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第4話 食卓

木のテーブルの上には、すでにいくつかの皿が並べられていた。


大きな鍋からよそわれたスープ。焼いた肉。黒っぽい固そうなパン。それに、煮込んだ豆のような料理。


暖炉の火がぱちぱちと音を立て、部屋の中を温かい光で照らしている。


輝真は椅子に座りながら、思わず周りを見回した。


壁には干したハーブや剣の鞘などが掛けられている。床は木でできていて、歩くとわずかに軋む音がした。


ミアは鍋を持ってきて、テーブルの真ん中に置く。


「はい!今日の夕飯!」


得意げな顔だった。


クラウスは椅子に腰を下ろしながら言う。


「ほう、今日はまともだな」


「何それ!」


ミアはすぐに頬を膨らませた。


「いつもまともだよ!」


「この前は塩入れすぎてスープが海水みたいだったぞ」


「それは一回だけ!」


二人のやり取りを見て、輝真は少しだけ肩の力が抜けた。


さっきまで森でゴブリンに襲われていたとは思えない、普通の家族の会話だった。


ミアは輝真の前にスープの皿を置く。


「はい、テルマの分!」


「ありがとうございます……」


湯気の立つスープから、いい匂いが漂ってくる。

クラウスはパンを手に取りながら言った。


「よし、食うか!」


三人は食卓についた。しばらくは、スープを飲む音や皿の音だけが続いた。

輝真はスプーンでスープをすくい、恐る恐る口に運ぶ。


「……!」


思わず目を見開く。


(うま……!)


