第10話 魔法の適性
それから――
どれくらい時間が経っただろうか。
輝真は次々と紙を受け取り、子供たちに教え続けていた。
「これは?」
「4が3つだから……?」
「12!」
「正解」
「やった!」
別の席からも声が飛ぶ。
「テルマー!」
「こっちも!」
「待って待って、順番な!」
気がつけば、すっかり教室のあちこちを歩き回っていた。
子供たちは真剣な顔で紙を見つめ、答えがわかるとぱっと笑顔になる。
ルルも机に頬杖をつきながら、紙に数字を書いていた。
耳がぴくぴく動いている。
窓から差し込む光は、すっかり強くなっていた。
朝の柔らかい光ではない。
昼に近い、はっきりとした光だ。
机の上に四角い光の模様ができている。
その中で鉛筆を動かす子供たちの手が、小さく影を作っていた。
そして――
三十分ほど経った頃。
教室の前で、ルーカスが手を叩いた。
パンッ。
子供たちが一斉に顔を上げる。
ルーカスはいつもの穏やかな声で言った。
「みなさん」
少し間を置く。
「今日はここまでにしましょう!」
その瞬間――教室が爆発した。
「やったー!!」
「終わったー!」
「帰れる!」
椅子ががたがた動く。
紙をまとめる音。
鞄を持つ音。
子供たちは一斉に立ち上がった。
「外行こうぜ!」
「鬼ごっこ!」
「川行こう!」
「待ってー!」
一気に騒がしくなる。
輝真はその様子を見て思わず笑った。
(元気だなぁ……)
ルルも椅子からぴょんと降りる。
尻尾がぶんぶん揺れていた。
「帰る!」
嬉しそうに言う。
ミアも伸びをした。
「はー、終わった終わった!」
その時――
ルーカスがもう一度声を上げた。
「皆さん」
教室の空気が、少しだけ落ち着く。
ルーカスは真剣な顔になっていた。
「最初にも言いましたが」
静かな声で続ける。
「今の森は、モンスターが増えています。」
子供たちはぴたりと動きを止める。
ルーカスはゆっくり言った。
「絶対に近づかないでくださいね」
その言葉には、さっきまでとは違う重みがあった。そして、少しだけ声を低くして言う。
「じゃないと――」
わざと間を置く。
子供たちがごくりと唾を飲む。
ルーカスは静かに続けた。
「ゴブリンに食べられてしまいますよ。」
一瞬、教室が静まり返る。
それから――
「うわぁ!」
「こわっ!」
「やだやだ!」
子供たちが一斉に騒ぎ始めた。
「俺森行かねぇ!」
「ゴブリン嫌だ!」
「食べられるの!?」
ルーカスはその様子を見て、ふっと笑った。
「そうです」
そして優しく言う。
「だから、ちゃんと村の中で遊びなさい」
子供たちは一斉に頷いた。
「はーい!」
「森行かない!」
「絶対行かない!」
そう言いながら、子供たちはわいわいと教室を飛び出していく。足音が廊下に響く。
やがて、外から元気な声が聞こえてきた。
教室の中に残ったのは――
ルーカス、ミア、ルル、そして輝真だった。
子供たちの足音が遠ざかり、やがて外の声も少しずつ小さくなっていった。
教室の中には、さっきまでの賑やかさが嘘のような静けさが残っている。
窓の外では、子供たちが走り回る声がかすかに聞こえていた。
「待てー!」
「鬼はお前だろ!」
「違うって!」
そんな声が、風に乗って届く。教室の中では――
ミアが机の上に散らばった紙を集めていた。
「これルルの!」
ぱさっと紙をまとめる。
輝真も近くの机から算数の紙を拾い上げる。
「結構あるな……」
紙を揃えて重ねる。
さっきまで子供たちが座っていた机には、まだ鉛筆の跡や消しゴムのカスが残っていた。
ミアは机を軽く叩きながら言う。
「今日はとっても騒がしかったね」
少し笑う。輝真も頷いた。
「だな」
少し肩を回す。
「でも……」
教室を見渡す。
「なんか楽しかった」
ミアは嬉しそうに笑った。
「でしょ!」
胸を張る。
「ここの子たち元気だから!」
その時――
教室の前にいたルーカスが、ふとこちらを見た。
「テルマくん」
穏やかな声だった。
輝真は振り向く。
「はい?」
ルーカスは少し考えるように顎に手を当ててから言った。
「魔法が使えるか、調べてみますか?」
輝真は一瞬きょとんとする。
「え?」
自分を指さす。
「僕が?」
ルーカスは頷いた。
「はい」
静かに言う。
「テルマくんは、この世界の人ではないでしょう?」
輝真は少しドキッとする。
けれどルーカスの表情は穏やかなままだった。
「この世界では、人によって魔法の適性があります」
ゆっくり説明する。
「ですが、それは見ただけでは分かりません」
ミアがぴくっと反応した。
「えっ」
目を輝かせる。
「テルも魔法使えるかもしれないの!?」
輝真は少し戸惑いながら言った。
「使えるんですか……?」
そして思わず声が少し大きくなる。
「僕も?」
胸の奥が少しだけ高鳴る。
魔法。そんなもの、今までの人生で考えたこともなかった。
ルーカスは静かに微笑んだ。
「使えるかどうかは、まだ分かりません」
少し間を置く。
「ですが――」
「調べることはできます」
そう言って、ルーカスはローブの内側に手を入れた。
そして、ゆっくりと何かを取り出す。
それは――
小さな水晶だった。
手のひらほどの大きさ。
透明で、太陽の光を受けてきらりと輝いている。
窓から差し込む光が、水晶の中で淡く反射していた。
ミアが目を輝かせる。
「わっ」
少し身を乗り出す。
「魔力水晶!」
ルーカスは頷いた。
「簡易的なものですが」
水晶をそっと机の上に置く。
コトッ、と小さな音がした。
輝真はそれを見つめる。
(これで……分かるのか?)
