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「ついてない日は、とことんついてない」

「きゃああああああ!!!!お巡りさん助けてください!!変態です!!変態が出ました!!たすけてーーー!!!」


「はあ!?変態ってどっちが変態だ!?俺はただの誘拐犯だぞ!!」


「え、それはそれで自慢にならないですけど」


「うるさい!男のくせに処女みたいな悲鳴あげやがって!恥ずかしくないのか!?」


「はあ?俺が何のために税金払ってると思ってるんですか。こういう時のためでしょ。国民として堂々と使わせてもらいます!」


「え、俺も税金払ってるんだけど、警察に『誘拐犯を帰せ』って言ったら聞いてくれる?」


「変態の言うことは聞いてくれないんじゃないですか!?」


「だから変態じゃないって言ってるだろ!いいから黙れ!」


口に布を押し込まれ、声が出せなくなった。


「んぐっ……んんっ……んぐぐぐ!?」


「変なこと叫ぼうとするなよ。車はまだか、早く移動しないと」


「んっ……んんっ……んぐっ!」


「黙れって言ってるだろ!」


腕の縛り付けが終わった直後、車が急ブレーキで近くに停まった。


「お待たせ!車持ってきたよ。でも一個だけ言わせてくれ、金もらえなくなるからやめといたほうがいいと思う……あと、もし我慢できなくても俺を巻き込まないでほしいんだけど」


「なんでお前まで俺のことホモの変態だと思ってんだよ!」


「ごめんごめん!変な叫び声聞こえたからてっきり……」


「うるさい!とにかくこいつを立たせろ!早く逃げるぞ!」


「お、おう!」


立たせられ、ワンボックスカーの方へ押し込まれそうになった、その瞬間。


「クライアントの番号はメモしてあるよな?」


「バッチリ!」


「よし、連絡を入れろ」


「でも本当にすぐ金もらえるの?」


「当たり前だ。ホワイトモア家の跡取りを確保したんだぞ。いくらでも引き出せる」


二人が顔を見合わせて笑い始めた、その隙に――


今しかない!!


「んぐっ!んっ!」


体当たりで一人を突き飛ばす。


「ぐえっ!ぶへっ!?!?」


「このやろ――ぐほっ!?」


もう一人の頭に自分の頭突きをぶち当て、そのまま縛られたまま走り出した。


「んぐぐぐぐぐ!」


手が後ろで縛られているから走りにくい。ほどける気配もない。


「やばい!こっち!」


「わかってる!くそ、あと少しだったのに!追え!」


「んぐっ!?」


くそ!全力で走ってるのにどんどん近づいてくる!


なんとかしないと……


んぐぐぐぐ!?


足が石に引っかかった。


手が使えないまま顔面から地面に突っ込んだ。


後ろから一人が手を伸ばしてきた。


「――!?」


覚悟した、その瞬間。頭の上を何かが通り過ぎた。


*ドスッ*


鈍い音。突風が頭の上をかすめる。


「ぶわあああっ!?」


はっきりは見えなかったが、誰かが誘拐犯の一人を蹴り飛ばした。


「な、なんだ貴様!邪魔するな!」


「黙れ!!男が複数で一人を袋叩きにするなど、恥を知れ!」


「関係ないだろ!」


「関係があるかどうかは些細なことだ!これは男の矜持の問題だ!二人がかりで一人を追い詰めるなどという行為、男として許せん!」


状況がよくわからないが、誰かが助けに来てくれたらしい。


「ひぃっ、お嬢様、無茶はやめてください……」


「……ん?」


混乱しすぎてよく見えなかったが、誰かが俺の体を手探りで触っている。まさか本当に変態……!?


「あ、ごめんなさい。今すぐ縛り解きますね、少しじっとしてて」


どうやら助けてくれる人間は二人いるらしい。


「んっ……んんっ……はあっ!ありがとう。誰かわからないけど本当に助かりました」


「礼には及ばない。困っている人を助けるのは当然のことだ」


縄が解けた直後、もう一人の助っ人が誘拐犯と戦い続けている声が聞こえた。


「反省して自首しろ!」


「邪魔者め!気取ってんじゃ――」


「はあっ!」


「ぼあっ!?」


腹への蹴りが決まった音がした。


「兄貴!これはまずい!人が集まってくる――」


「わかってる!でもホワイトモアの坊ちゃんをここで逃したら今までの苦労が――」


「逃げよう!このままじゃ警察に捕まる!」


「くそ!覚えてろよ!!」


啖呵を切りながら仮面の男たちが逃げていった。


助かった……のか?


