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風起縁落  作者: WE/9


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4.あるべき差異(さい)

南方の町の月曜日の朝。太陽が昇ったばかりだというのに、空気はすでに沸騰したのりのように濃厚だった。校舎一階の掲示板の前には、いつも以上の人だかりができていた。色褪せた制服を着た生徒たちが、密集したイワシのようにひしめき合い、汗の匂いや安っぽいシャンプーの香りが、粗野な方言の議論とともに、狭い廊下に息詰まるような熱圧を形成していた。


蛍は人混みの外側に立ち、優雅に両腕を組んでいた。背中の衣類は蒸し暑さですでに微かに湿っていたが、彼女は依然として、東京から持ってきた氷の結晶のような端正さを保っていた。他の生徒のように焦って前へ押し入ることはない。彼女のロジックでは、結果は答案を提出した瞬間にすべて算出済みだからだ。


「ちょっとどいて、通して」 人混みの中で騒ぎが起き、刷り上がったばかりの成績表が掲示板に貼られた。蛍は鋭い長眸を細め、人々の頭の隙間と舞い上がるチョークの粉を通り抜け、名簿の最上部を正確にロックオンした。 しかし、予想していた「100」という数字が目に飛び込んできたとき、静水のように穏やかだった蛍の瞳孔が猛烈に収縮した。


100 氷室 蛍 100 秋山 瞬


「……くそっ」 彼女は下唇を噛んだ。その声は透明に近いほど微かだったが、かつてない不甘くやしさを孕んでいた。


この二つの名前が首位の場所に並んでいる。フォントの大きさも同じ、墨の濃さも同じ。だが、蛍の目には、これは一種のロジックの崩壊に映った。彼女は、光ファイバーすら普及しておらず、教科書が三年前の版で止まっているようなこの「データの荒野」において。 東京の名門出身で、最高峰の教育リソースを装備した自分というハイエンド・プロセッサは、絶対的かつ孤独な制圧者であるはずだと思っていた。成績が公表された後、「ここは荒地だけれど、私は水準を維持している」という傲慢さを纏って、この平庸な世界を俯瞰するつもりですらあったのだ。


だが、秋山瞬がその数式を壊した。 毎日教室の最後列に座り、テープで補強しなければバラバラになるほどボロボロの教科書を使い、まともなシャープペンシル一本すら持っていないあの少年が、論理的推論の終着点において、自分と同じ座標に立っていた。これは単なる点数の重なりではない。複雑で型破りな思考を要するボーナス問題において、秋山瞬もまた、彼女と同じ、あるいは彼女以上に簡潔な算式を用いて答えに辿り着いたことを意味していた。


蛍は無意識に顔を向け、騒がしい廊下の中を視線で探った。 折よく、秋山瞬が、白く洗い込まれた古い鞄を背負い、廊下の向こう端からゆっくりと歩いてくるところだった。彼の歩調は安定しており、一歩一歩の歩幅はまるで定規で測ったかのように、混乱した人混みの中で異様な規則性を放っていた。彼は掲示板の前で一秒たりとも立ち止まらず、栄誉の象徴であるはずのその名簿に、眼差しの端すら向けなかった。


蛍にとって「100点」は維持すべき氷室家の尊厳であり、両親と対話するための唯一の拠り所だった。だが秋山瞬にとって、あのテスト用紙は単なる処理すべき紙屑に過ぎなかったのかもしれない。完成させ、埋め、そして忘れる。この「頂点」に対する極度の無関心が、点数以上に蛍を打ちのめした。


「論理的じゃないわ……」蛍は指先を握りしめた。指の関節が、力を込めたせいで白く浮き出ている。 角を曲がって消えていく瞬の背中を見つめながら、自己防衛のためにあった「優越感」は、少しずつ病的な好奇心へと変質していきつつあった。彼女は気づき始めていた。この南方の町の「石」の内核で動いているコードは、お古のソフトウェアなどではなく、彼女が今まで見たこともない、だが恐ろしいほど強力な生存システムなのだと。


彼を観測し、解析しなければならない。そして次の座標軸では、徹底的に彼を突き放してやる。


成績表の並列が無音の地震だったとするなら、その後に訪れた社交的な影響は、蛍にとって不意打ちの奔流だった。


「蛍! これ見て、この問題どうやってこの公式を代入したの? 三回計算しても答えが合わないんだ!」 昼休み、蛍の机の周りには例のごとく人が集まっていた。話しかけてきたのは体育委員の大雄ダイユウ。日焼けした肌に白い歯を見せて笑う少年だ。彼の手には、しわくちゃになったテスト用紙が握られ、その瞳には南方特有の、真っ直ぐで熱烈な崇拝が宿っていた。


