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「晴れすぎた空の下で」

「本当に晴れすぎだろ……」


 ギラギラと照りつける太陽を見上げると、なんだか心が落ち着く気がした。


 もう梅雨入りしたというのに、この太陽の強さは真夏のそれと何ら変わりない。


 公園のベンチでぼーっと日光浴してるだけでも、妙に気持ちいい。


 ……まあ、実際は暑すぎて体が動かないし、じんわり汗もかいてるんだけど。


「昨日と同じ、今日も穏やかで平和な一日だ……。そして、だ」


 近くには、下校途中の小学生たちが笑い声をあげながら連れ立って歩いている。


 仲良さそうな若いカップルが手をつなぎながら、週末のデートについてはしゃいでいる。


 主婦らしき女性たちが「あそこのスーパー今日タイムセール!」「明日は何が割引になるかしら」と立ち話に花を咲かせている。


 どこを見ても、笑顔ばかりだ。


 年の瀬が近いこの夕暮れ時、まだ一年分のエネルギーが残っているのか、俺は青い空を見上げて叫んだ。


「くそっ!!明日からどうやって生きていけばいいんだ俺は!!!」


 もう一度、手の中の紙を見やる。


「……マジかよ……」


 握りしめすぎてシワクチャになった封筒の中身を、改めて読む。


 ---


 *拝啓 春野和樹 様*


 *突然のご連絡、誠に申し訳ございません。*

 *このたび、当店は経営上の理由により、やむなく従業員の削減を行うこととなりました。*

 *共に働いた時間は短うございましたが、大変楽しく、感謝しております。*

 *このような形でのお別れとなりますこと、残念でなりません。*

 *またいつかご縁がありましたら、ぜひご一緒できればと願っております。*


 **梅雨に入りますので、どうかお体にお気をつけて。**


 *敬具  店長より*


 ---


 今朝、バイトしていた焼肉屋の店長から届いた手紙だ。


 しかも速達で!!!!


 まったく予想していなかった内容に、最初は冗談かと思った。


 少なくとも、そう信じたかった。


 確かめに店へ向かったら、店の前には黒服を着た強面の男たちが大勢いて、


「あの野郎、逃げやがった!」


「くそ、もぬけの殻だ!計画的に逃げる準備してたんだ!」


 ……という怒号が飛び交っていた。


 あの騒ぎを目の当たりにしたら、この手紙の信憑性が一気にリアルになった。今は受け入れるフェーズに入っている。


 確かに、あの店は客がいつも少なかった。


 でも店長は明るくて、いつも元気そうで、困っている様子なんて全然なかったから、大丈夫だと思っていた。


 ……俺は甘かった。気づくのが遅すぎた。


 それでも、それでも……なんで月末のこんな大事な時期に逃げるんですか、店長。


 せめて、せめて……


「給料を払ってから逃げろ!!!!!!!!!!!!!」


 ニコニコ顔で接してきたくせに、よりによって月末にトンズラするとか!


 先月一ヶ月分の仕事はどうなるんだよ!!


「今日から……いや、今日の夜からどうやって生きていくんだ?」


 俺の生活は給料から給料への綱渡りだ。


 でも今月の給料は入らなかった……。どうすればいい?


 ボロボロの財布を開いて、残高を確認する。千円札が一枚、五百円玉が三枚、百円玉が四枚。


 合計、二千九百円也。


 店長だって俺の状況はわかってたはずなのに……せめて半分でも置いていってくれよ……。


 仕送りは学費でギリギリ消える。生活費は全部バイト代頼りだったのに。


 仕送りがある時点で完全自立じゃないけど、家賃も食費も全部自分で稼いでいたのに。


 給料なしイコール、生活費ゼロ。


 俺には今、二千九百円しかない。次のバイトが決まるまで、これで生き延びなければならない。


「……冗談抜きで、餓死するかもしれない」


 仕送りが届くまでまだ時間がかかることを考えると、あながち冗談でもない。


「はあ……空からお金が降ってこないかな。でも小銭だと痛いし、紙幣だと散らばるし、できれば百円玉じゃなくて一万円束でトランクごと降ってきてくれると助かるんだけど」


「夕方から夢みたいなこと言ってますね、お兄さん」


「……ん、トモエ?」


 振り返ると、俺が座っているベンチの後ろに女の子が立っていた。


 セーラー服姿でなければ男の子に見間違えそうな雰囲気の子。心配そうな目でこちらを見ている。


 有栖川ともえ――いつもトモエと呼んでいる。アパートの近所に住む年下の子で、アパート裏の使われていない空き地でよく一人でバスケをしているのを見かけてから、なんとなく仲良くなった。


