278.一芸披露(4)
一芸披露は賑やかに続いていった。大人が真剣に一芸を披露したり、子供が楽しそうに発表したり。それを見ている観客からは歓声と笑い声と拍手が巻き起こった。
終盤になって、一芸披露をする人も少なくなってくる。そろそろ、私たちも一芸を披露する時じゃないのかな?
「ねぇ、そろそろ私たちも手を上げる?」
私が二人に話しかけると、イリスが頷いた。
「そうですね。クレハもそれでいいですか?」
「お、おぅ……」
イリスの問いかけに、クレハは弱弱しい返事をした。さっきまで元気だったのに、どうしたんだろう?
「クレハ、大丈夫ですか? もしかして、お腹が痛くなったとかですか?」
「お腹は平気なんだぞ……ただ……」
「ただ?」
「自分たちの番を想像していたら、緊張してきたんだぞ」
一芸披露に飛び入り参加したクレハが緊張?
「どうして、そんなに緊張しているの?」
「失敗したらって思うと、怖くなったんだ。ほら、手が震えている」
「失敗しても誰も怒らないですよ」
「そうだけど……今まで頑張ってきたから、ちゃんとした演奏を聞いてもらいたいんだぞ」
そっか、今まで沢山練習してきたもんね。その頑張りをちゃんと見て欲しいって思っているから、こんなにも緊張しているんだ。クレハは一芸披露に真剣に参加しようとしている。
不安げな表情をして、手を強く握りしめている。私とイリスはそんなクレハの手を優しく握って、落ち着かせるように微笑んだ。
「大丈夫。いつも通りにやれば、きっと上手くいくよ」
「クレハの演奏はとっても上手でしたよ。上手すぎて、きっと聞く人がビックリしてくれますよ」
「本当か? ウチの演奏、下手じゃないか?」
「もちろん! 沢山練習したから、上手だよ。だから、安心して発表しよう?」
「クレハの演奏はみんなに聞いてもらうべきです」
「そ、そうか……へへへっ」
二人でクレハを励ますと、照れたように笑ってくれた。握った手の震えも止まっている。この調子なら問題なく演奏ができそうだ。
「じゃあ、次は誰が披露する!?」
コルクさんのその声に私たちは顔を見合わせて頷いた。
「はい!」
「おっ、ノアたちか! よし、ステージに上がってこい!」
元気よく手を上げると、コルクさんが笑ってステージに呼んでくれた。マジックバッグの中からそれぞれの楽器を持ち出すと、私たちはステージに上がる。
みんなの前に立つと、歓声と拍手で沸いた。
「待ってたぞ、三人娘!」
「どんな演奏を聞かせてくれるのかしら?」
「ノアー、イリスー、クレハー、頑張れー!」
みんなからの温かい声援に僅かに残った緊張が解れた。
「私たちの一芸披露は楽器の演奏です。この日の為にいっぱい練習してきました」
「三人で演奏をするととても楽しい気分になれました。なので、きっと聞いていただけても楽しい気分になると思います」
「みんな、ちゃんと聞いてくれよな!」
簡単に挨拶をすると、それだけでみんなが盛り上がってくれる。家で演奏する時とは違い、今日は聞いてくれる人がいる。それだけで、とてもワクワクとした気持ちになれた。
ようやく、練習の成果を見せられる。はやる気持ちを抑えて、私たちは楽器を構えた。そして、三人で目線を合わせると、クレハがリズムを取ってくれる。
「三、二、一……」
ギターの本体を叩いてリズムを取ると、先にクレハがギターを弾く。真剣な顔つきで一音ずつ丁寧に弾いていく。音程が早くなく、遅くない。理想的な速度でギターの弦が弾かれた。
そのクレハの視線がイリスに向くと、クレハのギターの音に合わせてフルートの音が奏でられる。透き通るような音が響き、心地よい音色になって当たりに広がっていく。
うん、二人とも上手く音に乗れたみたい。後は私が二人の音に合わせるだけだ。重なった二人の音にそっと私もバイオリンの音を乗せる。綺麗に音が重なって、心地よい音色が当たりに広がった。
ギターを力強く弾く弦の音、フルートの滑らかな心地よい音、バイオリンの音階のある多彩な音。それらが一つに合わさると、綺麗なハーモニーを生み出した。