「……ふん。恥知らずな連中め。あんなもの、男とは呼べない」


「本当にありがとうございます。助けてもらって」


縄が全部解けたところで、改めて二人に礼を言えた。


二人とも男だった。


一人は長い髪を後ろで結び、革ジャンを着込んだ――見るからにワルい感じのする、妙に絵になる男。


もう一人は縄を解いてくれた人で……うーん……普通のTシャツに長ズボン……ごく普通に見えるんだが……そのTシャツ、ピンク色の髪をした女の子がでかいハンマーを振り回してるキャラのイラストじゃないか。ショルダーバッグにも同じキャラの缶バッジがこれでもかというほど敷き詰められているのはなぜだ。


「あ、そっちは気にしないでください。別に――きゃ――んっ!」


かっこよく誘拐犯をなぎ倒した男が、突然顔を背けて口を手で押さえた。


「え?あの……すみません?」


「ああ!フランツ!」


「セト、黙れ!!」


「ほぶふうあっ!?」


革ジャンの男が電光石火の平手打ちを相方に食らわせた。


「何を急に――お嬢、じゃなく――!?」


「ぐえっ!?」


今度ははっきり見えた。革ジャンの男が仲間の腹に思い切りアッパーカットを打ち込んだ。


「ここではそう呼ぶなと言ったでしょう!」


そして俺の方をじっと見てくる。


「……なに?」


もはやちらっと見るどころか、真剣な目で俺を凝視している。


「うっ……」


次の瞬間、表情をぱっと明るくして、ふんわりとした笑みを向けてきた。


「よかった、無事だったんだね!」


「……」


肩を手でさっと払い、俺の服についたほこりを落とそうとしている。状況についていけない。


「それはもう無駄でしょう、お嬢さ――」


「んっ!?」


脛を蹴り飛ばして真っ赤な顔で走り去った。


「待ってください!」


そしてそのまま、地面で悶絶している仲間を置いていった。かわいそうなので立たせてやる。


「まあ……見ての通りなんですが……申し訳ないのですが、今日のことは内密にしてもらえますか?」


「内密?」


「誤解だとしても、噂が立つと困る人がいるんです。あなたにとっても、たぶん、よくない話になります」


「え……?」


「わかってもらえましたか」


全然わかってないが、要するに口外するなということらしい。


「誰にも言わなければいいってことですよね」


「そうです。男同士の約束として、絶対に破らないでください!」


そのまま走って仲間を追いかけていった。


「ああ、もう遠くなってる!」


「……」


追いかけられ助けられ、なんとも不思議な巡り合わせだ。


しまった、名前も聞けなかった。


でもあの二人、俺を別の誰かと間違えていた。


誘拐犯も、あの二人も、俺と知り合いらしい誰かのことを知っている。


間違いなく、あの俺に瓜二つの子のことだ。


確か名前は……ホワイトモア……?


身代金目的の誘拐ターゲットになるくらいだから、相当な資産家なんだろう。


いいな。食べるものもなくて賞味期限切れを食べる羽目になるような生活とは無縁なんだろう。


……はあ、他人になる妄想しても仕方ない。今日は本当にひどい日だ。


仕事なくして、怪しい連中に追い回されて、体中すり傷だらけ……はあ。


でも俺が追いかけられたおかげで、ホワイトモアとやらは逃げられたかもしれない。


そっちが捕まってたら「何のために俺がこんな目に遭ったんだ」って泣きながら寝ることになってたから、まあよかった。


夕焼けに染まりかけた空を見上げて、ため息をついた。


「はあ……」


いや、だめだ。前向きにいかないと!


よし!今日の不運は日が沈む前に全部終わった、ということにしよう!


明日からは新しい日だ!