蛍は礼儀正しいが距離のある微笑みを保ち、指先をテスト用紙の端に添えた。汗の跡を器用に避けながら。 「ここでの変数変換は値を求めるためじゃなく、論理パスを簡略化するためよ。ほら、ここから切り込めば……」 「わあ、すげえ! 喋り方がテレビのニュースキャスターみたいで高級感あるなあ!」隣でポニーテールの女子――クラスのムードメーカー、美波ミナミが目を輝かせていた。「蛍、そのシャープペンどこのブランド? 振る音がすごく綺麗。私も買いたいな!」 「ただの道具よ。東京の文具店ならどこにでもあるわ」 蛍は淡々と答えたが、心の底では乾いた疲労を感じていた。


この一週間で、彼女はこの学校の「観光名所」になることに慣れてしまった。 整った容姿、清冷で毒舌な気質、そして手の届かない成績。それは男子生徒たちの間にアイドル的な崇拝を瞬く間に築き上げた。他クラスの上級生までもが、休み時間に「たまたま」二年二組の前を通りかかるほどだった。 だが、蛍にとって、周囲に溢れる称賛や視線はすべて無効な「ノイズ」でしかなかった。


「蛍ちゃん、今日の放課後、駅前の古いかき氷屋さんに行くつもりなんだけど、一緒に来ない?」 美波が熱心に彼女の肘を引いた。拒絶を許さないような期待に満ちた口調だ。「みんな一緒だよ! 蛍ちゃん、ここに来て一週間経つのに、一度も一緒に遊んでないもんね」


蛍は無意識に腕を引こうとした。その湿り気のある感触に背筋が凍る思いだった。脳裏には今日の午後の復習プランが浮かぶ。物理の変位を二章、英単語のメモリーセットを一組。彼女の世界において、社交はコストを精密に計算すべき投資であり、この連中の情熱は明らかに「割高」すぎた。


「私は……」 断ろうとした瞬間、視線の端が、教室の最後列にあるあの角を捉えた。 秋山瞬は、そこにいた。彼は表紙が剥がれかかった英和辞典の修復に没頭していた。長く、タコのある指が安定した動作でセロハンテープを切り、正確に背表紙に貼っていく。彼はまるで見えない防音壁の向こう側にいるかのようだった。教室がどれほど騒がしくても、どれほど蛍の成績や美貌について議論されていても、彼は一度も顔を上げなかった。


徹底的に無視されているという挫折感が、再び蛍の胸に突き上げた。 「いいわよ」蛍は美波に向き直り、完璧に優雅な微笑みを浮かべた。「ここのかき氷に、どんな特別なところがあるのか見てみたいわ」


「やった! 大雄、聞いたか! 氷室さんがオッケーしてくれたぞ!」 教室の中に小さな歓声が上がった。蛍は人々の中心に座り、アイスのフレーバーや部活の試合、誰が誰を好きだといった断片的な会話を聞きながら、かつてない孤独を感じていた。作業を続ける瞬の背中を見つめながら、彼女は恨めしく思った。 (私はこんなに騒音に晒されているのに、どうして貴方はその静かな周波数を維持していられるの?)


彼女が社交に参加することに決めたのは、かき氷のためではない。きっかけを探すためだ。平凡なノイズに満ちた環境下で、自分と同じ100点を取った怪物が、依然として石のように微動だにしないのかどうか、見極めてやるつもりだった。


翠緑すいりょく」という名のかき氷店は、駅のそばにあるトタン屋根の古い平屋だった。 店内では二台のガタつく工業用扇風機が、熱い空気を狂ったようにかき回し、安っぽいイチゴシロップの匂いと機械の焦げた臭いを追い払おうとしていた。蛍は油ぎったプラスチックの椅子に座り、大雄や美波、他の数人のクラスメイトに囲まれていた。入学以来、初めての「非必要社交」による五感への衝撃は、彼女をその場でシャットダウンさせそうなほどだった。


