5.信じている限り、私はそれができる。
錆びついた鉄柵の門をくぐった瞬間、蛍は自分が全く別の次元に迷い込んだような錯覚に陥った。そこは町の外れにあるスクラップ置き場。周囲には山のように積み上げられた廃機具、歪んだ鉄筋、錆だらけのドラム缶が散乱していた。空気には南国の湿熱だけでなく、金属の酸化臭と機械油の刺激的な匂いが混じり合っている。
彼女は鞄を提げ、泥と鉄屑にまみれた空地に立っていた。その環境とは極めて不釣り合いな姿だ。数分前、彼女は並外れた記憶力を頼りに、瞬が消えた座標を追ってここまでやってきたのだ。
「瞬かい? 友達を連れてきたのかい?」 トタン屋根の下から、驚きを孕んだ老いた声がした。蛍が振り向くと、腰の曲がった白髪のおばあさんが、プラスチックボトルのカゴを一生懸命に整理していた。彼女は蛍の清潔で整った制服と、陽光の下で透き通るほど白い肌を見て、濁った目を見開いた。
「おやまあ、お人形さんみたいに綺麗な子だねぇ……瞬! こんなお嬢さんをこんな場所に連れてきてどうするんだい? 服が汚れちまうよ!」
瞬は上半身を晒し、トラックの荷台から重い廃発電機を卸している最中だった。褐色の背中には汗と泥が混じった跡があり、筋肉のラインが炎天下で強張っている。彼は額の汗を拭い、蛍の高価なスニーカーを一瞥すると、相変わらず冷淡な口調で言った。
「手伝いに来たんじゃない」瞬は振り返りもせず、祖母に告げた。「こいつは東京から来た『観測者』だ。こいつのロジックじゃ、こんな場所の熱エネルギー変換効率は低すぎて、体力を投入する価値はないんだとよ」
その言葉は、蛍の自尊心を正確に突き刺した。彼女は憐憫と好奇心を抱いてここへ来たはずだったが、瞬によって瞬時に「無用な存在」というカテゴリーに分類されてしまった。
「価値がないなんて言ってないわ!」蛍は激しく一歩踏み出した。靴先が砂土に沈む。 「私はこの労働の物理的な必要性を評価しているだけよ。それに、私はあなたの言うような、データを見るだけのお人形さんじゃないわ!」
瞬は動きを止め、発電機を地面に叩きつけた。重苦しい衝撃音が響く。彼は蛍を、残酷なほど理知的な瞳で見つめた。 「ここは物理の実験室じゃない。ここでは、データはお前を助けちゃくれない。ただの笑いものにするだけだ。もし安い同情心を満たしたいだけなら、安全線の外まで下がってろ。重心を計算する邪魔だ」
蛍の頬が熱くなった。気温のせいではない、羞恥と憤りのせいだ。瞬のタコだらけの手と、自分の細く傷一つない手のひらを交互に見つめ、激しい不屈の心が底から弾けた。「負けたくない」という彼女の周波数が、氷室家の理性を突き破り、この粗野な大地と正面から共鳴した。
「誰が……笑いものよ?」 蛍の声は震えていたが、それは恐怖ではなく、極限まで燃え上がった好勝心ゆえだった。東京では氷室家の次女として期待され、学校では首位を争う天才。自分の誇りである「存在価値」が、汗と錆にまみれた少年に「邪魔な負担」と断じられたことが許せなかった。
彼女は家から持ってきた黄色いカーディガンを脱ぎ捨て、プラスチックボトルの山の上に放り投げた。そして、シャツの袖を力強く捲り上げ、青い血管が透けて見えるほど白く細い腕を剥き出しにした。
「秋山瞬、あなたの狭い生存経験で私を定義しないで。てこの原理や重心の公式なら、あなたより私の方が詳しいわ」
蛍は油汚れと鉄屑を跨ぎ、瞬が卸した発電機の前に歩み寄った。 「蛍ちゃん、いけないよ! それは重すぎる!」おばあさんが悲鳴を上げ、止めようとしたが、瞬が冷たくそれを遮った。
「やらせておけ」瞬は腕を組んで傍観した。汗がその逞しい胸板を伝い落ちる。彼の瞳は、注定された失敗の化学反応を観察するかのように冷ややかだった。 「こいつが公式で重力に対抗したいって言うなら、ここの重力加速度が教科書みたいに優しいかどうか、思い知らせてやればいい」
蛍は腰を落とし、発電機の冷たく油じみた底座を掴んだ。金属の角が手のひらに食い込み、鋭い痛みが走る。彼女は脳内で高速演算を開始した。 (発電機の重量は約45キログラム、底座と地面の摩擦係数は約0.6、大腿筋の爆発力を利用し、垂直方向の分力を……)
「はあっ!」