「ん?」


足の下に何か柔らかいものを踏んだ。


なんだろう……と思って下を見ると……


「うぐえっ……」


「わああっ!ご、ごめんなさい!」


道の真ん中に人が倒れているとは思わなかった――


「待って、あなたって……」


「ああ、あなたでしたか……無事に逃げられたようで、よかったです」


顔面蒼白で白目になりかけながら、ちゃんと俺のことを心配してくれている。


「本当に申し訳ない。道の真ん中に人がいるとは思わなかったから……」


「い、いえ……誰もいないと思って倒れていた私が悪いのですから、謝らないでください」


「大丈夫ですか……?いや、道の真ん中で倒れてる時点で大丈夫じゃないですよね。怪我してますか?」


「いいえ、怪我はないです。体があまり丈夫でなくて……走りすぎてしまいました」


「そうですか……でも今さっき踏んじゃったんですけど、本当に大丈夫ですか?丈夫じゃないって言ってましたし……」


「ええ、このくらいは別に――……*ごほっ、うっ、ごほっ……げほっ……うぇっ……*!!」


「ええっ!!?血!血吐いた!?今俺が踏んだから!?踏んだからですよね!?」


「だ、大丈夫です、よくあることで――げほっ……うぇっ!!」


「よくあること?それのほうがまずいんですよ!?」


「慣れてますから。気にしないでください」


「血吐きながら言われても余計怖いんですけど!」


「少し横になればよくなりますから」


「道の真ん中でこの状態のまま横にはなれないですよ……」


「これ以上あなたを巻き込むわけにはいきません……」


そう言って目を閉じ、微笑んだ。


「ちょっと!死なないでください!行ってから!」


こんなところに遺体は置いていけないし、指紋も残ってる。


なんかいたたまれない。心が落ち着かない。


でも目の前で穏やかな顔で倒れてる体は――


「ごほっ……安心してください、まだ死んでいません。ただ少し疲れているだけです」


生きてた、しかも血を吐いた。


すごい。


「じゃあ救急車呼びます」


「待ってください!」


残り少ない力で俺の手を掴んで引き止めた。


「それはあなたにも私にも面倒なことになります。少し横になれば大丈夫ですから」


「わかった、わかりました!横になるだけでいいですね!でも道の真ん中よりうちの部屋のほうがいいですよね、ここから近いですし」


「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


「いいから休んでください」


---


「はあ。今日は本当にひどい日だったな」


……実際にはまだ夜中の十二時まで三時間ある。


「……Zzz……Zzz……」


部屋に着いたら、少し落ち着いたのか血を吐くのが止まった。今は静かに寝ている。


そういえば名前をまだ聞いていない。


確か「ホワイトモア」とかいうのが名字だったはずだが。


「Zzz……Zzz……」


さて、俺はこれからどうすればいいんだろう。


家族や親戚は心配してるかもしれない。無事だと伝えたいが、本人がスマホを持っていない。


今できることは……起きるのを待つしかない。


はあ……。


自分のことを心配しないといけないのに。明日どうすれば。


残金を全部かき集めても大して足しにならないし、連絡もつかないし――


*コンコン*


ん?ノック?この時間に?


もう夜の十時に近い。


隣の住人はみんな夜勤か疲れて寝てる時間帯だ。


腹が減りすぎて返事する気力もない……。


*コンコン*


無視し続ける。疲れてるし腹も減ってるし、誰とも関わりたくない。


心当たりもないし、本当に用があればまた来るだろう。


急に黙ってノックするのは大家が部屋の様子を見に来る時くらいだ。まさか家賃を前倒しで請求しに来たんじゃないだろうな……勘弁してくれ。


*コンコン*


「……」


このまま無視して帰ってもらおう。


電気は付いているが、反応がなければ留守だと思って諦めるかもしれない。


やがてノックが止み、足音が遠ざかっていった。


どうやら帰ったらしいが……。


……おかしい。隣の部屋をノックする音がしなかった。


なんかぞっとした……。


まあいい!今は食べることの方が重要だ。このまま飯を食わないと本当に明日は終わりだ。


台所を確認すると、インスタント麺が二袋。


あとは小麦粉、キャベツ、唐辛子が何本か――


突然、停電した。


「は?なんで今!」


今日の締めにまだこれがあったか!


