表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

第11話 黒髪の少女

水晶の赤い光は、しばらくの間静かに揺れている。まるで小さな炎が、透明な石の中でゆっくり呼吸しているようだった。


やがて輝真が手を離すと、その光は少しずつ弱まり、ゆっくりと消えていく。


教室には再び静けさが戻った。

輝真はまだ水晶を見つめていた。


(本当に……光った)


胸の奥が、さっきから妙に落ち着かない。


ミアは相変わらず目を輝かせている。


「すごいよテル!」


「炎だよ炎!」


嬉しそうに両手を振る。


「私と同じ!」


輝真は苦笑する。


「そんなにテンション上がる?」


ミアは即答した。


「上がるよ!」


ルーカスはそんな二人を見ながら、静かに水晶を手に取った。

指で軽く撫でるようにしてから、ローブの中へしまう。それから、改めて輝真を見る。


「テルマくん」


輝真は姿勢を少し正した。


「はい」


ルーカスは穏やかな声で言った。


「もしよかったら――」


少しだけ間を置く。


「魔法を学びませんか?」


輝真は瞬きをした。


「魔法を?」


ルーカスは頷く。


「はい」


腕を組みながら、静かに続ける。


「今のままでは、せっかくの才能が宝の持ち腐れです」


窓の外をちらりと見る。


子供たちの声は、もうかなり遠くなっていた。


「この村には正式な魔法学校のようなものはありませんが」


「基礎くらいなら、私が教えることはできます」


ミアがぱっと振り向いた。


「ほんと!?」


ルーカスは軽く笑う。


「ええ」


それから輝真を見る。


「もちろん、無理にとは言いません」


「テルマくんが望むなら、ですが」


輝真は少し黙った。


魔法。


さっきまで、現実とは思えなかったもの。


でも、確かに水晶は光った。


(俺が……魔法を)


胸の奥が、また少し熱くなる。考えるまでもなかった。輝真は顔を上げる。


「ぜひ!」


はっきりと言い、ルーカスは満足そうに頷いた。


「分かりました」


「では、少しずつですが教えていきましょう」


ミアがぴょんっと跳ねた。


「やった!」


拳を握る。


「テルと一緒に魔法できる!」


輝真は苦笑する。


「まだ何もできないけどな」


ミアは胸を張った。


「すぐできるよ!」


教室の窓から、夕方の光が差し込んでいた。


いつの間にか、太陽はだいぶ傾いている。


床に長い影が伸びていた。ルーカスがふと外を見る。


「もうこんな時間ですか」


静かに言う。


「すっかり夕方ですね」


輝真も窓を見る。オレンジ色の光が村の屋根を照らしていた。


(そういえば……)


(事故も夕方だったな)


一瞬、あの日の光景が頭をよぎる。


横断歩道。


迫るトラック。


曽良の声。


――だが、その記憶はすぐに薄れていった。


今は、ここにいる。

ベルナ村の小さな教室に。

ミアがぱんっと手を叩いた。


「よし!」


輝真を見る。


「じゃあ帰ろっか!」


にこっと笑う。


「お腹すいた!」


三人は教室を出る。


木の扉がきぃ、と小さく軋む。


廊下には夕方の光が差し込んでいた。窓から伸びる光が床に長い帯を作り、歩くたびに三人の影がゆっくり揺れる。


ミアは両手を頭の後ろで組みながら歩いていた。さっきからずっと機嫌がいい。


「いやー、びっくりした!」


振り返って輝真を見る。


「まさかテルマも魔法が使えるなんて!」


輝真は苦笑した。


「俺が一番びっくりしてるよ」


自分の手を見ながら言う。


「今でもちょっと信じられない」


ミアはくすっと笑った。


「大丈夫だよ!」


「すぐ慣れるって!」


輝真はふと疑問に思って聞いた。


「そういえばさ」


ミアとルーカスを見る。


「魔法って……できない人もいるの?」


ミアは「え?」という顔をしたが、答えたのはルーカスだった。


廊下を歩きながら、落ち着いた声で言う。


「ええ、いますよ」


少し考えるように視線を上げる。


「この世界では――」


「およそ二人に一人くらいですね」


輝真は少し驚いた。


「そんなに?」


ルーカスは頷く。


「魔法は珍しいものではありません」


「ですが、誰もが使えるわけでもない」


ミアが横から口を挟む。


「父さんも使えないよ!」


胸を張る。


「剣はめちゃくちゃ強いけどね!」


輝真は頷いた。


(クラウスさんか)


確かにあの体格なら、魔法がなくても強そうだ。


ルーカスは続ける。


「魔法の才能がなくても、剣士や職人として生きていく人は多いです」


「ですから、魔法が使えるというのは――」


少しだけ微笑む。


「それだけで一つの才能なんですよ」


輝真は少し照れくさそうに頭をかいた。


「才能って言われると、なんか恥ずかしいな」


そんな話をしながら、三人は廊下を歩き続ける。


やがて、学校の玄関が見えてきた。


木の大きな扉。


夕方の光が差し込み、外の土の道がオレンジ色に染まっている。


ミアが言った。


「もうみんな帰ってるかな」


そう言いながら玄関へ向かう。


その時――


一人の少女とすれ違った。


輝真は思わず足を止める。


黒髪だった。


夕方の光を受けて、長い髪が静かに揺れる。この村で見てきた人たちは、ほとんどが茶色や金色に近い髪だった。だからこそ、その色はひどく目を引いた。


そのとき、ルーカスが穏やかな声で言った。


「おかえり、リシェル」


少女は足を止め、少しだけ振り向く。


「ただいま、父さん」


落ち着いた、丁寧な口調だった。


そのまま、特に気にした様子もなく三人の横を通り過ぎていく。輝真は思わず振り返った。


長い黒髪が、廊下の奥へと遠ざかっていく。


(黒髪!?)


