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俺は人生に、この誰もが救われない社会に復讐する  作者: へいたれAI
序章 目覚め
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第三話 バブル狂想曲と過労死と現実と記憶の狭間:宝塔の新たな人生

 

 この国全体が熱病に浮かされていた。株価は連日高値を更新し、土地神話が叫ばれる。誰もが今日よりも明日、明日よりも明後日の方が豊かになると信じて疑わなかった。

 しかし、俺は澪先輩の教えてくれたことだけは忘れることができず、いや、これは絶対に忘れて良いものではないと思い、先輩の教えを忠実に守り続けた。彼女が常々言っていた「投機ではなく投資」を顧客に勧め、リスクの高い国内投機からは距離を置いた。

 小さな証券会社だったが、営業職だが投資アドバイスや運用まで手掛けていた。国内の市場がギャンブルの様相を呈する中、俺は海外、特にアメリカを中心とした案件に注力した。もちろん、国内投資、それもレバレッジをかけた方がはるかにリターンは良かった。一部の顧客からは不満の声も上がったが、そういう顧客は他の先輩社員に回し、俺の運用を信じてくれる顧客に全身全霊でサポートした。

 海外案件はとにかく時間がかかった。寝る間も惜しんで仕事に打ち込んだ。

 気づけば、数年が経ち、この国は未曾有の事態に直面していた。俺の顧客はほとんど影響を受けなかったが、先輩たちの顧客は悲惨な状況に陥っていた。そこらじゅうで追証の嵐が吹き荒れる。中には自殺者まで一人ではなく出ていた。そんな状況の中、会社は俺にさらなる無理難題を突きつけてきた。

「平田、どうにかしろ!お前の顧客は助かったんだから、他の顧客も何とかするんだ!」

 鬼のような形相で上司が叫んだ。

「しかし……こればかりは、どうすることも……」

 俺は唇を噛み締めた。

「何を言っている!お前は当社のエースだろう!会社を、顧客をどうにかしろ!」

 俺は必死で働いた。寝食を忘れ、ただひたすらに。だが、ある日、限界を迎えた。机に突っ伏したまま、二度と目を開けることはなかった。過労死。それが俺の人生の終焉だった。


 *****


「……それが、俺が見た夢だ」


 語り終えると、法子さんは優しく俺を抱きしめてくれた。

 その温かい腕の中で、俺は混乱と安堵が入り混じった感情に包まれた。


「宝塔様……それは、とても辛い夢でしたね」


 法子さんの声は、まるで耳元で囁く子守唄のように優しかった。

 俺は、夢の中で見たあの男の記憶を必死に辿った。


 澪先輩の死。

 熱病のような狂乱。

 そして、過労死。


 あまりにも理不尽で、あまりにも不条理な人生だった。


「なんで俺が、こんな、子供になって……」


 俺は今、村田宝塔として生きている。

 この春、小学校を卒業し、東京の祖父のもとにやってきたばかりの、新中学一年生だ。

 東京へ連れてこられたのは、祖父が名門の学校に通わせるためだと言われた。

 だが、肝心の祖父は俺の顔を見るなり、程なくしてこの世を去ってしまった。


「ああ、総一郎様は最後まで女遊びがやめられなかったからねぇ……」


 周りの大人たちは「自業自得」などと囁いていたが、たしかに高齢ではあったものの、あまりにもあっけない最期だった。

 あの年齢にもなっても、大好きな女遊びだけはやめられなかったと聞いている。


 小学生に聞かせて良い話ではないが、祖父の知人は口をそろえて同じようなことを俺の前で話していた。

 葬儀に集まる人達にはあまりにも有名な話で、話の内容を聞く限り皆口々に「自業自得」だと言っているのも頷ける。


 まあ、年齢的にも何時逝っても良いくらいの年ではあったが、それにしてもあまりにあっけなかった。

 祖父の葬式を仕切ってくれたのは、祖父の旧友だという二人の老人、通称「爺さん」と「婆さん」だった。

 特に婆さんは、俺の祖父の旧友であり、その法律事務所で働く弁護士である。

 ときには祖父の恋人でもあったようだ。

 その婆さんのところで働く新米弁護士の法子さんも交え、葬儀から財産の相続まで全てを取り仕切ってくれた。

 

 そして、先日の納骨を済ませたばかりの俺に、祖父の遺産が相続されたのだ。

 都内に広大な屋敷とまとまった現金、そして有価証券。

 それらの中に、一番驚いた「遺産」があった。

 それが、俺の隣で優しく俺を抱きしめてくれている、この美しい女性、法子さんだ。


 そう、祖父が最後まで止めなかった女遊びのある意味被害者でもある祖父の最期の愛人だ。

 彼女は経世法子さんといい、今年24歳で、婆さんの法律事務所で働く弁護士だという。

 美少女と言ってもいいくらいの若々しさで、最初は何かの間違いかと思ったが、どうやら祖父の最期に残った唯一人の愛人で、俺に相続させる話だそうだ。


 ちなみに祖父が死んだのは、愛人の法子さんがいるのに新たな愛人を探していたとのことで、その話を聞けば俺でも「自業自得」と言いたくもなる。


「法子さんがいてくれて良かった」


 葬式の時、爺さんと婆さんは口々にそう言っていた。

 二人は高齢で、祖父のようにいつ何があるかわからない。

 だからこそ、若く聡明な法子さんが俺の身元引受人となり、法定代理人として、これからの俺の面倒を見てくれることを心から喜んでいたのだ。


 そして、俺の祖父の愛人だった彼女が、そのまま俺に「相続」され、昨夜、俺に初めて女性の素晴らしさを教えてくれた。

 法子さんは、名実ともに俺が相続して俺の愛人と成った瞬間だ。


 俺は法子さんの腕の中で、ゆっくりと目を開けた。

 そこには、俺が知っているはずのない、だが紛れもない「現実」が広がっていた。

 今俺のいる世界?時代?は、平田嶺の知る日本ではなかった。


 *****


 俺の中にある宝塔の記憶によれば、この世界では、平田嶺の知る日本と同様に第二次大戦を経てはいるが、日本は何をどうしたのか知らないが、大戦には参加せずに世界の混乱を抜けることができたようだ。


 だがそのために、維新から続いていた制度が残り、貴族が権力を持ち、財閥と貴族が経済を牛耳るのが今の日本だ。

 平田嶺の知る平成の日本もいい加減救われないとは思ったが、この世界も社会の状況から相当救われない世界のようだ。

 『強者はより強く、弱者は強者のために』と言った感じかな。

 小学校を卒業した子どもにそんな事を考えさせるくらいにはここも壊れた世界だ。


 それに、日本以外でも平田嶺の知る世界は異なり、東アジアではソ連の革命時に極東に逃げてきた貴族たちが作った白ロシア王国が在し、アメリカ大陸でもチリが地域大国として台頭する、全く異なる歴史を辿っていた。


 この世界で、俺は『村井宝塔』として生きる。

 祖父の遺産として『相続』した法子さんという、あまりにも美しい女性と共に。

 そして、あの『平田嶺』の記憶を胸に抱き、俺は、この世界に、そして過去の自分に、壮絶な復讐を誓う。



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