野菜と肉の旨味が溶け込んだ、素朴だけど深い味だった。空腹だったこともあり、体に染み渡るようだった。

ミアはそんな輝真を見て、にこっと笑う。


「どう?美味しいでしょ」


「はい……すごく美味しいです」


正直な感想だった。ミアは満足そうに頷く。


「でしょー!」


しかし、ふと何かを思い出したようにクラウスを見る。


「そういえばさ」


スプーンを持ったまま首を傾げた。


「さっきテルマは森で拾ったって言ってたよね?」


クラウスは肉をかじりながら答える。


「ああ」


「どういうこと?」


ミアは不思議そうに言った。


「森で人を拾うって意味わかんないんだけど」


クラウスはスープを一口飲み、それから口を開く。


「王都の報告会の帰りだったんだ」


「うん」


「森を通ってたらな」


少し間を置く。


「ゴブリンに襲われた」


ミアのスプーンが止まった。


「……え?」


一瞬、空気が静かになる。


そして次の瞬間、ミアは声を上げた。


「ゴブリンが!?」


椅子から少し身を乗り出す。


「なんで!?前まで安全だったのに!」


本来あの森は比較的安全なのだろうか。


クラウスは眉をしかめる。


「俺もそう思ってたんだがな」


腕を組む。


「最近、森の奥でモンスターが増えてるって話は聞いてた」


「でもゴブリンなんて……」


ミアはまだ驚いた顔をしていた。


クラウスは肩をすくめる。


「三匹だった」


「三匹!?」


「まあ、全部倒したがな」


さらっと言う。ミアはほっと息を吐いた。


「びっくりした……」


それから、ふと輝真を見る。


「それで?」


クラウスは顎で輝真を示した。


「で、襲われてる時に助けてくれたのがテルマって訳だ」


ミアは一瞬固まった。


「……え?」


ゆっくり輝真を見る。


「え……?」


そして、ぱっと目を見開いた。


「命の恩人ってことじゃん!」


テーブルを叩くように立ち上がる。


「何で先に言わないの!?」


クラウスは肩をすくめる。


「別に大したことじゃねぇ」


「大したことあるよ!」


ミアは輝真の方へ身を乗り出した。


そして――


がしっ。輝真の手を両手でぎゅっと握った。


「え!?」


輝真はびっくりして体を固くする。

ミアは真っ直ぐな目で言った。


「お父さんを助けてくれてありがとう!」


その表情は、とても真剣だった。輝真は慌てて首を振る。


「ぼ、僕はただ石を投げただけですよ!」


「それでもよ!」


ミアは力強く言った。


「それでも助けたことに変わりないじゃん!」


ぎゅっと握る手に力が入る。


「普通の人だったら、怖くて逃げちゃうよ」


そして少し笑った。


「テルマ、すごいよ!」


輝真は顔が熱くなるのを感じた。


「そ、そんな……」


クラウスはその様子を見て、くくっと笑う。


「ほらな」


パンをかじりながら言う。


「言ったらこうなると思ったんだ」


ミアは振り返る。


「当然でしょ!」


そしてもう一度輝真を見る。


「テルマは今日からうちの恩人だからね!」


輝真はますます困った顔になった。


「いや、本当にそんな大したことじゃ……」


しかしミアは聞いていない。


にこっと笑って言う。


「ねえテルマ」


「は、はい?」


「明日、村案内してあげる!」


元気いっぱいに宣言した。


「ベルナ村、結構いいところなんだから!」


ミアはしばらく輝真の手を握ったままだったが、ふと我に返ったように手を離した。


「……あ、ごめん」


少しだけ照れくさそうに笑う。


輝真も慌ててスプーンを持ち直した。


三人は再び食事に戻る。

暖炉の火が静かに揺れ、スープの湯気がゆっくりと立ち上っていく。


しばらくは、パンをちぎる音や皿の音だけが続いた。


クラウスは肉を一口かじり、それからふと思い出したように輝真を見た。


「そういえば、テルマ」


「はい?」


輝真は顔を上げる。クラウスは少し真面目な顔になった。


「で、テルマは何で森にいたんだ?」


その言葉に、輝真は一瞬固まる。


「……え?」


クラウスは慌てた様子もなく続けた。


「いや、言いたくないなら別にいいんだが」


パンをスープに浸しながら言う。


「この村に住むとなると、村長の許可が必要なんだ」


「村長の……」


「一応な、誰でも住めるわけじゃねぇ」


クラウスは肩をすくめる。


「だから事情くらいは聞かれると思うぞ」


輝真は少しだけ焦った。


(どうしよう……)


嘘をつくべきか。でも、うまく誤魔化せる自信はない。


ミアも興味津々という顔で見ている。


「テルマ、森で何してたの?」


輝真は慌てて首を振った。


「い、いえ!全然言えます!」


クラウスは「ほう」と小さく声を漏らす。

輝真はスプーンを置き、少し考え込んだ。


「でも……何て言えばいいか……」


言葉を探すように視線が泳ぐ。そして、ゆっくりと口を開いた。


「友達と一緒に歩いてたら……」


「うん」


ミアが頷く。


「鉄の馬車に轢かれて……」


「……鉄の?」


クラウスが眉をひそめる。輝真はそのまま続けた。


「それで……気づいたら森にいました」


部屋の中が静かになる。


暖炉の火だけが、ぱちりと小さな音を立てた。


ミアはぽかんと口を開けている。


「……え?」


クラウスも少しだけ目を細めた。


「鉄の馬車……?」


輝真は慌てて補足する。


「あ、えっと、すごく速い馬車みたいなやつで……」


(しまった……)


心の中で頭を抱える。車なんて、この世界にあるのかどうかも分からない。


ミアは首を傾げた。


「速い馬車って、王都の貴族のやつ?」


「い、いや……もっと速くて……」


クラウスは顎に手を当てて考える。


「聞いたことねぇな」


そして輝真を見る。


「轢かれたのに生きてるのか?」


「……たぶん」


「たぶん?」


輝真は困った顔になった。


「正直、自分でもよく分からなくて……」


二人はしばらく黙り込んだまま考え込んでいた。


暖炉の火が小さくはぜる音だけが、部屋の中に響く。

輝真は落ち着かない気持ちで二人の顔を見比べた。


(やっぱり変だよな……)


自分でもそう思う。車に轢かれて気づいたら森。そんな話、普通なら信じない。


どう説明すればいいのか分からないまま、黙っているしかなかった。


すると、不意にミアが顔を上げた。


「……もしかして」


ぽつりと呟く。


「テルマって、異世界人なんじゃない?」


その言葉に、クラウスの目が一瞬大きく見開かれた。


「……あ」


何かに気づいたような顔になる。ミアは少し身を乗り出した。


「先生が前に教えてくれたの」


「先生?」


輝真は思わず聞き返す。


ミアは頷いた。


「村の先生。子供たちに文字とか歴史とか教えてくれる人」


そして少し得意げに続ける。


「たまーに、この世界とは違う世界から来る人がいるって」


輝真の心臓がどくんと鳴った。


(……え?)


