276.一芸披露(2)
初めの一芸を披露した後、ステージの周りはとても賑やかになった。みんなが盛り上がっている中、一芸披露は始まる。色んな人がステージに登り、この日の為に用意した一芸を見せていく。
一芸を披露するごとに驚いた声が上がったり、笑い声が起こったり、みんなの反応は様々だ。でも、誰もが楽しんでいる雰囲気が流れて、とても楽しいひと時だ。
「さぁ、次は誰が出る?」
コルクさんがステージで声を張り上げると、色んな人が手を上げた。その中でおっかなびっくりにゆっくりと手を上げる人がいる。
「おっ! それじゃあ、あの人にしようか。エルモさん、ステージに上がってくれ!」
エルモさんが手を上げた! その事に私たちは驚いて顔を見合わせた。
「本当にエルモさんが一芸披露に参加するんだ!」
「だ、大丈夫なのか? エルモの奴、喋れるのか!?」
「なんだか、ハラハラしちゃいました」
一芸披露に参加するって言っていたけど、まさか本当に参加するとは……。でも、村の人たちと打ち解けるいい機会だから頑張って欲しいな。
応援しようとエルモさんを見ると、顔を真っ青にしてエルモさんから表情が抜け落ちていた。
「……あれは、大丈夫じゃないぞ」
「無理しないで欲しいです」
「エルモさん、しっかりして!」
思わず近く寄って体を揺すった。すると、エルモさんはハッと我に返ってきてくれた。
「私が……当たるなんて……」
「だったら、なんで手を上げたんだ?」
「参加しようとは……思っていたんですが……」
「体調は大丈夫ですか? 無理なら止めたほうがいいですよ」
「い、いえ……私はやりますっ」
「だ、大丈夫?」
体が震えているけれど……本当に大丈夫? 立ち上がったエルモさんの体は生まれたての子鹿のように震えて、ステージに歩み寄るその姿はやっぱり生まれたての子鹿のようだった。
「おいおい、本当に大丈夫か? 倒れるんじゃないか?」
「倒れて怪我でもしたら大変ですよね。止めさせた方が良いのではないでしょうか?」
「でも、本人がやるって言っているんだし……」
正直言って、この状態で一芸を披露することができるのか不安だ。傍にいてあげたほうがいいかな? 代わりに喋ってあげたほうがいいかな?
私たちがハラハラと見守っていると、エルモさんは震える体でなんとかステージに上がった。振り返ったエルモさんの顔色が悪い……やっぱり心配だ。
「お、おい……大丈夫か?」
「は……はい。だ、大丈夫です。は、始めて、ください」
「そ、そうか? なら、次はエルモさんの出番だ。みんな、拍手!」
コルクさんが言い終わると、周囲から割れんばかりの拍手が鳴った。その音を聞いて、エルモさんはやっぱり怯えている。いや、拍手で怯えるって……。
拍手が小さくなっていくと、少しだけエルモさんの顔色が良くなった。何度も深呼吸をして自分を落ち着かせようとしている。
「が、頑張れ……エルモ!」
「落ち着いて、ゆっくりですよー!」
「頑張って、喋ってー……」
私たちが応援すると、エルモさんと目が合う。引きつった笑みを向けて、弱弱しいピースをして健在をアピールした。いや、全然大丈夫そうに見えない!