いい音が重なった。それを感じると体中がワクワクし始めた。そう、この感じ。家でみんなと一緒に演奏した時に感じた気持ちよさだ。音が綺麗に重なると、体中が気持ちよくなってくる。
ほら、少しだけ残った不安も綺麗に取り除いでくれる。音が重なるだけで、こんなに良い気持ちになれるなんて驚きだ。
ちらり、と二人を見て見ると笑っていた。二人もこの気持ちよさに身をゆだねて、心から演奏を楽しんでいるように見えた。
二人の視線がこっちを向く。その顔の笑みはより深まって、一緒に楽しんでいる感じが強くなる。三人で一緒に演奏することがこんなに気持ちがいいなんて、前の私たちには知らない感覚だ。
「素敵な音……聞き惚れちゃうわ」
「三人とも、いいぞー!」
「いい曲だね!」
音が場に馴染んでくると、みんなから様々な声が上がってきた。みんなも私たちが奏でる音を気に入ったみたいで、音に身をゆだねてくれていた。
何だろうこの感じ……みんなと音が一体になるようなそんな連帯感がある。演奏を聞いてくれるだけで、こんなにも嬉しい気持ちになれるなんて知らなかった。
もっと、私たちの音を聞いて。もっと、音に身をゆだねて。そう願えば願うほど、音がどんどん良くなっていく。みんなにもっといい演奏を聞いて欲しい、その気持ちが強くなって音が良くなっていく。
丁度、曲も盛り上がりの所に入り、会場のテンションが上がっていくのを肌で感じた。みんなのテンションが上がっていくのを感じると、私たちまでテンションが上がっていく。何これ、すごい、楽しい!
気づいたら三人で目を合わせて、気持ちを共有する。これ、凄いね! うん、凄い! そんなやり取りを目線を交わしてやった。
曲の終わりに差し掛かり、終わる寂しさを感じながらも最後の一音まで丁寧に音を出し切った。その瞬間、今まで味わったことのない達成感が沸き起こり、体が歓喜で一瞬震える。
そして、すぐに歓声と拍手が巻き起こった。
「凄く良かったわ! 感動したよ!」
「すげー、良い演奏だったぞ! 小さいのに凄いな!」
「三人とも、かっこよかったよー!」
大歓声だ。思った以上の反応が返ってきて、凄く驚いた。でも、それ以上に喜びが体中を駆け回る。演奏しきった達成感とみんなからの歓声や拍手で大きな喜びを感じた。
「ノア、イリス! ウチら、やったんだな!」
「はい! やりました!」
「凄いね!」
みんなが歓声や拍手を送ってくれる中、私たちは軽く抱き合って喜びを分かち合った。
「二人の演奏、今までで一番凄かったぞ! 聞いていて鳥肌が立つくらいだったぞ!」
「今まで一番いい演奏ができましたね! 人前だったら不安でしたけど、全然大丈夫でした!」
「人前だからこそ、普段出せなかった力が出せたんだよ! みんなに聞いてもらえて良かったね!」
みんなの前で披露する演奏、めちゃくちゃ楽しかった! こんなに楽しいんなら、もっとみんなに聞いてもらいたい。
「また、みんなの前で演奏しような! こんなに楽しい時間は他にない!」
「収穫祭もまだまだ続きますし、その時にみんなの前で演奏しましょう。絶対に楽しいはずです」
「だね。もっとみんなに聞いてもらおうよ」
これ一回きりだなんて勿体ない。まだまだ、演奏してみんなに聞いてもらうんだ! そこへ、コルクさんが近づいてきた。
「なんだ、なんだ。また演奏してくれるのか? みんな、この後も三人の演奏を聞きたいか!?」
「また、聞きたいわ! 次は違った曲を聞かせてくれると嬉しいわ」
「今度は踊りが踊れる軽快な奴を頼むぜ!」
「演奏している三人がかっこよかったから、また見たい!」
「……だってよ。三人はまた演奏するんだよな?」
コルクさんにお膳立てされちゃった。私たちはそれがなんだかおかしくて笑ってしまう。そして、改めてみんなに向き直る。
「また、演奏するので聞いてもらえますか?」
「もちろんだ!」
「楽しみにしているぜ!」
「やった! また演奏が聞ける!」
またの演奏を約束すると、みんなが沸き立って応えてくれた。それが嬉しくてたまらない。私たちは笑い合うと、みんなに向かってお辞儀をした。すると、より一層大きな歓声と拍手に包まれた。