心臓がどくんと鳴る。


(この世界に来て初めて見た……)


ふと、村長の言葉を思い出す。


――黒髪。それは異世界人の証拠。


(まさか……)


あの人も、元の世界から来た人なのかも!


輝真は慌てて声をかけた。


「あ、あの!」


少女の足が止まる。


ゆっくりと振り向いた。


「……?」


少しだけ首をかしげる。


「何?」


輝真は慌てて言った。


「ぼ、僕!今日からこの村に住むことになった輝真って言います!」


少女は一瞬だけ輝真を見つめる。


そして短く答えた。


「そう…」


それだけだった。


輝真は続けて言う。


「日本から来ました!」


少女の眉がわずかに動く。


「……ニホン?」


「そうです!日本から!」


少女はきょとんとした顔をした。


「ニホンなんて所、知らないけど」


輝真は一瞬固まる。


「え?」


思わず聞き返す。


「異世界人じゃ無いんですか?」


その言葉を聞いた瞬間だった。


少女の目つきが、すっと鋭くなる。


「……は?」


低い声。


先ほどまでの落ち着いた雰囲気とは違う。


「何で私が異世界人なの?」


一歩、輝真を見る。


「もしかして――」


自分の髪を指先で軽くつまむ。


「この髪色だから?」


輝真は慌てて言う。


「え、いや!異世界人は黒髪って聞いて……」


その瞬間。


少女の表情がはっきりと怒りに変わった。


「だから何?」


声が少し強くなる。


「あなたは異世界人を見たことがあるの?」


輝真は言葉に詰まる。


リシェルは続けた。


「髪が黒いだけで異世界人?」


「ふざけないで!」


廊下に、ぴんと張りつめた空気が流れる。


リシェルは輝真を睨むように見たあと、くるりと背を向けた。

そのまま廊下の奥の部屋へと歩いていく。


バタン!、と扉が閉まった。


静けさが残る。


ミアは少し困った顔をしていた。


「……テル」


小声で言う。


「今の、ちょっとまずかったかも」


輝真はまだ状況が飲み込めていない。


「え……?」


そのとき、ルーカスが静かに口を開いた。


「テルマくん」


いつもの穏やかな声だった。


「この世界で黒髪は……確かに極めて珍しいです」


ゆっくり続ける。


「ですが、稀に黒髪として生まれてくる人もいます」


輝真は驚く。


「そうなんですか?」


ルーカスは頷く。


「ええ」


少しだけ視線を落とした。


「ですが――」


「黒髪=異世界人という偏見がある」


「そのせいで、黒髪の子供は……」


言葉を選ぶように少し間を置く。


「災いの子だと、思われることもあります」


輝真は息をのむ。


ルーカスは静かに続けた。


「リシェルは……」


「王都で捨てられていた子です」


輝真の目が見開かれる。


「え……」


「まだ小さい頃でした」


ルーカスは少し遠くを見るように言う。


「黒髪だからという理由で、道端に捨てられていた」


廊下に夕方の光が差し込んでいる。

長い影が静かに揺れる。


「ですから――」


ルーカスは静かに言った。


「私が拾い、この村に連れてきました」


ミアも少し寂しそうな顔をしていた。


「リシェル、普段は優しいんだけどね」


ぽつりと言う。


「黒髪とか、異世界人とか言われるの……すごく嫌がるんだ」


輝真はさっき閉まった扉を見た。


(俺……)


胸の奥が少し重くなる。


(やっちまった……)


輝真は、さっき閉まった扉を見つめたまま動けなかった。


(俺……)


胸の奥が、じわりと重くなる。


思い返す。


黒髪を見た瞬間、勝手に「異世界人だ」と決めつけたこと。相手の事情も何も知らないまま、当然のように聞いてしまったこと。


(俺が一番やったら駄目なことだ…!)


唇をきゅっと結ぶ。


(髪色だけで判断して、勝手に決めつけるなんて……)


ふと、昔の記憶が頭をよぎる。


クラスの後ろの席。笑いながら人をからかう声。


理由なんてどうでもよさそうに、ただ「違う」というだけで誰かを見下す連中。


(このままじゃ……)


拳を握る。


(俺をいじめてたヤンキーと一緒じゃねぇか!)


胸の奥が、じんと痛んだ。


輝真は顔を上げた。


「……ルーカス先生」


ルーカスが静かに視線を向ける。


「はい」


輝真ははっきり言った。


「謝ってきます」


廊下の奥の扉を見る。


「ちゃんと」


「俺が悪いんで」


ミアが少し驚いた顔をする。


ルーカスは一瞬だけ輝真を見つめ、それから小さく頷いた。


「……それが、一番いいでしょう」


穏やかな声だった。


「リシェルも、きっと分かってくれると思いますよ」


輝真は小さく息を吸う。


そして、廊下の奥へ歩き出した。


夕方の光が床を長く染めている。


一歩、また一歩。


やがて、さっきリシェルが入っていった扉の前に立った。


木の扉。


中からは物音は聞こえない。


輝真は少しだけ迷う。


(怒ってるよな……)


当然だ。


それでも――


逃げたくはなかった。


輝真は拳を軽く握り、扉をこんこん、とノックした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