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激流サバイバル!降りられないラフティング部の異世界漂流記  作者: あみれん


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20/20

第20話「地獄への急流の向こう側」(最後話)

一ヶ月後ーー


退院手続きの書類を受け取ると、六人は白い廊下をゆっくりと歩いた。

それぞれに杖や包帯が目立つ。

彩花の両腕には固定具、陽介は左耳に補聴器をつけ、拓海は右目に眼帯をしている。

悠真の首から下には身体を覆うような火傷の跡が薄く残り、美咲の顔の中央には細い傷跡が一本走っていた。

翔太はまだ胸部に固定具をつけていたが、自分の足で歩いていた。


エレベーターホールの前で、担当医が彼らを見送った。


「……退院おめでとうございます。よくここまで回復されましたね」


六人は頭を下げる。


医師は少し言葉を選びながら続けた。

「知っての通り、天翔川は“地獄への急流”と呼ばれています。”三途の川”と呼ぶ者もいます。

 ですが、それは単に流れの激しさだけが理由ではありません。

 これまでにも、何人ものラフターがあの川で行方不明になっている。

 あなた方は、川に入る前に事故を起こした――

 ……つまり、“川に入らなかった”。それが、命を繋いだ理由かもしれません」


六人は黙って聞いていた。

医師は一瞬だけ視線を落とし、さらに声を落とす。


「実は……あなた方が事故を起こしたあの日、

 別の大学のラフティング部が天翔川に入り、そのまま全員行方不明になっています。

 奇妙な一致でしょう? ……もしかすると、あなた方は本当に運が良かったのかもしれませんね」


病院の外の光はやわらかかった。

だがその言葉の温度だけが、どこか冷たく沈んでいた。


「……帰ったら、しっかりと治療を続けてください。

 若いあなた方なら、きっと回復します。

 そして...くれぐれも、“もう一度行こう”などとは思わないように」



「お世話になりました」

六人は深く頭を下げ、病院を後にした。



電車の揺れが、やけに心地よかった。

六人は、病院に彼らを迎えに来ていた親たちの車には乗らず、電車で帰宅する事を決めていた。

各々話したい事があったのだ。


六人は、二両編成の列車の先頭車輌のシートに座っている。

乗客は彼ら六人だけだ。

車窓からは断片的に天翔川が見える。

夕暮れの光が車窓に反射して、彩花の頬を照らしている。

無言のまま数分が過ぎ、翔太がふと口火を切った。


「なぁ……俺、ずっと変な夢を見てたんだ」


五人の視線が、一斉に翔太へ向く。


「みんなで天翔川に入ってさ。

 あるはずのない滝に落ちて……気づいたら川の色がピンクで、空がセピアで……

 花が呼吸してるみたいに動いてた。いわゆる“異界”ってやつに迷い込んだ夢だ」


車内に、薄い沈黙が落ちる。

五人が一斉に息を呑む。


「……私も」

彩花が小さく呟いた。

「ピンクの川、脈打つ花……夢じゃなかった気がする。皆と一緒だった」


陽介が顔を上げる。

「俺もだ。頭の奥で“金属音”が鳴ってた。翼竜みたいなのが空を飛んでた」


「アノマロカリス……」

拓海が呟く。

「でっかいオウムガイみたいなのが、底にいた」


悠真は、手の甲の火傷の跡を見つめながら言った。

「俺は……美咲の姿をした“何か”に飲まれた」


美咲はゆっくり顔を上げた。

「私も見たの。……あなたが、炎を出してた。翔太くん」


六人は黙り込んだ。

電車のリズムだけが、夢と現実の境目を曖昧に刻んでいる。


翔太は少し笑った。

「全員が同じ夢を見たってことか? おかしいよな……夢にしては、痛みとか熱とか、あまりにリアルでさ。

一人一人消えていったんだぜ。俺の目の前で、バケモノに喰われたりしてさ…」


「そうだ、俺は美咲のバケモノに飲み込まれた」

悠真がそう言うと、隣に座っている美咲は悠真の膝を叩いた。


「やだ、もう!私のバケモノなんて。私は川から消えた皆を車で探している時に、トラックと衝突したわ。それから...覚えていない。でも病院で意識が戻った後、ずっと悠真の事を考えていたのよ。お願い、戻って来て!って」


