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風起縁落  作者: WE/9


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8/13

8.秘密基地

情報の伝達速度が環境の湿度に比例するこの南国の町では、秘密は心にしまわれるものではなく、空気中に蒸発していくものだった。 用具室で「氷室女神」に公開処刑さながらに振られた大雄の噂は、一時間目の自習時間が終わる頃には、無数のバージョンへと進化していた。螢が高等な呪文で大雄を石化させたという説もあれば、大雄が膝をついて泣きながら許しを請うたという説もあった。しかし、どんな尾ヒレがつこうとも、最終的な結果は螢の論理的な予測を遥かに超えていた。


彼女の人気は、その冷酷さゆえに衰えるどころか、指数関数的に爆発したのだ。


「聞いたか? 二組の転校生、大雄みたいなエースでも眼中にないんだってよ」 「あの高嶺の花って感じ、マジで気品あるよな……氷山みたいで、一度冷たく見下ろされたいぜ」


朝の廊下には、ただ「通りかかった」だけの男子の数が倍増していた。教室へ向かう螢は、周囲からの視線が単なる好奇心ではなく、畏怖や、どこか歪んだ崇拝に変わっているのを肌で感じた。思春期の男子たちの目には、大雄を拒絶した螢は今や、征服を待つ、あるいは遠くから仰ぎ見るだけで神聖さを感じる「高嶺」のように映っていた。


「螢! あんたマジでカッコよすぎ!」 美波が教室に入るなり螢の席へ駆け寄り、目を輝かせた。 「外の男子たちがみんなあんたの話をしてるよ! その小さな体と氷みたいなオーラが、逆にあんたの人気を爆速で上げてるんだって!」


螢は手にしていた物理のテキストを、机に「バンッ」と叩きつけた。 「……ここの連中、もう救いようがないわ」 螢の顔色はいつも以上に悪かった。これは完全に予想外だ。彼女の計算では、極度の嫌悪と拒絶を示せば、これらの「ノイズ」は挫折して霧散するはずだった。まさか、負のフィードバックが集団の挑戦欲を刺激するとは。


「だから言っただろ、お前の公式じゃ人間性は測れないって」 後ろから磁気を帯びたような低い鼻笑いが聞こえた。秋山瞬が俯いたまま鞄を整理している。彼の周囲だけは相変わらずの浄土で、まるで沸騰した教室とは別の空間にあるかのようだった。


螢は振り向き、彼の無関心な様子に苛立ちを募らせた。「秋山、こういう集団心理の偏りを知っていたなら、どうして昨日教えなかったのよ?」 「教えたはずだ」瞬は顔を上げ、黒石のような瞳に皮肉めいた余裕を浮かべた。「お前のあの狼狽えた姿こそが、唯一計算し損ねた変数だってな。今のお前の、崇められながら殺意を抱いてるその顔が、お前が計算し損ねた結果だ」


螢は奥歯を噛み締め、頬を真っ赤にして怒った。窓の外で覗き見ている影たちを感じ、この祭り上げられた「人気」が、嫌われることよりも息苦しいと感じていた。今の彼女にある唯一の望みは、絶対的な静寂の中に隠れることだった。


昼休みのチャイムが鳴った瞬間、螢は反射的に弁当箱を掴んで教室を逃げ出した。崇拝の眼差しを向ける男子たちが群がろうとするが、彼女にとってそれはもはや人気ではなく、いつ引火してもおかしくない熱エネルギーだった。彼女は人で溢れる売店や木陰のベンチを避け、校壁沿いの荒れ果てた小道を通り、学校で最も辺鄙な後門へと辿り着いた。


そこには巨大な鳳凰木ほうおうぼくがあり、生い茂る枝葉が刺すような陽光を遮っていた。 「……やっと、静かになったわ」 螢は色褪せたレンガ壁に背を預け、大きく息を吐き出した。


「ここは俺が見つけた場所だ。入る前に座標を確認すべきだったな」 聞き覚えのある沈黙のような声が、樹の反対側から聞こえた。螢は飛び上がり、幹を回り込むと、瞬が大きな握り飯を頬張っているのが見えた。傍らには洗った空のボトルがいくつか置いてある。彼は草の上に片膝を立てて座り、その背筋は依然として岩のように真っ直ぐだった。


螢は一瞬呆然としたが、張り詰めていた肩の力がゆっくりと抜けていくのを感じた。彼女は立ち去ることなく、スカートの埃を払い、瞬から一メートルほど離れた――彼女が考える最も安全な「物理的距離」を保って腰を下ろした。


「あの人たち、狂ってるわ」螢はお弁当箱を開けた。祖父が用意してくれた精緻な副菜が入っていたが、今は全く食欲がない。声には敗北感が滲んでいた。「一番直接的な語彙で拒絶したし、評価がマイナスになることも厭わなかった。なのに、どうして彼らの行動ロジックは真逆に進化するの?」