ルーカスは説明する。
「この水晶に触れると、魔力を持っている人は反応します」
「属性によって光り方も変わるんです」
ミアはわくわくしていた。
「やってみて!」
輝真を見る。
「テル絶対魔法使えそう!」
輝真は苦笑する。
「いやいや……」
でも内心は少し期待していた。
(もし使えたら……)
この世界で生きていく上で、きっと役に立つ。
輝真はゆっくり水晶に手を伸ばした。
透明な石は、机の上で静かに光を受けている。
指先が触れそうな距離まで近づいた時――
ルーカスが静かに声をかけた。
「テルマくん」
輝真は少し顔を上げる。
「はい?」
ルーカスは穏やかな表情のまま言った。
「ただ触れるだけでは反応しないことがあります」
水晶を軽く指さす。
「イメージするんです。」
輝真は眉をひそめた。
「イメージ?」
ルーカスは頷く。
「自分の中にある力が、この水晶へ流れていく――」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そんな感覚です」
「水の流れのように、力を外へ出すイメージをしてみてください」
ミアも隣で身を乗り出していた。
「そうそう!」
腕をぶんぶん振る。
「こう……ぐーってやる感じ!」
ルーカスが苦笑する。
「ミアの言う通り、感覚的なものです」
それから改めて言う。
「焦らなくて大丈夫です」
「ゆっくり試してみてください」
教室の中が静かになる。
窓の外からは、まだ子供たちの声が聞こえていた。遠くに響いている。
輝真は水晶を見つめた。
(イメージ……)
そっと手を置く。
水晶はひんやりと冷たかった。
(力を流す……)
目を少し細める。
(イメージ……イメージ……)
頭の中で考える。
胸の奥。体の中心。
そこから何かが流れていくような――
そんな感覚を想像する。
(ここから……流れる……)
(外へ……)
(この水晶に……)
教室の空気が、少しだけ張りつめた。
ミアは息を止めて見ている。
ルーカスも静かに観察していた。
数秒――
何も起きない。輝真は少し不安になる。
(やっぱり無理か……?)
その瞬間。
じんわり。
水晶の奥で、わずかな光が灯った。
「……!」
ミアが目を見開く。
光はゆっくり広がる。
透明だった水晶の中心が、赤く染まり始めた。
淡い赤色。炎のように激しくはない。
だが確かに――
赤い光が、水晶の中で静かに輝いていた。
ミアが思わず叫ぶ。
「光った!」
身を乗り出す。
「光ったよルーカス先生!」
輝真は驚いて水晶を見る。
「え……?」
本当に光っている。
自分の手の下で、水晶が赤く染まっていた。
「まじか……」
思わず呟く。
ミアは嬉しそうに跳ねた。
「すごい!」
「テル魔法使えるじゃん!」
ルーカスは眼鏡を軽く押し上げた。水晶をじっと見つめる。そして、ゆっくり頷いた。
「なるほど……」
静かな声だった。
「赤色の反応」
水晶の光はまだ続いている。
ルーカスは言った。
「炎の適性ですね。」
輝真はぽかんとした。
「炎……?」
ミアは目をきらきらさせていた。
「私と同じだ!」
嬉しそうに言う。
「やっぱり!」
「絶対そうだと思った!」
輝真はまだ信じられない様子だった。
水晶を見る。
自分の手を見る。
(俺が……)
(魔法……?)
胸の奥が、じわっと熱くなる。
ルーカスは少し感心したように言った。
「しかも……」
水晶を近くで観察する。
「初めて触れたにしては、反応がはっきりしていますね」
ミアが得意げに言う。
「テルすごい!」
輝真は頭をかいた。
「いや……」
でも、顔は少し笑っていた。
机の上の水晶は、まだ静かに赤く光っている。
まるで、小さな炎が灯ったように




