振り向く。


「私も粉混ぜたじゃん!」


輝真は思わず笑う。そのまま三人で静かに朝食を食べた。


窓の外からは鳥の声が聞こえる。村の朝はゆっくり動き出しているようだった。

やがてパンを食べ終えると、クラウスは椅子から立ち上がった。


「行くぞ」


短く言う。輝真も慌てて立ち上がる。


「はい」


ミアは椅子に座ったまま、頬杖をついて二人を見ていた。


「いいなー」


小さく呟く。


輝真が振り向く。


「ミアは来ないの?」


ミアは首を横に振った。


「家のことがあるから」


この家にはクラウスとミアしかいないらしい。


クラウスは腰に剣を差しながら言う。


「すぐ戻る」


「話すだけだ」


そして扉へ向かう。輝真もその後ろについていく。


玄関の扉を開けると、朝の空気が一気に流れ込んできた。少し冷たい空気だった。


空はよく晴れている。


村の道には、すでに何人かの村人の姿があった。畑へ向かう人、井戸で水を汲んでいる人、子どもたちもちらほら見える。


ミアは玄関までついてきて、二人を見送った。


「いってらっしゃーい!」


元気に手を振り、そして笑いながら言った。


「早く帰ってきてねー!」


輝真も振り返って手を振る。


「行ってきます」


クラウスは片手を軽く上げるだけだった。


「すぐ戻る!」


そう言って歩き出し、輝真もその横を歩きながら村の景色を見回した。


木造の家が並び、道は土のままだった。煙突からは煙が上がり、朝の支度をしている家も多い。


村は穏やかだった。


(ここが……ベルナ村か)


昨日は暗くてよく見えなかったが、こうして朝に歩くとまた違う景色に見える。


クラウスは前を見たまま言った。


「村長の家はあっちだ」


指で村の奥を示す。


「歩いてすぐだ」


輝真は頷く。


「はい」


二人は並んで、ゆっくりと村の奥へ歩いていく。


クラウスは慣れた足取りで進んでいく。


やがて、少し大きめの家の前でクラウスが足を止めた。


他の家よりも少しだけ立派な木造の家だった。屋根はしっかりしていて、扉も厚そうな木で作られている。


「ここだ」


クラウスが言う。輝真は家を見上げた。


(ここが村長の家か)


