表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激流サバイバル!降りられないラフティング部の異世界漂流記  作者: あみれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

第3話「瀧の向う側」

登場人物(徐雲堂大学ラフティング部)


1.高橋 悠真(22歳/4年/クラブキャプテン)

実質的なトップ。強気で自信家。

「部員を守る」という責任感はあるが、独善的で暴走しやすい。

恋人・美咲を守ろうとする一方で、翔太への嫉妬が強く


2.佐藤 陽介(21歳/3年/クラブ副キャプテン)

明るく目立つ存在、クラブでは仕切り役。

皆からは“リーダー”のように扱われているが、追い込まれると脆い。

今回の遠征でも主導的に動いている。


3.中村 翔太(21歳/3年/地味な平会員)

運動は得意でなく、普段は陰に隠れている。

「お前は荷物」と揶揄されがちだが、観察眼と冷静さを持つ。

異変が始まると、実は一番頼りになる存在へ。


4.藤田 美咲(21歳/3年/マネージャー)

サークル内の癒やし的存在。

悠真の恋人だが、翔太に密かに好意を抱いている。

ラフトの状況をモニタリングする司令塔。


5. 岡本 拓海(21歳/3年/ムードメーカー兼トラブルメーカー)

皮肉屋で冗談ばかり言う。

皆を笑わせるが、緊張下では逆に場を険悪にする。

表向き軽い男だが、意外なところで責任感を見せる。


6. 山本 彩花(20歳/2年/新入部員)

明るく素直な後輩。サークルの“妹分”。

無邪気さで皆を和ませるが、恐怖で泣き出すことも多い。

それでも最後まで仲間を信じ続け、精神的支えとなる。


眼の前に、ほぼ垂直に落ち込む水の壁が現れた。膨大な水が川面へ叩きつけられ、白いしぶきが爆ぜる。


——もう……だめだ。


全員がそう思った。

ラフトはしぶきへ向かって真っ逆さまに落ちていく。体が宙に浮いたかと思うと、ぷつりと視界が閉じた——。


ーーしばらくして


聴こえてきたのは、ヘルメットを叩く滴と、チューブの上を転がる小石の微かな音だけだった。


「……全員、生きてるな」

後席の悠真が、濡れた顎紐を指で払いつつ低く言った。

陽介、翔太、拓海、彩花——視線でうなずき合う。誰もが荒い呼吸のまま、言葉を探せない。


滝に突っ込んだはずだった。

だが、五人全員がパドルを持ち、ラフトの同じ位置に座っている。

悠真が後ろを振り返る。


「どこだ、オレ達が落ちた瀧は?」


他の四人も振り返るが、瀧などどこにもなかった。


——あり得ない。


全員がそう思っていた。


ラフトは勝手に前へ動く。流れは弱いが止まらない。

川の水はピンク色に染まり、波間に油膜のような虹色が薄く走る。パドルの刃を入れると手に吸い付く重さが残り、金属めいた匂いが立った。


滝に飲み込まれたショックで全員が放心していたが、「何かがおかしい」という感覚だけが胸の奥でくすぶっている。


最初に口を開いたのは拓海だった。

「あの木……見たことあるやつか?」

右岸に、背丈の何倍もあるシダが林立していた。葉は紫がかった緑で、風もないのに規則正しく脈を打つように揺れている。幹はねじれ、節目がガラス片みたいに光った。


翔太が左の中席から身を乗り出し、黙って観察する。

「……園芸種でも、熱帯温室でも、色がこうはならない。葉脈が逆——いや、光の反射が変だ」

自分の言葉に自分で戸惑い、言い直す。その目は落ち着いているが、喉仏だけが上下していた。


陽介が、笑いを足そうとして失敗する。

「海外、ってことはないよな。ほら、テレビで見る、なんか派手なジャングル——」

言い切る前に、上空で金属を擦るような鳴き声が響いた。見上げると、翼の先端が糸のように分かれて光る鳥が旋回している。羽ばたきは遅いのに、動きの軌跡が残像になって空に貼り付いていた。


「夕方みたい……」

彩花が小さく呟く。

全員が空を仰ぐ。セピア色の薄い天蓋に、微かな淡い光が二つ浮かんでいる。太陽と呼ぶには冷たすぎる、熱のない光源だった。雲は風と無関係に円を描き、その場に留まり続けている。


「天渓川には滝はない。地図上も、地形的にも」悠真が前を睨む。「ここは……どこだ」


誰も答えない。

ラフトは主流の真ん中を、ゆっくりと、しかし確実に押し流される。エディラインはあるが、境目の水が細かく逆立っていて、人間の呼吸のリズムと合わない。岸に寄せることへの本能的な躊躇が、全員の体を中央に縫い留めていた。


「……夢じゃないのか」

翔太の声は小さいのに、やけに響いた。川面で音が跳ね返り、耳の中へ二度届く。


拓海が腕をさすり、歯を鳴らす。

「僕、滝に突っ込む瞬間に舌を噛んだ……夢なら、この痛み、こんなに残らない」


彩花の肩が小刻みに震えた。

「ねぇ、影がなく無い?…私達のも、ラフトのも…あの木とかも」


陽介がラフトの船底に手をかざす。

「本当だ、マジか。影が無い」

そう言うと、セピア色の空を見上げた。

「影を作る光源がないんだ」


「やだ……やだよ……。帰れるよね? 帰れるって、言ってください……」

言葉がほどけ、涙が頬を流れ、顎からぽたぽたと滴る。パドルのTグリップに落ちた雫が、ピンク色の水に弾かれて溶けた。


悠真は舵を握りしめ、意識して声を整える。

「いいか。まずは落ち着いて舟を立てる。この川が何であれ、基本は同じだ。——“フォワード1”キープ。鼻を流れに合わせる。中心を離れない」


陽介が短く復唱する。「フォワード1」

五人のパドルが、ゆっくり、同じリズムで水を押した。刃が水を噛むたび、波紋が歪んで楕円に広がる。耳の奥で、普段の川では聴かない低い脈動音が、一定の間隔で鳴っていた。


