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俺は人生に、この誰もが救われない社会に復讐する  作者: へいたれAI
第二章 飛躍
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第二十話 学園祭と日常の再開:狂気の深淵へ

 

 中等部の学園祭の熱気も冷めやらぬまま、俺はシンガポールでの最終仕込みを終え、日本に戻っていた。

 空港に降り立った俺の耳には、まだ狂騒の残響が聞こえるようだった。

 学校に戻ると、学園祭期間中、校内で俺を見かけなかった桜華院梓が、少し心配していたようだった。


「村井様、学園祭、いらっしゃいませんでしたわね。何かご用事でもおありでしたか?」


 梓の声には、どこか心配そうな響きがあった。

 彼女は、普段から俺の行動を気にかけているようだった。


「ああ、ちょっと家で用事があってね。せっかくの学園祭、見に行けなくて残念だったよ」


 俺は適当な理由をつけて言い訳をした。

 まさかシンガポールで巨額の金銭を動かし、日本経済の崩壊に賭ける準備をしていたなど、口が裂けても言えるはずがない。

 梓は、俺の言葉に特に疑問を抱くことなく、安心したように頷いた。

 彼女の表情からは、俺が戻ってきたことへの安堵が読み取れた。


 学園祭を終えたその後の学校生活は、一見すると平穏に過ぎていく。

 生徒たちは秋の運動会や文化祭の準備に勤しみ、廊下には活気と笑い声が満ちていた。

 しかし、その華やかな日常の裏で、世の中はますます狂気の度合いを深めていく。


 テレビや新聞、雑誌といったあらゆるメディアは、連日のように株価の最高値更新を報じ、地価高騰を煽り立てる。

 街ゆく人々は、誰もが「一攫千金」の夢に浮かれ、不動産投資や株取引の話題で持ちきりだった。

 誰もが、この好景気が永遠に続くかのように信じ込んでいた。


「都内の地価だけでアメリカ全土が買える」


 ニュース番組で、キャスターが高揚した声でそうはやし立てるのを聞いた時、俺は覚悟を決めた。

 この狂気の頂点に、もう到達しつつある。

 崩壊は、もはや避けられない。

 俺は、ほとんど毎日のように株価の推移を見守り、合わせてコモディティ市場にも気を配る。

 原油価格の高騰、金価格の急騰。

 あらゆる相場が、まるで煮えたぎる鍋のように、沸騰しているかのような熱気に包まれていた。

 それは、まさに嵐の前の静けさであり、同時に、破滅へのカウントダウンが始まったことを告げる、不穏な胎動でもあった。


 *****

 大暴落への序曲:冷徹な「売り」の開始と、大納会の狂宴


 そして、ついにその時が来た。


 ある朝、市場が開くと、日経平均株価は、俺がラインを決めていた3万8千円をあっさりと超えてきた。

 その瞬間、俺の胸に、冷徹なまでの決意が宿った。

 平田嶺としての記憶が、鮮明に脳裏にフラッシュバックする。

 あの時、俺が経験した、日本経済の崩壊の始まり。

 その記憶に従い、俺は**『売り』**を開始した。


 シンガポールの取引システムにアクセスし、目立たないように、しかし確実に、先物に売りを入れていく。

 それは、まるで、まだ活気に満ちたパーティー会場の隅で、静かに、しかし着実に避難経路を確保していくかのような行為だ。

 誰もが気づかないうちに、しかし確実に、俺は次のフェーズへと移行していた。


 先の狂騒の終焉の時の日経平均の推移は、今でも俺の脳裏に焼き付いている。

 大納会の日、東京証券取引所は、狂乱の渦中にあった。株価は連日跳ね上がり、投資家たちの顔は興奮と陶酔で紅潮していた。

 証券会社のディーラーたちは、電話を耳に張り付け、奇声にも似た叫び声を上げながら、ひたすら買い注文を捌いていく。

 テレビのニュースでは、「大納会史上最高値更新!」のテロップが踊り、アナウンサーの声は高揚感を隠しきれていなかった。


「日経平均株価、史上最高値の38,915円を記録しました! 祝賀ムードに包まれる大納会!」


 その声が、俺の脳裏にこだまする。

 当時の市場関係者は誰一人として、翌年の大発会で株価が下がり始めるとは疑っていなかったはずだ。

 この狂気の祭りは、永遠に続くものだと信じられていた。