クラウスは扉の前に立つと、拳でドアを軽く叩いた。


コンコン。


そして大きな声で呼ぶ。


「バルドさん!俺だ!クラウスだ!」


少し間が空いた。

家の奥から、年配の声が聞こえてくる。


「……入りなさい」


落ち着いた声だった。クラウスは扉の取っ手を回し、扉を開ける。


輝真も少し緊張しながら後に続く。家の中は静かだった。


木の床と壁、そして大きな棚がいくつも並んでいる。棚には本がぎっしり詰まっていた。


窓の近くには椅子と机があり、そこに一人の老人が座っていた。


白い髪を後ろに流し、細い眼鏡のようなものをかけている。背筋は少し曲がっているが、どこか威厳のある雰囲気だった。


老人は椅子に座りながら、本を読んでいた。


ページをゆっくりとめくる音が部屋に響く。


クラウスが軽く頭を下げる。


「朝早くにすまない」


村長――バルドは本から目を上げた。


「構わん」


穏やかな声だった。そして視線をゆっくりと輝真へ向ける。


その目は静かだったが、どこか鋭さも感じられた。


輝真は少し背筋を伸ばす。


「その子は?」


クラウスは輝真の方へ軽く親指を向けた。


「こいつはスズムラ・テルマ」


それから肩をすくめる。


「村に帰る途中でゴブリンに襲われてな」


少しだけ苦笑する。


「その時に助けられた」


バルドの眉がわずかに動いた。


「ほう……」


ゆっくりと椅子から立ち上がる。椅子がきし、と小さく音を立てた。


「ゴブリンに襲われたのか」


静かな声だったが、どこか考えるような響きがあった。バルドはゆっくりと歩き、輝真の前まで来る。


近くで見ると、思っていたより背は低い。しかし、背筋はしっかり伸びていて、目の奥には鋭い光があった。


長く生きてきた人の目だった。

バルドは輝真を見上げるようにして言う。


「テルマ、と言ったな」


輝真は少し緊張しながら背筋を伸ばした。


「は、はい!」


声が少しだけ裏返る。

バルドはその様子を見て、小さく微笑んだ。


そしてゆっくりと言う。


「クラウスを助けてくれてありがとう」


ほんの少し頭を下げた。


「村の代表として、礼を言おう」


その言葉に、輝真は慌てて手を振った。


「い、いえ!そんな……!」


首を横に振る。


「助けたっていうか……その……」


言葉に詰まる。正直、自分でもよく分かっていなかった。気づいたら体が動いていた。

ただそれだけだった。


バルドは優しい目で輝真を見ていた。


「それでもだ」


静かに言う。


「命を救われたことに変わりはない」


そしてクラウスをちらりと見る。


「お前も、そう思うだろう?」


クラウスは腕を組んだまま、少しだけ肩をすくめた。


「ああ」


短く答える。


「助けられたのは事実だ」


輝真はなんだか照れくさくなり、頭をかいた。

バルドはゆっくりと机の方へ戻る。


バルドは椅子に腰を下ろすと、机の上に置かれた本に手を軽く触れたまま、ゆっくりと口を開いた。


「それで……」


静かな声が部屋に響く。


「礼を言わせるためだけに、わざわざ私に会いに来たのか?」


その言葉には、ほんの少しだけ試すような響きがあった。

クラウスは腕を組んだまま、ふっと鼻で笑う。


「そんな訳ないでしょう」


あっさりと言い、顎で輝真の方を示した。


「テルマは――異世界人なんだ」


その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。


バルドの目が、ほんの少しだけ見開かれる。


「……ほう」


小さく声を漏らす。


「異世界人、か」


椅子の背もたれに体を預けながら、輝真をじっと見つめた。

その視線は興味深そうで、同時にどこか慎重でもあった。


「噂では聞いている」


ゆっくりと言葉を続ける。


「異世界から来た者は、黒髪だと」


そう言いながら、輝真の頭を見た。

輝真の髪は、朝の光を受けて淡く光る金色だった。


バルドは少しだけ首を傾げる。


「しかし……」


「この子は金髪だな」


クラウスが肩をすくめた。


「ああ」


短く答える。


「俺も最初は気づかなかった」


思い出すように続ける。


「森で会ったときは、ただのガキだと思ってた」


「話を聞いてやっと分かった」


輝真はその会話を聞きながら、心の中で考えていた。


(確かに……)


この世界に来てからのことを思い出す。


村で見かけた人たち。


畑で働く人、井戸で水を汲む人、子どもたち。


(黒髪、見てないな……)


みんな茶色や金色、あるいは赤みがかった髪だった。真っ黒な髪は、一度も見ていない。


(ってことは……)


輝真は少しだけ眉をひそめる。


(この世界では、黒髪が異世界人の証拠なのか?)


日本では当たり前の髪の色だったのに、ここでは違うらしい。

そんなことを考えていると、クラウスが再び口を開いた。


「バルドさん」


少し真面目な声だった。


「この村に住ませたいんだ」


はっきりと言う。


「責任は俺が持つ」


バルドの眉がわずかに動く。クラウスは続けた。


「もちろん、ただ飯は食わせない」


「村の手伝いはさせる」


「力仕事でも何でもな」


そう言って、ちらりと輝真を見る。


「な?」


急に振られて、輝真は少し慌てた。


「え、あ……はい!」


慌ててうなずく。


「やります!」


「何でもやります!」


その様子を見て、クラウスは少しだけ口の端を上げた。バルドは腕を組み、しばらく黙り込んだ。


部屋の中が静かになる。

窓の外から、遠くで鳴く鳥の声が聞こえた。

バルドはゆっくりと目を閉じる。


考えているようだった。


クラウスは黙って待っている。輝真も緊張しながら立っていた。


しばらくして――


バルドはゆっくりと目を開いた。


「……クラウスがそこまで言うなら」


静かに言う。


「いいだろう」


その言葉に、輝真の肩から少し力が抜けた。

バルドは椅子の背にもたれながら、続ける。


「異世界人は災いを起こす」


「昔からそう言われている」


その言葉に、輝真は少しドキッとした。バルドの視線が、まっすぐ輝真に向けられる。


しかしその目は、責めるようなものではなかった。


むしろ穏やかだった。


「だが……」


バルドは小さく息を吐く。


「杞憂だったようじゃな」


そう言いながら、少しだけ笑った。


「少なくとも」


「村の剣士を助けるような子供が、災いをもたらすとは思えん」


クラウスが鼻で笑う。


「それはそうだ」


輝真は少し恥ずかしくなりながら頭をかく。


バルドは机の上の本を閉じた。


「テルマ」


バルドは改めて輝真の名前を呼ぶ。


「はい」


「この村に住むことを許そう」


ゆっくりと言う。


「ただし――」


指を二本立てる。


「村の掟は守ること」


「そして、できる範囲で村を手伝うこと」


「それが条件だ」


輝真はまっすぐバルドを見た。そして大きくうなずく。


「はい!」


声が少し大きくなった。


「よろしくお願いします!」


深く頭を下げる。バルドはその様子を見て、満足そうに頷いた。

クラウスは腕を組んだまま言う。


「決まりだな」


バルドはふっと笑う。


それから窓の外をちらりと見た。

村の朝は、すっかり動き出していた。


「さて」


バルドは椅子から立ち上がる。


「村に新しい住人が増えたことになるな」


そして輝真を見て、穏やかに言った。


「ようこそ、ベルナ村へ」


その言葉を聞いたとき――


輝真の胸の奥で、何かが少しだけ温かくなった。

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