左岸の茂みで、何かが動いた。目を凝らすと、植物の蔓が自分の重みでほどけるように、ゆっくり——だが意志を持つかのように——元の形へ戻っていく。風はない。音もない。ただ、その動きだけが確かだった。


陽介の喉が鳴る。「……笑い話のネタ、もう出ねぇな」

拓海は苦笑いで返そうとして、やめた。

「ここ、天渓じゃない。日本でもない。——どこか、別の」


言葉にしてしまうと戻れない気がした。

それでも、誰かが言葉にしないと前へ進めないことも、全員が分かっていた。


彩花が泣きながら首を振る。「ちがう……ちがう世界だよ……」

声は震えていたが、その言葉は不思議とよく通った。


悠真は短く息を吐き、頷く。

「——異世界だろうが何だろうが、川のルールは変わらないはずだ。川の上では俺たちが決める。中心を保て。止まれる場所があれば、そこで状況整理だ。……行くぞ」


「フォワード1」陽介の声が低く重なる。

ラフトはピンク色の水の上を、音を吸い込まれながら流れていった。


同じ頃。

谷の未舗装路で、白いワゴンが細かな砂埃を上げた。ハンドルを握る美咲は窓を開け、松脂の甘い匂いの中でスマホをダッシュボードに固定する。画面には、川沿いを下る黄色い点——ラフトの位置。


「午前九時零二分。天候、快晴。ラフト、予定コースに復帰」

独り言の記録は、平常心を保つための儀式だ。双眼鏡を助手席に置き、ストップウォッチを首から下げ直す。

電波は弱くなったり戻ったり。それでも位置は追えている。まだ大丈夫。


橋を渡り、カーブを抜け、開けた河原に車を停めた。蝉の声、陽炎、川の白い帯。

美咲はGPSを拡大する。点の動きが途端に遅くなり——ぷつり、と消えた。


「……え?」

指先が一瞬固まる。リロード。再読み込み。アプリの再起動。位置情報の許可。機内モードのオンオフ。

何度繰り返しても、黄色い点は現れない。画面の川筋だけが静かに伸びている。履歴は橋の少し上流で途切れていた。


「なに……ちょっと、マジやめてよ」

胸が早鐘を打つ。顔を上げ、双眼鏡を目に当てる。

水面には、日差しに砕ける白。そこに、彼らを示す何か——色、形、音、動き——はない。

風が弱く吹き、河原のススキが一斉に首を振った。鈴のような軽い音が遠くに鳴った気がしたが、河鹿の声か、耳鳴りか判然としない。


美咲は深呼吸を一度、大きくする。手帳を開き、震える字で記す。

《九時零五分、ラフト位置消失。視認できず。再計測開始。》

ペン先が紙を強く擦り、滲んだ。

電話。悠真。発信。電波は二本。呼出音が二度、三度——切れ、圏外表示へ。もう一度。今度は最初から圏外。


「みんな、どこに行ったの……?」

答えるのは川の轟音だけだった。それも、いつも知っている川の音より、わずかに低く重い。


美咲は双眼鏡を少し下げ、もう一度地図を見る。

白い画面の上で指先の汗が乾く。

唇の内側を噛み、血の味で意識を今へ引き戻す。

——あり得ない。必ず見つける。動ける距離を計算し、キーを回した。


ラフトはなお、異様な静けさの中を漂っていた。

水面のさざなみは風と無関係に起こり、そして消える。

川の底から、時折、鼓動のような低音が届いた。間隔は一定——だが、少しずつ短くなっている気がする。


「……進もう」悠真が言い、陽介が頷く。

「“フォワード1”」

五本のパドルがピンク色の水に沈み、見慣れない波紋をまた作った。


彼らはまだ知らない。

この静けさの奥で、彼らの言葉を持たない何かが、こちらに顔を向け始めていることを。

それでも川は、ただ前へ、前へと彼らを運び続けた。

ラフティング用語ミニガイド


ラフト:ゴム製のボート。6〜8人が乗るのが一般的だが、本作では5人乗り。


パドル:一本のブレード(羽根)を持つ短いオール。漕ぐときに使う。


ボウ/スターン:ボートの前ボウと後ろ(スターン)。舵はスターンの役目。


エディ:流れが反転して穏やかになっている場所。休憩や出発に使う。


完漕かんそう:難所を転覆せずに最後まで漕ぎきること。


フォワード1/2:前へ1回、2回漕げという掛け声。全員がタイミングを合わせる。


バック2:後ろへ2回漕げという指示。流れをコントロールする時に使う。


ピールアウト:エディから本流へ出る動作。角度とタイミングが重要。


Tグリップ:パドルの持ち手部分。握っていないと味方や自分に当たり、危険。


ウェーブトレイン:連続した波が続く区間。上下に揺れるジェットコースターのような感覚。


ポアオーバー:落ち込みの下で水が逆流し、吸い込まれる場所。強力だと危険。


Vの舌タング:岩の間にできるV字型の流れ。安全な進入ルートの目印。


オールイン:全員がボートから投げ出されること。最悪の事態。


ボイル:水が渦を巻き、表面が盛り上がる場所。ボートのコントロールが乱されやすい。


ハイサイド:ボートが横転しそうな時、全員が片側に移動して体重で立て直す動作。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