ブレーカーが落ちた感じじゃない……建物全体の停電か?


でも周りの家には電気が付いている……この建物だけ?かなり古い建物だから……


ん?


玄関の外でガサガサと物音がした。


そして――


*バンッ!*


「えっ!?取っ手が爆発した!?」


ドアが突然開き、激しい足音が雪崩れ込んできた。


「全員突入!ゴー、ゴー、ゴー!」


「ちょっと待って!待ってください!何ですか!誰ですか――!?」


「両手を頭の上に!今すぐ!」


「わっ、落ち着いて!これは――」


完全武装した集団が部屋に踏み込んできた。


「聞こえなかったのか!?両手を上げろ!」


「上げてます!もう上げてますって!」


「床に伏せ!急げ!」


少なくとも今回は自分から伏せることができた。自分から転んだわけじゃない。


「報告!容疑者確保!容疑者は一名、予測通り。繰り返す、容疑者確保!」


「確かか?一名だけか?」


「間違いありません、春野和樹です!」


「よし、フランツ様も確保した!容態は安定している。早急に病院へ!」


「誰か、今何が起きているか説明してもらえませんか……?」


「黙れ!聞かれた時だけ話せ!」


「はい、はい……」


なんで武装した集団が突然うちに踏み込んできて俺を取り押さえているんだ!?


警察でも自衛隊でもないぞ。あれ本物の銃か?まさかモデルガンじゃないよな……?


「エリア安全」


「了解。よくやった。フランツ様を急いで移送しろ。こちらは残る」


長い銃を抱えた女性が入ってきた。眼鏡にツインテール、服装は……。


「テスタ=ヴィラローボスの命令を聞きましたね!フランツ様をすぐ移送してください!」


「待って!どこへ連れていくんですか!?」


「貴方には関係ありません」


床に伏せて見上げている状況なのに、その目線が容赦なく刺さる。


「まさかさっき誘拐犯が言ってた報復ですか?」


「……誘拐犯?貴方が誘拐犯なのでは?」


別の女の子の声がして、部屋に入ってきた。


艶やかに流れる金髪を高く持ち上げ、俺の真上に仁王立ちして鋭い目で見下ろしている。


「……驚きました。道路の防犯カメラの映像で見てはいましたが、直接見ると本当によく似ていますね」


「あなたは誰ですか?知り合いですか?まさか俺と似てる人ってそんな大変な状況で専属の部隊まで持ってるんですか!?」


「何を言っているんですか?貴方が『フランツ・ホワイトモア』を誘拐しようとしたんでしょう。今さら驚いたふりをする必要はありませんよね?」


「勝手に決めつけないでください!本当に驚いてるんです!」


「黙れ!ヴィヴィアンお嬢様の前で失礼な口を利くな!」


身代金目当ての誘拐ターゲットになるくらいだから金持ちだとは思っていたが、専属部隊まであるとは。しかもメイドまで……!


そう、メイドだ!さっき俺を怒鳴りつけた女性、メイド服を着ているのだ!


念のため説明すると、メイドとはヴィクトリア朝から二十世紀初頭にかけてヨーロッパ貴族に仕えた女性使用人のことで、俺は今まで某大人向け映像でしかお目にかかったことがなかった!


ちなみにロングライフルを持ち歩き、腰と足首に拳銃とナイフを携帯しているこのメイド、最初から誘拐犯のコスプレかと思っていたが本物らしい。


「落ち着いて、順を追って話しましょう。誤解があるようです」


「誤解?」


「そうです。まず、俺は誘拐犯じゃない。少しおかしな話に聞こえるかもしれませんが……フランツ・ホワイトモアさんを助けたくて部屋に連れてきたんです」


「……助けた?説明してください」


よし、この金髪のお嬢様は話を聞いてくれるらしい。


「夕方、誘拐犯に追われてる彼と偶然ぶつかりまして。俺たちがそっくりだったせいで誘拐犯が俺を追いかけてきたんです」


あ、そういえば助けてくれた二人のことは口外するなと約束した。


「それで、誘拐犯から逃げ切った帰り道に彼が倒れているのを見つけて。体調が悪そうだし救急車は呼ぶなと言うし、だから部屋で休ませました。それだけです。俺は誘拐犯じゃない」


