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俺は人生に、この誰もが救われない社会に復讐する  作者: へいたれAI
第一章 雌伏
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第十八話 投資戦略の転換と狂騒終焉の兆候:水面下の暗闘


 箱根での合宿を終え、長かったようで短い夏休みも終わりを告げようとしていた。

 俺の脳裏には、合宿で得た情報と、榊原由美や白麗澪たちの表情が焼き付いている。

 特に、彼らが抱く漠然とした不安と、それに対する無力感が、俺の危機感を一層募らせていた。

 水面下では、すでに嵐がその胎動を始めている。


 シンガポールを通して行ってきた投資案件は、俺の予見通り、莫大な利益を積み重ねていた。

 しかし、これ以上の買いは危険だ。

 狂騒は、まさしく頂点に達しつつあった。

 俺は、そろそろポジションをニュートラルに戻し、来るべき時を静かに待つ状態へと移行させる手配を済ませた。

 情報は、各方面から引き続き仕入れるように徹底している。

 特に、爺さんからの情報網は、その精度の高さとスピードにおいて、他に類を見ない。


 爺さんからの報告は、あれから大きな変化はない。

 ただ、香港あたりの動きが、ますます活発になっているという。

 それは、海外からの「日本潰し」の動きが、着々と進行していることを示唆していた。

 表社会ではまだ泡のような熱狂が続くが、裏ではすでに、破滅へのカウントダウンが始まっているのだ。


 *****

 婆さんの事務所:二人のキャリア官僚との対面


 夏休みの終盤、婆さん(典子)から呼び出しがあった。

 いつものように、事務所へ向かう。扉を開けると、そこには、以前俺が合宿で会った大蔵省のキャリア官僚、榊原由美が、既にソファに座って俺たちを待っていた。

 そして、彼女の隣には、もう一人、知的な雰囲気を纏った女性が座っている。


「ひさしぶりね、法子さん」


 榊原由美は、法子さんに向かってにこやかに微笑んだ。

 その顔には、相変わらずの美しさと、切れ者らしい雰囲気が漂っている。


「お久しぶりです、榊原様」


 法子さんもにこやかに応じる。

 二人の間に流れるのは、互いを認め合う、プロフェッショナルな信頼関係だろう。


「紹介するね、私と同じ大学を卒業した藤村明日香さんよ。彼女は外務省なの。典子様からの依頼で連れてきたわ」


 榊原が、隣の女性を紹介してくれた。

 藤村明日香。外務省のキャリア。

 彼女の瞳は、知性と好奇心に満ちており、榊原とはまた違ったタイプの、聡明な女性だ。

 彼女の纏う雰囲気からは、国際社会の厳しい現実を肌で感じてきた者の、確かな眼差しが感じられた。


「藤村明日香です。村井様、お会いできて光栄です」


 藤村は、立ち上がって俺に深々と頭を下げた。

 その礼儀正しさに、俺は感銘を受ける。


「村井宝塔です。こちらこそ、お会いできて光栄です、藤村様」


 俺は、二人のキャリア官僚に改めて挨拶をした。

 婆さんは、俺が最も気にしているアメリカからの圧力について、実際にどうなっているのかを二人に尋ねた。

 二人は、一瞬顔を見合わせ、言葉を濁らせながらも、今の状況が「あまり良い状態でないこと」だけを俺たちに伝えてくれた。

 その言葉の選び方から、彼らが語ることのできない、より深刻な現実が背後にあることを悟った。


「……アメリカ側は、日本の金融市場が過熱していることに対し、懸念を表明しています。特に、土地の担保価値に依存した融資の増加は、今後のリスク要因になるとの見方が強いようです」


 榊原の言葉には、重い響きがあった。

 彼女の声は普段と変わらない冷静さを保っているが、その瞳の奥には、隠しきれない焦燥が見え隠れしていた。


「国際的な金融機関の間でも、日本の株価や不動産価格の動向には、注視の目が向けられていると聞いております。一部では、日本の金融システムが、このままでは国際的な信用を失いかねないという意見も出ております」


 藤村の言葉は、それを裏付けるようだった。

 彼女の声には、国際情勢の厳しさを肌で感じてきた者ならではの、切迫感が漂っていた。

 彼女は、単なる経済的な問題ではなく、それが国際関係に与える影響まで視野に入れているようだった。


 二人の様子から、俺には確信できた。

 Xデーは近い。

 実際に、俺の知る歴史、昭和で起こったように、来年初頭には株の大幅な下落があるだろう。

 そして、それは単なる偶然の出来事ではなく、海外からの意図的な「日本潰し」の動きと連動している。


 *****

 キャリア官僚たちの葛藤と俺の焦燥


 大蔵省の榊原由美は、大蔵省証券局に所属し、今の狂騒的な経済状況をしきりに憂慮している。


「政治家が検討を始めている総量規制についても、私たちは危機感を持っております。もし、これが導入されることになれば、一時的な景気後退は避けられないでしょう。しかし、それを避けなければ、この狂騒は、もっと深刻な事態を招きかねません」


 彼女は、あくまで省庁の公式見解に基づいた説明を続けるが、その言葉の端々には、彼女自身が抱える葛藤が滲み出ていた。

 この国の未来を憂い、何とかしたいと願う一人のキャリア官僚としての使命感と、目の前の巨大なバブルを前に、自分たちの手の届かないところで事態が進んでいくことへの無力感。

 それが、彼女の表情から読み取れた。


 藤村もまた、外務省の立場から、国際社会における日本の立ち位置の脆弱性を訴える。


「海外の要人との会談でも、日本の経済状況は常に話題になります。彼らは、日本の過剰な投機熱を冷めた目で見つめ、いつ崩壊するか、そのタイミングを計っているようにすら感じられます」


 彼女の言葉は、日本の外交官たちが、いかに水面下で綱渡りのような交渉を強いられているかを物語っていた。国際社会において、経済的な弱体化は、そのまま外交的な影響力の低下に直結する。


 俺には、彼女たちの見通しがじれったくなるくらいまで甘く感じられた。

 彼女たちは、最悪でも「景気後退」で済むと考えているようだが、実際に起こった先の狂騒の終焉は、そんなものでは済まなかったことを知る俺には、その甘さが苦痛にすら感じられた。

 まさかあの時には、その影響がその後30年になるまで及ぶとは思わなかったし、同時に起こるIT革命で世の中が大幅に変化したことも、混乱を長引かせる要因となっていると、今では思っている。


 しかし、実際に渦中にいた当事者の俺ですら、当時はその事態の深刻さを完全に理解できていなかったのだから、彼女たちも無理はないのかもしれない。

 彼らは、あくまで「現在の知識」と「現在の情報」に基づいて判断している。

 俺は、未来の知識を持つ「異分子」だ。その優位性を、最大限に利用しなければならない。


 *****

 新たな局面へ:9月の胎動


 夏のイベントはこれで全てを終え、暦は9月に入った。

 新しい学期が始まるが、俺の関心はすでに学校生活にはない。

 俺の心は、来るべき経済の大きな変動に向けて、静かに、しかし確実に準備を進めていた。


 シンガポールでの投資は、攻めのフェーズから、守りのフェーズへと移行する。

 そして、爺さんからの情報、榊原と藤村からの情報、そして法子さんからの情報。これらを統合し、来るべき嵐の全貌を明らかにする。


 この国は、これから大きな変化を経験する。

 そして、その変化の中で、俺は自らの手で未来を掴み取る。

 復讐の炎は、静かに、しかし確実に燃え続けている。

 その炎が、この国の闇を照らし出し、新たな時代を切り開くための道しるべとなるだろう。

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