第五話 記憶の融合、そして毒親の烙印
翌朝、目覚めた俺は、昨夜とは比べ物にならないほどの明晰な意識の中にいた。
まるで二つの水が混じり合うように、平田嶺としての記憶と、村井宝塔としての記憶が、完全に融合していたのだ。
平成の世を生きた証券マンとしての苦い記憶。
そして、わずか十二年ながら、あまりにも救いのない村井宝塔の過去。
平田嶺としての人生は、過労死という理不尽な結末を迎えた。
しかし、村井宝塔の記憶は、それ以上に胸糞が悪くなるものだった。
俺の祖父、村井宗一郎。世間では著名な経済人として知られていたが、その実態は「爺さん」の記憶が物語るように、戦中戦後にかけて政財界、ひいては東アジアの闇社会にまで深く関わるフィクサーだったらしい。
ヤクザとの繋がりも深く持つ爺さんと、役人にも太いパイプを持つ「婆さん」、つまり弁護士の峯藤法子さんと組んで、とんでもないことをしでかしていたという。
そして何よりの女好きで、死ぬまで愛人を物色していたというのだから、小学生だった俺からすれば、親父の気持ちがよく分かった。
その俺の親父は、祖父のあまりの無頼ぶりに辟易し、祖父とは真逆の人生を選んだ。
人助けに全振りし、紛争地域へと飛び込んでいく医師だった。
そんな親父に惚れたのか、俺の母親は親父とボランティア活動で知り合い、すぐに結婚したらしい。
結婚した当初はかなり仲が良かったと聞くが、親父が人助けに没頭するあまり、俺が生まれても家庭を顧みることはほとんどなかった。
「父さんは、いつも困ってる人のためにって……」
俺の問いに、爺さんが困ったように眉を下げた。
「そうだな、宝塔。お前の父さんは、本当にいい男だった。だが、少しばかり、世間知らずだったかもしれんな」
せいぜい俺の学費の足しにと、かなりの額の貯金を残してくれていたのが、せめてもの親心だったのだろう。
そんな親父は、結局、紛争地域でのテロに巻き込まれて命を落とした。
そして、俺の母親だ。日本で看護師をしていたと聞いていたが、あまり母親との記憶がない。
母に育てられた記憶がないのも問題だとは思うが、何より酷いのは、親父の訃報を聞くやいなや、あっさりと別の男を作り、俺を置き去りにして夜逃げ同然に失踪した。
しかも、親父が俺のためにと残してくれた貯金全てを持ち逃げして。
俺が通っていた小学校から自宅に戻ってもそこには誰もいなかった、というのはつい最近のことだ。
そう、俺はきちんと両親が揃っていたはずだったが、複雑な家庭環境で育ったようだ。
平成の記憶を持つ平田嶺によれば、一発で児相送り案件だと言っている。
今回の父親の死と母親の失踪の件で、本当にこの世界でも児相に送られるかと思いきや、すぐに祖父に連絡が取れ、祖父が俺のことを引き取ってくれるので児相に送られることは無かった。
東京に引き取られた俺は、ようやく安息の地を得たかと思いきや、その矢先に祖父はあっけなく逝ってしまった。
幸い祖父の莫大な財産があったので、経済的に困ることはなさそうだったが、本当に俺は救われない。
祖父の死で文字通り天涯孤独になりかけたところを、あの爺さんと婆さんが助けてくれた。
しかし、父親の放任も問題はあるが、母親の件は流石に『毒親』と呼んでも足りないほどの所業だった。
俺は法子さんに会うまで、女性というものに深い嫌悪感を抱いていた。
だが、祖父の無軌道な血が俺にも流れているのか、法子さんと一線を越えたことで、俺の考えは少し変わった。
俺の周りから女性を完全に排除しようとは思わなくなった。だが、だが俺は『女は俺の踏み台だ』と思うようになっている。
この先、法子さんを本当に愛せるか、正直自信はない。
しかし、同じ女性でも隣にいる法子さんだけは別だ。
愛せるかはわからないが、彼女にはそれなりに接していく。
でも、他の女性に対しては復讐とばかりに、ハーレムを作ることを心に誓った。
その根底には、女性を信頼できないという深い傷と、この世の理不尽に対する怒りが渦巻いてい