第十二話 投資の進捗と深まる関係、そして忍び寄る影
学園での生活は、表向きは平穏に進んでいた。
しかし、俺の頭の中では常に、この国の未来と、それに向けた具体的な行動計画が渦巻いている。
学校に通いながらも、俺は自身の資金運用について、婆さん(典子)や爺さんと密に連絡を取り合っていた。
彼らの情報網と経験は、俺の戦略を裏打ちする貴重な要素だった。
シンガポールでの投資は、予想をはるかに上回るペースで利益を積み重ねていた。
日経平均は狂気じみた上昇を続け、世間は株と土地の熱狂に酔いしれている。
「宝塔、お前さんの言う通り、日経平均はまだまだ上がる一方じゃ! わしの金も、あっという間に倍になったわい! わっはっは!」
電話越しに、爺さんの豪快な笑い声が響いた。
興奮と喜びに満ちたその声は、隣にいる俺にまで伝わってくるようだ。
爺さんは、これまでも数々の裏稼業で荒稼ぎをしてきたが、これほど明確な「儲け話」は初めてだったのだろう。
彼の声の端々には、長年の勘が正しいことを証明されたかのような、自信と満足感が滲み出ていた。
「よかったね、爺さん。でも、気を抜いちゃダメだよ。浮かれてると足元をすくわれる」
俺は冷静に釘を刺した。狂騒はいつか終わる。
その時こそが、俺たちの本当の勝負だ。
一方、婆さん(典子)は、いつもの冷静さを保ちつつも、喜びが滲み出ていた。
「宝塔の言う通り、この狂騒はいつまでも続くわけではないからね。今のうちに利益を確定させて、別の資産に振り分けておいた方が賢明よ。私のクライアントの中にも、そろそろ潮時だと考えている方が増えてきたわ」
彼女の言葉は、俺の考えと完全に一致していた。
弁護士として数多くの資産家と接している婆さんの肌感覚は、世の中の動きを正確に捉えている。
市場が過熱すればするほど、冷静な判断ができる人間が、最後に笑うことができるのだ。
俺は二人に、手持ちの借金は兎にも角にもさっさと返済するように重ねて伝えた。
婆さんは「弁護士だから借金そのものがないわよ」と笑っていたが、爺さんの方は、過去の様々な「事業」でこしらえた借金が山ほどあるようだった。
「分かっておるわい。しかし、お前さん、まだ中学一年生だというのに、随分と肝が据わっておるな。やはり宗一郎の孫じゃ」
爺さんは感心したように言った。
その口ぶりは、俺の成長を心から喜んでいるように聞こえる。
婆さんも同じようなことを言う。
「中学生が言うセリフではないわね。やはりあいつの孫だわ」
俺の祖父、宗一郎。
彼は一体何をしていたのだろうか。
平田嶺としての記憶と、村井宝塔としての今の立場。
二つの人生が交錯する中で、祖父の存在はますます謎めいていく。
だが、今はその謎を解き明かす時ではない。
今は、狂騒の終焉に向けて、着実に準備を進めることが最優先だ。
*****
法子との深い絆:戦略と心の支え
学校での一日を終え、俺は法子さんのマンションに戻った。
ここは、俺が唯一、心の底から安らげる場所だ。
マンションのドアを開けると、美味しい夕食の香りが俺を迎えてくれた。
法子さんは、いつも俺の帰りを温かく迎えてくれる。彼女の存在は、俺の復讐という名の孤独な戦いを支える、かけがえのないものとなっていた。
夕食を終え、俺は今日の学校での出来事を彼女に話した。
桜華院梓との会話、そして学校の未来への不安。そして、**『世界情勢研究フォーラム』**に入会したこと、梓も一緒に活動に参加することになったこと。
「桜華院様もご一緒ですか……それは心強いわね、宝塔様」
法子さんは、俺の話に真剣な表情で耳を傾けてくれた。
彼女は弁護士として、社会の裏側も知っているからこそ、俺の言葉の重さを理解してくれたのだろう。
俺が抱いている危機感と、それに伴う決意を、彼女は誰よりも深く理解してくれている。
「だからこそ、俺たちは今のうちに力を蓄えておく必要がある。この狂騒が弾けた時に、俺たちは逆張りで攻めるんだ」
俺は法子さんの手を取り、力強く言った。
彼女の温かい手が、俺の心に安らぎを与えてくれる。
その柔らかく、しかし確かな温もりは、俺が孤独ではないことを教えてくれる。
「ええ、分かっていますわ、宝塔様。私も、あなたの力になれるよう、あらゆる手を尽くします」
彼女の瞳は、揺るぎない決意に満ちていた。
法子さんは、俺の単なる「家政婦」ではない。
彼女は、俺の最も信頼できるパートナーであり、心の支えなのだ。
夜が更け、俺たちは再び一つになった。
法子さんの柔らかな肌に触れるたびに、俺は彼女への深い愛情を感じる。
彼女の吐息、熱を帯びた肌、そして俺の背中に回された細い腕。
そのすべてが、俺の孤独な戦いを癒し、明日への活力を与えてくれる。