 だが、俺は知っている。

 その「永遠」が、一瞬の幻想に過ぎないことを。

 その時が、もうすぐそこまで来ている。

 俺は、その時に向けた最終準備を始める。

 次に何が起こるか、俺は知っている。

 そして、その知識が、俺を突き動かす。

 この世界の誰もが予想しないような、激しい下落の波が訪れることを。

 そして、その波に、俺がどう乗るべきかを。


 *****

 大発会の衝撃と、静かなる勝利


 年の瀬の慌ただしさが過ぎ去り、新しい年が明けた。

 そして、大発会。


 市場が開く前、俺は自宅のモニターを前に、固唾を飲んでその瞬間を待っていた。

 テレビの画面には、まだ昨日の大納会の興奮が残る証券取引所の様子が映し出されている。

 だが、俺は知っている。この日の空気は、昨日とは全く違うものになることを。


 午前9時。取引開始のベルが鳴り響いた瞬間、俺の目の前のモニターが、青と赤の数字で埋め尽くされた。


「日経平均、急落! 前日比-500円!」


 テレビのテロップが瞬時に変わり、キャスターの声には動揺の色が隠しきれていない。

 市場の参加者たちも、まさかこんな大発会を迎えようとは夢にも思っていなかっただろう。

 しかし、これはまだ序章に過ぎない。


「-800円! 売りが止まりません!」


「大口の売り注文が出ています! 何が起きているのでしょうか!」


 キャスターたちの悲鳴にも似た声が、部屋に響き渡る。モニターの数字は、まるで滝が流れ落ちるように、みるみるうちに下落していく。

 投資家たちの顔からは、血の気が失われ、焦燥と絶望の色が濃くなっていくのが想像できた。


 この大発会での急落は、俺の記憶と完全に一致していた。

 そして、その後の展開も。

 日経平均は、その後10日前後でいったん落ち着きを見せ、3万6千円あたりで短期的な底を打ったはずだ。

 俺は、その記憶に従って、このタイミングで一度、**『売り』**のポジションを調整し、2月まで静かに待つことにした。

 シンガポールのシステムで、冷静に売り注文を確定させる。

 莫大な利益が、静かに、しかし確実に確定していく。


 学校に通いながらでも、デイトレードではないので、相場を四六時中監視していく必要はなかった。

 それでも、俺の心は常に市場の動向に向いており、授業には正直、ほとんど気が入らない。

 教師たちの声は遠く、黒板の文字は霞んで見える。

 俺の意識は、常にシンガポールと日本の金融市場の間をさまよっていた。


 放課後、『世界情勢研究フォーラム』の活動にも、変化が見え始めていた。

 日経平均が下がり始めた1月からは、3年生も引退しており、萬斎先輩がリーダーとして、サークルを実質的に運営している。

 彼の関心は、学園祭の準備から、本格的に相場の下落に関する研究へとシフトしていた。

 彼もまた、何か不穏な空気を感じ取っているのだろう。


 一応、フォーラムのメンバーでもある俺は、萬斎先輩に、俺の見通しを伝えてはいる。

 萬斎財閥そのものが金融財閥であるため、彼もまた、経済の動勢には敏感なはずだ。


「村井、君の言うことはいつも突拍子もないな。この日本経済が、まさかそんなに大きく下がるわけないだろう? 確かに、一時的な調整はあるかもしれないが、それは市場の健全化のためだ」


 萬斎先輩はそう言って、苦笑いするばかりだった。

 その顔には、俺の言葉を信じられないという思いがはっきりと見て取れた。

 彼の周囲の生徒たちもまた、俺の言葉を一笑に付すばかりだ。無理もない。

 誰もが好景気に浮かれていたこの時代に、暴落を予見するなど、狂人の沙汰と思われても仕方がない。

 彼らの目は、いまだバブルの幻想に囚われている。


 しかし、俺は知っている。

 この先に何が待ち受けているのかを。

 そして、その知識こそが、俺の最大の武器だ。

 俺は、彼らの苦笑いを冷静に受け止めながら、心の中で静かに誓った。この狂気は、やがて来るべき嵐の序曲に過ぎない。

 そして、その嵐の中で、俺は、この国の未来を、そして自らの復讐を、完遂するだろう。


 大発会の衝撃は、まだ始まったばかりだ。本番は、これから。

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