「どうしたんですか、覇気がなさすぎて。賞味期限切れのもの食べたんじゃないですよね、またですか?」


 セーラー服姿のままのこの子は、いきなり失礼な仮説を立ててきた。賞味期限切れはそんなに頻繁じゃない、二週間に一回くらいだ。


「お前こそ何でこんなところにいるんだ?」


「それはこっちのセリフです。こんな人がいっぱいいるところで変な叫び声あげてどうするんですか」


「叫ぶのはストレス発散に効果的って言われてるだろ。お前もたまにやってみろ」


「つまり、ストレスが溜まってるんですね」


「そのトーンと間が気に食わないが……まあ、そうだな」


「ふーん……ふーん、そうですか」


 トモエは顎に手を当てて考えるポーズをとったが、俺にはわかる。考えてるふりをしてるだけだ。


 そしてそのまま俺をベンチの端に追いやり、隣にどかっと座ってきた。


「しょうがないですね、お兄さんが頼むなら聞いてあげますよ。どうぞ、話してみてください」


 まるで今ひらめいたかのように満面の笑みで、親指で自分を指す。


「有栖川ともえに相談すれば、一言で解決してあげましょう!」


「『相談』って意味わかって使ってるか?」


「わあ、失礼」


 どっちが失礼だ。


「いや……これは女子中高生に相談するような話じゃないんだよ」


「かわいい女子中高生には話せないことって……そんなに深刻なの?」


 俺は「かわいい」なんて言っていない。。


「あっ!もしかして……欲望が抑えられなくなってきたとか!?さすがにそれは場所と状況をわきまえてください!」


「むしろお前がその発言を公共の場でするな」


「ジョーク、ジョークですよ。でも本当に何があったんですか、そんなにわかりやすくしんどそうで」


「……その話なんだけど。お金、貸してくれないか」


「お金?」


「そう、マネー」


「珍しいですね。バイトしながら学校通ってて、お金を借りたことなんてなかったのに。それほどまずいんですか?」


「こんなイケメンでも金の心配はする。でも今回は特別でな……実は――ぶつぶつ……」


 トモエはこくこくとうなずきながら話を聞いていた。


「――というわけだ」


「なるほど……ぶつぶつ、ですか。それは確かに大変でしたね」


 トモエはすっと立ち上がり、俺の正面に立って、くるっと体を回転させた。


 ボーイッシュに見えるけど、回転でふわっとスカートがひるがえって、ちょっとだけ女の子らしさが見えた。そのままバックパック(推定5kg)が顔面に直撃した。


「べらんめえ!本当のことを話してください!」


 結局、トモエに心配させたくなかったのに、状況を洗いざらい話す羽目になった。


 ---


「うーん……お金の問題って本当につらいですよね」


「そうだな。叫び出したくなるくらいには」


「これは女子中高生には解決できない問題ですよ、確かに」


 トモエは本当に心配そうに眉をひそめていた。だから話したくなかったんだよ。


「あ!少しですけど、貸せますよ。お小遣いの残りなんで全部小銭ですけど」


「聞いてくれてありがとな、女子中高生。さっきのは冗談で、本気で借りようとしてたわけじゃないから」


「いいんです、利子もないし、取り立ても来ないし。返せるときに返してくれれば」


「そういう問題じゃなくてな。友達同士で金の貸し借りって、関係に影響が出ることあるから」


「大丈夫ですよ!お兄さんがちゃんと返してくれるってわかってますから。ねっ?ねっ?」


「信用してくれるのは嬉しい。裏切るつもりもない。でも今回は借りるのはナシにしよう。申し出てくれるだけで十分だ」


「……わかりました。で、実際これからどうするんですか?」


「本当にいい質問だ」


「口座にお金残ってますか?」


「正確には覚えてないけど……たぶん一万円くらいはあると思う」


「えっ!?それもう完全に緊急事態じゃないですか!家に電話しないんですか!?」


「一瞬考えたけど……状況は実家もそんなに変わらない。頼りすぎると、あっちの負担が増えるだけで」


「じゃあ、どうしようもない馬鹿なニートになるわけですね」


「そうだな。そこに『どうしようもない』と『馬鹿』を足してもいい。留年も確定だし」


「そこまでは言いませんよ。でも明日の食事代すらない状況、ですよね」


「……」


 この世には、言ったことをなかったことにする能力者がいるらしい。

 今、目の前にいる。


 正直、明日どころか今日の夜だって怪しい。


「ね、実はお兄さんの言う通りかもしれないです。実家に連絡するのが一番現実的かも。負担になるのは百もわかってるけど、来週お兄さんが生きてるかどうかが先の問題ですよね」