この愛が、俺の復讐という名の孤独な戦いを、支えてくれるだろう。
桜華院梓との出会い、そして世界情勢研究フォーラムへの参加は、俺の学校生活に新たな展開をもたらすだろう。
そして、それは俺の復讐計画にも、少なからず影響を与えるはずだ。
この皇道学館での生活は、ただの学生生活では終わらない。
そう確信しながら、俺は静かに夜空を見上げた。
*****
経済の荒波と見えない手:水面下の動き
シンガポールでの投資は、まさに絵に描いたような成功を収めていた。
俺の指示通り、法子さんは日経平均の動向を正確に読み、先物取引で着実に利益を積み重ねていた。
「宝塔様、今月の利益は、当初の予測を大幅に上回っておりますわ。この勢いであれば、年内には目標の資金を確保できるかと」
法子さんの報告は、俺の計画をさらに加速させるものだった。
しかし、俺は決して浮かれることはなかった。
この狂騒は、いつか必ず終わる。
その時、多くの人間が、一夜にしてすべてを失うことになるだろう。
俺はその光景を、冷徹な目で見つめ、次の手を打つ準備をしていた。
爺さんも、俺の指示通り、裏社会の繋がりを活かして、怪しげな会社の買収を進めていた。
表向きは小さな貿易会社や不動産会社だが、その実態は、情報収集と資金洗浄の拠点として機能していた。
「へへ、宝塔。お前さんの言う通り、この会社はとんでもない『お宝』じゃったわい。表には出せんが、これで様々な情報が手に入るようになった。それに、資金の動きも追えるようになったぞ」
爺さんの声は、いつも以上に不敵な笑みを帯びていた。
彼の言葉は、この国の経済を動かす「見えない手」の存在を示唆している。
表舞台では決して語られない、闇の取引や裏金。
それらが、この狂騒をさらに加速させているのだろう。
婆さん(典子)も、弁護士としての立場を活かし、水面下で動き始めていた。
彼女のクライアントである資産家たちの間で、資産の現金化や海外への資金移動の動きが活発になっているという。
「宝塔、最近、私の事務所には、株や土地の売却を急ぐ資産家からの相談が相次いでいるわ。皆、漠然とした不安を感じているのでしょうね。中には、すでに現金化を済ませ、海外に拠点を移す準備をしている者もいるわ」
婆さんの言葉は、俺の危機感をさらに煽った。
この国の経済システムは、すでに限界に達している。
いつ破綻してもおかしくない状況なのだ。
そして、その破綻の波は、貴族も平民も関係なく、すべての人々を飲み込むだろう。
「典子様、無理はしないでくださいね。足元をすくわれないように」
俺の横で法子さんは婆さんに忠告した。
彼女は俺の言葉に微笑み、
「大丈夫よ、法子さん、それに宝塔。私も長年この世界で生きているのよ。それに、あなたの未来のためだもの」
そう言ってくれた。彼女の言葉は、俺の心を温かく包み込む。
彼女もまた、俺の復讐計画を理解し、その実現に向けて力を尽くしてくれているのだ。
*****
皇道学館の未来と俺の決意
皇道学館での日々は、情報収集と人脈形成の場となっていた。
**『世界情勢研究フォーラム』**での議論は、俺の知識を深めると同時に、この国の未来を担うであろう若者たちの思想や価値観を理解する上で非常に役立っていた。
萬斎先輩の実質的なリーダーシップ、そして澪先輩のどこか諦めたような表情。
彼らの間にある複雑な力関係も、この国の縮図を見ているようだった。
桜華院梓は、俺の質問や意見に真剣に耳を傾け、積極的に議論に参加してくれる。
彼女の聡明さと、この国を憂う気持ちは、俺にとって良い刺激になっていた。
彼女の存在は、俺が学園内で孤立せず、よりスムーズに情報を得るための大きな助けとなっていた。
そして、白麗幸。
彼女は、俺が「新しい力」になりうると見抜いた数少ない人物だ。
彼女自身が置かれている子爵家内での複雑な立場も、俺に協力的な姿勢を見せる理由となっているのだろう。
彼女から得られる学園内の貴族たちの情報、特に四大財閥の子弟たちの動向は、俺の戦略をより具体的にしていく上で不可欠だった。
「この学園の、そしてこの国の未来を変える……」
夜空を見上げながら、俺は改めて心に誓った。
この狂乱の時代を生き抜き、来るべき混乱期を乗り越える。
そして、俺の知る世界とは異なるこの日本で、平田嶺としての知識と村井宝塔としての復讐の炎を燃やし、新たな時代を築き上げるのだ。
そのためには、学園内外での動きをさらに加速させ、情報網を広げ、確固たる地位を築かなければならない。
この皇道学館での生活は、ただの学生生活では終わらない。
それは、この国の未来を賭けた、壮大なゲームの始まりなのだ。
俺は静かに、そして力強く、夜空を見上げた。その瞳には、未来への希望と、復讐への揺るぎない決意が宿っていた。