この世界にも、そういう話があるのか。


ミアは指を立てながら説明する。


「急に森とか道端に現れたりするんだって」


「……」


「服装が変だったり、知らない言葉を使ったり、変な話をしたり」


そして輝真を見る。


「まさにテルマじゃない?」


クラウスは腕を組みながら、深く頷いた。


「異世界人か!」


ぽん、と手を叩く。


「すっぽり頭から抜けてた!」


ミアは「でしょ?」という顔をする。


クラウスは納得したように何度も頷いた。


「俺はてっきり奴隷商から逃げてきたんだと思ってた」


輝真は目を瞬かせた。


「奴隷……?」


クラウスはあっさり言う。


「この辺でもたまにあるんだ」


少し顔をしかめる。


「人さらいに捕まって、逃げてくるやつ」


ミアも小さく頷いた。


「前に隣の村でもあったって聞いた」


クラウスは輝真を見て言う。


「だから、最初見た時はそういう奴かと思ってたんだ」


そして腕を組み直す。


「だが……」


輝真の服をもう一度じっと見る。


「そうかそうか」


納得したように何度も頷く。


「突然森にいて、服装も変」


そして指をさして言った。


「異世界人だな」


あまりにもあっさり断言されたので、輝真は思わず固まった。


「え……」


自分が言うより先に結論が出てしまった。

ミアはきらきらした目で輝真を見る。


「やっぱりそうなんだ!」


椅子から身を乗り出す。


「テルマの世界ってどんなところなの!?」


「え、えっと……」


いきなり聞かれて輝真は戸惑うが、ミアは止まらない。


「魔法とかあるの!?」


「い、いや……」


「ドラゴンは!?」


「いない……と思う」


「じゃあ何があるの!?」


質問攻めだった。

クラウスは笑いながら言う。


「おいおい、落ち着け」


ミアは「だって!」と抗議する。


「異世界人なんて初めて見たんだよ!?」


クラウスは確かに、と頷いた。


「まあな」


そして輝真を見る。


「実際、俺も初めてだ」


少しだけ興味深そうな目だった。


輝真は頬をかきながら言う。


「僕のいた世界は……」


言葉を探す。


「魔法とかはなくて」


「ほう」


「その代わり、機械っていう道具がすごく発達してて……」


ミアが首を傾げる。


「きかい?」


「えっと……さっき言った鉄の馬車とか」


「ああ!」


ミアが手を叩く。


「それ!」


クラウスも興味深そうに聞いている。


輝真は続けた。


「馬が引かなくても走る乗り物で」


「なんだそれ」


クラウスが思わず笑う。


「そんなもんあるのか?」


「あります」


輝真は苦笑した。


「ものすごく速いです」


ミアは目を輝かせる。


「すごい!」


そして、はっとする。


「ってことは……」


輝真を見る。


「テルマって、すごい世界から来た人なんじゃない!?」


輝真は慌てて首を振る。


「いやいや、普通ですよ!」


クラウスは腕を組んだまま、ふっと息を吐いた。


「異世界人か……」


少しだけ考えるような顔をするが、すぐに肩をすくめた。


「まっ、大丈夫だろ」


気楽な口調だった。


「村長も認めてくれるだろ。それに――」


「この村にカルディスを信仰してる奴なんていねぇしな」


輝真はその言葉に首を傾げた。


「カルディス?」


聞き慣れない言葉だった。


クラウスは「ああ」と軽く頷く。


「カルディス教っていう宗教があってな」


パンをちぎりながら続ける。


「そこは異世界人を嫌ってんだ」


輝真は思わず目を瞬かせた。


「嫌ってる……?」


クラウスは少しだけ面倒そうな顔をした。


「まあ、簡単に言えばな」


そしてスープを一口飲む。


「昔ちょっとあってな」


それだけ言うと、あまり詳しくは話さなかった。


ミアも少しだけ顔をしかめる。


「先生も言ってた」


小さく呟いた。


「カルディス教は異世界人のこと、よく思ってないって」


輝真は少しだけ胸がざわついた。


(やっぱり……そういうのあるのか)


どこの世界でも、異質な存在は警戒される。

クラウスはそんな輝真の表情に気づいたのか、手をひらひら振った。


「気にするな」


あっさり言う。


「この辺じゃほとんど関係ねぇ」


そして少しだけ笑った。


「そもそもこの村は、そういうの気にする奴少ねぇんだ」


ミアも大きく頷く。


「うん!」


そして胸を張った。


「ベルナ村って、けっこう自由だから!」


クラウスはふっと笑う。


「まあ、良く言えばな」


それから輝真を見る。


「悪く言えば、のんきな村だ」


ミアはすぐに抗議する。


「いい村って言って!」


「はいはい」


クラウスは軽く受け流した。そして輝真に向き直る。


「とりあえず、明日村長のとこ行くぞ」


「村長の……」


「ああ」


クラウスは頷いた。


「村に住むなら顔くらい出さないとな」


それから少し考える。


「まあ、異世界人って話したら驚くだろうが……」


肩をすくめた。


「追い出すような人じゃねぇ」


ミアは笑いながら言う。


「むしろ喜ぶかも!」


「なんでだよ」


「だって面白いじゃん!」


クラウスは呆れたように笑う。


「お前な……」


そんな二人のやり取りを見て、輝真は少しだけ肩の力が抜け、さっきまで感じていた不安が、少しだけ薄れていく感じがした。


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