第三十三話 澪先輩との再会と合同勉強会:予感された破滅の足音
ゴールデンウィークが終わり、日本に戻った俺たちを待っていたのは、慌ただしい新学期の日常だった。
そんな中、予期せぬ人物との再会があった。
高校に進級した澪先輩が、古巣であるフォーラムに顔を出し、萬斎先輩に協力を仰いでいたのだ。
俺たちが始めたバブル経済に関する勉強会の噂をどこかで聞きつけ、自ら動いてくれたらしい。
「村井君、久しぶり。この度の経済情勢について、君たちの見識を聞かせてほしい」
久しぶりに見た澪先輩の顔色は、どことなく青白く、目の下にはうっすらと隈ができていたのが気になった。
それでも、日ごとに大人びていく彼女の美しさは健在で、その瞳には、かつての自信だけでなく、漠然とした不安や焦りのようなものが宿っているようだった。
彼女の唇は、微かに震えているように見え、彼女が抱える問題の深刻さを物語っていた。
俺というと、新たに二人(リリーナさんと梓)を加えた生活も、相変わらず充実している。
夜ごと、彼女たちの甘い吐息と柔らかな肌に包まれ、俺の心は満たされていく。
昼は相場から一時離れ、束の間の休息を謳歌していた。
この時期、相場は完全に休んでいるが、リリーナさんと梓との新生活は、他の生徒たちが日に日に暗い顔をしていくのとは対照的に、俺の生活は充実して楽しかった。
結局、5月に入って最初の勉強会は、高校生のグループも交えた合同開催となった。
俺の推薦した過去のバブル崩壊事例をさらに掘り下げるべく、今度は萬斎財閥が持つ萬斎証券から、現役の市場関係者を招いて講演してもらうことになったのだ。
講演が始まると、萬斎証券の担当者は、スクリーンに映し出されたグラフと数字を指し示しながら、厳しい表情で断言した。
「現在の日本経済は、過去のどの時代にもない規模のバブルに陥っています。このままでは、日本経済は未曾有の危機に直面するでしょう。すでに、その兆候はあちこちに見え始めています」
彼の言葉は、会場に集まった中高生たちに大きな衝撃を与えたようだ。
これまではどこか他人事だった「バブル崩壊」という言葉が、一気に現実味を帯びて彼らの胸に迫ったのだろう。
会場には、重苦しい沈黙が広がり、誰もが息を潜めていた。
彼らの顔には、恐怖と、そしてわずかながらの希望が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
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知識の共有と深まる関係性:嵐の前の静けさと、繋がる魂
萬斎証券の担当者による講演会から数日後、早くも2回目の合同勉強会が開催された。
前回とは打って変わって、生徒たちの表情は真剣そのものだった。
特に、高校生たちは、自らの家庭が直面しているであろう危機を肌で感じているのか、食い入るように資料を読み込み、盛んに意見を交わしていた。
「村井君、君の見識は本当に素晴らしい。この状況を的確に捉えているようだわ」
澪先輩は、俺の意見に真剣に耳を傾け、そう評価してくれた。
彼女の表情には、まだ疲労の色が見えるが、純粋な知的好奇心が感じられた。
その視線は、俺の言葉の一語一句を逃すまいと、真剣に俺を見つめている。
彼女の瞳の奥には、単なる学術的探究心だけでなく、自らが属する世界を守ろうとする、強い責任感が宿っているようだった。
「澪先輩こそ、ご自身の立場がある中で、こうして学ぼうとする姿勢は素晴らしいと思います。私達のような学生では、知り得ない情報も多々ございますでしょうに」
俺は素直にそう答えた。
澪先輩は、俺の言葉に少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
その微笑みには、どこか寂しさが混じっているようにも見えた。
それは、彼女が背負うものの重さゆえか、あるいは、この勉強会で見えてきた未来の厳しさゆえか。
この合同勉強会がきっかけで、この後も高校生と一緒に当分バブル経済の勉強をしていくことになった。
今回は萬斎財閥が人を招いてくれたが、次回からは持ち回りで、今度は高校側の人脈を使って講演してもらうらしい。
本当に、こういうところは一般庶民には叶わない、と改めて実感する。
彼らは、生まれながらにして、情報と人脈という圧倒的なアドバンテージを持っている。
知識だけでもこの段階で勝負にならないが、今は俺もそのおこぼれに預かれるので良しとしておく。
俺は、この勉強会を通じて、平田嶺としての膨大な知識を、少しずつ彼らに伝えていく。
彼らがこのバブルの正体に気づき、来るべき危機に備えることができれば、日本の未来も少しは変わるかもしれない。
それは、俺の復讐とは別の、俺がこの社会に貢献できる数少ない方法の一つだと感じていた。
彼らの瞳に宿る希望の光が、俺の心に、新たな使命感を灯していく。
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広がる影響と新たな局面:深まる絆と、迫りくる嵐
萬斎財閥の講演会と、その後の合同勉強会で、フォーラムの生徒たちは、これまでの自分たちの認識の甘さを痛感したようだった。
特に、地方の財閥の御曹司たちは、株価暴落が自らの家業に直結することを悟り、顔を青ざめさせている者も少なくなかった。
「まさか、ここまで深刻な状況だとは……私の実家も、不動産に大きく投資していますから、このままでは……」
ある生徒が、不安そうにそう呟いた。
その声は、絶望に打ちひしがれているかのようだった。
彼の目の前には、これまで築き上げてきた全てが、音を立てて崩れ去る悪夢が見えているのだろう。
「今はまだ、表面化していないだけだ。これからが本当の試練だよ」
俺はそう言って、彼らの不安を煽るようなことはしなかった。
ただ、事実を淡々と告げる。
しかし、彼らがこの状況から何かを学び、将来に活かしてくれることを願った。
彼らの中から、この国の未来を担う真のリーダーが生まれることを。
リリーナさんと梓との生活も、順調に進んでいる。
リリーナさんは、俺が与えた新しいマンションで、穏やかな日々を送っている。
彼女は、もはや過去の影に怯えることはない。
時折、俺の部屋を訪れ、その美しい体と優しい言葉で、俺の心を癒やしてくれた。
柔らかな曲線を描く肢体、甘く蕩けるような眼差し。
その全てが、俺の孤独を埋めてくれる。彼女の存在は、俺の冷徹な復讐の道を、温かく照らす光となっていた。
梓もまた、学校では以前と変わらぬ笑顔を見せながらも、夜は俺の隣で甘えるようになった。
小さな手が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。その無邪気な甘えが、俺の胸を温かくする。
彼女の瞳には、俺への絶対的な信頼と、無垢な愛情が宿っている。
俺の復讐は、着実に進行している。
そして、その過程で、俺は多くの人々との繋がりを得た。
法子さん、爺さん、婆さん、そしてリリーナさんと梓。
彼らの存在が、俺の孤独な戦いを支え、俺の心を温めてくれる。
この先の日本経済は、さらに混迷を極めるだろう。
しかし、俺はもう一人ではない。
大切な人たちと共に、この激動の時代を生き抜き、そして、自らの手で未来を切り開いていくのだ。
嵐が来るのは、もうすぐだ。そして、その嵐の先に、俺が望む世界が待っていることを、俺は知っている。