彼女は歯を食いしばり、全身の筋肉を強張らせた。しかし、現実の重量は崩落する山のようで、彼女の計算をすべて粉砕した。発電機はわずか一センチほど揺れただけで、その重みが腕を通じて脳を突き抜け、視界が火花を散らした。指は白くなり、整っていた呼吸は瞬時に乱れた。汗はもはや優雅な装飾ではなく、鉄粉混じりの泥となって彼女の頬を汚した。
「そんな……嘘よ……」蛍は喘ぎ、指先が過負荷で激しく震えていた。
「それがお前の『公式』か?」上から瞬の声が降ってきた。依然として体温を感じさせない声だ。 「重量は計算できても、自分の筋肉の耐用限界は計算できなかったようだな。摩擦力は計算できても、その細い指が受力点を保持できないことは計算に入っていなかった。現実の前では、お前の精密さなんて机上の空論だ」
彼は蛍の横に歩み寄った。強烈な熱気と生命力に、蛍は思わずたじろいだ。瞬は屈み込み、発電機の重心を片手で掴んだ。筋肉が蛍の目の前で、生鉄のように盛り上がる。
「見てろ」瞬が低く言った。「ここにお前の華やかな計算はいらない。必要なのは、命を懸けるだけの『根性』だ」
低い咆哮とともに、蛍の目には泰山のように重く見えた機械が、瞬によって軽々と持ち上げられた。蛍は地面にへたり込み、赤く腫れ、油まみれになった自分の両手を見つめた。彼女の中にあった強固な防壁が、重苦しい金属音とともに、徹底的に崩れ去った。
それからしばらくの間、蛍は自分より大きな機械を動かそうと試み続けた。 冷たい鉄屑の山の傍らに座り、大きく肩で息をしながら、彼女はかつて精密な文献をめくるためだけにあった自分の手を見つめた。今は黒い油と赤い錆にまみれている。
これほどの無様な姿は、氷室家の家訓では絶対的な禁忌のはずだった。しかし不思議なことに、黙々と働く瞬の背中を見ていると、逃げ出したいという衝動ではなく、狂おしいほどの解析欲が湧き上がってきた。
「ねえ、秋山」蛍は震える膝を支えて立ち上がった。声は掠れていたが、あの清冷なリズムを取り戻していた。 「あなたの動作は力強いけれど、運搬の経路が非効率的よ。この廃材の重心分布は不均一だわ。そんな風に力任せにやっていたら、二十分後にはあなたの腰椎は疲労限界に達するわ」
瞬は足を止めた。肩には依然として重い鋼材を担いでいる。「……それで? また役に立たない公式の売り込みか?」
「売り込みじゃないわ、修正よ」 蛍は傍らにあった古い黒板――スクラップ屋の主人が帳簿代わりに使っているボロボロの板――に歩み寄り、落ちていたチョークを掴んだ。そして、簡潔な放物線と受力点の図を次々と描き出した。
「おばあさん、あそこの台車を持ってきて。秋山、あなたはこの長さの違う鋼管を、この角度で積み重ねて。一度に運ぶ必要はないわ、一時的な『動能伝達チェーン(キネティック・チェーン)』を作るのよ」
瞬はその板に描かれた線を見つめた。複雑な微積分の記号は分からなかったが、その線が示す先にあるのは、彼が熟知している「重力感覚」そのものだった。彼は数秒沈黙した後、鋼材を卸し、蛍が指し示した位置に並べ直した。
その後の数時間、スクラップ置き場には奇妙だが調和のとれた光景が広がっていた。お人形さんのような東京の少女が、泥だらけの顔で鋭く指示を飛ばし、石のように頑固な少年が、計算された動作を正確に遂行していく。
「重心を左に三センチ! 卸して!」 「慣性を利用して、止めないで、次を受け取って!」
最後の発電機がトラックの荷台に積まれたとき、太陽は地平線に沈んでいた。周囲の熱気は引き、代わりに潮の香りを孕んだ海風が吹き抜けた。
瞬はおばあさんから受け取った濡れタオルで顔を拭うと、それを同じくボロボロの蛍に差し出した。その動作は相変わらず不器用だったが、黒石のような瞳から、拒絶の色が初めて消えていた。
「搬送効率が三割上がった」瞬は蛍を見た。口調は淡々としていたが、それは一種の最高の名誉勲章のような言葉だった。「お前という機械も、少しは使い道があるようだな」
「たった三割? それはあなたの実行力が精密さを欠いているからよ」 蛍はタオルを受け取り、手のひらの痛みをこらえながら、転校以来初めての、偽りのない微笑みを浮かべた。 「次は五割の最適化経路を計算してあげるわ。覚えてなさい」
おばあさんは、泥だらけになりながらも晴れやかな表情をした二人の子供を見つめ、深く微笑んだ。東京から吹いてきた冷たかったはずの「風」が、この焦げ付くような南方の地で、自分を支える最初の、そして最も堅固な「礎」を見つけたことを、彼女は確信していた。




