282.出会いに感謝
大きな焚火台を囲んで、大勢の人が音楽に身を委ねて踊っている。その周りでは、話しに花を咲かせる人もいて、笑い声もその場に広がっていた。
「はー、沢山踊って疲れましたね」
「ウチはまだまだいけるぞ!」
「クレハは元気だなー」
それぞれが収穫祭を満喫している中、私たちは踊りの輪から離れて少し休んでいた。踊りながら歌を歌うのは結構しんどい。他の子供たちも踊りの輪から離れて休んでいるみたいだ。
「収穫祭楽しいね! 一芸披露から始まって、料理披露会があって、最後の音楽と踊りがあって。こんなに充実した日は初めてかも」
「そうですね、私も初めてです。この世にこんなに楽しいものがあるって、孤児院にいた時は全然思いませんでした」
「孤児院にいた時に比べると、ここは別世界なんだぞ! 頬が痛くなるまで笑ったのは、初めてだ!」
こんなに楽しいひと時を過ごすのは初めて。そう言うと、二人も笑顔で賛同してくれた。孤児院での暮しは窮屈だったと聞いている。そこにずっと居たら、こんなに楽しいひと時は無かっただろう。
「町を追いだされた時はこんなことになるなんて思わなかったよね」
「はい……。あの時は未来のことなんて考える余裕すらありませんでした」
「ウチはなんとかなるさ、って思っていたぞ」
「もう! クレハは能天気なんですから!」
「あははっ。でも、そのお陰でみんなが深刻にならずに済んだよね」
全ての始まりは、魔物の氾濫。町から逃げて、その先で二人に出会った。もうダメかも、と思った時に差し出された手の温かさを今でも覚えている。
「町を出た後は不安だったけど、二人が私に手を差し伸べてくれたお陰で前を向くことができたんだよ。だから、あの時は本当にありがとう」
「へへっ、どういたしまして!」
「勇気を出して声をかけたかいがありましたね」
改めてあの時のお礼を言うと、二人は照れ臭そうにはにかんだ。
「ノアが私たちに感謝をするように、私たちだってノアに感謝をしているんですからね」
「そうそう! 絶対に二人だけじゃ、ここまでやって来れなかったと思う。ノアと出会ったおかげで今の幸せな生活があるんだよな!」
「そ、そうかな? 私も一人じゃここまでやって来れなかったと思う。二人のお陰だよ」
「ふふっ。話がそこから動きませんね」
「お互いにありがとうって言ってキリがないんだぞ!」
「確かに。じゃあ、この話しはおしまい?」
「んー、ちょっと続けてもいいですか?」
この話を続ける? イリスにはまだ話したいことがあるんだろうか?
「三人一緒だったから、幸せに暮すことができたんだと思います。ノアが家の事をしてくれて、私たちは村の事を守って……。それぞれができることをしたからこそ、今の生活が成り立っています」
「ウチらが疲れて帰ってきた時、ノアが温かく迎えてくれるのが何よりもホッとする瞬間なんだぞ。それがあるから、ウチらは魔物討伐とか頑張って来れたんだ」
「二人が頑張っているのを知っているから、家に帰ってくる二人を優しく迎い入れたいって思っているんだ。それが二人のためになっているんだったら、嬉しいよ」
一緒に働けることができればそれにこしたことはないけれど、あいにくできることは違う。違う場所で頑張っているから、帰ってきた時には温かく出迎えたい。
「その何気ないことが、私たちにとっては凄いことなんですよ。……だから、その感謝をしたいなって思っていたんです」
「感謝?」
「実は私たち……ノアに宛てた歌を作ったんです」
「歌!?」
もしかして、二人がこそこそしていたのってその歌を作るため?