「うーん……」


「信じてもらえなくても仕方ないとは思いますが、俺一人でこんな誘拐が成立すると思いますか?それに、誘拐のターゲットを自分の部屋に隠すバカが本当にいると思いますか?」


「……言いたいことはわかります」


「そうなら――」


「でも、もし全て演技で、貴方が大きな組織と繋がっているとしたら、貴方だけが犯人というわけでもない、ということになりますよね」


話を聞いてくれてはいるが信じてくれてはいないらしい。


「身辺調査をします。それが完了するまで、身柄を預かります」


「え、今度はそっちの方が悪者みたいなことしてるんですが……」


「好きに思ってください。とにかく、このまま何もなかったことにするわけにはいきません」


「まあ……早く終わりますよね?どのくらいかかりますか?」


「数時間というところでしょう。調査が始まったばかりです。犯罪組織と関係がなければ、すんなり終わります。それまで大人しくしてください」


「つまり終わるまで状況は変わらない?せめて座らせてもらえませんか?」


「いいえ。床のまま、余計なことはしないでください」


どれだけ徹底的に調べても、普通のことしか出てこないはずだ。


早く終わるだろう。


「わかりました。疑いが晴れるまで待ちます。長く床に押しつけてても損するのは俺じゃないし」


「損とはどういう意味ですか?」


「あ、それより一つ前から言わないといけないことがありまして」


「今どうしても言わなければならないことですか?何でしょう」


「言いたくないんですが、言わないといけない気がして」


「……な、何ですか?その急に真剣な顔は。そんなに大事なことですか?」


「今俺が床に伏せていて、あなたが上から見下ろしている状況で、一つだけお伝えしたいことがあります」


「な、なんでしょう。その顔でそんな切り出し方をされると……釈放するわけにはいきませんよ、言っておきますが」


「それは構いません。繰り返しますが損するのは俺じゃないし。でも……これは言いにくいんですが……」


言うべきかどうか。でも意図的だったらどうする。俺が気にしないなら相手も気にしないならいいか。いや、この育ちの方には考えにくい。でも直感的には言わない方がいい気もする。でも言わないと俺が罪悪感を……。


「……スカートの中が見えてます、さっきからずっと」


「きゃああああああ!?」


「ぶぐっ!」


反射的に顔を蹴られた。


ずっと床に伏せてたら、ミニスカートのお嬢様が頭の近くに立って見下ろしていた、俺のせいじゃない!


「なぜそんなに怒るんですか!伝えてあげたのに!わざわざ!」


「だ、だ、だったら、もっとマシな伝え方というものがあるでしょう!」


「むしろ言わない方がよかったか。そしたら引き続き確認できたのに……」


「誰も確認しろとは言っていません!!」


俺の直感と下心が連携した結果がこれだ。


「言わずに伝える普通の方法があるでしょうという話です!」


普通の伝え方……そんな方法があるのか……?


「お嬢様の御尊顔が、僭越ながら拝察されておいでです」


「……最低」


「じゃあどうしろというんですか……」


俺はまだ床に伏せたままで何もできない。


「目配せとかヒソヒソ声とか、他の人に聞かれない伝え方がいくらでもあるでしょう!」


「床に伏せてたら身振り手振りも使えないし、ヒソヒソ声も物理的に難しい。どう伝えても結果は同じです」


「そ……そ、それは……ああもう!無礼者!変態!」


「変態!?え、誰が誰を床に伏せさせて、誰が頭の近くで立ってたんですか!?俺が自分から潜り込んだわけじゃないですよね!?あと、床に伏せさせた人間と頭の近くに立った人間が全部悪いんじゃないですか!」


