284.幸せなスローライフ
扉を開けて、食堂の中に入っていく。
「うー、外は寒かったんだぞ!」
「まだまだ、外の寒さに慣れないね」
「もう冬ですからね。食堂は温かくていいですね」
食堂の中に入ると暖炉の火で温められた空気が私たちを包む。その温かさにホッとしながら、席に着いた。すると、近くに座っていた冒険者たちが声を掛けてくる。
「おはよう。冬に入った途端にこれだもんな。これからの活動が辛くなるぜ」
「動けば温かくなるんだが、それまでは寒くてかなわんからな。三人とも、寒さには気を付けて活動するんだぞ」
「あー、ノアちゃんが居れば温めてくれるのになー。一緒に魔物討伐に着いてきて欲しいくらいだぜ」
「ノアはおっちゃんたちには渡さないぞ! 連れて行くなら、ウチらが連れて行く!」
「ノアの魔法は便利ですからねー。魔物討伐に行くと、ノアの魔法が欲しいなっていう時沢山ありますよね」
「そうなの? 私の分身でも連れて行く?」
今日も何気ない会話を繰り返す。毎日顔を合わせて、雑談をする仲の私たち。まるで、家族と話しているような安心感に包まれる。その冒険者たちと話していると、ミレお姉さんがやってきた。
「三人とも、おはよう! はい、これが今日の朝食ね。寒くなってきたから、具沢山のスープがあるわよ」
ミレお姉さんは私たちの目の前にお盆を置いた。今日のメニューはパン、具沢山のスープ、焼いた燻製肉とスクランブルエッグだ。今日の朝食もボリューミーだ。
「育ち盛りなんだから、しっかり食べなさいよ。なんだったら、おかわりもあるわよ」
「今日も美味そうだな! 早く食べて、おかわりしないと!」
「沢山食べすぎて、動けなくなるのはやめてくださいね」
「お腹いっぱいになると動きづらくなるよねー。それじゃあ……」
「「「いただきます」」」
手を合わせて挨拶をすると、食事に手を付け始める。
具沢山のスープは食べ応えがあるし、あっさりしているのにコクがあるからとても美味しい。朝から焼きたてのパンが食べられるのはやっぱり贅沢だよね。こってりした燻製肉と素朴な味のスクランブルエッグの組み合わせも最高だ。
温かな部屋で賑やかな食事をする。ここにしかない空間を堪能して、食事を取れるのは幸せなことだ。この瞬間があるから、一日を頑張れる力が養われる。
「「「ごちそうさま!」」」
「はい、おそまつさまでした」
美味しい朝食を食べ終えて、私たちは満足した。クレハはおかわりもして、沢山食べたけど……平気なのかな?
「いやー、食った食った! お腹がいっぱいなんだぞ!」
「どれどれ……結構パンパンじゃない」
「もう、クレハったら。食べすぎて動けなくなったらどうなるんですか」
「平気だぞ。森に行くまでには、お腹も落ち着くしな」
「本当ですかー? 前は急に動いてお腹が痛くなったのは誰ですか?」
「うっ……それは、その……」
「お腹が落ち着くまで、戦闘は控えた方がいいかもねー」
イリスが厳しい口調でクレハに言葉をかけると、クレハは気まずそうに視線を逸らした。沢山食べた後に急激に動くとお腹が痛くなるから、気を付けて欲しいね。
「よし、じゃあ行くか!」
「休まなくていいの?」
「大丈夫、大丈夫! 歩いていたら、お腹も凹むしな!」
「もう、クレハったら仕方ないですね」
私たちは席から立ち上がり、食堂を後にした。外に出ると、また寒い風に当たって辛い。でも、食事を取ったから体は温かいから少しは凌げている。
「では、行ってきますね。ノアも畑仕事頑張ってくださいね」
「うん、二人も魔物討伐気を付けてね」
「よっしゃ、行くぞー!」
宿屋の前で二人と別れる。二人は森へ、私は家に戻っていく。それぞれのいつもの一日の始まりだ。
◇
家に帰ると家畜の世話をする。小屋の掃除をして、食事を与え、搾乳したた後は運動場に放す。今日も異常は無し、みんな元気でいてくれて嬉しい。
家畜の世話が終わると、今度は本業の畑仕事だ。そろそろ、農家の人たちが来るはずなんだけど……あっ! 来た!