「蛍、早く食べてみて! ここの宇治金時は看板メニューなんだ。小豆がちょっと甘すぎるけど、ハハハ!」大雄が豪快に氷を掬い、冷たさに顔をしかめた。 蛍は目の前にある、不気味なほど鮮やかな色をした、山のようになすかき氷を見つめた。プラスチックのスプーンは手の中で頼りなく、質感が全くない。彼女は礼儀として一口掬って口に運んだ。砂糖と人工着色料だけで塗り固められたような甘ったるさが、瞬間に舌の上で弾けた。層もなく、名店のような精密な糖度の配合など欠片もなかった。


「とても……地方の特色が出ているわね」蛍は精一杯の優雅な評価を絞り出した。 「でしょ! 蛍ちゃんなら気に入ると思ってたんだ!」 美波は興奮して手を叩き、どこのクラスの男子がカッコいいだの、来週の文化祭で何をするだのといった話を始めた。周囲の笑い声と叫び声が狭い空間で反響し、高デシベルの混乱したノイズを形成する。蛍は背中の汗が背骨に沿って流れ落ちるのを感じた。その粘りつく感覚に吐き気がした。彼女はテーブルに溢れ出した極彩色の液体を見つめながら、「なぜ私はここで時間を浪費しているのか」という公式を狂ったように演算していた。彼女の座標系において、この社交の収益率はほぼゼロだった。


帰り際、彼女が席を立とうとした時、窓の外を横切る重々しい影が目に留まった。 埃と水滴にまみれたガラス窓の向こうに、秋山瞬が見えた。 彼は制服を脱ぎ、汗で完全に変色して透明に近くなったグレーのタンクトップに着替えていた。肩には汚れた厚手の布を当て、長さ二メートルを超える巨大な廃材の鉄パイプの束を、必死に担いでいた。彼の足取りは学校にいる時よりもさらに遅く、重い。灼けたアスファルトを一歩踏みしめるたび、地面の振動が伝わってくるかのようだった。


「あれ、秋山じゃん」大雄が蛍の視線を追い、道端の木でも見るかのように平淡に言った。「ああ、あいつ放課後はいつも港のスクラップ屋で運搬のバイトしてるんだ。家にはあいつ一人しか稼ぎ手がいないらしくてさ、だから部活も入ってないんだよ」


「あれを……運んでいるの?」蛍がプラスチックのスプーンを握る手に力がこもった。 あの鉄パイプの重量は、視覚的な見積もりでも四十キログラムを下らない。体感温度三十八度のこの極限環境下で、人体の水分喪失率は幾何級数的に増大する。瞬はそんな環境で、これほどの高強度な肉体労働を行っているのだ。


瞬がかき氷店の前を通り過ぎる。その瞬間、彼は視線を感じたのか、微かに顔を横に向けた。 ガラス越しに、二人の視線が熱波の中で短く交差した。


蛍は涼しい(限度はあるが)室内に座り、目の前には精巧だが無益なデザートがあり、周囲には崇拝と笑い声が溢れている。対して瞬は、灼熱の太陽の下に立ち、鉄パイプの重みで肩を微かに歪ませ、発力のたびに筋肉を劇的に震わせながら、雨のような汗を乾燥した地面に滴らせ、瞬間に蒸発させていた。


瞬の瞳には、怒りも自卑もなかった。依然として、グラファイト(石墨)のように冷淡で、残酷なまでの静寂があった。彼はただ蛍を一度だけ見ると、視線を外し、再び安定した足取りで前へと進み始めた。


その瞬間、蛍は手元の冷たいかき氷が、耐え難いほど熱く感じられた。 彼女が誇っていた「100点」、自慢の「優雅さ」、大衆に囲まれた「人気」。それらすべてが、重い現実を背負い、熱浪の中で沈黙して歩むその背中の前では、ひどく軽薄で滑稽なものに思えた。


「美波、ごめんなさい」蛍は突然立ち上がった。その動作の速さに一同が呆気にとられた。「まだ推論が終わっていない公式があるのを思い出したわ。先に失礼するわね」


クラスメイトの反応を待たず、彼女は鞄を掴んで店を飛び出した。店を出た瞬間、焼けるような風が正面から吹きつけた。蛍はその焦げ付くような空気を大きく吸い込み、遠くで黒い点へと小さくなっていく少年の背中を見つめた。


東京から吹いてきたこの「風」は、初めて、あの「石」に追いつきたいという衝動を抱いた。競争のためではない。確かめるためだ。あんなにも重い座標の下で、彼は一体どんな動力源を持って、この南方の地獄に押し潰されずにいられるのかを。

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