第四話 復讐の夜明け
法子さんは、俺の混乱を理解したように、そっとその柔らかな唇を寄せてきた。
「宝塔様……ご自分を責めないでください。辛かったんですね……全部、私が受け止めます」
彼女の囁く声は、夜の深い静けさの中でひときわ甘く、熱を帯びていた。
俺は言葉にできない感情を胸に詰めながら、そっと彼女の背に手をまわした。
細くて、柔らかくて、まるで壊れ物のような身体だった。
それでも、この女性が今、自分のすべてを俺に預けようとしてくれている――その事実だけで、俺の胸は切なく震えた。
「法子さん……俺は……こんなガキなのに、本当にいいのか?」
法子さんはふっと微笑むと、俺の胸にそっと額をあずけた。黒髪がさらりと流れ、俺の肩を撫でる。
「……子どもなんかじゃ、ありません。あなたは……この歪んだ世界で、私を選んでくれた……。それだけで、私はもう、あなたのものです」
その瞬間、俺は彼女の身体を抱きしめる腕に、無意識に力を込めていた。
何もかも失っていたと思っていたこの俺に、法子という女性は無償で温もりをくれる。
かつて、平田嶺として過ごした人生で、こんな瞬間があっただろうか。
心が崩れていくような感覚。
だが、それは決して不快ではなかった。
「……法子さん。今夜だけじゃダメだ。これからずっと、俺のそばにいてくれ」
俺がそう言うと、彼女は小さくうなずき、手を俺の頬に添えて、深く見つめてきた。
その瞳に、嘘も、迷いもなかった。
「もちろんです。宝塔様が望むなら、私は何度でも抱かれます……たとえ、どんな形になろうとも、私は――」
その言葉の続きを、俺は唇で塞いだ。
熱が、喉の奥からこみ上げてくる。
ふたりの身体は自然に重なり、まるで一対の獣のように呼吸を乱し合った。
彼女の指が俺の背を這い、耳元で甘く息を吐く。
「こんなに熱い……宝塔様の手……」
布団の中で、彼女の肌が俺の指先に沿って滑るたび、法子の口から艶めいた吐息が漏れた。
子どもの身体ではあったが、心はもはや年齢を超えていた。
いや、俺の中には平田嶺の人生がそのまま残っている。
だからこそ、彼女のすべてを感じ、受け入れる覚悟も、与える覚悟もあった。
「俺が……守る。法子さんを、絶対に誰にも奪わせない」
彼女の目が潤み、そっと俺の胸に顔を埋めた。
「ふふ……そんな風に言ってもらえるなんて……ううん、私、あなたのものになって良かった……」
その夜、俺たちは何度も何度も唇を重ねた。
交わした言葉よりも、肌で語り合う時間の方が長かったかもしれない。
だが、それは決して淫らなだけの夜ではなく、孤独を癒やし、運命を分かち合う――そんな神聖さすら感じさせる夜だった。
……夜が明ける。
障子の隙間から射し込む淡い朝光に照らされながら、法子は俺の隣で静かに眠っていた。
俺はそっと身を起こし、その寝顔を見つめた。
まだ若いはずの彼女は、それでも誰よりも強く、そして優しい。
この女性を守ること、それが俺の人生における最初の「復讐」なのだと思った。
俺を過労死させ、使い捨てたあの社会が教えなかった、「愛する」ことの意味――それを、俺は彼女と共に手に入れた。
「澪先輩……見ていてくれ。今度は、俺が、この世界をめちゃくちゃにしてやる」
まだ少年の姿をしているかもしれない。
だが、この世界で俺は再び立ち上がる。平田嶺の記憶を武器にし、この身体で成し遂げる。
社会に、財閥に、そして運命にすら――徹底的に、復讐を。
俺の新たな人生、そして復讐劇の幕が、今、静かに、だが力強く上がった。