あなたのファンです
創作は私の命だ。
物語を作ることをやめれば、私は消えてしまうような、そんな存在だ。
一人で自分のパソコンの中に作るだけでは、私は暗い地下室の鳥かごに閉じ込められているのと変わりない。
誰か一人でも、私の作品を読んでくれて、感想を聞かせてくれるなら、私は世界に羽ばたいた気分になれていた。
小説投稿サイト『小説家になりお』は、そんな私の希望を叶えてくれる。
顔も知らないひとたちが、顔も知らない私の小説を読んでくれる。
感想をくれる。他の誰かにもオススメしてくれる。
ファンになってくれる。
私は自分が芸能人にでもなったような、そんな気持ちに舞い上がり、どんどんとアイドルみたいな自分を作っていった。
はぁ〜い! みんな! くまたんが新作短編を投稿しまちたよー!☆(*⁰▿⁰*)/
私が活動報告でそんなパフォーマンスをすると、ファンのひとたちが盛り立ててくれる。
くまたん! くまたん!
今日の作品もかわいかったねぇ〜!
ビンビンきました!
くまたんのかわいさが作品から溢れ出てたッス!
私のペンネームは『くまたん51』。
かわいいファンタジー小説を主に書いている。
ペンネームの由来は本名の『熊谷』から『くま』を、数字には意味はなく、なんとなくつけた。
ファンのひとが私の似顔絵を想像で贈ってくれたものを、活動報告にその画像を貼り付ける。
茶色いくまの耳がかわいくついた、背の小さいメガネっ娘だ。トシは21歳ぐらい?
この似顔絵が好評で、私のイメージにぴったりらしい。
中には熱狂的といってもいいほどのファンもいる。
『パープルノート』というペンネームのそのひとは、私が新作を投稿するたびに、活動報告を上げるたびにコメントをくれて、愛のメッセージも添えてくれる。
今回の作品も期待通りでしたよ
僕の思ってるくまたんは、まさにこの作品のヒロインみたいな感じです
きっとリアルのくまたんも、かわいいんだろうなぁ
あなたは僕にとって世界一です
有り難いなと思いながら、正直買いかぶりすぎだとも思えて、少し彼には引いていた。
何か勘違いをされてる気がする。私はきっと、彼が思っているような人間じゃないから。
= = = =
「おつかれさまー」
ソフトクリーム販売のアルバイトは17時で終わる。
私はパートのおばちゃんに挨拶をすると、傘をさしてお店を出た。
早いもので、今年ももう梅雨時だ。
外気はムッと私を取り囲み、早く家に帰りたい気持ちを急がせる。
書きたい物語が頭の中にたくさん溜まっていた。
早くこの子たちを形あるものにしてしまわなければ。
ふと、コンビニのおおきな窓に映る自分の姿に気がついた。
久しく見ていなかったような気がした。私は活動報告に貼り付けた、あのイメージイラストの姿を自分がしているような錯覚をしていた。
34歳独身のやせっぽっちがみすぼらしく雨傘をさしている。
メガネはかけているが、メガネっ娘ではない。ヒョロ長い、エノキダケにちょっと似てる、メガネおばさんだ。
活動報告でしているアイドルみたいなパフォーマンスは絶対に似合わない。リアルでやったら、きっとみんなをムカつかせて、警察に通報されて、逮捕される。
言葉遣いも『くまたん』の時とまったく違う。あんなかわいい喋り方、ほんとうはしない。というよりリアルではあんなに喋らない。
ふと、パープルノートさんのことばが頭をよぎった。
僕はあなたの大ファンです
一生ついていきますよ
もちろん、それは私の作品のファンという意味だとは思う。
でも、なんだか彼は、それ以上のものを望んでいる気がする。
もし、彼が、このリアルの私の姿を知ったら、幻滅するだろうか。
そんなことはどうでもいいと思いながらも、なんだか悔しい。
悔しいと思いながらも、どうでもいいと思う。
べつに彼と会う気はないし、会いに来てほしくもない。
私のイメージでは、彼は女性に対して過度な幻想をもっている、よくいる気持ち悪い類いの中年男性だった。
自分の部屋に戻り、早速執筆を開始するが、筆が乗らなかった。
ゾーンに入って『くまたん』になりきれればスラスラと一日で八千文字までぐらいの短編なら完成させられるのだが、乗らないと500文字書くのもはかどらない。