悠真は美咲の肩を優しく抱いた。


「私、手の平から炎が出た。それで変な怪物をやっつけたの。皆の役にたてたって、少し嬉しかったけど、でっかい巻き貝みたいなバケモノに飲み込まれた」

車窓から射し込む夕陽が彩花の涙を光らせた。


「俺はやたらといろんな音が聴こえてた。川の底の音、セピア色の空の遥か上空の音...結局、翼竜にとっ捕まって...そこから先は思い出せない」

陽介が左耳を撫でる。


「僕、翔太と二人きりになってから、よく覚えてないんだ。ただ、誰かが、こっちだよーって、手招きしていたような...」

拓海は腕組みをすると、何かを思い出そうとするかの様に俯いた。


翔太は目を伏せて、しばらく黙った。

「俺……叫んでた。デカいクモのバケモノをやっつけたんだ。俺1人で。何かを1人でやり遂げるなんて始めての経験だったから、すんげぇ興奮しちまって...気づいたら“俺は、この異界の王になる”って、叫んだ。

 ……あれが最後の記憶だ」


「王、ね……」

拓海が笑った。

「夢の中で一皮剥けて成長したんだよ、翔太は」


車内にわずかな笑い声が戻った。

それはどこかぎこちなく、現実感を取り戻そうとする防衛反応のようでもあった。


「あのさぁ」

翔太が躊躇する様に口を開いた。

「ラフティング部を辞めようと思う」


他の五人が一斉に翔太を見る。


「ラフティングが嫌だとか、部活が嫌だとかじゃねぇんだ。なんつーか、もっと真剣に打ち込める何かを探してみたくなったんだ。ぼちぼち卒業後の事も考えなきゃいけねぇし。 それに、このままラフティング部にいたら、何も考えずにダラダラ流されちまう。あのピンク色の川のラフトの様に」


「なんかお前、随分変わっちまったな。事故でどうにかなったんじゃねぇのか?」

陽介がからかう。


「分かった。頑張れよ、翔太」

悠真が笑顔で頷いた。

他の四人も頷く。


やがて沈黙が戻る。

列車がトンネルに差し掛かり、窓の外が一瞬暗転した。


暗闇の中、翔太がふと思い出したように口を開いた。

「……あ、そうだ」


ポケットを探りながら言う。

「これ、返すよ」


差し出したのは、一本のレイバンのサングラスだった。


拓海は目を丸くした。

「え? ……なんでお前がこれ持ってるの?」


翔太は一瞬考えて、曖昧に笑った。

「……さぁ、なんでだろうな。拾ったのかも」


拓海は受け取ると、顔に近づけてじっと見つめた。

右目の視界はまだぼやけている。

それでも、金属のフレームに何か違和感を覚えた。


「……これ……錆びか?」

「錆び?」翔太が聞き返す。

「ほら、ここ……ピンク色に。まるで、焼けた金属みたいに……」



拓海は指でその部分をそっとなぞった。

指先に、粉のようなものが付く。

光にかざすと、それは金属ではなく――砂のような、淡いピンク色の粒子だった。

それは吹けば消えそうなほど脆そうに見えたが、拓海はそのままサングラスを掛けた。


電車が再びトンネルを抜け、夕陽が差し込む。

その光が拓海のサングラスのレンズを透過し、翔太の瞳の奥に反射した。


……ほんの一瞬だった。

翔太の瞳に、セピア色の空と二つの光が映った。


(——俺は知っている。あれは夢なんかじゃない。

 あの異界で、俺は確かに“何か”を掴んだんだ。

 もう、流されるだけの俺じゃない)


翔太は窓の外に視線を向けた。

夕陽が川面に反射し、黄金の帯がまっすぐに続いている。

それはまるで——これまでの人生とは違う、これから進むべき新たな道のように見えた。


翔太は思う。


——あの地獄のような異界の川、あれは本当は……


電車は再びトンネルに滑り込み、闇が車内を包み込む。

翔太の瞳に映っていたセピア色の空と二つの光は消えていた。


ふと、運転席の向こうに目を向ける。

闇の奥、小さく、しかし眩しく輝く一点の光があった。

それは、翔太の瞳の奥でゆっくりと瞬き始めていた。

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