「……お前の言う通りだな。電話してみる」


「よかった。死体になったら部屋代払えないし、アパートの人や近所迷惑ですよ、においが」


「ありがとな、トモエ。思ってたより話してよかった」


 心配そうにしていたトモエが笑ったのを見て、少しだけ前向きな気持ちになれた。


「えへへ、お役に立てて光栄です。……でも、これが最後になるかもしれませんね」


「え?最後?」


「え、言ってませんでしたっけ?」


「何が?」


「あ、引っ越すんです」


「転校も?」


「家の事情で……しょうがないんですけど、はは」


 乾いた笑い。本当は嫌なのかもしれない。


 トモエとは仲がいい。アパート裏でバスケしたり、朝ランで偶然会ったり。友達というか、まるで兄妹みたいな関係で、くだらないことでしょっちゅうケンカしてた。昨日はトマトが果物か野菜かで言い合った。


 でも、それ以上の関係ではなく、お互いのプライベートなことはよく知らなかった。家族の話なんて特に。


「そうか……朝ランの話し相手がいなくなるな」


「私もそれが一番つらいです……向こうで誰とも仲良くなれなかったら、お兄さんみたいに一人で学校行きながらバイトしようかな……」


 冗談じゃなく、本気で言っているような顔だった。


「制服姿でバイト雇ってくれる店なんてそう多くないぞ」


 その言葉で、一瞬だけ表情が曇った。本当に考えていたらしい。


「つか、一人暮らしできるか?飯ちゃんと作れるか?」


「できます!やる気と根性さえあれば!」


「そのやる気と根性、バイト見つかる前に消えるぞ。学校行きながら金稼ぎながら生活するのは、そんな簡単じゃない。経験者が言ってる」


「うう……そんなに大変なんですね」


「少なくとも俺にとってはな」


 トモエはしばらく黙って考えていた。自立したいというのは本気なんだろう。悪いことじゃないけど、やりたいからってできるもんでもない。俺だって好きで学校とバイトを掛け持ちしてるわけじゃない。


「じゃあそろそろ帰りますね」


「もう帰るのか?」


「実家に電話して、急いで新しいバイト探さないと」


「あ……そっか」


 トモエはまだ話したそうな顔をしていた。


「なんだ、もう寂しいのか?」


「…………」


「大丈夫、二度と会えなくなるわけじゃないだろ。スマホ持ってるよな?」


「あ、そうですね」


「何かあったら連絡してこい。力になれるかわからないけど、話くらいは聞く」


「わかりました。約束ですよ、お兄さん」


「ああ。じゃあな」


 ベンチから立ち上がる。


 トモエはまだそこにいた。自分から突然「お別れ」を言い出したくせに、大したことじゃないみたいな顔をして、でも動かない。


 俺は微笑んで、振り返らずに手を振った。振り向いたらトモエが泣きそうだと思ったから。映画ならここがいいシーンになるやつだ。


「お兄さん!」


 振り返るな。振り返ったらトモエが泣いてて、お別れが余計つらくなる。


「待ってください!」


 *どすん。*


 俺は地面に突っ伏した。推定5kgのバックパックが背中に直撃した。


「待って、お兄さんの番号もらってないです!わざとですよね!?逃げようとしましたよね!?」


 地面に顔をつけたまま、目の前にトモエが仁王立ちしている。このまま頭を上げたら……


 ……まあ、どうせ男物のボクサーパンツはいてるのはもう知ってるからいいか。何度も目撃した。


「わざとじゃないって」


 本当は少しわざとだった。連絡先を交換してから、俺の状況が変わらないままトモエから心配の電話が来たら申し訳ないから。


「早くしてください」


「はいはい」


 立ち上がってスマホを出すと、トモエもパーカーのポケットからスマホを取り出した。なぜかボクサーパンツのポケットじゃなくてパーカーのポケットだった。今日は少しだけ普通だな。