「よー、ノアちゃん。おはよう」
「ノアちゃん、おはよう」
「ノア、今日も寒いなー」
「おはよう!」
ぞろぞろと農家の人たちが現れた。みんな寒そうにしているけれど、人が沢山いる温かさを感じるから寒さは我慢できる。
「えーっと、ビートを収穫したら、それをコルクの所に持っていけばいいんだよな?」
「そうね。そこで精算をして、私たちがそれぞれの家にビートを持っていく形よね」
「冬の手仕事があるのっていいな! 安心して冬を越せるよ!」
「じゃあ、はい。ビートの種を配るね」
「おう、ありがとよ」
みんな雑談しながら和気藹々と作業を始めて行く。ビートの種を貰った農家の人たちは手慣れた手つきで、ビートの種を植える。村中の農家の人が集まっているから、作業はすぐに終わった。
「じゃあ、後はノアちゃんよろしくね」
「うん、任せて」
私は地面に手をつくと、植物魔法を発動させる。畑に魔法の力が広がっていき、植えた種からビートが生育した。あっという間に、畑には沢山のビートが生えた。
「よし、収穫するぞー」
「いつ見ても凄い光景だなぁ」
「ノアちゃんがこの村にいてくれて良かったよ」
ビートが生ると、今度は収穫だ。みんなで手分けをして収穫して、畑の外の一角に溜めておく。その溜まったビートを今度はマジックバッグの中に入れる。
「これで最後だな。よし、収穫が終わったしコルクの所にでも行くか」
「そこで用事が終われば、今度は砂糖作りだな」
「今年は去年よりも多く作ってくれって男爵様が言ってたから、頑張らないとなー」
「今年の砂糖も沢山売れるといいなー」
マジックバッグのリュックを背負って、みんなで雑談しながら作物所へと向かっていく。このひと時が楽しいのか、みんなの表情は明るい。冬は家にこもりがちになるから、こういう時の交流っていうのは楽しい。
話していると、あっという間に作物所へと辿り着いた。
「コルクさん、ビート持ってきました」
「おっ、お疲れさん。じゃあ、ビートを出してくれ。精算してみんなに配るから」
作物所の外でビートを全部出すと、コルクさんがそれらの数えて、どれだけ収穫があったか確認する。それが終わると、収穫にあった代金をコルクさんから受け取り、農家の人たちにビートを配っていく。
「みんな、お疲れ様!」
「ノアちゃんもお疲れさん」
「今度は明後日だよね。またね」
「まずは家に帰って昼食だな!」
ビートを受け取った農家の人たちがバラバラと家に帰っていく。その姿を見送ると、私も作物所を後にした。リュックの中にはお弁当が入っていて、エルモさんと一緒に昼食を取ることになっている。
◇
「ふー、このお茶美味しいね」
「気に入ってくれて嬉しいです。取り寄せたかいがありました」
エルモさんのお店でいつものようにお弁当を食べて、食後のお茶をもらう。今日のお茶はフルーティーな味がして、美味しい。ミルクと砂糖を入れて、甘いお茶にして飲むのが最近の流行りだ。
「品揃えも変わって、お店に来る客層も変わったんじゃない?」
「はい、お陰様で村の女性たちがお店に通ってくるようになりました。その……仲良くしていただいてます」
「良かったー。エルモさんにも沢山友達ができて欲しいって思っていたから、安心した」
「ふふっ、気遣ってくれて嬉しいです。ノアちゃんのお陰で、大分この村に馴染めましたよ」
収穫祭を機に錬金術が生活を豊かにするものがあると村のみんなに知れ渡った。そのお陰でエルモさんに来る客層も女性たちが増えて、エルモさんが寂しい思いをしなくて済んだ。
「でも、困ったことが……」
「え、どうしたの!?」
「とある冒険者さんが良く来るんですが。すっごく話しかけてくるので、怖くて怖くて……」
「そうなの? ちなみにどんな話をしてくるの?」
「収穫祭で私が歌った時の話しを沢山してきます」
「それはどういうことだろうね? エルモさんの歌が気に入ったからとか?」
「確かに……。もう一度、歌を聞きたいとか言ってましたね」
んー、エルモさんの歌のファンができたとか? あんまりしつこいようだったら、私から注意したほうがいいのかな?