瞬はすぐには答えず、ゆっくりと最後の一口を飲み込んでから、怒りで微かに赤らんだ螢の顔を見た。 「お前が触れられない真空のように振る舞えば振る舞うほど、奴らはそこに空気を詰め込みたくなるんだよ」 瞬は淡々と言い、袋からアルミホイルに包まれた何かを取り出して差し出した。 「ほら。その弁当の冷めたおかずじゃ、さっきの愚痴で消費した熱量は補えないだろ」


螢は怪訝そうに受け取り、ホイルを剥がした。中には、不格好だが厚切りにされたふかしたサツマイモが入っていた。 「これは……?」 「婆ちゃんが育てたやつだ。高級な配合レシピなんてない、ただの糖分だ」瞬は手を引っ込め、視線を遠くの校壁へと戻した。


螢は躊躇したが、小さく一口かじった。素朴で濃厚な甘みが舌の上で溶け、温かく、不思議と胸の内の焦燥を鎮めてくれた。彼女は瞬を見た。彼は相変わらず沈黙し、疎遠な距離を保っていたが、外の人間から見れば「傲慢」と取られるような彼女の弱音を、確かに聞いてくれていた。


「……ありがとう」螢は口いっぱいにサツマイモを詰め込み、不明瞭な声で言った。 彼女は黙って自分の弁当箱から肉を一切れつまみ、瞬のレンゲの上に置いた。 「勘違いしないで。これはただの返礼よ」 強がる螢を見て、瞬は「こいつも少しは人間味があるな」と言いたげに小さく鼻で笑い、その贈り物を受け取った。


「瞬、あなたはどうして、あいつらと一緒に騒がないの?」螢は手元のサツマイモを見つめ、声を落とした。「あなたも百点を取った。私が今、どれほど滑稽な状況にいるか、あなたなら分かるはずでしょ」


「集団狂熱を観測するほど、暇じゃないんだよ」 瞬は指の隙間に残る鉄錆の跡を見つめ、平淡な口調で続けた。 「それに、石は氷に興味を持たない。氷が勝手に溶けて、石を濡らしてくるまではな。それまでのお前は、俺にとって、ただの読むのが速い『ノイズ源』でしかない」


その遠慮のない言葉を聞いて、螢の心にはかつてない平穏が訪れた。安っぽい称賛と虚偽の崇拝に満ちたこの学校で、瞬のような物理定数ていすうのごとき毒舌と淡白さだけが、彼女を独立した座標を持つ「一人の人間」として実感させてくれた。


鳳凰木の枝葉の間から午後の光が差し込み、草の上に砕けた金色の斑点模様を描いている。螢はサツマイモを食べ終え、空いたアルミホイルを見つめた後、この荒涼としているが異常に静かな場所を見渡した。ここには男子たちの盲目的な崇拝はなく、風がレンガを撫でる微かな音と、隣にいる少年の安定した呼吸音があるだけだ。


「決めたわ」螢は突然立ち上がり、スカートの草を払った。口調にはいつもの不遜さと断固たる決意が戻っていた。 「今日から、この座標を私の『緊急避難基地』に指定するわ」


瞬は眉を僅かに動かし、彼女を見上げた。彼は草の上に座ったまま、頭の後ろで手を組み、退屈そうな表情を見せた。 「ここは俺が先に見つけたサンプリング地点だ。お前の行為は『不当な占拠』って言うんだぞ」


「占拠じゃないわ、『リソースの最適配置』よ」 螢は腰に手を当て、誇らしげに顎を上げた。ポニーテールが陽光を浴びて冷たく輝く。 「私の脳には、低ノイズの演算環境を探す権利がある。それに、ここの遮蔽率、吸気流向、隠密性を総合評価した結果、全校で唯一の合格点はこの場所だったの」 彼女は言葉を切り、視線を不自然に逸らして瞬の顔を避けると、早口で付け加えた。 「……あなたに関しては、すでにこの環境パラメータに適応しているようだし、今のところ私の脳の稼働に高デシベルの干渉を与えないようだから、特別に使用権の継続を認めてあげるわ。ただし、私の場所をあの『ノイズ源』たちに漏らさないことが条件よ」


瞬は、避難先を探しているくせに女王のような口調で話す螢を見て、自分でも気づかないほどの寛容さを瞳の奥に宿した。彼は再び目を閉じ、海風が髪を抜ける涼しさを感じた。 「勝手にしろ。ここで大声で公式の推導でも始めない限り、文句はない」


予備のチャイムが遠くで微かに鳴った。螢は、もう一分だけその場に留まろうとする瞬の沈黙の背中を見つめた。浮き足立っていた不安が、ようやく着地できる重力場を見つけたような気がした。


彼女は踵を返し、正確な歩調で校舎へと向かった。しかし、喧騒の廊下へ足を踏み入れる直前、彼女はそっと鳳凰木の方を振り返った。自分を拒絶していたこの南方の地で、彼女は「石」のように寡黙な少年の隣に、精緻な計算を必要としない、自由な呼吸のための平行空間をようやく手に入れたのだ。

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