 QRコードを読み取って、連絡先を追加する。


「やった!春野お兄さん、登録完了!」


 情報を取得した直後、手の中のスマホが鳴った。


 着信画面にはトモエの名前。


「目の前にいるのに電話してどうするんだ」


「確認です。ちゃんと繋がるか確かめないと」


「……疑り深いな」


「ふふ。あ、もう一個だけいいですか」


 返事を待たずにスマホをひったくられた。


「変なことするなよ」


「しませんよ……えっと、設定、設定……」


「……」


「できました!はい、どうぞ」


 スマホを返してくれた。満足そうな笑顔で。


「何をしたんだ?」


「秘密です」


 直後、スマホが二度目の着信音を鳴らした。


 でも今度は、いつもと違う着信音だった。二人でよくやるバスケゲームのBGMだ。


「有栖川ともえ専用の着信音です。これが鳴ったら必ず出てください。困ったときは電話します。あ、でも困ってなくても電話します!」


「ああ、わかった。寂しいときも電話してこい。今日助けてもらったお礼だ」


「えへへ、その言葉、信じますよ」


「じゃあな。新しい場所でも友達できるといいな」


「お兄さんも!ちゃんとごはん食べて生き延びてください!さようなら!」


 いつも元気だけど、あいつにだって心配事のひとつやふたつあるんだろう。


 ……って、今は自分のことを心配しなきゃいけない。


 ---


 歩きながらスマホを取り出し、「お母さん」の連絡先を選択する。


 最後に電話したのはいつだったろう。


 発信ボタンを押して、耳に当てる。


 少しの間を置いて、繋がった。


「もしもし、お母さん?ちょっと相談があって――」


「おかけになった電話番号は、現在電波の届かない場所に……」


「……まさか……充電切らしてるのか!?」


 なんてこった。じゃあお父さんに――


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません――」


「解約!?!?」


 ……ちなみに、実家には固定電話もWi-Fiもない。


 スマホで全部賄えるから毎月の固定費を削ったのだ。


 まさか二人同時に連絡が取れなくなるとは……。直接帰るしかないのか?


 でも手元には二千九百円しかない。


 新幹線は論外。高速バスは……ここからいくらかかる?二千円で足りるか?


 くそ、最初からトモエに借りておけばよかった。


 でも問題は交通費だけじゃない。連絡がつくまでの数日、どうやって食い繋ぐんだ?