「もし、嫌な思いをするようだったら言ってね。私がガツンと言うから!」
「ありがとうございます。嫌な思いはしていないので、今のところは大丈夫です」
「そう? あっ、そろそろ帰らなくっちゃ。まだ、やる事が残っているんだった」
「はい、来てくださってありがとうございます」
「また、来るね!」
リュックを背負うと、慌ただしくエルモさんのお店を後にした。外に出ると冷たい風が吹き付ける。寒さを我慢して家へと急いでいった。
◇
家に帰ると、早速作業の続きだ。収穫したビートをキッチンカウンターの上に置くと、それで準備が完了となる。本当ならビートを処理して、煮出す作業をするのだが……私には今、創造魔法をという武器がある。
山積みになったビートに向かって、創造魔法を発動させた。すると、ビートが光る。その光が収束すると、後に残ったのは真っ白な砂糖だ。そう、ビートを素材にして創造魔法で白い砂糖が精製できる。
すごい……あの面倒な作業をしなくてもビートを白い砂糖に変えることができるなんて。これで沢山の白い砂糖を作って、他の所で作られる白い砂糖よりも安く売れば、フォルマ村の砂糖は人気商品のままだ。
できあがった白い砂糖を瓶に詰めると、白い砂糖作りは終了した。あっという間に終わっちゃうから、ビックリだ。でも、これからは細かい作業がある。種を作らなくちゃいけない。
残っていたビートの種を持って、もう一度畑のところに行く。分身魔法を使って数人の分身を作ると、全員でビートの種を植える。それから植物魔法を使って、ビートが種が採れるまで生育させる。
それが終わると、ビートを収穫してそれを家の中に持ち込む。キッチンカウンターとダイニングテーブルの二か所にビートを持っていくと、今度は別れてみんなで種取りの作業だ。
「宿屋でご飯が食べれるようになったら嬉しいよね。来年は米作りをして、流行らせようよ」
「パンに親しんだ人がご飯が気に入るか不安だよー」
「試食会をして、反応見てから決めてもいいんじゃない?」
種取りをしながら、みんなで雑談タイム。私がいっぱいいるから、色んな意見が飛び交って面白い。宿屋でご飯が出て来てくれたら嬉しいけれど……流行るかなー?
そんな雑談をしながらも種取りは進んでいく。大量にあったビートがどんどん減ってきて、とうとう種取りが終わってしまった。これで次も大量のビートを作ることができる。
「ご飯が一番美味しく感じる食べ方ってなんだろう?」
「醤油系のおかずは必須だよ!」
「ごはんのお供を作ったほうがいいと思う!」
「おにぎり、おにぎりはウケると思うよ!」
ご飯の事でまだ盛り上がれる。みんなで後片付けをしながら、ご飯のことで盛り上がる。その内、ビートの処理も終えて作業がなくなってしまった。
「じゃあ、今日はおしまいね」
「うん。また今度、この話題を話そう」
「ご飯を流行らせる委員会発足だね」
「来年は米作りをするぞー」
そんな事を言いながら、分身たちは消えていった。さてと、今日の作業は全部終わった。この後は家畜のみんなを小屋に戻して、その後は夕食の準備だ。今日は何を作ろうかな?