ハラハラして見ていると、エルモさんが深呼吸をして口を開く。
「きょ、今日は……お、おこし、いただき……まして、ありが、とうございますっ」
今はそのセリフはいらないと思うよ! すると、周りの人たちが笑い声を上げた。
「おー、頑張れー!」
「緊張で喋れてないぞー!」
「しっかりしてー!」
みんなから温かい言葉が投げかけられると、エルモさんは恐縮して何度も頭を下げた。
「とりあえず、一言は喋れたな。でも、ここからも喋るんだろう? 本当にできるのかぁ?」
「見ていたら不安になります。何か手伝ってあげたいです」
「頑張れー!」
顔を上げたエルモさんの表情はやっぱり不安げだ。それでも、心を落ち着かせて口を開く。
「きょ、今日は……みなさんに、錬金術で作った物を見て欲しいです。こ、この袋の中に入っている物は、錬金術をつ……使って、作りました」
目を泳がしながらも、なんとか喋ることができたみたい。言い終わると袋の中から何かを取り出して、それを前に出した。大きな袋の中に入っていたのは、手に収まる程度のブラシだ。
「なんだー? ただのブラシじゃねぇーか」
「おいおい、それのどこが錬金術だよー」
「それで、どうするんだー?」
みんなから疑問の声が飛んでいった。その言葉を聞いて、エルモさんは萎縮してしまった。
「エルモさん、頑張れー!」
「エルモ、負けるな!」
「しっかりしてください!」
なので、すかさず私たちが応援の言葉を投げかける。すると、声に気づいたエルモさんはキュッと唇を噛み締めると、強く頷いた。
「あの、こ……このブラシには特殊な加工がされています。どんな汚れも、すぐに落とすことが……できますっ」
そう言うと、袋の中から一枚の布を取り出す。その布は泥汚れでかなり汚れていた。
「今から、この汚れを一瞬で……綺麗にしますっ」
一瞬で綺麗にする? まるで洗浄魔法のようだ。ちょっと、ワクワクしながら待っていると、エルモさんが片手に布を持って、片手にブラシを持って固まっている。もしかして、手が足りない?
「クレハ、行きますよ!」
「お、おう?」
それを見ていたイリスがクレハの手を引っ張ってエルモさんに駆け寄った。
「エルモさん、この布を持てばいいんですよね」
「は、はい……お手伝いしてくださるんですか?」
「もちろんです。さぁ、クレハも布の端を持って」
「お、おう……」
イリスが話を進めるとクレハは戸惑いながら布の端を持ち、その反対側をイリスが持って引っ張る。みんなの前に汚れた布を見せた。
「で、では……これから、汚れを落としますっ」
意を決したかのような言い方に緊張が走る。固唾を呑んで見守っていると、エルモさんは震える手でブラシを布にくっ付けた。それをゆっくりと一撫ですると、こびりついていた汚れが綺麗に落ちる。
「わっ、見て! 真っ白になったわ!」
「凄い、凄いわ! あんな泥汚れも一瞬で落ちるなんて!」
「信じられないくらいに簡単だわ!」
汚れた落ちた光景を見て、真っ先に女性たちが驚きの声を上げた。
「どうして、簡単に汚れが落ちたの!?」
「は、はいっ。それは……まずは素材となる毛の加工が必要でして、できるだけ毛先は細くしなければなりません。その加工を錬金術を使ってやるのですが……」
女性の問いにスイッチが入ったように早口で説明し始めるエルモさん。その怒涛の説明に周りの人が唖然として見ていた。長々と説明を喋るエルモさんは止まらない。どうしちゃったの!?
「エ、エルモ! しっかりしろ! 何を喋っているのか分からないぞ!」
「ハッ! す、すいません! つい、喋りすぎてしまいました!」
「と、とにかくこのブラシの凄いところをちゃんと見せるべきです」
「は、はい! じゃあ、この布の汚れを綺麗にしますっ!」
クレハがエルモの体を揺すって正気に戻すと、イリスが軌道修正をする。エルモさんは慌てたようにブラシを布に当てて、残りの汚れを綺麗に落とし、残ったのは汚れ一つない綺麗な布だった。
「こ、こんな感じで……身近にあるちょっと苦労することを、楽にすることが錬金術ではできます」
みんなの前でちゃんと実演すると、再び周りからどよめきが起こった。布に染みついた汚れも綺麗にするなんて、凄い道具だ。これだったら洗浄魔法が使えない人でも魔法のような効果が使えるようになるね。
「錬金術ってそういう身近な物でもあるのね!」
「あれがあれば、家事が楽になるかも!?」
「欲しいわ!」
「は、はい。きょ、今日はお近づきの印に……いくつか余分に持ってきています。もし、欲しい方がいらっしゃったら名乗り……」
「「「頂くわ!」」」
「は、はいぃー!」
エルモさんの言葉に女性たちは強く反応して、寄って集った。女性たちに揉みくちゃにされるエルモさん……大丈夫かな? でも、これで錬金術の便利さが村の人たちにも分かったよね。お店が繁盛すればいいなぁ……。
って、これって一芸披露でいいの? ……ま、いいか。