『小説家になりお』から出て、いつもの匿名掲示板に書き込みをすることにした。
過疎板の地下スレに私のその場所はある。
誰かが建てた『ひとりごとを呟くスレ』は、今は書き込みをする者がなく、私専用のひとりごとの場所となっている。
268 病んでる名無しさん(スップ Seaa-DCBx) 2024/07/01(月) 18:21:16.76 ID:ApTN2gcEd
今日は雨
明日も雨
雨がやむ頃には私の気分も晴れているだろうか
それとも一生このまま
やまない雨の中で生命を終わることになるだろうか
そんなひとりごとを書き込んだ。
続けてネガティブな書き込みをいくつかする。
そのうちに創作意欲が湧き起こって、小説が書けることもある。
そのままひとりごとを呟くだけで一日が終わることもある。
誰も見ていない、私だけの場所。
まるで地下室の鳥かごのような、私だけの場所。
誰にも声は届かない、けれどこういう場所も私には必要だった。
書き込みを続けていると、ふと気になるものを見つけた。
私が延々と書き込んでいる中に、不協和音のようなものが混じっている。
急いで画面をスクロールすると、それを見つけた。
272 病んでる名無しさん (ワッチョイ 6a9b-Wmqj) 2024/07/01(月) 18:32:04.79 ID:K7gT8Qvb0
大丈夫ですよ〜! 僕が見てますよ〜!
だ……、誰か見てたんだ?
無視して書き込みを続けてたみたいな形になってしまっていたので、慌ててお詫びのレスをつけた。
279 病んでる名無しさん (スップ Seaa-DCBx) 2024/07/01(月) 18:41:26.80 ID:ApTN2gcEd
>>272
あっ。こんにちは!
するとすぐに、相手から再びレスがついた。
272 病んでる名無しさん (ワッチョイ 6a9b-Wmqj) 2024/07/01(月) 18:43:56.79 ID:K7gT8Qvb0
今日はなりおに投稿はしないんですかぁ〜? くまたん
えっ? と思った。
私はここでは匿名で、誰にも自分がここにひとりごと書き込みをしていることは言ってない。
私が沈黙していると、そのひとは続けてコメントを書き込んできた。
273 病んでる名無しさん (ワッチョイ 6a9b-Wmqj) 2024/07/01(月) 18:44:56.79 ID:K7gT8Qvb0
ふふふ。僕ですよ、パープルノートです。うふふふふ
背筋が凍りついた。
なぜ、どこから、私がここに書き込みをしていることを突き止めたのだろう?
凍りついていると、続けて彼が書き込んできた。
274 病んでる名無しさん (ワッチョイ 6a9b-Wmqj) 2024/07/01(月) 18:45:56.79 ID:K7gT8Qvb0
じつは今、あなたの家の下にいます。これはスマホから書き込んでいます。うふふふふふふふ
急いでカーテンの隙間から外を見た。
二階の部屋の窓の外に、黒い雨傘をさして立っている男のひとがいた。
そのひとはスマホを片手に持っていて、雨傘の陰から顔を上げ、こちらを見た。おおきな黒縁メガネをかけた、25歳ぐらいの、イケメンだった。
すぐにカーテンを閉め、身を隠した。
恐ろしかった。
イケメンだから良いというものではない。
こんなことをするその性格が、恐ろしい。
でも、今、私の顔をチラリと見ただけで幻滅してくれたのではないか。ファンをやめてくれるのではないか。
ギシ、ギシ、と階段を昇ってくる気配がした。
今、両親は家にいないはずだ。誰もいないはずだ。玄関には鍵が……
閉め忘れたかもしれない。
私は部屋中に武器になるものを探した。
孫の手ぐらいしか見つからなかった。
部屋のドアが、開いた──
= = = =
結婚おめでとう!
おめでとうございます!
お二人の未来に祝福を!
私が活動報告で結婚の報告をすると、ファンのひとたちが皆、祝福してくれた。
よかった。あの日、彼女の家に押し入って。
私はくまたんのパソコンを閉じると、幸福の笑みで顔を満たした。
いつまでも──永遠に僕たちは一緒だよ、くまたん──うふふ、うふふふふ