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激流サバイバル!降りられないラフティング部の異世界漂流記  作者: あみれん


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第13話「必要と必然」

ピンクの水は、重たく、静かに流れている。

エディに貼りついたラフトは、岩肌に小さく軋んだ。


空席が一つ。

中席左。彩花の席だ。そこだけ、まだ薄く湿っている。

誰も跨がない。誰も触れない。

陽介は前席右でパドルを立てかけ、拳を握りしめたまま動かなかった。

悠真は後席で真っすぐ前を見て、呼吸を整えている。

拓海は上空を、翔太は水面の影を、それぞれ見張っていた。


しばらく、誰も口を開かなかった。

やがて、陽介の喉から、乾いた声が落ちた。


「……“フォワード1”は、まだかよ、キャプテン」


悠真は短く「まだだ」とだけ言って、視線を上流にやった。

その声音が、陽介の内側の何かを弾いた。


「“まだだ”...ね、そうやって伸ばして、また“決める”んだろ。お前一人で」


「ここは普通の川じゃない。合図を間違えたら、——」


「間違えたら、彩花みてぇに消えるってか?」


陽介は空席を見下ろした。

言った瞬間、自分の胸の奥を鋭い刃で引いたように痛んだ。けれど、止まれなかった。


「言っとくがな、悠真……俺はもう、お前の“正しい判断”ってやつを信じちゃいない」


拓海が目だけで制した。「やめろ、今は——」


「なんだよ拓海、"今"だから言うんじゃねぇか」陽介はかぶせた。


「悠真、俺は今、お前の顔を見てると吐き気がする」


悠真の目がわずかに細くなる。「そうか……もっと...言えよ」


「あぁ、言ってやるよ。お前は“守る”とか言いながら、本当は“勝つため”なら何でもやるやつだ。そうだろ?」


「——必要なことはやる。それだけだ」


「必要、ね」


陽介は笑った。笑いがうまく喉を通らず、軋んだ音になった。

そして、空を見るのをやめ、悠真を真正面から射抜いた。


「単位一個のために女の教授をホテルに連れ込んだのも"必要"からか?」


空気が、刃物になって全員の耳のすぐそばを通り過ぎた。

拓海の眉がわずかに跳ね、翔太の視線が陽介に向く。

悠真だけが、動かなかった。ただ、唇の色が一段薄くなった。


「……何の事だ...」


「お前、社会科学の単位を落としたって言ってたよな。そのせいで卒業がヤバいって」


「...」


「確か...雨の日だったな。その夜な、俺は見たんだよ。駅前のラブホ。お前と——50代の女ゼミ教授。お前は傘、持ってなかった。教授が、お前の頭に傘を寄せてた」


悠真は陽介から目を逸らさない。


「次の日、卒業は何とかなりそうだ、何て言いながら涼しい顔で部室に入って来たよな。俺は反吐がでそうだったぜ」


水面がふっと冷たくなる。

彩花の席の上に落ちていた水滴が、時間を遅らせるみたいに丸く光った。

悠真は、視線を逸らさなかった。


「それがどうした」


「どうした、じゃねぇよ。——お前は“そういうこと”ができる人間だってことだ。“守るため”とか“部のため”って言いながら、必要なら人間を使う。使い捨てる。」


「誰にも迷惑はかけてない」

悠真の声は淡々としていた。


「美咲を裏切ってるじゃねぇか」


「美咲の事はお前には関係ない。俺と美咲の問題だ」


悠真の目に力がこもる。


「単位を落とせば俺は留年で、親からは部を辞めろと言われる。キャプテンも降りる。俺抜きでは部が回らなくなる。だから最善を選んだだけだ」


「彩花が死んだんだぞ。それのどこが最善なんだよ、ふざけるな、この野郎!!」


陽介の声が裂けた。


「“誰にも迷惑かけてない”って言葉、ここで言えるのか!? “結果が全て”だと? 結果がこれだろうが!!」


悠真の喉が、わずかに上下した。

それでも彼は、言った。


「じゃぁ聞くが、こんな状況に放り込まれるなんて、陽介、お前、予想出来たのか?」


陽介も悠真から目を逸らさない。


「こんな事になる可能性を僅かでも予想出来ていたら、俺は今日のラフティングにGoは出していない。陽介、お前は俺を好きじゃないらしいが、そんな事はかまわん。だが、問題をすり替えるのは止めろ」


悠真は、間髪入れずに続ける。


「陽介、お前はいつだってそうだ。決してリスクを負わない。いつも安全な場所から様子を伺って、誰かに乗っかるか、誰かを刺す事しかしない」


ラフトの上は、もはや一触即発の空気が充満していた。

拓海が割って入る。


「二人とも頼む。続きは帰ってからにしてくれ。今はこの異界から脱出する事に集中してくれ」


翔太が何度も頷く。

陽介の拳がゆっくりほどける。


悠真は頷いた。「出るぞ」


「出る?」陽介がうなった。「指示しろ!」


「フォワード1。右岸の影は避ける。岩の“裏”に吸い込まれる流れがある。——エディ抜けたら“ステイ”じゃなく“貼り替え”。」


「了解」拓海。


「……了解」翔太。


陽介はパドルを掴んだ。刃の欠けを指でなぞり、前を見た。

パドルが重い水に入る。

刃が沈むたび、すりガラスを撫でるような音が立った。


エディラインを切る。

流れがねじれ、舟の腹がひとつきりと持ち上がる。

ピンクの水が甲板を薄く撫で、彩花の席の上で細く弾けた。


——そのとき、陽介が小さく呻いた。


「……今、何か“ヒュゥ”って……笑ったぞ……」


下だ。

ラフトの真下。

川底のどこかで、細い吸気のような“たわむれ”が生まれては消える。

悠真が低く短く叫ぶ。


「——ステイ! ハイサイド右、構え!!」


全員の肩が反射で動く。

ピンクの水が、わずかに膨らんだ。

ラフトの下で、硬いものが“触れた”。



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