「エルモさんに協力してもらって、歌を作ってきました。聞いてくれますか?」
「ウチはギターの練習もしたんだぞ。演奏付きの歌なんて凄いだろう?」
「うん、凄いし聞くよ!」
私に宛てた歌って一体どんな歌なんだろう。二人は立ち上がり、クレハはマジックバッグの中からギターを取り出す。座っている私の前に二人が立つと、その表情はちょっと恥ずかしそうだった。
「ノア、いつも私たちの傍にいてくれてありがとう。その感謝の気持ちを歌にしました。聞いてください」
イリスが言い終わると、クレハがリズムを取る。そして、ギターの音色が流れてきた。音はとても優しくて穏やかな曲調。温かいギターの音色に包まれると、イリスが口を開く。
「はじまりはあなたに手を差し伸べていたね。今ではあなたが手を差し伸べてくれている」
優しい眼差しを向ける中、透き通ったイリスの歌声が流れてきた。穏やかになるその歌声に一瞬にして引き込まれる。
「おかえりと言ってくれるだけで嬉しかった。ただいまって言って笑うあなたが好きだ」
その歌を聞いて、日々の出来事が走馬灯のように頭を過っていく。なんの変哲もない日々だけど、どれも大切な時間だ。愛おしい時間を思い出して、胸が温かくなった。
「あなたとの暮らしは楽しさでいっぱい。笑ってばかりの毎日は夢みたい」
その歌を聞いて、自分もその通りだと声を上げたくなった。同じ気持ちで居てくれたことが嬉しい。なのに、胸が締め付けられるのはなんでだろう。ギターの音がさらに盛り上がると、イリスの声も大きくなる。
「いつまでも一緒にいたい。あなたの待つ家に帰りたい。本当の幸せを教えてくれたから、大事に育てていきたいよ。優しさもぬくもりも抱きしめて、大好きなあなたと生きていきたい」
クレハもイリスも微笑んで、気持ちを込めて演奏して歌った。嬉しいのに、どうしてこんなにも切なくなるんだろう? その歌詞に同調しているはずなのに、胸が締め付けられるのはなんで?
イリスは静かに息を吐いて、クレハは最後の音を鳴らす。もう胸がいっぱいで何も考えられない。しばらく呆然としていると、二人が照れたようにお辞儀をした。そこでようやく我に返る。
「凄いいい歌だったよ!」
私は割れんばかりの拍手を送った。
「イリスの歌声はとっても綺麗だったし、クレハのギターはとっても上手だった。二人とも、凄いよ!」
「へへへっ、そうか?」
「褒められると恥ずかしいですね」
拍手をしながら褒めると、二人はとても照れ臭そうにしていた。
「歌を作るなんて、難しかったんじゃない?」
「はい、難しかったです。だから、歌のことを知っているエルモさんに協力してもらって作ったんです」
「何もないところから始めたから、大変だったんだぞ。でも、次第に歌ができあがってきたら楽しくなったな!」
「へー、そうなんだ。二人が頑張って作った歌……本当に素敵だったよ」
歌作りはゼロから始めたんだろう。あまり歌のことを知らなかったから、作るのは相当難しかったはずだ。なのに、あんな素敵な歌ができるなんてすごい。二人とも、頑張ったんだなぁ。
温かい目で二人を見ていると、二人がそわそわし始めた。一体どうしたんだろう?
「そ、それで……私たちの気持ち、伝わりました?」
「精一杯作ったんだぞ!」
そっか、この歌は私に感謝を伝えるために作った歌だったっけ。
「うん、伝わったよ。なんか、感謝以上のものを貰った感じがして感動しちゃった。私もね、あの歌詞と同じ気持ちだよ。大好きな二人とこれからも生きていきたい」
こんな言葉で私の気持ちが伝わるか不安だけど、精一杯伝えてみた。色んな事があったけど、どれも大切な思い出で、その一つ一つが大切な宝物だ。
二人の手を取って、満面の笑みを向ける。
「私、二人と出会えて幸せだよ」
伝えたい言葉はいっぱいあるけれど、その一言がしっくりくる。この幸せがこれからも続いていくと思ったら、嬉しくてしょうがない。
「私も……三人一緒にいれて幸せです」
「これからもずっと三人で暮していこうな! そしたら、幸せが続いていくぞ!」
二人も私の手を握り返して、満面の笑みを返してくれる。もう、この手が離れることはない。ずっと、これからも一緒に生きていこう。
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