「う……うう……!!」


「ヴィヴィアンお嬢様」


「なんですか!!」


「身辺調査が完了しました」


「え、もう?早いですね」


「調べることがそう多くなかったので」


その女性(そう、俺がコスプレメイドと思っていたツインテール長銃の人だ。よく見たら腰と足首に拳銃とナイフも下げていた)が封筒をお嬢様に手渡した。


「春野和樹、大学三年生……ふむ。無礼者のくせに成績はいいんですね」


「無礼者だと頭が悪いという思い込み、やめてもらえますか。個性的な趣味を持つ人間のIQは高い傾向があるという話もありますよ。あくまで噂ですが」


「……自分が変態だと認めているんですか?」


「……」


ヴィヴィアンというお嬢様がため息をついた。俺の喉が乾くくらい溜め込んでいる。


「はあ……その話は一旦置いて……貴方について、特に怪しいことは何もないようですね」


「そうです。判明している限り、身は潔白です。普通の家庭に生まれた苦学生で、銀行口座の入出金の少なさに胸が痛くなりますが、犯罪組織との繋がりも何もありません」


「大きなお世話です!」


このメイド、俺の口座の残高に余計な感想を持つのはやめてほしい。


「要するに、身辺はクリーンということです」


「だから言ったじゃないですか!」


「……では、釈放しましょうか」


「いいえ。念のため、尋問すべきかと思います」


「尋問?警察がやるみたいな?」


「いいえ。冷戦時代にKGBとCIAが行っていたような尋問です。私は知識があります。お任せを」


「ちょっと、なんでメイドコスプレイヤーがそんな知識を……」


「コスプレではありません。私は一流の侍女です。そのような教養は基本の範囲内です。お気になさらず」


尋問する侍女。なぜか心臓が跳ねる自分が信じられない。


「とはいえ、彼が潔白かどうかは直接確かめるべきです」


「テスタの言うことは筋が通っていますが……」


「時間はかかりません。すぐ準備します」


「準備って……尋問なら普通に質問するだけじゃないですか?」


「ご安心を。少しの準備です。このケーブルをコンセントに差して、被覆を剥がして、導電性を上げるジェルを塗れば――」


「それ尋問じゃなくて拷問ですよね!?」


「テスタ、待って。それ、本当に大丈夫なの?」


「ご安心ください。Youtubeで予習済みです」


「Youtubeって!?映像作品の再現禁止の注意書き読みましたか!?」


「違います。Youtubeの「世界の尋問技術」というドキュメンタリーチャンネルです。ナショナルジオグラフィック系列でした」


「拷問であって尋問じゃないし、Youtubeだけで実践できるわけないでしょう!!」


「ご安心を。一流の侍女ならできます」


「まず侍女の定義を見直してください!侍女は補佐をするんです、尋問はしません!」


「おっしゃる通りです。ですが私は侍女ではなく一流の侍女ですので」


眼鏡を中指で押し上げながらニヤリと笑う。それは悪役の仕草だ!


「それに、新しいことに挑戦してみたい気持ちもありまして」


「今やったことがないって認めましたよね!?」


「細かいことは気にしないでください。正直に答えてください。貴方は誰の指示で動いていますか?」


「細かくない!俺は潔白だって言ってるでしょう!むしろ被害者なんですよ!」


「ふむ……頑固ですね。胸が痛みますが、話してくれないなら仕方がありません。尋問を行う以外に選択肢が――……へへ」


「全然心が痛そうに見えませんし、今笑いましたよね!」


「しょうがないんです。早く話してください」


ケーブルを手に持ちながら俺の耳元に近づいてきて……ヒソヒソと囁いた。


「お願いですから、少しだけ抵抗してみせてください。すぐに白状しないでほしいんです」


「拷問したいだけじゃないですか!」


「……へへへ……」


「テスタ、本当にやるつもり?」


不気味な笑みで迫ってくる。切られたケーブルが首元に近づいてきて――


「ああああああっ!?」


---


「もういいですよ、テスタ。彼が巻き込まれただけなのは明らかでしょう」


「……そのようですね、お嬢様」


「はあ……はあ……ケーブルを遠ざけてください、使わないなら」


「ところで――」


「うわあああっ!?」


いきなりケーブルが首に押し当てられた。


「冗談です。まだ部屋の電力が復旧していませんので。一流の侍女のジョークです」


「……」


確証はないが、ちょっと漏らしたかもしれない。

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