◇
ダイニングテーブルでボーッとしていると、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ただいまー!」
「ただいまかえりました」
「家の中がポカポカして温かいんだぞー」
「ホッとしますね」
「二人ともおかえり」
ようやく、二人が帰ってきた。二人に近づいて洗浄魔法をかけて汚れを落とした。
「体は冷えてる?」
「手が冷え冷えなんだぞー」
「かなり冷たいです」
「任せて! 魔法で温めてあげる!」
二人の手を両手で包み込むと、発熱の魔法を発動させる。ギュッと強く手を握りしめて魔法の熱で温めていくと、冷たかった二人の手がだんだんと温かくなってくる。
「あっというまにポカポカになったぞ」
「温かくて気持ちいですね」
「はい、これで温かくなったね。じゃあ、夕食にしようか」
「はー、腹減った! 今日は……肉だ!」
「シチューとパンもあります!」
「みんなが好きな物にしてみたよ。座って、座って」
二人を急かすように声をかけると、二人はコートを脱いでクローゼットにかけてから席に着いた。
「「「いただきまーす」」」
三人で手を合わせて挨拶をした。それから、賑やかな夕食の時間だ。今日何があったか、どんなことをしたのか……一緒にいなかった分沢山話していく。食卓には明るい笑顔が絶えない。
「今日はイリスがビックリして尻もちを着いたんだぞ。あの時の驚いた顔と言ったら……ププッ」
「もう、あの時の事は忘れてください!」
「こーんな顔してたぞ」
「クレハ!」
「あはは! そんな事があったの?」
美味しい食事と楽しい会話。この瞬間に色んな幸せが詰まっている。この時のために毎日を頑張れる、そんな魅力が確かにあった。
「ご馳走様! 今日も美味しかったぞ」
「ご馳走様です。パンがフワフワで最高でした」
「おそまつさま。満足してもらえて嬉しいよ」
使った食器に洗浄魔法をかけて綺麗にすると、みんなで食器を棚に戻す。そうなると、後は自由時間だ。だけど、最近やっている日課がある。
「じゃあ、今日も弾くか!」
「昨日の続きをしましょう」
「上手に弾けるといいなー」
それぞれの楽器を持ち寄って、またイスに座った。軽く音を鳴らすと、準備完了だ。
「じゃあ、いくぞー」
クレハがリズムを取ると、合図に合わせて同時に楽器を鳴らす。上手な出だしができて嬉しい。その気持ちのまま音楽を奏でると、だんだん楽しくなってくる。
ちらりと二人の顔を見ると、とても楽しそうに笑っていた。音楽を心から楽しんでいるように見えて、なんだか嬉しくなる。そんな別の事を考えていたせいか、音がずれてしまった。途端に二人の楽器が止まる。
「おいおい、ノアー。ちゃんと合わせろよー」
「ごめんごめん。ちょっと別の事を考えてた」
「どんなこと考えていたんですか?」
「んー……」
なんてことのない質問。私は少し考えた後、笑顔で応えた。
「今が凄く幸せだなって思ってたんだ」
そういうと二人はキョトンとした顔をした。それから二人は顔を見合わせると、吹き出すように笑う。
「もう、なんで笑うの!?」
「いや……だってな」
「それは、その……」
ちょっと怒った口調で言うと、二人はちょっと照れ臭そうにした。
「ウチも同じことを思ってた」
「私もです」
その言葉に私の胸の奥が温かくなった。そうか、二人のこの瞬間を幸せだと思ってくれていたんだ。それを知ると、嬉しくて笑顔が零れる。
「二人と一緒の気持ちで嬉しい。二人のこと、大好きだよ!」
「ウチも大好きだぞ!」
「私も大好きです!」
気持ちを吐露すると、二人も同じだと言ってくれる。それだけでとても嬉しい気持ちになって、飛び上がってしまいそうだ。
不幸せだった私たちだけど、今は幸せいっぱいに生きている。この幸せな時間はこれからも続いていく。いや、もっと大きな幸せに膨らんでいくことだろう。
ご愛読ありがとうございました。
皆様に支えられて、なんとか予定していた完結までたどり着くことが出来ました。
応援してくださった方、本当にありがとうございます。
本来なら四章で終わる予定でしたが、思いのほか読んでくださる方がいて、第七章まで書かせていただきました。
少しでも楽しんでくださる方がいらっしゃったら嬉しいです。
今後の予定ですが、書籍版が発売される時期に販促のために短編を書いたり、
話が思い浮かんだら短い話を書いたりして、時々更新出来ればなっと思っています。
もし、お付き合いくださる方がいらっしゃいましたら、引き続き読んでくださると嬉しいです。
では、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!




