第三十九話 経営権の掌握
婆さんに協力を頼み、リリーナさんたちが持つ株の所有者を基金に移す。
海軍さんにはそのあたりのネゴは婆さんの知人を通して済ませてあるので、榊原さん経由で知り合いの『栗駒青葉証券』に持ち株を預けたあと、すぐに所有者を基金に変えた。
そうすることで、連中が持っていた造船会社に対する支配権が消えた。
桜華院家は丸亀造船の株式を父親が個人で55%保有していたが、現在はそのうち20%をリリーナさんと梓が個人で保有して、残りは桜華院家の財閥企業が5%~7%の株を持っていた。
例の委任状の件があるので、宗家としてはそのまま55%の権利で造船会社の支配権を持っていた。
実質個人所有の20%の保有が大きくて、この所有者が会社の経営をしていたが、それを連中に乱暴な方法で奪われていたのだ。
連中も、今までの正当性がいきなり崩れてきたので、いよいよ後がなくなり直接リリーナさんや梓を襲ってきた。
高松のまちなかでヒットマンなどが暗躍していたが、婆さんの伝手で四国によこした機動隊員の活躍もあり、成功はしていない。
「まったく、この期に及んでまだ諦めないとはね。よほど追い詰められているのでしょう」
婆さんの声には、冷笑が混じっていた。
しかし、いよいよ限度を超えた奴らにお礼をしないといけないと、完全に造船会社を傘下に収めることにした。
定款の不備を突いて『栗駒青葉証券』に丸亀造船から転換社債を発行させた。
これは株主総会にでも普通は掛けられて賛否を問われるらしいのだが、そこは定款の不備、役員会だけで話が進み、発行された転換社債を基金がすべて買い取りすぐに株式に変えた。
これにより発行済み株式総数が大幅に増え、実質増資に近い効果があった。
これで俺達の持ち分は40%を超え、その後TOBをかける。
地元の企業や個人が持つ株式の多くがTOBに参加してくれて、持ち分を55%にまで増やした後に臨時の株主総会を開いて上場を廃止した。
桜華院宗家あたりから反対されるかと思ったら、あちらは相当苦しい会社も多く、保有していた造船株を先のTOBで手放していた会社が多数出ていた。
もともと桜華院の名を名乗っていたが、梓の父親は完全に別物として扱われていた節があり、守るという気持ちも弱かったようだ。
それよりも現状の自社の資金繰りが苦しいところに、かなり良い条件を出したことで、TOBに参加してくれていたようだ。
現在株を保有しているのは、桜華院の宗家が持つ5%に宗家自身の会社の5%。他はかろうじて桜華院財閥企業数社で12%で、残りは四国の富裕層で、梓の父親と親交のあった者たちばかりだ。
今回の経営権の変更にも梓の父親から嫁さんのリリーナさんに移るとあって、第三者的な視点から見ても正当性があったと聞いている。
もともと、梓の親父さんが殺された時にかなりこのあたり剣呑な空気が流れていたのだ。
リリーナさんが東京にいなければ、リリーナさんを旗頭にして暴動でも起きそうだったらしい。
それを宗家がいち早く宗家に取り込んだので、どうにか収まったという経緯があるが、そんな経緯で則った会社の扱いが余りに杜撰だ。
会社を守りたいのならば、是が非でも数億円の金を集めてきて、海軍からの受注を全うするしか無かったのに、連中が知らなかったわけではない。
また、宗家につながる銀行から融資ができない情報などはすぐに伝わったはずだし、造船会社の内情は連中が経営していたはずなので知らないわけはない。
専務によれば、アイツラの経営は利益の中抜きしかしておらず、実質の経営はすべて生え抜きの者たちばかりでしていた。
今回の資金ショートの件でも、何らアクションすら取られた形跡がなく、生え抜きの連中が走り回っていたことで俺達にも情報が伝わったのだ。
でも、所詮は地元企業だけの存在で、資金を集めるにしてもせいぜい四国内部を走り回る程度。
経済規模の小さな四国を走り回っても、どこも政府の政策で苦しくなっているので、出せるはずもない。
アイツラが真剣に資金を集めるのならばグループ内だけでも集められたのではと勘ぐってしまう。
最悪でも宗家を頼れば、縁のある石峰財閥に口が利けるのだ。
最低限、石峰財閥参加の石峰鉄鋼の支払いの延期だけでも取り付ければ俺達が出張ることはなかった。
それで、先ほど開いた臨時総会で経営権の譲渡と上場の廃止を決めた。
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再びの専門家チームと桜華院宗家の思惑
ここからは婆さんから連絡を受けて駆けつけてくれた、専門家チームが送り込まれてきた。
この専門ぁチームは、婆さんの知り合いだけあって、すごい人たちばかりだ。
弁護士を始め、公認会計士に税理士たち総勢20名で構成されており、その税理士には元税務査察官までもが所属している。
あ、弁護士の方も凄くて、いわゆる辞め検というか、元特捜野健司さんが混じっているとか。
もう、この人たちの前では悪いことなどできないよね。
それをしていたというから、爺さんと婆さんの着物座り方も凄いというかなんというか。
「彼らって、俺たちでこの人たちを取り込めないのかな」
俺がそう呟くと、婆さんも同じようなことを言っていた。
彼らもまんざらでもないらしい。報酬もさることながら、それ以外に不正に対してどこにも忖度することなく切り込めると聞いて集まってきているので、気持ちが良いそうだ。
仕事そのものは期限もきつく大変になるだろうが、正義の味方を気取るような気持ちで仕事ができるのを密かな楽しみにしているとも聞いている。
で、内情はというと財務上にはわりとどこな会社でもあるのような酷いことはなかった。
だが、背任行為、横領や隠し献金などがあった。
全ては桜華院家のアイツラの管轄になるので、証拠を付けて司直に送ると、司直から、理由のわからないことを言ってきた。
「横領などについてはどうにかならないか」と言うのだ。
なぜ今、そんなことをとよくよく婆さんに話を聞くと桜華院宗家が出張ってきているらしい。
どうも、横領からアイツラの過去しでかした殺人などが明るみに出るとまずいらしい。
宗家で何らかの保証を出すから、隠すことを要求された。
司直から言ってきたのは横領の件だけだが、アイツラの無茶はそれだけではない。
リリーナさんに対するだけでも財産の横領もあり、あ、これも横領か。
しばらく返事を保留にしていると、当然のように女性社員に対する違法行為が発覚した。
すでに、自暴自棄にでもなっていたのか監禁されていた女性を橘さんが保護していた。
もうお約束だよな。
「宝塔様、また厄介な『お土産』ができてしまいましたわね」
橘が、疲れたように肩をすくめた。
その声には、諦めと同時に、どこか呆れたような響きがあった。
その後も出てくる犯罪行為に、流石に俺だけでは隠しきれないだろう。俺は婆さんに桜華院との交渉という名の事情説明に向かってもらった。
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会社の再建と新たな被害者
今回ケースでは、会社の立て直しは楽なものだ。
企業活動についてはどこにも問題もないし、人材も首にするようなものは一部役員以外には居なかった。
基金からリリーナさんを会長にして、社長には苦労人の専務を当てて、再建させた。
それで、今回の女性被害者は調べた限り二人だけだが、余罪はわからない。余裕がなくなった連中からのかなりの乱暴だったようで、心的な状況が良くないので、橘がそのまま保護して俺等といっしょに東京で治療させることになった。
問題が7月中に済んで、夏休みが潰れずに喜んでいたら、婆さんがとんでもないお土産を持ってきた。