第七話 シンガポールでの準備
ゴールデンウィークはカレンダー上では飛び石になっているが、俺が通う皇道学館はすでに長期連休に入っていた。
この学校に通う生徒たち、いわゆる上流階級の子弟たちは、この時期「お家の事情」というやつでパーティーなどに参加しなければならないらしい。
家の事情がない場合でも、2学年以上では友人同士の伝手を作るために別荘などに集まるなど、かなり忙しいそうだ。
俺はというと……俺も忙しい。
まだ祖父の遺産の現金化が終わってはいないが、それでもかなりの額が集まっている。
俺の集めた40億円に、爺さんから俺に投資とばかりに10億円。
それに婆さんからも5億円預かっている。
「爺さん、本当にこのお金、大丈夫なのか?」
シンガポール行きの飛行機の中で、俺は爺さんに尋ねた。
爺さんは相変わらず怪しいことをまだしているというか、完全に足を抜けきれていないそうで、そういう方面から集めた金だと説明してくれた。
「心配するでない、宝塔。わしが扱う金に、汚いもんはこれっぽっちもないわい。全部、世のため人のために使われるべき金じゃ」
爺さんはそう言って、豪快に笑った。
その豪快な笑い声は、俺の不安を吹き飛ばすようだった。
しかし、ただの弁護士の婆さんが集めた5億円はものすごい。
やはりこの国の狂騒だけあって、社会的信用があればそれくらいの金は簡単に集まるらしい。
婆さんは俺にカネを渡す時に笑って言っていた。
「この狂乱も宝塔が言うように終わりが近いかもね」
その言葉の真意は、俺の転生前の記憶にある「狂騒の終焉」を示唆している。
俺はその言葉を胸に刻み、シンガポールへの旅路を急いだ。
お金を爺さんの伝手を使いシンガポールに移してから、爺さんと法子さんを連れてシンガポールに向かった。
婆さんはまだ仕事があるとかで、時間が会えば向こうで合流するようなことを言っていた。
シンガポールでは爺さんの伝手で、俺の抱えていた懸案はすぐに片付いた。
俺の望んでいたペーパーカンパニーが簡単に準備ができた。
始めから会社を立ち上げるのでは、流石にタックスヘイブンの地だとはいえ、シンガポールでも無理だ。
その無理を爺さんは闇に出回る会社を買い取ることで俺の要望に応えてくれた。
「こんな会社、本当に問題ないんですか?」
俺が不安げに尋ねると、爺さんは笑って「問題ない」の一言で済ませた。
闇市場で売り買いされる会社だと、その後に心配はあるが、爺さんの言葉には不思議な説得力があった。
会社があれば、あとは簡単だ。会社の定款を書き換えて、俺が望んでいる金融ビジネスができるように整えるだけだが、そのあたりはさすが弁護士の法子さん、抜かりがない。
「宝塔様、これでよろしいでしょうか? 金融商品の取引、海外への投資、資産運用……必要な項目は全て盛り込みました」
法子さんは完璧な英語で書かれた定款を俺に見せた。
その横顔は、聡明さと美しさを兼ね備えていた。
会社を買った翌日には英語で定款を作り、会社の定款と社名まで変更して、すぐに銀行口座を作った。
俺達が作った会社は**『宝塔ファンド』**と名付け、先に紀子さんが説明したように、お金を運用する限り世間的にもごくごくありふれた会社に見えるが、内容はというと限りなく黒に近い灰色の怪しげな会社だ。
アメリカの大手銀行のシンガポール支店と、日本の大手銀行の支店に口座を作り、そこに日本から持ち込んできたあの現金をすべて入金しておく。
この狂騒の真っ最中だということもあり日本にある大手銀行はその殆どがシンガポールにも支店を開設している。
日本を舞台に仕手戦をしようかと考えている俺にとって非常に便利な土地だ。
そこまで準備が整う頃に婆さんがシンガポールにやってきた。
俺たちは皆で婆さんを空港まで迎えに行き、空港で合流。
「あら、みんな、お疲れ様。順調そうね」
婆さんはにこやかに微笑んだ。
その笑顔は、いつもの厳しい弁護士の顔とは違う、柔らかなものだった。
ゴールデンウィークも残り1/3しか残っていない。
シンガポールの観光をしながら、婆さんの伝手も使い、地場の証券会社とも取引を始める契約を結んだ。
日本の大手証券会社のシンガポール支店にも同様に俺たちの会社との取引を始める契約を結ぶのに成功したあと、すぐに俺は**『日経225』の先物に買いを入れた**。
「宝塔様、本当に大丈夫ですか? いきなり先物なんて……」
法子さんが心配そうに尋ねた。
その声には、不安と同時に、俺を案じる気持ちが込められていた。
「大丈夫だよ、法子さん。俺の夢の中に現れた人の記憶が正しければ、株の狂騒は日経平均で4万円弱まで上がるはずだ」
この世界が、俺の知る世界とは別物であることは理解しているが、経済に限っては同じような動きをしているので、とりあえず5億円程度から探りを入れる。
現物空売りを掛けて、先物を買う(カバードロング戦略)。
相場が上がり調子では、これ以上にない一般的な手法で、これならばレバレッジも掛けやすい。
先の5億円を使い、しばらく俺自身の調子を試す意味でも同じようなことをしてレバレッジも10倍程度で抑えながら取引を始めた。
爺さん婆さん孝行ではないが、二人を連れて法子さんとシンガポールの観光をして、日本に帰った。