三十八話 爺さんの暗躍と婆さんの介入
爺さんが丸亀造船の専務を引き回して、高松だけでなく丸亀や、内陸の琴平あたりまでのヤクザさんのところに向かい、色々と話をつけていた。
爺さんとしては、金はすべて爺さんから出すので、一括して払っても手間もかからないのだが、四国の地元経済の先を考えて、四国に少しでも多くの金を落とすことを目的にしていた。
ただでさえ現状ではどこも苦しくなってきているが、特に地方都市から問題が始まっている。
爺さんは少しでも金を落とすことで、この状況をどうにか抑えたいようだ。
もともと、爺さんは弁護士の婆さんとも仲が良く、ただの悪党のはずはない。
なにせその婆さんはというと政治家というよりも官僚たちとの仲が良い。
俺の祖父とも仲が良かったことを考えると、若い頃から色々と無茶ばかりしていたようだが、全てはこの国の未来を考えての行動だったと思える。
確かに爺さんと、婆さんでは行動の質は違うが、それが実にいい塩梅だ。
なにせ爺さんは裏社会からの行動で、決して褒められるようなことはしていないが、真っ当な人の生活に害が及ぶようなことだけはしていない。
婆さんは社会派弁護士の看板を掲げているが、それもかなり怪しい。なにせ政府の役人とべったりな関係だが、どちらかというと役人を顎で使っている感じだ。
なので、爺さんが専務を引き回している時に、婆さんはここでも高松市にある四国財務局を訪ねている。
銀行が機能不全を起こしているようだと情報がもたらされているので、その確認と早期の対処を役人に命じるためのようだ。
ここがお願いでないところがすごい。
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四国での抗争と桜華院家の焦り
2日後には丸亀造船の危機は一時的に去ったが、それを知った桜華院家の一部、梓の父親を殺して、そのグループを押収した連中が、この事に気が付き行動を起こしてきた。
丸亀造船の所有していた自社株が自分らの仲間以外に流れていることを知り、その流出先であるヤクザを襲ってきた。
爺さんは、それを予見していたのか、広島から知り合いを密かに丸亀周辺に配置していた。
爺さんの金で広島のヤクザを琴平温泉に分散して招待していた。
「ほう…随分と景気の良い話じゃねえか。まさか、俺たちに喧嘩売りに来るとはな」
爺さんの声が、電話越しに響く。その声には、冷たい怒りが宿っていた。
当然襲ってきた連中は地元ヤクザと、広島からの応援で簡単に撃退したが、四国でヤクザの抗争が始まったと勘違いされてしまった。
婆さんは急ぎ、電話で内務省に電話を入れて、状況を説明の上、機動隊の応援を願う。
「まったく、厄介なことになったわね。桜華院の連中も、なりふり構わなくなってきたようね」
婆さんの声には、苛立ちと同時に、どこか不敵な笑みが含まれているようだった。
間違われて応援を頼んだヤクザが捕まるのはまずいと、その間に爺さんは応援に来てもらった広島のヤクザを広島に帰した。
しばらくは丸亀市を中心に高松市にも緊張が走ったが、桜華院の奴らは、宗家からの呼び出しで急ぎ東京に戻っていった。
内務省から、桜華院にも連絡が行ったのだろう。
それでもそいつらを始め桜華院の連枝の中には余裕を完全に失っているものが出始めている。
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丸亀造船の歴史とリリーナさんの思い
俺はというと、その間にリリーナさんの持つ四国の企業グループ関連の資産を調べている。
梓の父親の作った企業グループは、始め多度津町で水産関連を扱う会社からスタートして、海軍呉鎮守府に缶詰などを下ろす企業にまで発展した。
その食品会社が梓の父親の作るフラッグシップ会社となり、地方銀行を抑え、また、水産資源を確保する意味で地元の造船会社を取り込んで丸亀造船にまで仕上げたのだ。
梓の父親が死んだ直後は、フラッグシップ会社の株を始め、不動産会社に銀行、それに造船会社の株を相続したのだが、かなり無茶なことをされて、ほとんどの株は取り上げられた。
現在保有する株は造船会社の20%のみだが、それすら株主の権利は剥奪されている。
なぜ、造船会社の株が連中から取られなかったかというと、そこには海軍さんが絡んでいる話は前に爺さんから聞いた。
あの会社は今では海軍の船を受ける会社にまで成長している関係で、海軍省も丸亀造船の株式の5%を保有しており、内部監査をいつでもできる体制を取っていた。
食品会社も海軍と取引をしているが、そこは食品と船との違いで、流石に国家秘密につながるような情報を抱えることもある造船会社には特に目を光らせているのだ。
なので、貴族が絡むとはいえ、造船会社には株式の所有者の変更には無茶ができなかったようだ。
しかし、今となれば権利を制限されているとはいえ20%の株を保つ意味は大きい。
それに今回の件で2%の株まで手に入れている。
ここからは造船会社の乗っ取りの開始だ。
俺達が動かなければどちらにしてもあの会社は持たない。
「お兄様…父が大切にしていた会社なの。どうか、助けてあげて…」
梓が、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
その声には、切実な願いが込められていた。
「ええ、宝塔様。あの方が命を懸けて守ろうとした場所です。どうか、どうか…」
リリーナさんもまた、俺の腕に縋るように訴えかけてきた。
その表情は、悲しみを湛えながらも、強い意志を宿している。
リリーナさんも同じ気持ちのようだ。なので、いつものスタンスだが、今回ばかりは少しばかり怪しげな手を打つ。




