第六話 皇道学館学園 中等部入学
そんなこんなで4月を迎え、俺は晴れて中学生になった。
入学式には法子さんの他に、爺さんと婆さんまでもが来てくれて、俺の入学を祝ってくれた。
「宝塔様、中学生になられましたね!おめでとうございます」
法子さんが優しく微笑んだ。彼女の笑顔は、どんな花よりも可憐に見えた。
「おう、よくやったな、宝塔。これで立派なもんじゃ」
爺さんが俺の頭を撫でた。
その手は、ゴツゴツとしていながらも温かい。
「あまり無理をしないようにね。何かあったら、すぐに私たちに連絡するのよ」
婆さんも心配そうに声をかけてくれた。
その眼差しは、まるで孫を見守る祖母のようだった。
今まで俺の周りには大人しかおらず、俺には平田嶺としての平成の記憶もあることから、彼らとの会話に違和感など無かったのだが、周囲を見渡せば、ピカピカの真新しい制服に身を包んだ中学生ばかり。俺は、自分だけが浮いているような、奇妙な違和感に襲われた。
そんな入学式で、俺はある人を見かけて驚いた。
来賓席に着飾った澪先輩がいたのだ。
俺の心臓は激しく鳴り止まない。
俺が激しく驚いていたのだが、結局のところ彼女は別人で白麗幸さんと言って、仙台に拠点を置く白麗子爵家に連なる人だという。
たまたま保護者役員をしている関係で入学式に参加しているのだそうだが、それにしても、あの澪先輩によく似ていて、俺はただ驚くばかりだった。
未だに平田嶺のトラウマと言うか、初めての女性には振り回される。
無事に入学式を終え、法子さんのマンションから俺は学校に通い出した。
学校に通いながらも、俺は自分の資金について婆さんや爺さんとも連絡を取り合いながら進めている。
「宝塔、お前さん、どうしてそんなに現金を急ぐんだい?」
爺さんが電話越しに尋ねてきた。その声には、隠しきれない訝しげな響きがあった。
「そうよ、宝塔。何か急ぎの用でもあるの?」
婆さんも不思議そうに聞く。
俺は、前に婆さんに話した夢の話を詳しく語り、「こんな狂乱がいつまでも続くはずがない」と言って、二人にも借金は兎にも角にもさっさと返済するように伝えている。
「……と、いうわけで、この狂騒は必ず弾ける。だから、今のうちに現金化して、身軽になっておくべきなんだ」
俺の言葉に、電話の向こうで二人は息を呑むのが分かった。
「ふむ……なるほどな。確かに、お前さんの話を聞くと、ありえないとは言い切れんな」
爺さんが唸った。婆さんは弁護士だけあって借金そのものがないと笑っていたが、爺さんの方は色々とあるようだった。
「わしも色々抱えとるからのう……しかし、お前さんの言うことも一理ある。考えておこう」
爺さんの声には、迷いと同時に、どこか新たな可能性を探るような響きがあった。
「婆さんは、大丈夫だと思いますが、爺さんはすぐに動いてくださいね。この先、株や土地の価格が暴落するかわからないので、準備するように」
その際にいつも言われるのだが、「中学生が言うセリフではないな。やはりあいつの孫だ」と、二人は変な感心の仕方をしていた。
俺の祖父は本当に何をしていたのだろうと、改めて思う。
入学当初は、小等部から上がってきた者たちも慣れない環境からか大人しかったのだが、それも徐々に慣れてきて、まずは下から上がってきた者たちがつるみ始め、その後にコミュニケーション能力に長けた連中まで加わり、クラス内にいくつかのグループができていった。
もともとここに通う子弟はいわゆる上流に属する人たちばかりで、コミュニケーション能力には長けている。
そんな中で俺は、ただでさえボッチ気質でもあり大人しくしていたのだが、ある日、一人の貴族令嬢が俺に絡んできた。
「村井様。あなたはどちらのお生まれかしら?」
高飛車な声が、俺の耳に届いた。暮友、と名乗った彼女は、明らかに俺の出自を探るような、探るような視線を向けてくる。
『どちらの生まれかって、俺は仙台で生まれたただのボッチだよ』と答えたかったのだが、俺の出自が少々ややこしくなりそうだったので、適当に誤魔化した。
「ええと……その、色々と事情がありまして……」
それが気に入らなかったらしい。
「ふん。はぐらかさないで。この皇道学館に、庶民が通えるはずがないでしょう?」
彼女は鼻で笑った。その蔑んだような目つきが、俺の神経を逆撫でする。
そもそもこの学校は上流家庭の子女が通う学校だ。
高等部からは頭の良い奨学金を受ける人達も入ってくるのだが、中等部ではそれはない。
なので、全くの庶民が中等部にいるはずがないのだが、俺は居た。
確かに俺には祖父の財産もあり、またこの学校に入学を決めた当時には祖父は存命で、下手な貴族連中よりも祖父の持つ影響力は強いらしい。
だが、今では祖父もいないので、それも怪しくなる。
学校から外に出れば、婆さんや爺さんのお力を借りることもできるので、そういう部分では困らないだろうが、学校内ではそうもいかない。
あの二人は一応俺の入学式には顔を出せるくらいの関係はあるが、中学生相手にはそのあたりはわからないらしい。
彼女は結構しつこく絡んできたが、一人の公爵令嬢によってこの場は助けられた。
「暮友様。あまり見知らぬ方に失礼な態度を取るのはおやめなさい」
凛とした声が響き、俺は救われた。声の主は、同じクラスの桜華院梓だった。
彼女もまた、貴族の血を引く公爵家の庶子だという。
爵位こそ高いが学内ではそれほど強力な影響力は無いと聞いている。
そんなこんなで、結構学校内でも忙しくしているうちにゴールデンウィークを迎えた。