 部屋に食料はあったっけ……。食パン?キャベツ?カップ麺が何個残ってたか……考えてたら腹が鳴ってきた。


「……まずいな。本当に餓死しそうだ」


 とにかく一度部屋に戻って考えよう――


 *どん。*


「うわあっ!?」


 正面から突然誰かにぶつかられて、地面に倒れた。


「いたた……な、なんだ?」


 さらに何かが顔面に落ちてきた。


「ぐへっ!?」


「はっ、はっ、はっ……」


「おい!なんなんだ!?」


「ご、ごめんなさい。本当に申し訳ないです。はあ、はあ。ケガはありませんか?ごほっ、ごほっ」


「大丈夫、ちょっと擦り傷くらいで。でも――」


「ごほっ、ごほっ……本当に申し訳ありません。急いでいたもので――」


 俺はぶつかってきた相手の顔を見た。


 見覚えのある瞳。


 見覚えのある口元。


 なぜか鼻まで見覚えがある。


 その顔を見た瞬間、人生最強のデジャヴに襲われた。


「ちょっと待って……お前……」


「あなた……」


 驚いているのは俺だけじゃない。相手も同じ顔をしている。


 同じ顔、文字通り同じ顔をしている。


 これはデジャヴじゃない。


 毎日見ている顔だ。


 朝、出かける前に鏡で見る顔。


 午後、窓ガラスに映ってぼんやり見る顔。


 夜、風呂に入る前に洗面台で見る顔。


 そう、これは俺が毎日鏡で見ている、俺自身の顔だ。


「え?な、なに……?」


「……え?えええ?これって……」


 目の前にいるのは俺じゃない。


 でも、その顔の造りはほぼ完全に――


「あの……あなた……」


「あいつはどっちへ逃げた!?」


「あれだけ体が弱いのにそう遠くは逃げられない!手分けして探せ!」


 路地の角から、見知らぬ二人分の声が聞こえた。


 俺が、じゃない。俺と同じ顔の子が、急に青ざめた。


「つ、捕まったら大変なことになります!すぐここから離れてください!」


「は?どういうこと……?」


「巻き込んでしまって本当に申し訳ないのですが、危険です。早く逃げてください!」


「逃げるって……何から?」


「私はこっちの方向へ逃げます。あなたはそちらへ。いいですか?早く走って!」


 俺が指差した方向へ、ではなく、その子が指差した方向へ、その子が走り出した。


「おい、待てって!」


 行ってしまった。何も聞かせてくれないまま。


 逃げろってどういうことだ?何から逃げるんだ?


 辺りを見回すと――いた。


 明らかに怪しい二人組。スキーマスクを着用している。目だけ出して、周囲を油断なくキョロキョロしている。


 目が合った。


「あいつだ!!」


「バカ声でかい!気づかれたら――」


「気づかれてるから追いかけるんだろ!行くぞ!」


 こっちへ向かって走ってくる。


 ……なるほど。さっき「逃げて」と言ったのはこいつらから逃げろということだったのか!


 俺も走り出す。


「何なんだ一体!なんで追いかけてくるんだ!」


「止まれ!」


 無視して走る。当然だ。


 スキーマスクで公道を走り回る時点でまともな人間じゃない。


 考える前に距離を開けることだけ考えろ!


「はあ……はあ……なんであの子、こんなに体力あるんだ……」


 毎日重労働とジョギングと徒歩通学で鍛えてるからだ。


「報告書と……全然……違う……はあ……はあ……」


 声がどんどん遠くなる。息も絶え絶えで、足もふらついている。


 このペースなら振り切れる。


 少しスピードを落としてもいいかもしれない。


 それより「報告書と違う」ってどういうことだ?俺のことを事前に調べていたのか?


 待って、さっき二人いたはず……もう一人は?


「捕まえたぞ、このガキ!!」


「うわあああ!?」


 前から飛び出してきたもう一人が、袋を被せようとしてくる。


「何これ!?離せって!」


「誰が離すか!お前はうちの大切な収入源なんだよ!」


 もみ合いながら袋から抜け出ようとするが――


 *どすん。*


 顔面が地面に叩きつけられた。


「ようやくだ!!おとなしくしろ!」


 背中に乗っかって押さえつけられる。


「いい加減にしろ!なんなんだよ!」


「よくやったぞ……*ごほっ……ごほっ……げほっ*」


「咳してる場合か!早く車を回せ!このまま逃げるぞ!」


「わ、わかった……でも少し休ませてくれ……わき腹が……」


「休憩は後!警察が来たらまずいだろ!」


「う、うん……ごほっ……」


 一人が何処かへ走っていった。


 車で連れ去る気だ。そうなったらゲームオーバーだ!


「聞いてくれ、人違いだ!お前たちが探してる子と俺は別人だ!」


「そんな言い訳、今更通じるか」


「本当のことを言ってる!よく見ろ、髪の色が微妙に違うだろ。髪型だって違う」


「ふむ……」


「服も違う。ただ似てるだけだ」


「言いたいことはわかる……確かに服装と髪型は違う……」


「だろ!?」


「しかし!!この目は服装や髪型ごときで欺けるほど甘くはない!それに、さっきお前が逃げたのが何よりの証拠だ!ハハハ!!」


「スキーマスクの怪しい人が走ってきたら誰でも逃げるわ!!」


「黙れ!おとなしくしてくれれば何もしない。金を受け取ったらすぐ終わる」


 男が俺の手足を縛り始めた。そして一枚の布を取り出し、俺の口に近づけてくる。


「……明らかに誘拐犯じゃないか。だったら俺も、遠慮はしない」


「はあ?今更何を――」


「本気で行くぞ」


「笑わせるな。お坊ちゃんのくせに何ができる」


「笑うなよ。後悔するぞ」


 鼻で笑う男に、俺は深く息を吸い込んだ。


 肺いっぱいに空気を満たして、腹の底から全力を絞り出す――


「きゃああああああ!!!だれかたすけてください!!!へんたいです!!!変態が出ました!!お巡りさあああん!!!変態ですーーー!!!!!」

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